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京都・学区の運動会2016/09/25

私は京都人ではないので、京都に住まいを得て、最初に「学区運動会」に参加したときにはびっくりしました。その気合いの入りように。

今回も、「持てる力の全てを此所に」とプリントしてある揃いのTシャツを着て参加されている町内とか、応援団長のような方がエールを交わしている町内もありました。町内旗というのか独自の豪華な旗を町内のテントに掲げるとか。

全国的にみて、珍しいのか、それとも、あ-、そうそう、ウチのところもそんな感じ、とか前はこんな感じだったけど、今はお年寄りばかりになって出来なくなりました、とか地域の運動会ということについての民俗学的な興味があります。地域的差異とか特徴を地図に落としたら何か発見があるのかも、とか思ってしまいます。研究対象になり得るとしても、開催時期が集中しているので、個人の研究では難しいでしょうけど。

今年はくじびきで町内会長に当たったので、1日中、フルに同席しました。もちろん、準備と後片付けも含めて。
本日、ウチの町内の京都市右京区の嵯峨野学区の運動会が行われたので、その報告をします。

まず、事前に各戸に大会プログラムが配られます。ビジネスとして考えた場合、各戸に配布するには相当なコストがかかるので、新聞折り込みにしようか、とか新聞をとってない家にはどうしよう、などと考えないといけませんが、町内会の行事なので、町内の「組長」が無償で配布するシステムが出来上がっており、問題ありません。

町内運動会プログラム嵯峨野学区
※雨で順延になり9/25開催になりました

引っ越してきた頃、このプログラムをみて、どこにコンテンツがあるのか、わかりませんでした。
嵯峨野学区運動会プログラム
※クリックすると大きくなります。プログラムの中頁。

全部、広告じゃないですか。どこに種目の順番とか参加に必要な情報が掲載されているのでしょう?
と思ってよくよく見ると、新聞でいうとノンブル、頁の一番上のところの、ほとんど広告カットの帯のように見えるところに、プログラム情報があります。

これには、びっくりしました。なるほど、どこかの頁にまとめたら、他の頁は見られなくなる可能性が強いし、そうかといって多くの頁に関心を向けるだけのコンテンツを準備するのは難しい。開き直ったというか、実に合理的、最初に考えた人は偉いと思いました。広告効果を期待されているとも思えませんが、広告主ニーズというか面子と利用者の利便性とをうまく合致させています。まあ、無料ですし、許されるのでしょう。もしも、有料発行物だとすると、ちと苦しいでしょう。

嵯峨野学区運動会
小学校の運動会とは別に、「学区民体育祭」として開催されます。

嵯峨野学区運動会入場行進
ちゃんと入場行進もあり、国旗と「体振旗(嵯峨野学区体育振興会)」というのもあり、オリンピックみたいに先頭を進んだ後、ポールに掲揚されます。

その後、開会式があり、来賓挨拶もあります。職業上、宴席の席次とか挨拶の順番とかいろいろ気をつかうことも多かったので、さてさて学区運動会ではどうなっているのだろう?と思って興味深く見ていると、最初の挨拶は、嵯峨野小学校の校長先生でした。休日出勤ご苦労様です。次は、嵯峨野小学校から進学する蜂ヶ岡中学校の校長先生。日曜毎に中学校の通学範囲の学区運動会の挨拶に回られているかと拝察するのに、ご苦労様です。

議員先生とかも多いのかな、と思っていたらお一人だけ。てっきり国政与党の先生かと思っていたら、後で聞くと、共産党の先生ということで、ある意味京都らしいと思いました。議員先生は紹介されるだけで、言葉はなかったのですが、あちこちに頭を下げていらっしゃる姿が印象的でした。

嵯峨野学区運動会
注目していただきたいのは、写真の影の部分。グラウンドの競技スペースに沿って、ピシッと妻入りで学区の各町内のテントが張られています。影は屋根の投影です。今では何とも思いませんし、私自身狭小住宅に住んでいるので何の違和感もありませんが、ピシっとテントを隙間無く立てている景観に、最初は驚きました。テントは「木村テント」に統一されているようで、いわば京町家のテント版とでもいいますか、どの町内も基本的には同じテントなので、地割り等にも手間がかからないと思います。

敷地に余裕があれば、町内毎に好きなテントで好きなように張れるのかもしれませんが、そんな余裕はありません。

太宰治の「津軽」の最後のほうに、育ての女中の「タケ」さんを訪ねて太宰が小泊(集落名)に行ったところ、ちょうど小学校の運動会で、タケさんはテントのようなもの(どうも津軽では各人でパーソナルなテントを張る余裕があるみたい)で運動会を観戦しており、そこで感動的な再会があるのですが、太宰が嵯峨野学区出身なら、ちょっと難しいでしょう。

運動会の花形は、リレーで、「小学生リレー」「男子800m」「(男女)混合700m」とあります。私も30歳代の頃、男子リレーに出走したことがありますが、当時、自転車競技を割とまじめにやっていたのですが、運動会の後、筋肉痛がひどく、阪急梅田から会社まで数日タクシーで通ったことを思い出しました。

老若男女、学区民の注目を浴びて走るのはプレッシャーです。おっさんになれば、「まあそんなこと」という図々しさが身につきますが、児童生徒の出走者にしてみると、シビアです。高校3年の運動会で「もう、こんなプレッシャーからは開放される」というしみじみした喜びをかみしめていた私ですが、運動会独特の音楽と周囲の雰囲気で、自分が出走しなくても見ているだけで緊張してしまいます。
嵯峨野学区運動会リレースタート
写真:リレースタート
写真:混合リレー 最初は10代が走る
写真:混合リレー お母さん(たぶん)も走る

リレーで優勝した町内は、京都市全体で行われる運動会(体育祭)に後日、参加することになります。

運動会の種目には「得点競技」とそうでない競技とあり、得点競技の集計で順位付けされます。

写真:2016嵯峨野学区運動会 順位表

私は、得点競技でない「ラブラブパンツ競争」というのに出走しました。年齢問わずなので、私は55歳になりましたが、同時出走ではたぶん一番若い感じでした。余裕かなっと思っていたのですが隣の方が、出走前に並んでいる時に、入念なストレッチを始めて、アスリートというか只者ではない感じがしました。これは真剣に挑まなくてはと思って、リレーと同じ気持ちでスタートし、全力で走って1位になったのですが、後で町内の方に「ラブラブパンツ競争であんなのを見させてもうたんは初めてや~」といわれ、やはり京都での所作には気をつけないといけないと反省しました。

らぶらぶパンツ競争 商品
写真:ラブラブパンツ競争の賞品

そんなこんなで、無事、学区運動会は終わりました。次に組長が回ってくるのは10年後くらいでしょうから、その時はどうなっているのでしょうか。ちなみに、ウチの町内は、あっさりしているので、学区運動会に参加するのは組長と体振さんから頼まれて出走する関係者くらいです。それでも町内会としては組の数が15あるので、テントは盛況感にあふれています。学区運動会を楽しみにしていて多くの人が参加する、というのでしたら、会場に溢れてしまいますし、ちょうどいい塩梅かも。

今はピザ&スパゲティの「エルバ」でオーナ萩原さんにご挨拶:ロードレーサーのフォークの造形のこと2016/09/24


CASATI
写真:久々に連れ出したCASATIゴールドライン:チューブラ。カンパ スーレコフルセット

ちょっとお昼ご飯を食べに、周山の先、「エルバ工房」にピザを食べに行った。午後には町内会運動会の準備があるし。

「エルバ」のオーナー萩原さんは、以前はフレームビルダーと同時に京都の高体連(自転車競技)などで尽力された方であるが、輪界を去って、今は京北に移住され、ピザとスパゲティの店&鉄デザイナー兼製作者(鉄の家具や薪ストーブ)をされている。

フレームビルダー時代のエルバさんとは、接点がなかったのだが、ここにきて、以前、アイズバイシクルで修行されていたOさん(その後東叡社,今は相模で独立)の学生時代の同級生が若女将としてやっていらっしゃるということを聞き、かなり無理筋ではあるがご縁があるのと、なにより美味しい店なので、ちょっと昼ご飯を食べに行くのによい店として楽しみなスポットである。

ピザを食べ終え、お会計を済まして店を出ようとしたところ、近くのテーブルにいらっしゃた萩原さんが、同席の人に「きれいなCASATIがあるから見ましょう」と言葉をかけられ、店の外のCASATIのところに一緒に行ってご挨拶した次第。

エルバオーナーの萩原さんは、いわば刀鍛冶が刀剣を見つめるような感じで、CASATIを一瞥され、言葉を発せられた。
「このフォークはきれいにつくってある。ウーゴ・デローザが造っていたデローザと同じように、フォークのRラインの延長線上に(ずれること無くハブを固定する)エンドがある。最近のデローザはそうではなく、おじきしている(ハブを固定するエンドがRの延長線上よりも下)」などなど。自転車から離れて20年経ったが、今でも関西の有名なビルダーさんが訪ねてきてくれるとのこと。

エルバに時々おじゃましながら、オーナーの萩原さんは今はどうされているのか、気になっていたがお会いできてよかった。よい自転車は出会いも与えてくれる。

「こけるなよ。高こ-つくぞ」という言葉に送られて、店を後にした。

【本日の行程】 自宅9:10~六丁峠~保津峡~水尾~越畑~赤石~熊田~R162合流~11:30エルバ(昼食)12:30~狭間峠~13:54花脊峠~14:45右京区御室アイズバイシクル  走行キロ:メーターを付けてないのでわからないが、ルートラボにアップしている区間で86Km。

エルバのピザ
写真:エルバ店内 ピザ

エルバにて
写真:エルバにて。小生のCASATIを眺めるエルバのオーナー萩原さん(中央)

ミレーのザック 「シェルパ」-スキー用に買ったのが沢登りで活躍2016/09/23


ミレー シェルパ
 写真:ミレー「シェルパ」 made in FRANCE

1986年1月、就職して最初のボーナスをもらった後、当時、京都の木屋町御池の阪急ビルの1Fにあった「らくざん」という山とスキーの店で購入。枚方の香里園にあった独身寮から出かけて。

ホイチョイ・プロダクション原作の「私をスキーに連れてって」というバブル期スキー全盛時代を象徴する原田知世主演映画の公開が1987年。その直前、バブル経済前夜の、まだ地味な時代ではあったが、スキーブームというのは既に始まっていた頃のことである。

会社の健保組合の保養所が志賀高原にあり、職場や関連企業の女子社員も一緒になってスキーに繰り出しており、私も誘われたのがきっかけ。

当時、一般的に使われていたキャスター付きでゴロゴロ引っ張る普通のスキーバックを買おうと思っていたのだが、店員さんから「スキー場では転がせないので背負う方がいいし、登山用のなら1年中使える」「このザックは良いものだから、これを買ったらよい」と言われて、素直にそうした私であった。

それまで大きな登山用ザックというのは所有したことも背負ったこともなかったのだが、試しに背負ってみると、自分にジャストフィットしていると、すぐにわかった。

それから10年間、スキーをけっこう一生懸命やり、いつもはリフトが止まる夕方ギリギリまでガツガツ滑っていたのだが、その日に限って、なぜか早く切り上げたくなって、路線バスと長野電鉄を乗り継いで志賀高原寮から京都の自宅に帰ったことがあった。その翌朝が阪神大震災で、それを機会に、スキーは止めた。

それからずっと、屋根裏収納庫に眠っていたミレーのザックであったが、山を始めてから大活躍している。ミレー本来の使い方で、ザックも喜んでいるだろう。

登山用のザックも、いろいろ買ったが、最初のこのミレーのザックが一番フィットする。有名バックパッカーが絶賛しているザックメーカーの定番商品でも、私には今イチだと感じたものもある。

シンプルなザックで、単なるズタ袋のよう。ポケットも上蓋にあるだけ。背負いベルトもウエストベルトやフレームも単純。最近のザックのように凝った形状や造りは見当たらないが、肩紐や背面の弾力・しなり具合が良く、とても背負いやすい。

冬のテント泊縦走に使うには小さいが、シビアな山行、例えば沢登りや岩などには、ジャストフィット。これ以上大きい容量だと、バランスと厳しい立ち込みを求められるシビアな山行では、私の実力では背負えない。

「MADE IN FRANCE」時代の製品。その後、ミレーはアジア各国での生産に切り替えている。それだからどうこういうことはないが。

金具も独自のもので、メーカー毎に個性のある時代の最後の良品かもしれない。
購入後四半世紀経ってから、一番使用頻度が高いザックになるとは、不思議なものである。

ミレー シェルパ
写真:ミレー「シェルパ」の背面

ミレーシェルパのタグ
写真:タグ

ミレー シェルパの金具
 写真:肩ベルトの長さを調整するミレーオリジナル金具

写真:底には、沢登り用に水抜き穴を開けた。東急ハンズで道具を買って加工。
                    ※もっと大きい穴のほうがよかった

写真:アイゼン等固定用バンドのミレーオリジナル金具

猫峠2016/09/22

猫峠、ウチには3匹のネコがおり、地形図を眺めていて、興味をもった。
私の走った猫峠は、岐阜県の根尾地区のもの。国土地理院の地形図には、その名前が記されているが、グーグルマップやヤフーマップには記載がない。

越美国境 温見峠を走りに行った際、ついでに経由してみた。

峠には峠名の表示はなく、「クマに注意」という看板があるだけだった。
とくに特徴的なものがあるわけでなく、道路も新しいので風情も特にない。

とはいえ、なかなか行けるところでもないので、行っておいてよかった。

猫峠(岐阜県)
写真:猫峠(岐阜県)

猫峠 国土地理院
猫峠、国土地理院地図より(クリックして拡大して見て下さい)

今庄から高倉峠、冠山峠、越前大野、温見峠、樽見鉄道2016/09/19

越美国境温見峠(えつみこっきょう ぬくみとうげ)、越前(福井県)と美濃(岐阜県)の境にある峠で、国道157号なのだが、”酷道”と呼ばれて一部のマニアの間では有名。

サイクリストの間でも、その名は知られている。

以前から走ってみたいと思っていたのだが、通行止めになっていることもしばしばで、今回、ようやく実行した。

せっかくなので、近くにあって、地形図を眺めているとなかなか魅力的に思える高倉峠(こうくらとうげ)、冠山峠も絡めて、越前大野に1泊するプランにした。終着は樽見鉄道の樽見駅。出発地は、北国街道の宿場として味わいがある、今庄にしよう。

久しぶりの完全輪行。自転車も久しぶりに連れ出すTOEI650A。1987年に購入したものだが、タイヤは「グランボア オルソンエース=650×1/2A相当」に先日交換。その前は、タイヤはアルプスブランドのものを使っていたが、オルソンエースに替えて、走りが見違えるように軽くしなやかになった。「タイヤはフレームの七難を隠す」のか「タイヤはフレームのポテンシャルをしっかり引き出す」のか、どちらでもいいが、とにかく走行感が 断然改善し、本番ツーリングに連れ出す気持ちになった次第。

フロントバック装着方法をリクセンカウルにして、キャリアは外した。フロントバックはモンベルの防水タイプを初使用。カメラの頻繁な出し入れには向かないので、コンパクトカメラをジャージの後ろポケットに入れて走った。

雨が心配されたが、幸い、大きな崩れはなく、走れた。

温見峠の道が「酷道」と呼ばれているのは知っていたが、正直、たいしたことないと思っていた。自動車では大変でも、自転車なら大概、なんでもない。土砂崩れ があっても担いで越えられることが多いし、人為的な通行止めでない限り、たいていの場合、通過には苦労しない。舗装してあれば、自動車が走れるところなら、どんな急勾配でも登れる。登山、その中でも沢登りもやっているので、沢登り感覚でいうと、自動車の走れる道はハイウェイ以上。道迷いなく人里につながる安全地帯である。

と思っていたが、実際走ってみて国道157号線が「酷道」であることは認めざるを得ない。その核心部は、峠付近ではなく、岐阜県側の根尾黒津と根尾能郷の間の悪絶ゴルジュ地帯である。根尾黒津を過ぎてダウンヒルを続けていて、右カーブ正面の視界に飛び込んできた、あまりにも悪絶な、規模の大きいゴルジュ入口をみて、一瞬、信じられなかった。こんなところに突っ込んでいくのかと。断崖絶壁に、無理に通したであろう道路がへばりついているのが見える。

停車して写真を撮ろうと思ったが、ブレーキをかけてバランスを失うと危険なのと、なんだか、留まってはいけない場所だという気配を感じ、そのまま通過した。残念ながらその悪絶さを伝える写真は無い。

豪雪地帯なので、排雪のためガードレールを設置することができず、路肩には何もなく切り立った崖になっている。

もっとも、自動車ならガードレールに助けられることがあるかもしれないが、自転車なら、仮にガードレールがあっても、ガードレールにぶつかったりすると人間だけは確実に前方に放り投げられて落下するので、ガードレールの有無は安全に関係ない。転倒して路面を滑走した場合にはガードレールに助けられることがあるかもしれないが。

崖の高さは100mであっても、10mであっても、落ちた人間へのダメージの結果としては同じである可能性が高いが、やはり高い崖をへつるように掘削されたガードレールのない道というのは、怖い。よくこんなところに道を通したな、と思った。登山に例えると黒部川の水平歩道の ような感じ。

対向車が来たら、自転車でも止まらないといけない。路面は雨で濡れている。

スリルを感じるために自転車ツーリングをしているのではないし、積極的に走りたい道ではない、この道が「酷道」と呼ばれることに納得した次第。

温見峠全体では、福井県の大野平野を過ぎると、悪絶ゴルジュ地帯を過ぎた根尾能郷までは集落が無く、無住地帯をこれだけ長く走れるところは本州では数少ないのではなかろうか。北上山地の安家川沿いを走った時も、「なんと人気(ひとけ)の無い寂しいところだ」と思ったが、それ以上だ。

コンビニはおろか自販機も、もちろん無いが、真夏でも道路の横からの湧き水や沢は豊富なので、飲み水には困らないであろう。

スケールの大きな峠越え、ほぼ一日かけて日本海側から太平洋側へと、ひとつの峠を越える。充実感は数日後であってもしばらく脳内と身体に残り、今思い返しても、心が満たされる。こんなに感動を与えてくれた峠は、私にとって、他には無い。

<記録>
2016年8月27日(土) 京都駅6:58=(サンダーバード1号)=7:57敦賀8:06=8:22今庄10:10~10:50伊藤氏庭園~12:34高倉峠~13:17徳山分岐13:28~14:22冠山峠~15:30池田町~17:10越前大野:17:35弥生旅館
8月28日(日)泊地7:45:大野市街地8:05~8:30越前田野駅~8:55五条方発電所~9:20真名川ダム~9:40仙爺谷橋~10:00若生寺大橋~10:37雲川ダム(トンネル)~11:06小さい峠(熊河川と温見川)~11:20温見集落~12:10温見峠~12:36猫峠分岐~12:52猫峠~13:12根尾黒津~(悪絶ゴルジュ)~13:35根尾能郷~14:00樽見鉄道樽見駅14:58=(樽見鉄道)=16:02大垣16:34=18:12京都

北国街道 今庄
写真:北陸本線今庄駅がスタート地点

高倉峠
写真:越美国境 高倉峠(こうくらとうげ)

冠山峠
写真:越美国境 冠山峠

越前大野の町並み
写真:越前大野の町並み

国道157号線 温見峠は
写真:国道157号線、温見峠へ

温見峠
写真:国道157号線 温見峠

樽見鉄道樽見駅
写真:樽見鉄道樽見駅。輪行して大垣からは新快速で帰る。


詳しくは Googleフォトで(72枚)

ルート1日目 高倉峠 冠山峠
温見峠

福山から倉吉へ。宮本常一「山の道」の町を訪ねて2016/09/18

 民俗学者の宮本常一「山の道」八坂書房2006 を読んでいると、「山中をあるいていると、思いもうけぬようなところで思いもそめぬような町に出くわすことがある。・・・とくにそういう町の多いのは中国山地である」。

「人が歩いて旅をした頃は山の尾根を通る道が少なくなかった。広島県の福山市から北へ、油木町にいたる道のごときも・・・」。
とあり、続いていくつかの町について記してある。

◇峠の町・小吹(こびき)・・・馬方の中継地。たたら鉄の輸送。大きな問屋もあった。鉄道が開通して、さびれた。

◇丘の町・油木(ゆき)・・・小吹の栄えていたころにはひっそりした村だったが、荷車が通るようになって栄えた。馬の背に荷をつけた時代は荷の後押しをする者もなかったが、車道がついてからはクルマ(人力)の後押しが必要だから。

◇高山市(こうやまいち)・・・牛市で栄えた。

など。今では想像もできない繁栄が中国山地の中で繰り広げられ、その痕跡はかすかな残存をとどめているのだろうか。

そんなところを訪ねてみたくて、2016年の7月、5万分の1地形図を頼りに、広島県福山市から中国山地をうねうねと、鳥取県倉吉市まで走った。

倉吉も渋い町で、江戸~明治の頃、千歯扱きの有数の産地として繁栄した。また、江戸時代には大阪の豪商淀屋が闕所(けっしょ=財産没収)の期間、倉吉に身を潜めて、後の世代に再び大阪で再興したとのことで、それだけのことがある町だったのだろう。

2016年7月16日 京都6:56(のぞみ95号)=8:13福山9:05~12:30神石高原町小吹~13:10油木町13:30~15:05神石高原町花済~15:20高山市~16:15成羽川~16:50(河岸段丘のヒルクライム終了)~17:17高梁市宇治町元仲田邸くらやしき(泊)
7月17日 泊地8:40~8:54御葉峠~9:12高梁川~9:19田井橋9:46~9:50備中川面駅~11:03才乢~12:50満奇洞(昼食)13:20~14:54月田駅~15:18中国勝山駅~16:16真賀温泉木地屋旅館(泊)
7月18日 泊地7:25~8:57鏡野町との峠~9:09ダウンヒル終了三叉路~9:52真庭市との峠(上杉越)~10:25中和村常藤~10:43鳥取県境~11:56倉吉市河原町~12:23土蔵群(昼食)12:47~13:10倉吉駅14:25=(スーパーはくと10号)=17:48京都
◇自転車:グランボア650Bランドナー(デモンタブル)

広島県神石高原町安田中
写真:広島県神石高原町安田中、かつては繁栄を誇ったであろう。

元仲田邸くらやしき
写真:高梁市宇治、元仲田邸くらやしき・・・かつての有力者の家が今は宿泊施設。料理が大変美味であった。地元の食材で、地元のおばちゃんがつくってくれる料理。

中国山地 高梁市巨瀬町にて
写真:高梁市巨瀬町にて。中山間地の景観。

写真:高梁市巨瀬町河原地にて。

真賀温泉 木地屋旅館
写真:真賀温泉、木地屋旅館に泊まる。その名称から木地師と関係があるのか宿のおばあさんに訪ねたところ、「もともと先祖が隠岐の島から鳥取の東郷(現・湯梨浜町)に出てきた木地師(の一族)から婿さんを迎えて、今の旅館のある場所の川向かいに住んでいたが、明治の頃の大水害で婿さんは流されてしまった。木地師の道具は残ってないかとよく聞かれるが、何も残っていない」とのこと。

岡山県月田の造り酒屋倉庫
写真:岡山県真庭市月田の造り酒屋倉庫

鳥取県倉吉市
写真:鳥取県倉吉市、江戸期に住民が建立した大きなお地蔵さんが今も屹立。川には鯉。

☆詳しくはGoogleフォトで(100枚)

ルートラボ1日目
福山から倉吉2日目

沢登り-十津川水系 芦廼瀬川(あしのせがわ)2016/09/18

暑さ寒さも彼岸まで。今年の夏の思いで。

沢には今シーズン4回行った。十津川水系の芦廼瀬川の本流遡行をKさんが組んでくれて、参加させてもらった。私は3回目だが、沢は都度、水量やヌメリ、地形の改変が生じているので、いつでも新鮮だ。

同行した方の感想に「水の中を歩いて、泳いで、登って、焚き火して、串焼きを食べて、やりたいことが全部できた」という意味の言葉があったが、私も全く同感。リーダーのKさん、同行の皆さん、ありがとうございました。自転車ツーリングと違って、1人では絶対に出来ません。

芦廼瀬川
入渓してすぐの足慣らし。写っているのは同行のWさん。

芦廼瀬川
この滝は、巻く。芦廼瀬川で巻くのは、この滝のみ。

芦廼瀬川
過去2回の時は、苦労した覚えがなかったが、今回はヌメリがすごく、苦労した。
泊まり装備のザックの重さも堪えた。Wさんにショルダーしてもらい、乗り越した。

芦廼瀬川沢登り
ヌメヌメで、なにげないところも苦労する

芦廼瀬川 核心の8m滝
芦廼瀬川 核心の8m滝。上にいるのは「沢下り」してきた姫路山岳会の人。まさか、下ってくる人がいるとは思わなかったので、びっくりした。

芦廼瀬川8m滝
リードする、Kリーダー

芦廼瀬川 核心の8m滝
無事リーダーが登り、セカンドにWさんが続き、後続への続きのルート工作をしてくれる

芦廼瀬川 核心の8m滝
その次に小生が登るの図。Wさん撮影。写真でみると、別に怖くなさそうだが、ロープで確保されているとはいえ落ちるわけには絶対いかず、ヌメヌメなこともあり、200%くらいの力を振り絞って、何でもありで登る。

芦廼瀬川 核心の8m滝
8m滝の核心を登って残りはトラバースのところだが、過去2回は、気をつけて歩けたが、ヌメヌメのため、懸垂下降で一旦降りてから滝の落ち口まで上がった。

芦廼瀬川
核心部を越えると、怖いところは無いが、ヌメヌメのため、お助けを出してもらったりしながらチームワーク良く進む

芦廼瀬川
平和な感じ

芦廼瀬川
ちょっと時間は早いが、幕地を定める。釣りをする人も。ヒルバークのタープは実に使いやすい。

芦廼瀬川
焚き火で至福の時。下界は35度オーバーだが、沢では長袖で丁度良い。炎の遠赤外線効果が気持ち良い。

夜が訪れる

芦廼瀬川
翌日も時々、ちょっとした泳ぎを交えながら、特に困難な箇所もなく、遡行終了。
クルマのデポ地にドンピシャで上がれて、午前中の予定よりもかなり早い時間に遡行を終了した。
                                  おしまい

旅の自転車 ランドナーへの誤解。本当に気持ち良い2016/09/15


グランボア650Bランドナー
写真:グランボア650Bランドナー(デモンタブル)

例えば、8.5kg程のカーボンロードで自転車を始めた人が、だんだんのめり込んできて、2台目を買う場合、今のよりも軽い自転車を、と思うのは自然である。特に競技用であれば、まず間違いないだろう。

次はツーリング寄りのを、と思っても、「グラベルロード」に興味を持つのがトレンドだろうし、そもそも「ランドナー」という存在を知らなくて、知ったとしても、鉄フレームで今の自転車(カーボンロード)よりも重たいのが、よく走るはずがない、と誤解されているかもしれない。

しかしである、よく出来たランドナーというのは、実に気持ち良く走ることを1人でも多くの人に知って頂きたい。最新のカーボンロードレーサーと比べても、感じるのは乗り味の違いということ。ロードレーサーの後にランドナーに跨がっても「重っ」という感じはなく、「気持ち良い~、ああ旅に出たい」と思うのが常である。

写真のランドナーは650×42Bという太いタイヤ(グランボア謹製エートル)で、重量は確かにロードレーサーよりも3kg以上重いが、走りの気持ちよさではロードレーサーに優る。タイヤがしなやかで太く、エアボリュームを感じてスルスル走るのが、本当に気持ち良い。太いのは悪路を走るためではなく、快走のため。

クルマに例えるとメルセデスベンツのSクラスにシトロエンのハイドロを装着したら、こんな感じに近づくのではないかと思えるくらい。

メルセデスのSクラスには乗ったことがないが、ハイドロシトロエンは、高校の同級生のを運転させてもらったことがある。なんというか、大きな船に乗っている感じで安定していて、チョコチョコ飛ばして走ったりする気持ちが全然起こらない。ゆったりした気分でどこまでも走れる感じ。その友達も、三重県から鳥取県までいつもノンストップで走るけれど疲れないと言っていた。400Km位は休憩無しでも楽ちんだろう。

荷物が積めるとか、泥除けがあって濡れた路面や雨中走行でも汚れないとかいう機能を重視してランドナーに乗っているのではなく、乗って気持ち良いからだと理解してほしい。

TREK エモンダとドマーネ2016/09/07


TREKエモンダとドマーネ
        写真:左がエモンダ2015モデル、右がドマーネ2016モデル

2016年7月に、2007年モデルのTREKマドン5.2のフレームを、2016年モデルのTREK ドマーネ5.2に交換した。前年にTREKエモンダSL6を入手し、この10年間でのカーボンフレームの進化を実感し、約10年前のマドンを今後も乗り続けようという気持ちが薄れたからだ。

TREKのロードバイクの商品構成で、エモンダは軽量指向、ドマーネは振動吸収に優れて長距離快適指向、マドンは2007年モデルの頃はいわゆる(普通の)レーシング用ロードバイク、という位置付け。今のマドンは空力重視モデルだが。

私が購入を検討する時点で、ドマーネの新型が出ることは公式にアナウンスされ、その先行モデルが既に雑誌に紹介されていた。新型は、ドマーネのウリの振動吸収を何段階かで調整できるようになっており、コースや状況に応じて自分好みの調整ができる。

しかし、私はそういうのは好まない。走りながら調整できるわけではないし、なんというか実効性に欠ける気がする。それに、様々な路面コンディションをはじめ、フレームにかかるあらゆる外力のバランスを総合的に勘案し、いかに目的に合致した走りにもっていくのかがフレーム設計の根幹だと思うのだが、その肝心な部分が放棄され、ユーザーの「(調整)自己責任」にもっていかれそうな気がするからだ。

ところで、私は広告の仕事に携わっているのだが、なんというか広告にのせられやすい性格なのだと思う。自分達が売る広告商品をこれまで特に悩むことなくクライアントに勧めてきた感覚と同じように、他人が仕掛けてくる広告についても素直に応じてしまいがちなのである。特に、自分の趣味分野の場合。その結果、自転車をはじめ、身を挺して消費行動を実践するというか散財してしまっている。広告性善説にたっているのだろうか。広告は信頼できない、という考えが根底にあったなら、そんな仕事で人生の大部分を費やすのは、たいへん辛いことになるので、無意識的にそうしているのかもしれない。

話がそれたが、要は、10年近く乗ったフレームを買い換えるにあたって、広告を入口としてカタログを熟読していたら、これまでは何とも思ってなかった「エンデュランスロード」という分野に興味がわき、購入してしまったということ。

雑誌やネットでみかけるエモンダとドマーネの比較インプレ記事をみると、大概、メーカーカタログに書いてある通りの、当たり前のことしか書いて無い。

雑誌やネットに登場するインプレライターで、メーカーが言っていることにネガティブな内容を、客観的な説得力をもって書ける感受性と文章力を持っている人は、まずいないのではなかろうか。それは、なにも、メーカー側が検閲するとか雑誌の編集長が朱を入れるとかそういうことではなく、ブラインドテストではないので、真面目に事前資料を読んだり説明をうけてから試乗すると、予定調和から外れる感覚をもつことが起こりにくいのではあるまいか。そもそも、ネガティブなことを書く動機が存在しないだろうし。

アメリカの自転車雑誌は、可能な限り客観的な評価ができるような仕組みと工夫、取材経費をかけて書いた力作のインプレッション記事を読者に与えてくれることがしばしばある。例えば、フレームチューブの比較なら、同じスケルトンで同一のパーツやホイールをアッセンブルして、比較対象が違うだけの自転車を何台も造り、客観性が担保されやすいように、計測データは複数回とってグラフに落とし、平均値をとる、とかそんな具合。辛口の指摘もけっこう多い。フレーム素材のカタログデータだけで「やっぱり○○でつくると△△な感じをうけますね」なんていう表現をそのまま掲載することもある日本の雑誌とは対極。

私の個人ブログでのインプレッションは極めて定性的な内容ばかりだが、個人が自分で買った自分の自転車を自分でつぶやくだけの話だから、しょうがないと思っている。客観性を装うつもりもないし。

日本での自転車雑誌やネット情報は、メーカーの試乗会での新製品インプレッションかメーカーから借りてきたものを試乗するという形式がほとんどで、当たり障りのないものばかりだという印象。

前振りが長くなってしまったが、自分で購入した、ほぼパーツグレードも同クラスのエモンダとドマーネを乗り比べて感じたのは下記の通り。但し、私は、この数年競技には参加していないし、シリアスなライディングではなく、あくまで中年サイクリストのホロホロ走りでの感想である。かつて競技をやっていた頃の脚力レベルでいうと、乗鞍ヒルクライムの最高タイムは1時間16分、シマノ鈴鹿の4周レースで時々集団の前には出るが結局は集団ゴールといったレベル。クラスによってはフロックで入賞した大会もあるけれど、登録者レベルには届かない万年中級者という感じだった。

で、今回の私なりの結論。
1.私の場合、エモンダと比べてドマーネが振動吸収性等が優れていて長距離の走りが楽だとは特に感じられなかった。

2.振動吸収については、タイヤの選択、空気圧、サドルの影響の方が大きいと思う。

3.ドマーネのスケルトンだと、ハンドルを低くすることに制約がある。

4.エモンダのほうが、ポジション調整幅が大きい。

5.アップライトなポジションをとりたいという目的があるのならドマーネはぴったり。

6.ドマーネはBBが低く、ダウンヒルでの安定感があることは実感できた。

7.日本のホビーレーサーの場合、公道で石畳等が続くようなことはないと思う。
レース用なら、迷わずエモンダ。身体を鍛えれば、大概のことは解決する。ドマーネじゃないと困るようなことは、ホビーレーサーの場合無いと思う。

8.ロードバイクでのツーリング目的でも、エモンダで困るようなことは想像しにくい。

9.ツーリングに特化した車種選択なら、ランドナーこそ検討に値する。

10.ブルベの経験は無いので、ブルベでの使用に関してはノーコメント。

11.エモンダもドマーネも、どちらもよく走るので、お好みに合わせて選べばよいが、1人で両方を所有する必要は無い。




エモンダとドマーネのスケルトン比較

図:エモンダとドマーネのスケルトン比較(フレームサイズ52cm) 


地蔵盆2016/08/21

お盆の次の週の土日に「地蔵盆」をする町内が京都では多い。

地蔵盆通行止め
あちこちで「地蔵盆」通行規制がひかれるので、京都市内で住宅地奥深くにクルマで行かれる際には注意されたほうがいい。

私の町内でも以前は、道路を通行止めにして、路上で地蔵盆をしていた(アスファルトの熱でとても暑い!)が、1軒のお屋敷が京都市に物納されて公園になったので、今ではその公園にテントをたてて地蔵盆を実施している。

今年は、くじ引きで町内会長をあててしまったので、今日は朝から準備など。

お地蔵さんをいつもいらっしゃる場所から、公園に移ってもらうのだが、ものすごく重いのにびっくりした。ウチの町内のお地蔵さんは、きわめて小柄なのだが、それでも大人2人がかりで持ち上げるのが精一杯。社殿のような木造りのケース(失礼!)も、重たい。重たい丈夫な木材で造られているのだろう。

 昼のいちばん暑い時間に、お寺さんがこられて子たちにお話しがあった。

お地蔵さんというのは、町内の子たちが間違った道に進まないように、行く手を案内されるミッションに日々励まれているということを、和尚さんのお話で知った。この歳になるまで、そういう基本的なことを知らなかった自分を恥じた。ほかにもありがたいお話しがあった。

ウチの町内は今日1日だけで、行事も割とあっさりしているが、フルに2日間完遂する町内も多数あるようだ。地蔵委員さんをはじめとする町内会役員の献身には頭が下がる。

最近は自転車競技には参戦してないので構わないが、地蔵盆があるので、今年はシマノ鈴鹿も乗鞍ヒルクライムも、出たくても出られなかったのである。

酷暑の時期の炎天下での諸作業は、山登りや自転車乗りよりも、断然疲れるが、数年に一度のことであるし、ポジティブシンキングでいきましょう!