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志摩半島・安乗埼と大王埼灯台へ(2018/2)2018/02/27


大王埼灯台
写真:大王埼灯台

 少々の雪ならMTBで積極的に楽しめるが、今回は雪の無いエリア、日帰りでなるべく温かそうなところ、と考えて志摩半島に行くことにした。

京都の自宅をクルマに自転車を搭載して出発。名神高速道路の電光掲示板には、関ヶ原付近はチェーン規制と表示。目的地は志摩なので新名神を選ぶが、鈴鹿峠付近は淡い雪景色だった。

亀山を過ぎると、天気は晴。伊勢から志摩への道は、路肩も狭く山間のカーブの多い道で、自動車ならいいが、自転車ではあまり走りたくない感じ。

阿児アリーナ駐車場にクルマをデポ。安乗埼(あのりさき)を目指す。風が強いが晴れて明るい。

志摩国分寺の前を通ったので、せっかくなので立ち寄る。ちょうどお寺の方がいらっしゃって本堂を案内してもらえ、ありがたいことであった。
志摩国分寺
写真:志摩国分寺

しばらく走ると「渡鹿野島(わたかのじま)」への渡船案内板があった。

渡鹿野島は、今では普通の観光地に転換してきているが、まあ、何らかの目的意識(探検してみたいとか一度実際にみておきたい等も含む)がなければわざわざ立ち寄ろうとは思わない。とはいえ、どんな島なのか遠くから観てみるのもよかろうと思って、渡船場までピストン。

2017年発行のルポ本が私の職場のビルにある書店にも並んでおり、ツーリング後に買って読んでみた。興味本位ではなく冷静に書かれているが、扱っている時間軸は近年。

風俗ライター的立場からでなく、渡鹿野島について記してある文章で参考になったのは、
(人間学工房 「三重県志摩 民俗資料館をつくる」)
ttps://www.ningengakukobo.com/single-post/mieshima

戦前の情景を知る手がかりとしては、大阪毎日新聞の写真部長もつとめた北尾鐐之助の「近畿景観 伊勢・志摩」創元社1942がある。
「先年電鉄会社が、ここを志摩の桃源郷の如く宣伝しはじめてから、善い意味にも悪い意味にもその方に発達して、全島が脂粉の香に蔽われ、むかし波枕の漁師のみを相手にしていた青楼が、いつか大阪、神戸あたりの客を引くことに憂身をやつすようになった」など北尾は格調高く描写している。北尾がこの島に滞在したのは2時間程と記されている。
 宮本常一の著作を探ると、江戸時代の頃から風待の船員を対象として栄えた旨の記述もあるので、漁師のみを相手にしていた場所ではなかろうが。
渡鹿野島渡船
写真:渡鹿野島渡船場

そんなこんなで、いろいろ見聞しながら、ようやく安乗埼に到着。
全国に15ある登れる灯台の一つ。灯台は当然のことながら見晴らしのよい所にあるのが普通なのだが、安乗埼灯台は、これまで訪問した中でも、特に眺望がすばらしく、感動した。
安乗埼灯台
写真:安乗埼灯台

映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなっており、帰宅後、amazonで中古DVDを取り寄せた。木下恵介監督、1957年のオリジナルは高峰秀子と佐田啓二。1986年の新編では佐田啓二の息子の中井貴一も出演、灯台守夫婦は加藤剛と大原麗子。新編の公開当時、私は既に就職していたのであるが、当時、この映画に関心を持った記憶は全くない。今、観ると、1986年というのは全てがずいぶん昔だったのだなという感想。同時代を生きていたのだが。人間の本質は昔からそんなに変わってないと思うが、社会はものすごく変わっている。

安乗埼灯台見学の後は、よそ者が自動車で通過するにはとても憚られる狭い道の安乗の集落を自転車ということで遠慮無く周回し、観光地ではない漁村集落にも立ち寄り、大王埼へ向かった。
安乗の散髪屋さん
写真:安乗の散髪屋さん

夏なら海水浴やサーフィンで賑わうであろう海岸沿いの道も、この季節は静かであった。大王埼は灯台の門前商店もあったりして、昭和の観光地という感じで、趣があった。

志摩は「島」だというのが、自転車で走ってみての感想。基本、道は尾根伝いにあり、リアス式海岸の入江的な地形が無数にあり、海水の浸入リスクもあり未利用地も多い。

「伊勢志摩」と一括りにされることもおおいが、伊勢と志摩は全く別の個性。伊勢は農業国で志摩は漁業国、壱岐と対馬の対比のように感じられた。

【走行日】 2018年2月18日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 -- 【岬】安乗埼(あのりさき)、大王埼
【行程】
自宅6:10=新名神・伊勢道=阿児アリーナ9:00~9:45志摩国分寺10:05~渡鹿野島渡船場10:15~10:40安乗埼灯台資料館・灯台11:05~11:36阿瀨~12:25志島小学校~12:50波切(昼食)~13:27大王埼灯台14:10~15:03阿児アリーナ(デポ地)=京都

松本から保福寺峠 (2017/7)2017/08/27

保福寺峠、良い峠であった。自転車向きの素晴らしい峠! 何がどう素晴らしいかというと(1)傾斜が適度で気持ち良くペダルを踏める(2)旧東山道がベースで、歴史的おもむきがある(3)道幅が自動車向きではなくて交通量が殆ど無い、といったこと。

やはり古い道は良い。最近の自動車向けに作られた道路は、地形の機微を無視して、力ずくで真っ直ぐ、いやらしい傾斜で通しているようなものが多く、しみじみと自転車で走るには全く不向きだ。トレーニングとして走るのには使えるが。

2017年7月、松本に別件で行く用事があったので、1日は自分のためのサイクリングに使うことにして、松本市郊外の浅間温泉に宿をとり、保福寺峠を周回した。

【行程】走行日:2017年7月15日
松本:浅間温泉8:36~9:09刈谷原隧道~9:30保福寺9:45~10:46ウェストン碑10:50~10:53保福寺峠11:00~11:48田沢温泉入口~12:41明通トンネル~12:56会吉トンネル~13:22四賀村会田小学校跡~13:53明科駅~14:48松本市内開智小学校~15:21浅間温泉

【走行距離】87.1Km
【使用自転車】 ビアンキシクロクロス
【峠】保福寺峠1342m、青木峠1056m
【GPS軌跡】
詳しくはルートラボへ

保福寺川沿いに出て、保福寺の集落を抜ける。しばらく走ると「保福寺」への案内板があった。せっかくなので峠の命名の元になったお寺にお参りしてから峠を目指すことにした。

保福寺の集落
写真:保福寺下町。

保福寺
写真:「保福寺」
写真:保福寺の山門前にて

保福寺の参道に、犬と一緒のお地蔵さんがあった。そんなに古いものではないかもしれない。
保福寺にあったお地蔵さん
写真:保福寺にあったお地蔵さん

写真:お地蔵さんの台座にあった文言。子どもを胃腸病で失った人が寄進したのだろうか

保福寺本堂
写真:保福寺本堂

保福寺の石仏
写真:保福寺にあった石仏
保福寺にて
写真:道祖神:保福寺

峠への道は、今回の伴であるビアンキ シクロクロスのギヤは44×34、12~30で、34×21前後でストレスなく走れる傾斜。旧い道の良さが感じられる。

ウェストン碑
写真:ウェストン碑の入口

しばらく峠道をのぼっていくと、ウエストンの碑入口があった。
ウェストン碑
写真:ウェストン「日本アルプス絶賛の地」の碑

木々が生えたこともあるのか、「絶賛の地」碑の場所から、北アルプスを望んだが、全然たいしたことなかった。小さくしか見えない。

保福寺峠
写真:保福寺峠

碑からすぐそこが、保福寺峠であった。峠部分はけっこう広い。

保福寺峠下り
写真:保福寺峠の下り

ごきげんな峠道の下りで、写真はほとんど撮らなかった。

写真:青木村市ノ沢、ようやく現れた集落

青木村
写真:青木村 「東山道」碑

田沢温泉
写真:田沢温泉入口

田沢温泉の入口から山間に入り、青木峠(明通トンネル)へ

青木峠(明通トンネル)
写真:青木峠(明通トンネル)

しばらく山腹を走り、会吉トンネルへ。

会吉トンネル
写真:会吉トンネル

写真:会田小学校(2013年3月まで存在:旧 四賀村)入口跡

小さなガソリンスタンド
写真:こじんまりとしたガソリンスタンドもあった(旧 四賀村)

暑い中、松本市内までひたすら走る。松本市内には「下宿屋」の看板をかかげている家に出会った。高校生向けであろうか。

松本市内 下宿屋
写真:松本市内の下宿屋。

みやま荘
写真:宿泊&デポ地の浅間温泉「みやま荘」

浅間温泉の観光協会を通じて予約した「みやま荘」は、風呂も料理も部屋も、なかなか良かった。こじんまりとした宿を好む私でも、満足。          おしまい。

猫峠2016/09/22

猫峠、ウチには3匹のネコがおり、地形図を眺めていて、興味をもった。
私の走った猫峠は、岐阜県の根尾地区のもの。国土地理院の地形図には、その名前が記されているが、グーグルマップやヤフーマップには記載がない。

越美国境 温見峠を走りに行った際、ついでに経由してみた。

峠には峠名の表示はなく、「クマに注意」という看板があるだけだった。
とくに特徴的なものがあるわけでなく、道路も新しいので風情も特にない。

とはいえ、なかなか行けるところでもないので、行っておいてよかった。

(追記 2017/1)
猫峠に関しては、芝村文治「秘境・奥美濃の山旅」ナカニシヤ出版1972 p185〜186に記載されているので、引用させてもらう。
【猫峠という変わった名前の峠である。下生えの少ない時期に越えると今でも越波へ出ることができる。この猫の背のように低い猫峠は、以前は鯖江の誠照寺から来る”おまわりさん”の伝導順路に当たっていたので道は大切にされていた。大河原の人に聞くと、越前の秋生から駕籠に乗って蠅帽子峠を越えて根尾村へはいったおまわりさんは、大河原から猫峠越しに越波へはいり、(折越峠)ー大須ー(根尾東谷側)−樽見ー(西谷川)ー能郷ー八谷と村々を半月もかかって回り、馬坂峠から徳山村へ抜けたらしい。】

「おまわりさん」について、詳しくは、「誠照寺御使僧 美濃廻り 巡回経路」という力作のwebサイトがあり、リンクの許可をいただきましたので、ご覧ください。

猫峠(岐阜県)
写真:猫峠(岐阜県)

猫峠 国土地理院
猫峠、国土地理院地図より(クリックして拡大して見て下さい)

今庄から高倉峠、冠山峠、越前大野、温見峠、樽見鉄道2016/09/19

越美国境温見峠(えつみこっきょう ぬくみとうげ)、越前(福井県)と美濃(岐阜県)の境にある峠で、国道157号なのだが、”酷道”と呼ばれて一部のマニアの間では有名。

サイクリストの間でも、その名は知られている。

以前から走ってみたいと思っていたのだが、通行止めになっていることもしばしばで、今回、ようやく実行した。

せっかくなので、近くにあって、地形図を眺めているとなかなか魅力的に思える高倉峠(こうくらとうげ)、冠山峠も絡めて、越前大野に1泊するプランにした。終着は樽見鉄道の樽見駅。出発地は、北国街道の宿場として味わいがある、今庄にしよう。

久しぶりの完全輪行。自転車も久しぶりに連れ出すTOEI650A。1987年に購入したものだが、タイヤは「グランボア オルソンエース=650×1/2A相当」に先日交換。その前は、タイヤはアルプスブランドのものを使っていたが、オルソンエースに替えて、走りが見違えるように軽くしなやかになった。「タイヤはフレームの七難を隠す」のか「タイヤはフレームのポテンシャルをしっかり引き出す」のか、どちらでもいいが、とにかく走行感が 断然改善し、本番ツーリングに連れ出す気持ちになった次第。

フロントバック装着方法をリクセンカウルにして、キャリアは外した。フロントバックはモンベルの防水タイプを初使用。カメラの頻繁な出し入れには向かないので、コンパクトカメラをジャージの後ろポケットに入れて走った。

雨が心配されたが、幸い、大きな崩れはなく、走れた。

温見峠の道が「酷道」と呼ばれているのは知っていたが、正直、たいしたことないと思っていた。自動車では大変でも、自転車なら大概、なんでもない。土砂崩れ があっても担いで越えられることが多いし、人為的な通行止めでない限り、たいていの場合、通過には苦労しない。舗装してあれば、自動車が走れるところなら、どんな急勾配でも登れる。登山、その中でも沢登りもやっているので、沢登り感覚でいうと、自動車の走れる道はハイウェイ以上。道迷いなく人里につながる安全地帯である。

と思っていたが、実際走ってみて国道157号線が「酷道」であることは認めざるを得ない。その核心部は、峠付近ではなく、岐阜県側の根尾黒津と根尾能郷の間の悪絶ゴルジュ地帯である。根尾黒津を過ぎてダウンヒルを続けていて、右カーブ正面の視界に飛び込んできた、あまりにも悪絶な、規模の大きいゴルジュ入口をみて、一瞬、信じられなかった。こんなところに突っ込んでいくのかと。断崖絶壁に、無理に通したであろう道路がへばりついているのが見える。

停車して写真を撮ろうと思ったが、ブレーキをかけてバランスを失うと危険なのと、なんだか、留まってはいけない場所だという気配を感じ、そのまま通過した。残念ながらその悪絶さを伝える写真は無い。

豪雪地帯なので、排雪のためガードレールを設置することができず、路肩には何もなく切り立った崖になっている。

もっとも、自動車ならガードレールに助けられることがあるかもしれないが、自転車なら、仮にガードレールがあっても、ガードレールにぶつかったりすると人間だけは確実に前方に放り投げられて落下するので、ガードレールの有無は安全に関係ない。転倒して路面を滑走した場合にはガードレールに助けられることがあるかもしれないが。

崖の高さは100mであっても、10mであっても、落ちた人間へのダメージの結果としては同じである可能性が高いが、やはり高い崖をへつるように掘削されたガードレールのない道というのは、怖い。よくこんなところに道を通したな、と思った。登山に例えると黒部川の水平歩道の ような感じ。

対向車が来たら、自転車でも止まらないといけない。路面は雨で濡れている。

スリルを感じるために自転車ツーリングをしているのではないし、積極的に走りたい道ではない、この道が「酷道」と呼ばれることに納得した次第。

温見峠全体では、福井県の大野平野を過ぎると、悪絶ゴルジュ地帯を過ぎた根尾能郷までは集落が無く、無住地帯をこれだけ長く走れるところは本州では数少ないのではなかろうか。北上山地の安家川沿いを走った時も、「なんと人気(ひとけ)の無い寂しいところだ」と思ったが、それ以上だ。

コンビニはおろか自販機も、もちろん無いが、真夏でも道路の横からの湧き水や沢は豊富なので、飲み水には困らないであろう。

スケールの大きな峠越え、ほぼ一日かけて日本海側から太平洋側へと、ひとつの峠を越える。充実感は数日後であってもしばらく脳内と身体に残り、今思い返しても、心が満たされる。こんなに感動を与えてくれた峠は、私にとって、他には無い。

[使用自転車] TOEI650A ランドナー
[峠] 高倉峠(こうくらとうげ: 956m)、冠山峠(かんむりやまとうげ:1,050m)、温見峠(ぬくみとうげ:1,020m)
<記録>
2016年8月27日(土) 京都駅6:58=(サンダーバード1号)=7:57敦賀8:06=8:22今庄10:10~10:50伊藤氏庭園~12:34高倉峠~13:17徳山分岐13:28~14:22冠山峠~15:30池田町~17:10越前大野:17:35弥生旅館
8月28日(日)泊地7:45:大野市街地8:05~8:30越前田野駅~8:55五条方発電所~9:20真名川ダム~9:40仙爺谷橋~10:00若生寺大橋~10:37雲川ダム(トンネル)~11:06小さい峠(熊河川と温見川)~11:20温見集落~12:10温見峠~12:36猫峠分岐~12:52猫峠~13:12根尾黒津~(悪絶ゴルジュ)~13:35根尾能郷~14:00樽見鉄道樽見駅14:58=(樽見鉄道)=16:02大垣16:34=18:12京都

北国街道 今庄
写真:北陸本線今庄駅がスタート地点

高倉峠
写真:越美国境 高倉峠(こうくらとうげ)

冠山峠
写真:越美国境 冠山峠

越前大野の町並み
写真:越前大野の町並み

国道157号線 温見峠は
写真:国道157号線、温見峠へ

温見峠
写真:国道157号線 温見峠

樽見鉄道樽見駅
写真:樽見鉄道樽見駅。輪行して大垣からは新快速で帰る。


詳しくは Googleフォトで(72枚)

ルート1日目 高倉峠 冠山峠
温見峠

青崩峠しらびそ峠、秘境駅「金野」(2008/7)2016/06/19


青崩峠
写真:青崩峠:遠山郷 1082m
しらびそ峠
写真:しらびそ峠 1833m
明石峠
写真:赤石峠 1195m
JR飯田線の「秘境駅」:金野
写真:JR飯田線の「秘境駅」金野(きんの)駅前

2008年7月、「青崩峠」「しらびそ峠」「赤石峠」と中部山岳地帯の大きな峠を3つ越え、飯田線の「秘境駅」金野(きんの)まで2泊3日の輪行ツーリングに行ってきました。

そもそも、「山岳サイクリング研究会」の集中ランの集合地点であるしらびそ峠に日曜日の13:00に着くつもりで走ったのですが、猛暑の中、しらびそ峠への勾配がすさまじく、バテ気味で1時間半の遅刻になり、誰とも会えませんでした。

自転車はTOEI650Aランドナー。リクセンカウルのフロントバックを使いたくて、フロントキャリアを外してパスハンター風に改造したのですが、前32×後22 が最大ローで、もっと軽いギアが必要だと後悔しました。

しらびそ峠は、標高1833mもあり、自転車で行ける峠としては相当高いのですが、ヘトヘトになってたどり着いたら、そこからは南アルプスの山々がドカーンと不気味なくらい高く屹立しているのが見えました。

「そうか、自転車ではゴールの最高地点でも、山登りではスタート地点か」「あの山にも登ってみたい」 と思って登山に目覚め、翌年には山岳会に入会したのでした。

【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 山住峠(やまずみとうげ:1080m)、青崩峠(あおくずれとうげ:1107m)、しらびそ峠(1822m)、
【行程】
2008/7/19 京都6:23=(新幹線ひかり404号)=7:43浜松8:00=(遠州鉄道)=8:37西鹿島9:15~11:03気田川橋~11:07「一景」で軽食11:33~秋葉山下社12:37~17:22山住神社17:30~18:05水窪「中村屋旅館」(泊)
7/20 泊地7:27~8:20池島青崩峠分岐~9:20林道終点(インフレーター、ボトル、フロントバックを外し担ぎ)9:25~9:30青崩峠~10:30遠山郷和田~11:05下栗分岐~14:30しらびそ峠~上村15:40~16:51赤石峠~17:38喬木村「大橋旅館」着
7/21 泊地7:35~9:03金野駅=9:58(JR飯田線)=13:01豊橋13:25=(新快速)=大垣=(快速)=京都


☆写真を見る(Google Photos) 53枚

秋山郷から松之山温泉、高田 (2014/8)2016/06/07

日本に「秘境」があるとして、秋山郷はその一つとして思い浮かべられるのではないでしょうか。江戸時代後期の書、「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」で紹介され、私も学生時代に岩波文庫版で読んで以来、秋山郷を訪ねてみたいと思っていました。

就職して志賀高原にスキーに行くようになりましたが、そのずっと奥の秋山郷までは行けずじまい。2014年の夏、ようやく自転車で訪問する機会をつくりました。

冬期間も含めて実際に生活してみたら「秘境」を実感するのかもしれませんが、21世紀になった現在、夏に走るぶんには、特別な感じはそんなにしませんでした。ただ、民家の形や色には特徴的なものがありますし、住宅や道路の豪雪対応から、地域性を感じられました。

【自転車】TOEI700Cランドナー
【峠】三方峠(さんぼうとうげ:657m)
【行程】
2014/8/21 夜、京都発=中央道=小布施ハイウェイオアシス(仮眠)
8/22 小布施デポ地7:47~8:30信州中野~9:30湯田中駅~12:00丸岡観光ホテル12:40~13:25高天ヶ原~13:48奥志賀高原ホテル分岐~14:05野沢温泉分岐~15:05切明温泉「雪あかり」泊
8/23 泊地8:30~9:20小赤沢10:05~11:00逆巻~12:05秋成本村(昼食・蕎麦)12:40~12:55資料館13:20~13:40津南駅~15:05松之山温泉「明星」泊
8/24 泊地8:15~9:07三方峠~11:07小黒~11:45切光~12:35高田公園~12:42高田駅=(輪行)=豊野駅=(TAXI)=小布施デポ地

秋山郷小赤沢
秋山郷 小赤沢

秋山郷の民家
秋山郷の民家

新しい家も、積雪対応

積雪対応の表示
積雪対応の道路表示

松之山の棚田
松之山の棚田

秋山郷から松之山温泉

伊勢神宮五十鈴川上流剣峠(2015/5)2016/05/25

何度繰り返して読んでも面白い「近畿景観」という本がある。戦前、大阪の出版社「創元社」が発行した風景史跡記録&旅日記。著者は大阪毎日新聞の初代写真部長、サンデー毎日編集長も務めた北尾鐐之助(きたおりょうのすけ)。谷崎潤一郎が推薦文を書いたりしている。

「阪神付近」「大和河内」「近代大阪」「紀伊伊賀」「京都散歩」「近江山城」「丹波但馬」「若狭紀行」「伊勢志摩」とシリーズで9巻まで発行されている。

私はこのシリーズをはじめ北尾鐐之助の著書は、どれも大好きだ。今となっては再現不可能な地域景観にタイムスリップし、覗き見ることができるからだ。

”覗き見る”というのがポイントで、旅して歩いて記録を残すにしても、民俗学者の宮本常一なら、地域の人へのリスペクト、同じ生活者としてのスタンスに貫かれた印象を受けるが、北尾鐐之助の場合は、平たく言って、あくまで自分というものがはっきりあった上での、観察者としての視点。宮本常一と対照的。

宮本常一は民俗学で北尾鐐之助は文学的。違いは大きいが、私はどちらも大好きで、それぞれの著作はいつも大きな気づきを与えてくれる。

その近畿景観シリーズ「伊勢志摩」は昭和16年の発行。時節柄もあって伊勢神宮に関しては敬虔な表現が数多く記されているが、その中で興味をもったのが「五十鈴川は古へから神聖視され、その流域においては、一切の漁を禁じ、不浄を警め、これを穢すものは神威を犯すものとされて来た。途中、山から落ちる水に、米を搗く水車などが架けられてはいるが、遠く志摩国境の水源地高麗廣付近までは、この流域の山中に村落の営まれているものはなく、四山の水をあつめて、渓谷はまことに碧瑠璃のような水を流している」という箇所。

伊勢神宮上流の五十鈴川とはどんなところなのだろう、自転車でその空間を体験しよう、と思った次第。

【峠】 剣峠(つるぎとうげ:323m)、鴻坂峠(こうさかとうげ:268m)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【ルート】 伊勢神宮外宮8:40~伊勢神宮内宮宇治橋9:56~11:00剣峠11:17~11:47五ヶ所浦(昼食)12:38~
13:42鴻坂峠~15:00伊勢神宮外宮

伊勢神宮 内宮
写真:内宮、「赤福」前にて

伊勢 五十鈴川に沿って走る
写真:五十鈴川に沿って走る

伊勢剣峠
写真:五十鈴川に沿って走って勾配を上げると、「剣峠」に到着

五ヶ所浦
写真:太平洋側にダウンヒル。「五ヶ所」地区に降りた。

写真:帰路は「鴻坂峠」を越えて、外宮へ戻った。

【記録】2015年5月23日走行 TOEI650Aランドナー
伊勢神宮外宮8:45~9:25伊勢神宮内宮~11:00剣峠11:15~11:35五ヶ所~13:40鴻坂峠~15:10伊勢神宮外宮

【メモ】
・五十鈴川上流は、今では、特に感動的なものではない。特別清浄なエリアというオーラも感じられない。京都の北、大堰川や由良川沿いエリアの方が、景観美を感じられることが多いと思う。
・五十鈴川上流は伊勢神宮が土地を所有しており、居住している人も借地人で長くは続かず、その土地への愛情というかきめ細かな手入れが継続的に行われにくいからではないかと想像した。
・剣峠は、美しい秀逸な峠であった。
・「近畿景観」に描かれた場所を訪ねて、今の様子にがっかりすることは多い。乱雑な建物、不法投棄、看板、その他諸々。

+写真をGoogle Photosでみる(20枚)


201505剣峠地図
地図:走行したGPS軌跡が赤色の線

若州一滴文庫、水上勉と今井美樹2015/07/05

 
若州一滴文庫
         写真:若州一滴文庫の門

若州一滴文庫本館
         写真:本館

若州一滴文庫
         写真:移築されてきた民家もある

「若州一滴文庫(じゃくしゅういってきぶんこ)」へ梅雨の合間の日曜日に行って来た。作家の水上勉の生家があった地区にある水上勉のテーマパークのような施設で、水上勉自身が建立し、後に地元自治体に移管してNPO法人が運営している。
 水上勉の作品は、代表作の「飢餓海峡」「五番町夕霧楼」をはじめとして、どれも大好きだ。松本清張は何故かしっくりこないが、水上勉の作品には引き込まれる。

 オープンして間もなくの頃、レンタカーで父母を案内して出かけた記憶がある。水上勉先生もちょうど中庭にいらっしゃって、すごい人だかりだった。

 いつ頃のことだったのだろうと、一滴文庫の年表をみると、若州一滴文庫のオープンが1985年、私が就職した年、訪ねたのはその翌年1986年だったと思う。
 
 唐突だが、1986年は今井美樹が歌手デビューした年。

 その前、久々に「AERA」を手にとったら今井美樹が表紙。記事を読んで、これまで意識したことはなかったが、今井美樹はほぼ同世代、彼女の歌手としての歩みと私のサラリーマン生活が同じ時間軸だったことに気づいた。新アルバム「Colour」をリリースとのことで、最新作では今井美樹はどんなふうになっているのだろうと思い、15年ぶりくらいに彼女のアルバムを買った。なかなか良かったので、オリジナルアルバムを全部揃えた。

 京都の自宅から一滴文庫は自転車で行ける距離だが、ちょっとそこまでという距離ではないし、走ることが目的になってしまう。ゆっくり見学して記念品や本も買いたいので、車で行くことにした。今井美樹を聴きながら。
 
 デビューから数年の若い頃のアルバムは、アイドル流行歌という雰囲気が感じられて今となっては何か古くさい感じのする曲も混じっている。発声や歌唱力も幼い。しかし、「PRIDE」大ヒット後の今井美樹は、脱皮してメロウな大人の歌手という私の好きなジャンルに進化してきたように思える。「ディーヴァ(歌姫)」の領域といってもよい。
 
 職業を転々として苦労続きだった水上勉が直木賞を得たのが1961年。「飢餓海峡」を発表した1963年は今井美樹が生まれた年。そして今井美樹が歌手デビューするまでの時の流れの中で、水上勉は大作家として財を成し、一滴文庫をデビューさせた。今井美樹が歌い手として進化している間、水上勉も作品を書き続け、亡くなる前年に一滴文庫を地元に寄附し、残した。

 当人同士何の関係もないし、その表現する世界が対照的ともいえる水上勉と今井美樹だが、何故か「母」の存在を通じて共通するものがあると、一滴文庫からの帰り道、車の中で今井美樹を聴きながら思った。

 水上勉は10歳で京都の寺に修行に出され、故郷の母を追慕していた。その母が胸まで浸かるジュル田(湿田)で働いていたその場所に、一滴文庫を建立した。

 水上勉の母への思い、母となった今井美樹が奏でる歌、それぞれが母の愛を感じさせてくれる。一滴文庫に一緒に行った私の母は、今年七回忌を迎える。

能登半島 自転車ツーリング(2013/11)2015/04/14

能登半島の千枚田、突端の禄剛崎、渋い宇出津の町、郵便局、のと鉄道廃線跡などを巡ってきました。
自転車はグランボア700Cデモンタブル。

能登半島 千枚田
         能登半島 千枚田

能登半島 宇出津の町
         能登半島 宇出津の町

能登半島 郵便局
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