SCOTT Spark 700 (2017) フルサスカーボンMTB ― 2025/08/07
2018年12月24日納車。
東京に転勤していた2003年3月に「M.D.S」で購入したspecializedM5の改造を繰り返しながら、時々MTBライドを続けていた私であったが、2015年10月に京都の「トムスクラフト」でSCOTT SCALE720を購入。12年ぶりのMTB購入。
どうして久々にMTBを購入しようと思ったかというと、京都北山のMTBホームコースで、一緒になった人の走りに全く着いていけなくてショックを受けたから。
当時、私はMTBでも軽量化が正義だと思っていた。軽くすれば速く楽に走れると。スペシャライズドM5にXTR、マビッククロスマックスをインストールして10Kgを切るくらいにしていた。
もちろん、体力とテクニックの違いがあるにせよ、出会った人に付いていけないのは、自転車の性能がずいぶんと進化していることも影響していると直感的に思ったのだ。
当時、私はMTBでも軽量化が正義だと思っていた。軽くすれば速く楽に走れると。スペシャライズドM5にXTR、マビッククロスマックスをインストールして10Kgを切るくらいにしていた。
もちろん、体力とテクニックの違いがあるにせよ、出会った人に付いていけないのは、自転車の性能がずいぶんと進化していることも影響していると直感的に思ったのだ。
干支が一回りしている間に、MTBは27.5インチや29インチが主流になり、スケルトンも変わり、大変化していた。その変化は、乗って楽しい方向。
その変化に感動し、コメンサルのMTB(クロモリ)、コメンサルのフルサスMTB(アルミ)を続けざまに買い、2018年12月にこのフルサスカーボンMTBを購入して現在に至っている。過年度モデルになっていてバーゲン価格だったことも大きいが。
フルサスについての感想は、2016年に書いた”MTBにフルサスは必要か?”と特に変わってない。コメンサルのアルミフルサスMTBから、このSCOTTのフルサスに買い替えたら担ぎは楽になった。後ろサスペンションの挙動の素直さは、コメンサルにあったような気がする。
私にしては珍しく、購入後全く無改造で現在まできている。フルサスMTBになると、自分でいじれるところも少ないし。
SCOTT Spark700 (2017)
SCOTT Spark700 (2017)
SCOTT Spark700 (2017)
後サスペンション
前サスペンション
かつてのMTBは普通の自転車店でも対応できたが、サスペンションや油圧ディスクブレーキなど諸々専門的変化をとげてきて、MTB専門店でないと扱えなくなった。
という事情もあり、MTBについては「トムスクラフト」さん一択。
「トムスクラフト」はかつて堀川北大路にあり(今は下鴨に移転)、実はオートバイの事故で、学生時代、お世話になった縁がある。当時、スズキGSX250Tというオートバイを24ヶ月ローン(月々の支払い4,100円)で購入して乗っていた。
3回生の10月10日、卒業論文調査の帰り、佐々里峠でクルマと正面衝突。ケガはなかったがオートバイは全損。数日後、当時はトライアルバイク専門店だった「トムスクラフト」にお願いし、社長の吉川さんの軽トラに同乗して回収した。面識はなかったが、トムスクラフトの近所に下宿していたので。
トライアルバイク部門はその後、近所に移転し、元の店舗はMTB専門店となった。MTB部門の最初の店長が退かれる際、学生時代から懇意にしていた現在の店長が東京から呼び戻されて店名を引き継ぎ独立開業されたと聞いている。
佐々里峠の事故というのは、快晴の夕方、調査が一段落した安堵感で緊張感のない運転をしていたのか、峠道の細い右カーブをキープレフトせず、センター寄りで出合い頭にぶつかった次第。
スピードが遅かったので、相手のクルマのボンネットに乗っかった後コロンと道路に落ちた。
不思議なことに、相手の誕生日が私と全く同じだった。年齢も。社会人で和歌山にある会社の寮住まいの方だったと記憶している。
マツダの赤いセダンで、修理に30万円かかるといわれ、とても払えない金額で絶望的な気持ちになった。私のオートバイは任意保険は対人しか入ってなかったので。
今のようにwebで調べられる時代ではなかったが、いろいろ調べて、対物保険で支払われる金額というのは、クルマの全損価格以上にはならないことを知った。相手のクルマは全損でも13万円、私のオートバイは18万円。
物損事故で警察からの過失相殺についてのコメントは無いということを確認。相手の保険会社の京都支社を直接訪問し、交渉。相手は13万円、私は5万円受領することで決着した。
保険会社の方からなんだか褒められ「ウチの会社に来ないか」とリップサービスを受けたことを覚えている。
トライアルバイク部門はその後、近所に移転し、元の店舗はMTB専門店となった。MTB部門の最初の店長が退かれる際、学生時代から懇意にしていた現在の店長が東京から呼び戻されて店名を引き継ぎ独立開業されたと聞いている。
佐々里峠の事故というのは、快晴の夕方、調査が一段落した安堵感で緊張感のない運転をしていたのか、峠道の細い右カーブをキープレフトせず、センター寄りで出合い頭にぶつかった次第。
スピードが遅かったので、相手のクルマのボンネットに乗っかった後コロンと道路に落ちた。
不思議なことに、相手の誕生日が私と全く同じだった。年齢も。社会人で和歌山にある会社の寮住まいの方だったと記憶している。
マツダの赤いセダンで、修理に30万円かかるといわれ、とても払えない金額で絶望的な気持ちになった。私のオートバイは任意保険は対人しか入ってなかったので。
今のようにwebで調べられる時代ではなかったが、いろいろ調べて、対物保険で支払われる金額というのは、クルマの全損価格以上にはならないことを知った。相手のクルマは全損でも13万円、私のオートバイは18万円。
物損事故で警察からの過失相殺についてのコメントは無いということを確認。相手の保険会社の京都支社を直接訪問し、交渉。相手は13万円、私は5万円受領することで決着した。
保険会社の方からなんだか褒められ「ウチの会社に来ないか」とリップサービスを受けたことを覚えている。
野坂山地 庄部谷山にて
野坂山地のトレイルにて
<スペック>
・FRAME Spark 3 Carbon / IMP technology / HMF Mainframe
BB92 / Alloy SL 6011 swingarm
SW dropouts for Boost 148x12mm
TBC Trunnion box construction
・FORK FOX 34 Float Performance Elite Air
FIT4 3-Modes with low speed adj. / 15x110mm QR axle
tapered steerer / Reb. Adj. / Lockout / 120mm travel
・REAR SHOCK FOX NUDE Trunnion
SCOTT custom w. travel / geo adj.
3 modes: Lockout - Traction Control -Descend
DPS / EVOL / Reb. Adj.
Travel 120 - 85 - Lockout / 165X45mm
REMOTE SYSTEM SCOTT TwinLoc TSP Technology
・Suspension - Seatpost Remote
below Bar / 3 modes / integ. Grip clamp
・HEADSET Syncros FL2.0 Drop in / Tapered 1.5” - 1 1/8”
bearing diameter size 42mm and 52mm
・REAR DERAILLEUR Sram X01 / Eagle 12 Speed
・FRONT DERAILLEUR SCOTT Chainguide
SHIFTERS Sram X01 Trigger
・BRAKES Shimano XT M8000 Disc
180mm F & R / SM-RT64 CL Rotor
・CRANKSET Sram X1 1400 Eagle GXP Boost PF
700 Series: 34T / 900 Series: 32T
・BB-SET Sram GXP PF integrated / shell 41x92mm
・HANDLEBAR Syncros FL1.5 T-Bar / Alloy 7050 D.B.
T shape Flat / 9° / 740mm
Syncros Pro lock-on grips
・HANDLEBAR STEM Syncros FL1.5 / Alloy 2014
integrated Spacer & Top Cup / 31.8mm / 6° / 1 1/8”
・SEATPOST FOX Transfer Dropper Remote
31.6mm / S size 100mm / M, L & XL 125mm
・SEAT Syncros XR1.5 / Titanium rails
・HUB (FRONT) Syncros XR2.0 CL / 15x110mm
made by DT Swiss
・HUB (REAR) Syncros XR2.0 CL / Boost 148x12mm
RWS axle / made by DT Swiss
・CHAIN Sram PCX01 Eagle
・CASSETTE Sram X01 / XG1295 / 10-50 T
・SPOKES DT Swiss Competition 2.0-1.8-2.0 Black
・RIMS Syncros XR2.0 / 28H / Tubeless ready
・TIRES Maxxis Forekaster / 2.35 / 120TPI Kevlar Bead
TR Tubeless Ready / EXO / 3C maxx speed
・WEIGHT Check website
BB92 / Alloy SL 6011 swingarm
SW dropouts for Boost 148x12mm
TBC Trunnion box construction
・FORK FOX 34 Float Performance Elite Air
FIT4 3-Modes with low speed adj. / 15x110mm QR axle
tapered steerer / Reb. Adj. / Lockout / 120mm travel
・REAR SHOCK FOX NUDE Trunnion
SCOTT custom w. travel / geo adj.
3 modes: Lockout - Traction Control -Descend
DPS / EVOL / Reb. Adj.
Travel 120 - 85 - Lockout / 165X45mm
REMOTE SYSTEM SCOTT TwinLoc TSP Technology
・Suspension - Seatpost Remote
below Bar / 3 modes / integ. Grip clamp
・HEADSET Syncros FL2.0 Drop in / Tapered 1.5” - 1 1/8”
bearing diameter size 42mm and 52mm
・REAR DERAILLEUR Sram X01 / Eagle 12 Speed
・FRONT DERAILLEUR SCOTT Chainguide
SHIFTERS Sram X01 Trigger
・BRAKES Shimano XT M8000 Disc
180mm F & R / SM-RT64 CL Rotor
・CRANKSET Sram X1 1400 Eagle GXP Boost PF
700 Series: 34T / 900 Series: 32T
・BB-SET Sram GXP PF integrated / shell 41x92mm
・HANDLEBAR Syncros FL1.5 T-Bar / Alloy 7050 D.B.
T shape Flat / 9° / 740mm
Syncros Pro lock-on grips
・HANDLEBAR STEM Syncros FL1.5 / Alloy 2014
integrated Spacer & Top Cup / 31.8mm / 6° / 1 1/8”
・SEATPOST FOX Transfer Dropper Remote
31.6mm / S size 100mm / M, L & XL 125mm
・SEAT Syncros XR1.5 / Titanium rails
・HUB (FRONT) Syncros XR2.0 CL / 15x110mm
made by DT Swiss
・HUB (REAR) Syncros XR2.0 CL / Boost 148x12mm
RWS axle / made by DT Swiss
・CHAIN Sram PCX01 Eagle
・CASSETTE Sram X01 / XG1295 / 10-50 T
・SPOKES DT Swiss Competition 2.0-1.8-2.0 Black
・RIMS Syncros XR2.0 / 28H / Tubeless ready
・TIRES Maxxis Forekaster / 2.35 / 120TPI Kevlar Bead
TR Tubeless Ready / EXO / 3C maxx speed
・WEIGHT Check website
コメンサルMETA Trail Limited フルサス(2016モデル) ― 2025/08/06
27.5インチ、アルミフレーム、フルサス、ドロッパーポスト、1×10速。
2016年5月27日納車。
トムスクラフトでSCOTT SCALE720 を2015年10月にMTBとしては12年ぶりに購入してからというものMTBにハマり、続いて2015年11月にはコメンサルMETA Trail Limited(クロモリ、完成車価格22.9万円)を購入。そして、翌年5月にこのフルサスを入手した。フルサスは宮田のBP-2をフルサス黎明期に試して以来だが、その後の進化を期待。
フルサスに興味がわいて、2年半後にスコットのカーボンフルサスに買い替えてしまった。フルサスの挙動は素直で扱いやすかったが重量感がある自転車だという印象。
コメンサルMETA Trail Limited フルサス
コメンサルMETA Trail Limited フルサス
フルサスの機構
ドライブトレイン
トレイルにて
L NAME META TRAIL Limited
Frame New META V4 Trail 650b,Travel 120mm, 6066 Triple Butted hydroformed, Integrated Postmount,Top tube channel
Shock XFUSION O2 RLX
Fork XFUSION Velvet 650B,RL2, Travel 120mm,1"1/8 steerer,15mm axle
Headset NECO semi integrated, Tapered ZS44/56,sealed bearing, 1"1/8 Steerer
Stem ALPHA,Alloy Forged,60mm, O° rise,φ31,8mm
Bars ALPHA,Alloy 7075 double butted, 30 mm rise,730mm,φ31,8mm
Grips COMMENCAL lock on, Neon Orange logo
Brakes SRAM DB5 180mm/160mm, with matchmaker
Shifters SRAM X7 1x10 spd
Front Mech /
Rear Mech SRAM X7 10 spd Type II
Bottom Bracket RACE FACE BB92,sealed bearings
Cranks RACE FACE Ride,34T 170mm on S,175mm on M
Chain KMC X10
Cassette SRAM PG1020+e.thirteen 11-42T
Rims ALPHA 650B 32H,26mm,Tubeless ready
Hubs ALPHA 32h,sealed bearings light version
Spokes CN Spoke Steel 1,8mm black - nipple brass 12mm black
Tires Front : MAXXIS Ardent 2.25", 60 Tpi,Kevlar Bead Rear : MAXXIS Ikon 2.2", 60 Tpi,Kevlar Bead
Seatpost ALPHA Alloy No offset one piece design, φ31,6mm,350mm
Saddle ALPHA,CrMo rails
Bike Weight 12.7 kg
Note Chainstay protector
Frame New META V4 Trail 650b,Travel 120mm, 6066 Triple Butted hydroformed, Integrated Postmount,Top tube channel
Shock XFUSION O2 RLX
Fork XFUSION Velvet 650B,RL2, Travel 120mm,1"1/8 steerer,15mm axle
Headset NECO semi integrated, Tapered ZS44/56,sealed bearing, 1"1/8 Steerer
Stem ALPHA,Alloy Forged,60mm, O° rise,φ31,8mm
Bars ALPHA,Alloy 7075 double butted, 30 mm rise,730mm,φ31,8mm
Grips COMMENCAL lock on, Neon Orange logo
Brakes SRAM DB5 180mm/160mm, with matchmaker
Shifters SRAM X7 1x10 spd
Front Mech /
Rear Mech SRAM X7 10 spd Type II
Bottom Bracket RACE FACE BB92,sealed bearings
Cranks RACE FACE Ride,34T 170mm on S,175mm on M
Chain KMC X10
Cassette SRAM PG1020+e.thirteen 11-42T
Rims ALPHA 650B 32H,26mm,Tubeless ready
Hubs ALPHA 32h,sealed bearings light version
Spokes CN Spoke Steel 1,8mm black - nipple brass 12mm black
Tires Front : MAXXIS Ardent 2.25", 60 Tpi,Kevlar Bead Rear : MAXXIS Ikon 2.2", 60 Tpi,Kevlar Bead
Seatpost ALPHA Alloy No offset one piece design, φ31,6mm,350mm
Saddle ALPHA,CrMo rails
Bike Weight 12.7 kg
Note Chainstay protector
グランボア700CランドナーER ― 2025/08/05
2024年3月22日納車のグランボア700CランドナーER。
グランボア700CランドナーER (2024年3月撮影)
グランボアのフルオーダーフレームは、もちろん親方こと土屋さんの制作だが、セミオーダーのER(イージー輪行)モデルについては、伊藤アトリエ長が制作していて大分経験を積んできたとのこと。
そこで、フレームビルダーとしての伊藤アトリエ長に1台お願いすることにした次第。
これ以上自転車を増やすわけにはいかないので、TOEI700Cランドナーのパーツをまるごと換装。フレーム売却代金でイデアルのチタンサドルをインストール。
TOEI700Cランドナーと同色。ベルトゥのパニアバッグセパレートを輪行仕様で装着したく、それ用の前キャリアもオーダーしたのが、TOEIとの違い。
グランボア700CランドナーER
シートチューブのラグ部分に段差があるのが、セミオーダー。
シートラグ
ERを特徴付けるクラウン
ER仕様
フロントバッグサポーターを装着。親方製作ではないので青バッチになる。
フロントバッグサポーター
パニアバッグセパレート用キャリア
バッグを装着した図
グランボア700CランドナーERにベルトゥのバッグ
エルスのクランク
サンプレックス
ブレーキはグランボア シュエット
イデアル90チタン

納車日 2024/3/22
乗ってみての感想は2018年に書いた
の内容と同じような思い。
グランボアとしてのノウハウは親方からアトリエ長に伝授されるのだろうし、グランボアブランドとしての品質を担保するようにされるのだろうから、当然といえば当然だが。
フロント荷重でしっかり長距離を走れる。
<おまけ>
2024年700Cランドナーのオーダーはこれが3台目。全てI’s Bicycleで。
最初の700Cランドナーは1991年3月納車。TOEIフルオーダー。
126mmエンド幅、石渡019。
2006年3月 対馬にて
2番目も同色でTOEIフルオーダー。2007年5月納車。
粋をこらして完璧なフレームになるようオーダーしたつもりだったが、今回のフレームに替えてしまった。130mmエンド幅、カイセイ019。
2014年8月 小布施にて
TREK 7.9FX クロスバイク(フルカーボンフレーム) ― 2025/08/01
2007年3月購入。
トレックのクロスバイク商材のトップラインで、当時の価格で27万円程だったと記憶。
自転車の価格がこの数年で高騰し、今ではインパクトのない価格だが、当時、どうしてこんなに高価な自転車、しかもクロスバイク、を購入したかというと、山岳サイクリングに使おうと思ったから。
フルカーボンフレームで、とにかく軽量。もちろん当時でもフルカーボンのMTBは存在していたが、サスペンションが付いていてレースにも耐える強度を確保することなどから、このクロスバイクよりもおしなべて重たい。値段ももっともっと高いし。
ラフロードをスピードを出して走ったりはしないし、とにかく軽いのがいい、担ぎの軽さ優先、ならばクロスバイクの改造で良いかと思った次第。
で、ハンドルをMTB用のものに交換するなどして山岳仕様に。
実際、山中に持ち込んでみると、スケルトンが山岳用ではないのが最大の理由だと解釈したが、使い物にならなかった。担ぎが軽いだけは、、。
シクロクロスに使えないかと試したが、無駄な行為であった。
やはり自転車は使用目的に合致した設計が必要だと勉強になった。
その後長期間、鳥取の家に置いていたが2024年の春に、街乗り用、本来の用途で使うことにして改造。
ハンドルを東京サンエスの「メトロポイント ハンドルバー」にして、I’s Bicycle前野店長最後の仕事として泥よけを着けてもらった。後ろキャリアは新車購入時に純正のものを購入していたものを使用。
スタンドはカーボンフレーム対応のBBに装着するものをインストール(強度が弱く頼りにならない)。タイヤはグランボアのシプレ700×30C。
走りについては、特に不満はないが、軽量だからといってすごいわけでは全然ない。
一定の品質を担保している自転車であれば、軽量であることに妙な期待を抱かないほうがよいと思う。
良くできたクロモリのクロスバイクの方が気持ちよく走れるだろう。
TREK7.9FX
メトロポイントハンドルバー:実によい感触
ディスクブレーキの必要性は全く感じない
アームストロングがドーピングで追放される前なので、ツール7連勝のデカール
デオーレXTリヤメカ
神島灯台と菅島灯台[灯台カード] ― 2025/07/28
京都市内は、気象台の日陰の百葉箱の温度計が37度~39度の日々。
近畿地方の天気予報を見ると、いつも最高気温が一番低いのは潮岬。
南端にあるのだが、海に囲まれているからだろう。
海水温は、熱せられた陸上~アスファルトに覆われ自動車やエアコンの排熱だらけ~よりも低いので、海に囲まれた島は本州、特に盆地よりは断然まともな気温。
というわけで、島に灯台カードの収集に行くことにした。季節の良いときだと自転車の走行距離を伸ばしたいが、この灼熱では小さい島が、好都合。
◎走行日:2025年7月27日(日)晴れ
◎使用自転車:WINDCOG
◎行程:京都自宅4:25=(新名神・伊勢道)=6:40鳥羽、鳥羽佐田浜デポ(鳥羽市営渡船乗り場)7:40=(渡船)=8:20神島11:35=(渡船)=12:15鳥羽佐田浜(昼)13:40=(渡船)=13:53菅島15:10=(渡船)=15:23鳥羽佐田浜=(伊勢道・新名神)=京都自宅
◎灯台カード:神島(かみしま)灯台、菅島(すがしま)灯台
移動のログ
神島は、いわずと知れた、若き日の三島由紀夫の純愛小説『潮騒』の舞台。
帰宅して読み直したが、難解な部分は全くなく、スルスルと読める美しい話。
文庫本の解説を読んでギリシア古代文学を本歌取りしたものだと知った。なるほど、妙にすっきりしたおとぎ話のようで、ドロドロした悪の要素が希少な話。
これまで5回も映画化されている。
公開年:新治(役)、初江(役)
1954年:久保明、青山京子
1964年:浜田光夫、吉永小百合
1971年: 朝比奈逸人、小野里みどり
1975年: 三浦友和、山口百恵
1985年:鶴見辰吾、堀ちえみ
1985年は私が就職した年でその年が最後の映画化。その後バブル経済を経て世の中は大変わりしてしまい、かつての生活様式も失われてしまった。『潮騒』の世界観は現代を生きる人々に響くのだろうか? もう映画化はされないだろう。
主人公の信治が初江の婿になることを認められる決め手となった、周囲を救うための勇気ある行動にしても、現代ではコンプライアンス的にアウトで雇用主はそんな指示を被雇用者に出せないであろう。テレビの台風中継でどうみても安全なところにいても、ヘルメットをかぶってマイクを持つリポーター。そんな仕事のやり方と真逆の世界。
それはともかく、鳥羽からの船のデッキで眺める伊勢湾は、見慣れた山陰や丹後の海とはあまりにも違う雰囲気。雲の形も見慣れない。海の向こうは朝鮮半島、大陸というのとは違う。椰子の実が南海から流れ着く海。
鳥羽 佐田浜港を出航
天草船籍の船が航行していた
天草の船
神島に向かう
神島が見えてきた
神島の渡船桟橋に到着。
神島定期船待合所
船を降りた正面には「三島文学 潮騒の地」の石碑。
港の周辺では、島民のおばあちゃんと相対的に多く出会う。今はおばあちゃんでも、映画の頃は心ときめかした娘時代、初江とその友だちのような存在だったのだろう。
石碑
自動車も走れる道を上って学校の校庭を突っ切って灯台を目指したが、どうも道がはっきりしてなくて、引き返した。(校庭を直角に曲がるのが正解だと後に知った)
引き返した場所
いったん集落に戻る
神島の家並み
改めて灯台へと向かう。地図でみると細実線の道があり、灯台メンテナンス用にクルマが通れる道路は存在するだろうと思ったが、見つからない。
地元のおばあちゃんに尋ねたところ「歩きの道しかない」。普通の人はそう思っても、自転車を部分的に担げば大丈夫かもしれないと思ったが、自転車を集落内に置き、徒歩にして正解であった。
神島灯台
神島灯台
神島灯台は初点1910年(明治43年)5月1日。
灯台から伊良子岬がすぐ近くに見える。
灯台から伊良子岬方向を望む
監的哨(かんてきしょう)という『潮騒』のクライマックスシーンに使われた、旧軍事施設に行ってみることにした。遊歩道で、自動車が走れるものではない。
監的哨へ
監的哨
監的哨の説明
『潮騒』の信治と初江は、この1階部分で漁が休みの嵐の日に逢い引きをした。
監的哨の1階
遊歩道を進むと島の反対側にある学校に出た。
神島小中学校
小説にも多く登場する八代神社。
八代神社
二百段の階段を上ったところに社殿がある。
八代神社本殿
八代神社
渡船の時間まで、日陰で海を眺めて過ごした。腹が減ったが、島内で販売されているのは飲料だけで、パンや菓子などの食べ物は一切無い。食堂も無い。
神島の港
いったん鳥羽に戻り、今度は菅島行きの渡船に乗る。
菅島の入り口
菅島漁港。後方の大きな建物は学校。
菅島漁港に到着。
菅島の定期船待合所
菅島灯台へは、自転車で行けた。
菅島灯台
菅島灯台
菅島灯台は初点が1873年(明治6年)7月1日。
現役では日本最古のレンガ造灯台で、国の重要文化財。
現役では日本最古のレンガ造灯台で、国の重要文化財。
港で船の到着を待つ間、近くの神社へ。
菅島神社
渡船
鳥羽市営定期船 1日フリー乗船券
島の気温は、私が子どもの頃の夏のよう。日なたでは暑いが、日陰で風が通って動かずにいると、クーラーは無くて済むと思えるほどだった。
(おしまい)
グランボア650×42Bランドナー55号 ― 2025/07/16
「I’s Bicycle」を通じて、1989年9月にTOEIロードレーサーのフルオーダー(丹下プレステージラグレス軽量フレーム)を嚆矢に数多くの自転車を得てきたが、その最終型としてオーダーしたのがこの55号ランドナー。
55号というのは、サイクルグランボア直営店「I’s Bicycle」の”親方”である土屋さんがフレームビルダーとして制作した、55台目のフレームだから。
10号ランドナーも所有しているが、10号はER輪行方式のラグレスでタイヤは38B、パーツは割と最近のものを使っていてエンド幅は130mm、10速。
55号ランドナーは屋根裏収納庫に長年保管しているパーツを後悔無きよう使って、自分に対してその種の引導を渡す、という背景。
変速機が70~80年代のものとなるのでリヤエンドは126mm。タイヤは42B。今度はラグ付フレーム。土屋さんのラグワークのフレームというのも1台は欲しいので。
「これが最後のオーダー」だと決意しながらも、またオーダーしてしまったりする日々であったが、今回は正真正銘(のつもり)。
私の場合、あまり時代考証に忠実な自転車づくりというのを意識しないので、在庫パーツと最新パーツ(ハブダイナモなど)がミックスしたものとなっている。
一貫しているのは、その時のI’s Bicycleの持てる力を発揮した自転車ということ。オールドパーツの扱いと、最新のお勧めのものとのベターバランス。
ということで完成した自転車が2023年1月22日(土)~23日(日)、東京北の丸公園「科学技術館」で開催された「2023ハンドメイドバイシクル展」で披露されるという誉れを得た。
このことは私なりに一つの到達点ともいえ、わざわざ東京まで見に行くことにした。
科学技術館というのは、日本に高度経済成長期というものがあったことを思い起こさせる建物。1964年4月開館。
科学技術館(東京都千代田区北の丸公園2-1)
建設時の企業協賛奉加パネルをみると、当時は関西財界の独立性が強かったのか、そもそも協賛要請が無かったのかは知らないが、関西系の企業名はない。住友銀行、住友金属、住友電工、住友商事など住友系の企業。例外的に住友建設があるのはJVに入っていたのだろうか。神戸製鋼、関西電力、松下電器、東洋紡、日立造船、久保田鉄工など関西を代表するとされた企業も。ゼネコンの竹中工務店、大林組、流通では大丸、高島屋も。高島屋は東京に出店があったのだろうが。トヨタもない。八幡製鉄の名前はあるので、関東ローカルで進めたということでもなかろうが。
科学技術館の奉加パネル
そんなことはともかく、会場に入った。
ハンドメイドバイシクル展2023入り口
サイクルグランボアのブース
私の自転車は「SGDsなランドナー」として紹介されていた。なるほど、うまい具合に特徴付けられたものだ。
私の55号ランドナー
説明パネル(画像を一部加工)
ステムもグランボアの手造り
イデアル90(チタン)
ストロングライト99チェーンホイール。ペダルはTA。
ユーレーサクセス
まだコロナの制限があった時期だった
納車後の変更点。
・サドル イデアル90(チタン)→ブルックスプロフェッショナル(チタン)
~キャラダイスのサドルバッグを装着する際、イデアルだと後付けの金具になるがブルックスだとサドルベースにバッグループが付いていて安定するので。
・ブレーキ 前後マハッククリテリウム→後ろだけマハックタンデム
~マハックタンデムは650Bデモンタブルランドナーで使っていて効き味が良いので。クリテリウムでも特に問題は感じないが、まあ、前後違うブレーキというのにしてみたかった。
・ペダル TA→三ケ島シルバンロードNEXT Ezy Superior
~輪行時の簡便さ
・バーテープ(写真はコットン) コットン→シェラックニス塗り
~耐久性
納車後の記録。
グランボア650Bランドナー55号
グランボアのバッチの色は、緑が親方製、青は親方以外のビルダー、赤はイリベ製。3色揃えようと思っていたが、叶わぬことに。将来的に伊藤アトリエ長がメインビルダーになった時には、色はどうするのだろう?
緑バッチ
ラグワーク
ハンドルはグランボアのフランス型ランドナーバー
SONのハブダイナモ
ライトはSONエデリュクス2とキャットアイ
タイヤはグランボア650×42Bエートル
タイヤはグランボア650×42Bエートル
駆動部分
ストロングライト99 46×28
ユーレーサクセス
Wレバーはカンパレコード(凸)
カンパ ハイローハブ
マハッククリテリウム
ブルックスプロフェッショナル(チタン)
パセンティ ブルベ
以上
海の京都 丹後半島経ケ岬へ[灯台カード] ― 2025/07/14
経ケ岬灯台
経ケ岬灯台
海上保安庁の「灯台カード」収集もあって、丹後半島の経ケ岬へ。
丹後半島には何度か訪れているが、直近は一昨年の「TANTANロングライド」イベントスタッフ。京都車連からということで「模範ライダー」として丹後半島を1周した。その時は当然走るだけ(平均速度25kmで走るようにと運営マニュアルにあって、自車サイクルコンピューターの平均速度が結果として25kmピッタリだったことには驚いた)で、写真を撮ったり観光的なことはできないので、再訪した次第。
丹後半島・経ケ岬観光の場合、伊根の舟屋、天橋立、と巡るのがメジャールートだが、今回はまだ見たことのない「丹後大仏」と、実はまだ走ったことのない碇峠を回った。
丹後半島一周道路は1962年に経ケ岬の区間が開通して全線開通となった。
かつては定期船が頼りであった集落も道路で結ばれた。
かつては定期船が頼りであった集落も道路で結ばれた。
現在も「丹後海陸交通」の路線バスが走っているが、かつては、まさしく「海陸交通」という業態であったのだろう。
経ケ岬隧道(西側)
経ケ岬隧道の扁額「白南風(しらはえ)洞」
経ケ岬隧道には蜷川虎三知事の揮毫による扁額「白南風洞」と、隧道西側には「開通碑」がある。
”白南風”は南東からの風、南東にある京都府南部(京都市)から丹後へ、という意味をこめているのだろう。
京都府の「南北格差」対策のひとつとして重要なプロジェクトだったことが偲ばれる。
丹後半島一周道路開通碑
隧道を抜けると海崖を近代土木工事で開通させた道路のダウンヒルとなる。
丹後半島一周道路
下ったところの集落にある、浦島伝説のフィールドとされる浦嶋神社
浦嶋神社
水上勉『五番町夕霧楼』夕子の在所に設定された「津母」集落。
夕子は木樵の娘で昭和26年の初秋に京都の五番町夕霧楼に入ることになった。
学生の時、下宿探しで千本中立売あたり(たぶん五番町)の散髪屋の二階を紹介され、入ってみたところ「いらっしゃい」とある色ガラスが部屋の入り口で、廊下にはタライの手水風のものがあり、部屋は布団を敷くサイズを幾回りか大きくした形状、かつては派手な彩色が色あせた内装で、今ならもっと興味深く観察したかもしれないが、何らかの怨念が籠もってそうな不気味さを感じて、早々に引き上げたことを思い出した。
その後、千本通りを挟んだ反対側の、元は堕胎医の病室だったと後で知った下宿に決めた。中途半端な時期で安い下宿はなかなか見つからなかったので。
なんだか落ち着かず、全く爽やかさを感じることがない建物、近くのお風呂屋さんに行くと紋々の人だらけ、千本通りのバスの音がやかましい、という環境で3ヶ月程で脱出し、訳あって出ることになった(自分のせいではない)北大路堀川の下宿の大家さんに解決策を提案し、戻らせてもらった。
津母
丹後大仏のあたりから道路の勾配は増し、碇峠へ。
丹後大仏
碇峠は予想したよりも走りやすい傾斜で、淡々と走って峠に着いた。
碇峠
道の駅「てんきてんき丹後」で定番人気商品のオイルサーディンを土産にした。

竹中缶詰のオイルサーディン
*詳しくはGoogleフォトで
◎走行日:2025年7月5日
◎使用自転車:グランボア10号ランドナー
◎峠:碇峠(343m)
◎行程:道の駅「てんきてんき丹後」8:40~立岩~9:38平~10:18経ケ岬11:36~12:12浦嶋神社・カフェ両助(昼)13:06~13:40津母~14:06本庄上~14:30丹後大仏~14:41知足院~15:20碇峠~16:12道の駅「てんきてんき丹後」 走行:65km
*走行ログ
隠岐島~島前・島後の4島を巡る(自転車)[3] ― 2025/07/01
◎走行日:2025年5月25日(日)夜発~30日(金)車中泊1、現地4泊5日
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊
・隠岐島~島前・島後の4島を巡る[1]
・隠岐島~島前・島後の4島を巡る[2]
Day4:5/29晴れ:民宿 味富7:45~8:05福浦トンネル~9:05福浦(集落)~9:45水若酢神社・隠岐郷土館・五箇創生館10:50~12:00白島埼灯台13:10~水木しげる像13:30~14:00世間桜~15:00卯敷(うずき)~16:50西郷・「竹の坊」(泊) 走行:65km
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊
・隠岐島~島前・島後の4島を巡る[1]
・隠岐島~島前・島後の4島を巡る[2]
Day4:5/29晴れ:民宿 味富7:45~8:05福浦トンネル~9:05福浦(集落)~9:45水若酢神社・隠岐郷土館・五箇創生館10:50~12:00白島埼灯台13:10~水木しげる像13:30~14:00世間桜~15:00卯敷(うずき)~16:50西郷・「竹の坊」(泊) 走行:65km
宿を出発して、旧五箇村のよく手入れされた田んぼの中の道を走り、「福浦トンネル」へ。
旧五箇村
福浦の入り江。いかにも外海の荒波を防げそう
単に海沿いの旧道を走ろうと思っただけだったが、思わぬ収穫があった。福浦トンネル、すごい。
福浦トンネル説明板
福浦トンネル(旧)
福浦トンネル・手掘り時代のものか
徒歩時代はこの海沿いの岩盤の上を歩いていたのだろうか
福浦トンネル。それぞれの時代がわかる。
自動車通行時代。1988年に新福浦トンネルが竣工しているので、それまで使われていたのだろう。
新福浦トンネル。1988年6月竣工とある。
福浦滝
福浦でUターンし、水若酢神社へ。隠岐一の宮。
水若酢神社
水若酢神社
水若酢神社
水若酢神社
隣接する「隠岐郷土館」をじっくり見学。
隠岐郷土館
展示物の中で、一番印象に残ったのは「冬ツヅリ」という、冬用の仕事着。
商品経済が浸透する前、自給自足的生活で「衣」をまかなうことは、たいへんなことだったのではないかと思う。
商品経済が浸透する前、自給自足的生活で「衣」をまかなうことは、たいへんなことだったのではないかと思う。
世界中の賃金の安い地域で作ったファストファッションを使い捨てている今の暮らし、、。
冬ツヅリ
その隣にある「五箇創生館」も見学。
五箇創生館
見学に時間を費やした後、今回の旅の目的のひとつである、海上保安庁の「灯台カード」を得るため、白島灯台へ。
白島灯台。「白島」の読み方は、地元のパンフでは「しらしま」、海上保安庁の灯台は「しろしま」になっている。
白島海岸。海霧で、どこからが空なのか判らない
白島神社鳥居。島根県神社庁の読みでは「しらしま」。
白島崎から坂を下り、「中村」にある水木しげるの「アマビエ像」へ。
アマビエ像
水木しげるのルーツはこの地とのことで、水木しげるのブロンズ像があった。
水木しげるブロンズ像
隣に「唐傘の松」という立派な松があった。推定500年以上。
唐傘の松
海沿いの旧道を走ろうと思って、「飯美(いいび)」の集落に入ったが、旧道は落ち葉が堆積して軽トラの轍もなかったため、引き返して新道を走った。
飯美大橋
飯美港
隠岐島後の東海岸を走る。卯敷(うずき)、この集落も海と田んぼが美しい。
卯敷
卯敷
久保呂海岸
「佐々木家住宅」に寄りたかったが時間がないのであきらめ、西郷へひたすら走る。
小さなトンネルを抜けると、西郷の中心部。
小さなトンネル
西郷の建物
西郷
新聞販売店
宿泊した「竹の坊」
Day5:5/30晴れ:「竹の坊」7:40~西郷港8:30=(フェリーしらしま)=菱浦=別府=来居=13:20境港港~14:30美保関灯台15:35~16:23七類港(デポ)=(米子道・中国道)=京都自宅 自転車走行:30km
おき西郷港へ。宿から至近距離。
おき西郷港
フェリー乗り場で出会ったハンターカブCT125で日本一周している人。
3月に浜松を出発して9月には帰宅予定とのこと。
去年、北海道ツーリングをした時にも、CTシリーズで旅している人にたくさん出会った。
3月に浜松を出発して9月には帰宅予定とのこと。
去年、北海道ツーリングをした時にも、CTシリーズで旅している人にたくさん出会った。
Honda CT125 ハンターカブ
フェリー船内にて。ザックは「ヤマネオリジナル」1987年購入。
西郷から境港への切符
西郷港を出発。島前の各港へ寄って、境港へ。
今回のツーリングで全てお世話になった港。たった数日前のことだが懐かしく感じる。
今回のツーリングで全てお世話になった港。たった数日前のことだが懐かしく感じる。
西郷港
菱浦港(中ノ島)
別府港(西ノ島)
来居港(知夫里島)
境港に到着。クルマをデポした七類港へはシャトルバスがある。雨だと乗車しようと思っていたが、天気が持ったので、自走で、ついでに美保関に寄ることにした。
境港の岸壁。正面の橋は、境水道大橋。
境水道大橋は、以前は有料道路だった。歩行者や自転車が通行することが想定されてない道幅だが、交通量が少ないので助かった。
境水道大橋
クルマが来ないので、狭い歩道部分に乗り、境港市街の写真を撮った。
境港市街
美保関灯台で灯台カード。想像していた以上に、美しい灯台と周囲の景観。
隠岐島の島影も見えた。反対側には大山も。
隠岐島の島影も見えた。反対側には大山も。
美保関灯台
灯台の建物内にビュッフェがあり、特製カレーライスを食べた。海、隠岐島を眺めながらの美味しいカレー。
美保関灯台ビュッフェ
美保関灯台から見える隠岐島
灯台からの坂を降りて、境水道沿いに走っていたところ、隠岐島行きの高速船が爆走していた。高速船には輪行状態でも自転車は積めない。背景には大山。
隠岐島行きの高速船
無事、七類港駐車場に到着。
七類港駐車場(無料)
帰宅後、「ニューサイクリング(NC誌)」1983年10月号11月の薛雅春さんの隠岐島紀行を読む。
NC誌の紀行文に載っている地は、私にとっては歌枕の地のようなものかもしれない。しみじみと、当時を偲ぶ。NC誌を知ってバックナンバーを買い集めたのは結婚後、京都に住んで I’s Bicycle に通うようになってからだが。
NC誌の紀行文に載っている地は、私にとっては歌枕の地のようなものかもしれない。しみじみと、当時を偲ぶ。NC誌を知ってバックナンバーを買い集めたのは結婚後、京都に住んで I’s Bicycle に通うようになってからだが。
有吉佐和子『日本の島々、昔と今』岩波文庫 はエッセーではなくルポルタージュで、隠岐島をめぐる当時の情勢がよく伝わる。竹島のことも。有吉佐和子が大酒呑みだと知ることもできた。
「ニューサイクリング」1983 年10月11月号
(おしまい)
隠岐島~島前・島後の4島を巡る(自転車)[2] ― 2025/06/30
◎走行日:2025年5月25日(日)夜発~30日(金)車中泊1、現地4泊5日
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊
Day3:5/28晴れ:みつけ島荘・別府港7:50=(内航フェリーどうぜん)=8:02菱浦港(中ノ島)~8:40隠岐神社・後鳥羽天皇御火葬塚・後鳥羽資料館・村上家資料館10:00~10:15宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)~10:35明屋海岸展望所~11:13金光寺(きんこうじ)~12:12菱浦港12:50=(フェリーくにが)=14:00西郷港~14:35西郷岬灯台~15:07玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)~16:00水若酢神社~16:30民宿 味富・隠岐温泉(泊)
走行:55km
走行:55km
移動ログ
西ノ島・別府港から内航フェリーで、対岸の中ノ島・菱浦港へ。通学の高校生も利用。中ノ島には「隠岐島前高校」があり、日本中から生徒が集まっており、進学実績(それだけを重視している学校ではないだろうが)もなかなかのもの。
別府港を出航したところ。右手に黒木御所、左手に幕府警固の見附島。
中ノ島に到着。銀行もある。
山陰合同銀行海士支店のあるメインストリート
まずは、隠岐神社へ。1934(昭和14)年創建の新しい神社。京都でいえば平安神宮のようなものかも。
海士町には隠岐・中ノ島に配流され、この地で亡くなった後鳥羽上皇ゆかりの史跡が集まっている。
隠岐神社
隠岐神社
後鳥羽天皇御火葬塚
向かいにある後鳥羽院資料館も見学
後鳥羽院資料館
後鳥羽天皇に仕えたといういわれのある隠岐の旧家・村上家の資料館。京の公家・水無瀬家とも交流があった。
村上家資料館
村上家資料館 入り口
後鳥羽資料館で紹介されていた「宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)」を目指す。
西ノ島ではあまり見なかった、田んぼが広がっていた。
西ノ島ではあまり見なかった、田んぼが広がっていた。
県道317号海士島線
田んぼの中に浮かんでいるように見える宇受賀命神社。平安時代の神社一覧に名を連ねる古い神社。
宇受賀命神社
宇受賀命神社の本殿
海沿いに走り、島の北側、明屋(あけや)海岸へ
牛がまどろんでいた
明屋海岸
明屋海岸
そこそこのヒルクライムで金光寺へ。小野篁が参ったとのこと。
金光寺
坂を下って、海士町中心部へ。農協の建物が渋い。
海士町の農協
菱浦港に戻り、フェリーで島後・西郷へ向かう
島後へのフェリー切符
フェリー乗り場の建物はウッディーな空間
菱浦港乗り場。隠岐関連の本を読める
畳でくつろぐこともできる
隠岐汽船フェリー くにが
自動車を積み込んだところ
菱浦港を出航
西郷岬灯台の横を通過し、西郷港はすぐ近く。西郷岬灯台は海上保安庁の「灯台カード」該当で、下船後、自転車で向かう。
西郷岬灯台
西郷港で下船。
西郷は、自動車が普通に多く走っていて、信号も多い。これまで「島旅」感にあふれていたが、なんだか「島旅」感が薄れて本州の普通の町を走っている感覚。
西郷港で下船して、最初に目にした景観
西郷大橋を渡って、西郷岬へ。隠岐空港への経路になることもあってか、交通量が多い。
西郷大橋南詰めから西郷の町を眺める。
西郷
意外に上り坂が続き、西郷岬灯台へ到着。灯台カードを得る。
西郷岬灯台
西郷市街方向へ戻り、玉若酢命(たまわかすみこと)神社へ。
億岐(おき)家住宅
玉若酢命神社の境内に入ったところ、巨大な杉に驚いた。比類なき迫力。
「八百杉(やおすぎ)」と命名される国指定天然記念物で樹齢1500年以上。
八百杉
八百杉
玉若酢命神社本殿
島後の北方、旧五箇村にある宿へ向かう
島後の民家
美しい田んぼが広がってた
隠岐の田園風景
トンネルを抜け、水若酢神社の側を走って、旧五箇村役場へ。
五箇村道路元標
「民宿 味富」に到着。五箇温泉が至近距離。
隠岐島~島前・島後の4島を巡る(自転車)[1] ― 2025/06/28
知夫里島アカハゲ山より
4月に帰省したとき、95歳の父が「引き出しを整理していたらこんなものが出てきた。隠岐島の玉若酢(たまわかす)神社の鈴」といって、わりと大きな鈴を差し出した。以前(といっても推定70年以上前)、青年団で隠岐島に行き、土産で買ったそう。
手にとったところ、なんだか鈴が隠岐島に呼んでいるような気がして、行きたくなった。
隠岐島には、30年程前、仕事で行ったことがあるが、ほとんど何も覚えていない。
島根半島の七類港からフェリーで島前(どうぜん)の「知夫里島(ちぶりじま)」来居港(くりいこう)で降り、赤ハゲ山展望台などを巡ってその日のうちに内航船で「西ノ島」別府(べっぷ)の宿へ。2泊して後醍醐天皇の黒木御所址や摩天崖(まてんがい)、国賀海岸遊覧船を満喫。3日目に「中ノ島」菱浦港へ渡り後鳥羽上皇関連、その日のうちにフェリーで島後(どうご)の西郷港へ。旧五箇村の宿と西郷の宿に泊まり、境港行きのフェリーで隠岐を後にした。4泊5日で一応、隠岐の全ての島を廻った。
隠岐島というのは地図上では日本海に浮かぶ「孤島」だが、全然僻地感はなかった。古くは中国大陸や朝鮮半島からの文化の通り道であったし、貴人の行き来もあった。近世でも北前船の寄港地であったりしたことから、元々外界に開かれた地なのだろう。神社がすごく立派だし、建築物もしっかりしている。僻地にありがちな粗放感や荒涼感がない。
島全体が整っているという印象。
島全体が整っているという印象。
「日本書紀」の神話によると、神代の昔、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の夫婦神は、高天原(たかまのはら)に住む神々から国生みを命ぜられ、淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐島、対島、佐渡島、最後に本州を誕生させた、とあるので、隠岐島は3男とでもいうか、本州の兄なのである。
◎走行日:2025年5月25日(日)夜発~30日(金)車中泊1、現地4泊5日
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊
◎行程:5/25:京都自宅20:40=(中国道・米子道)=23:59蒜山高原SA(車中泊)
Day1:5/26晴れ:蒜山高原SA6:50=(米子道)=8:00七類港(車デポ)9:30=(フェリーくにが)=11:30来居港(知夫里島)昼食[ニューポート:隠岐牛特製カツ丼]12:18~御越鼻13:00~13:43アカハゲ山展望台14:15~14:37ウクイガ崎展望所付近~14:52古海~15:20来居港15:57=(内航フェリーどうぜん)=16:35別府港~16:50みつけ島荘(泊)
走行:21km
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊
◎行程:5/25:京都自宅20:40=(中国道・米子道)=23:59蒜山高原SA(車中泊)
Day1:5/26晴れ:蒜山高原SA6:50=(米子道)=8:00七類港(車デポ)9:30=(フェリーくにが)=11:30来居港(知夫里島)昼食[ニューポート:隠岐牛特製カツ丼]12:18~御越鼻13:00~13:43アカハゲ山展望台14:15~14:37ウクイガ崎展望所付近~14:52古海~15:20来居港15:57=(内航フェリーどうぜん)=16:35別府港~16:50みつけ島荘(泊)
走行:21km
5/26 走行ログ
島根半島の七類港からフェリーで、隠岐(島前)知夫里島の来居(くりい)港へ。
来居港ターミナル
フェリーくにが
来居港の真正面にある「ニューポート」というお店で、隠岐牛特製牛丼(1,000円)を食べて出発。
特製牛丼
隠岐島(知夫村)で感心したのは、地区のバス停が移動図書館の基地になっていること。
こどもから大人まで、図書館を身近に感じられることだろう。
知夫村のバス停図書館
道端で石像としばしば出会った。
河井湧水の石仏
郡地区から海沿いを走る。前方に「浅島」が特徴的な姿を見せる。
前方に浅島
浅島
ちょっと坂をのぼって御越鼻メグリ照射灯。
御越鼻(みこしはな)メグリ照射灯
アカハゲ山へのヒルクライム。振り返ると、先刻通過した知夫漁港(仁夫里)。
知夫漁港(仁夫里)
後醍醐天皇行在所の碑。正面にはアカハゲ山展望台。
行在所は森の中かと思っていたら、放牧地として開けていた。
後醍醐天皇行在所
坂を28×28の最大ローギアで上っていると、電動アシスト自転車のおばちゃんにあっさりと抜かれた。海抜0mからのヒルクライム。
アカハゲ山の三角点(324m)
アカハゲ山に到着、あまりの絶景に驚いた。
誠に感動的な景観だが、「アカハゲ山」という名称が、、。頭髪を気にする人を誘うのには、ちょっとセンシティブかもしれない。
もう少しロマンティックな想像力をかきたてる名称だったら、観光地としてもっと違う展開になっていたのかもしれない。
まあ、「恋人の聖地○○」とかのいかにも観光向けの愛称よりは断然マシだが。
まあ、「恋人の聖地○○」とかのいかにも観光向けの愛称よりは断然マシだが。
アカハゲ山より島前カルデラを望む
電動アシスト自転車(レンタル)のおばちゃんに写真を撮ってもらった。東京からの一人旅。身体の動くうちに、とのことで隠岐島ではカヤック体験とか諸々アクティブに過ごされるそう。この方とは、この後、何度も隠岐島内で出会うことになる。移動手段とルートが限られているし。
アカハゲ山にて
上ってきた道
アカハゲ山から北向きにルートをとる。
隠岐の海が正面に広がる。
海に向かってダウンヒル
しばらく快調に走っていると、牛が実効支配しているエリアに突入した。
「うしさんうしさん、あやしいものではありません。とおしてください」と言って通してもらった。
牛が小径を実効支配
サイクルツーリングとして垂涎の道が続き、「古海(うるみ)」という集落に出た。
赤瓦のしっかりした家屋。”蘇民将来”の神事が伝承されている。北前船の風待ち港として栄えた時代もあったとのこと。
赤瓦のしっかりした家屋。”蘇民将来”の神事が伝承されている。北前船の風待ち港として栄えた時代もあったとのこと。
知夫村古海
古海のバス停移動図書館
古海付近
来居港に戻り、内航フェリーで西ノ島の別府へ。
内航フェリー乗り場
フェリーどうぜん
来居港の正面には、かつては醸造元であった土産物屋さんがあった。
安藤本店
別府にある「みつけ島荘」に宿泊。
女将は”日本縦断こころ旅”の田中美佐子の小中学校同級生だとご本人から聞いた。
宿の廊下に、”女優と女将”のテニス姿の写真が貼ってあった。
連泊した「みつけ島荘」
Day2:5/27晴れ:みつけ島荘7:55~黒木御所址~9:00宇賀~黒木御所址碧風館~9:55別府・西ノ島ふるさと館(見学)10:10~11:10焼火神社遊歩道入り口[徒歩11:25焼火神社]11:57~12:41船引運河~13:40摩天崖~14:08国賀海岸展望台~14:30浦郷港・国賀海岸定期観光船乗り場15:00=(定期観光船)=16:30後郷港~16:58みつけ島荘(泊)走行:51km
5/27ログ
宿を出て黒木御所址へ。資料館の開館が9時なので、それまでの間、島の東端の宇賀(うか)まで走ることにした。
途中にある「倉の谷」港
倉の谷から宇賀へのバイパス道路の切通ピークに神社入り口があった。
辿ってみると、比奈麻治比売命神社(ひなまじひめみことじんじゃ)。
古くは8世紀、遣渤海使船の帰路、夜闇の海原で迷った際、この神社の霊験で無事浜に着いたといういわれのある、式内社。
それにしても、古い神社がさりげなく存在している、隠岐島。
比奈麻治比売命神社(ひなまじひめみことじんじゃ)
島の東端、「宇賀」
宇賀
宇賀
宇賀付近
黒木御所址へ戻る。1332年から1年余り、後醍醐天皇の行在所であった。
隠岐島民と伯耆国の名和長年らの助けで隠岐から脱出して建武の新政を開始。
そういえば、以前、会社に名和長年の子孫を名乗る後輩がいたことを思い出した。
そういえば、以前、会社に名和長年の子孫を名乗る後輩がいたことを思い出した。
黒木御所址入り口
黒木御所址へ
黒木神社
黒木御所址 行啓記念柱もあった
碧風館:後醍醐天皇関連の資料館
碧風館の展示:「後醍醐天皇の道」
後醍醐天皇の配流と脱出ルートには、身近な地名が複数登場。隠岐島から伯耆国御来屋の上陸地点にある御腰掛岩には、以前のサイクルツーリングで立ち寄った。
近くにある、後醍醐天皇に付き従った三位局館跡
別府では「西ノ島ふるさと館」[山本幡男資料室]も見学して、次の目的地、焼火(たくひ)神社へ。
途中、大山地区で、辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』文芸春秋1989ーーシベリア抑留のノンフィクション、後にテレビドラマ(1993)、映画化(2022年)ーーの山本幡男生家跡碑に出会った。
山本幡男生家跡
焼火神社の入り口に自転車を止め。徒歩15分ほどで社殿。
焼火(たくひ)神社
焼火神社より 向かいには知夫里島
焼火神社からのダウンヒル。山々の緑の勢いがすさまじい。
隠岐の山の緑
美田(みた)港沿いに走り、西ノ島の真ん中を貫通する「船引運河」を目指す。
美田港 後方に西ノ島大橋
隠岐の民家
船引運河。大正4年(1915年)開通。延長340m、幅5.5m。
昭和39年(1964年)拡幅。延長340m、幅12m。
昭和39年(1964年)拡幅。延長340m、幅12m。
船引運河
小さな坂を上がったところに、由良比女(ゆらひめ)神社。すぐ横に「イカ寄せの浜」があり、かつてはイカが驚くほど寄ってきたという。
由良比女神社
本殿にイカの彫刻があった
イカ寄せ浜
由良比女神社前から新国賀トンネルを抜け、摩天崖(まてんがい)への登りにかかる。
比高にして180mほどのヒルクライムで、馬が放牧されている眺望の良いエリアに達する。
摩天崖への途中。知夫里島、アカハゲ山を望む。
傾斜が緩んだところ
摩天崖、道路の終点
摩天崖に到着。フランス人の観光客が多数佇んでいた。
遊歩道で下まで歩けるようになっている。団体さんの場合は、バスが下に回送されて待っているみたい。
摩天崖
私は自転車なので、同じ道を戻り、摩天崖から遊歩道で繋がっている「国賀」バス停へ。
バスの本数が4本もあるので、公共交通での観光が十分可能。バスを待つ時間は、海を眺めて贅沢なものとなるだろう。
国賀バス停
国賀バス停を出て、国賀海岸の定期観光船乗り場へ。15時~16:30の便に予約していた。
摩天崖を上から眺めた後、今度は海上から。
隠岐国賀海岸定期観光船乗り場
定期観光船が本気を出すと、とてもスピードが速いのにびっくりした。
定期観光船より:摩天崖
通天橋
洞窟にも入る
明暗(あけくれ)の岩屋
明暗(あけくれ)の岩屋
岩ガキは天然物しかないと思っていた。
それにしては最近はいろんなところで流通しているので不思議に思っていたところ、なんと1992年に隠岐・西ノ島で養殖に成功し、そのノウハウを惜しみなく他産地にも開示したからだと知った。
隠岐 西ノ島の岩ガキ養殖
往路は焼火神社を経由するため山間の道を走ったが、復路は最短ルートを使ったので30分程で宿に着いた。
正面に「見付島」
後醍醐天皇の黒木御所を鎌倉幕府が見張った島。
後醍醐天皇の黒木御所を鎌倉幕府が見張った島。






















































































































































































































































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