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成生岬灯台へ(2018/4)2018/04/15


舞鶴市成生
 写真:成生

 3月初旬に自転車で舞鶴湾の成生(なりゅう)集落まで行ったが、灯台まで行きたくなった。
 岬の突端の灯台への道は無い。灯台の保守は船を利用しているらしい。

前回のMTB地形図破線路探査で、単独自転車行には懲りたので、今回は山岳会の人たちに同行願い、完全登山装備で実行した。先頭は読図の練習をミッションとする方にお願いし、私は終始最後尾を歩いた。

集落を出る時に地元のおばちゃん(複数)に挨拶したところ、「灯台に行く?無理無理」「ずいぶん前から地元の人間も行ったことがない」「以前、行き詰まって船やヘリコプターで救出したことがあった」「1日で帰ってくるのは無理」「クマや猪や鹿もいる」と散々であった。

「迷惑かけないように、無理と思ったらすぐ引き返しますし」ということで、なんとか通過。

地形図では岬のかなり奥まで破線の小径があり田のマークもあるので、離れた田んぼに通う小径があったと推測される。その小径がそこそこ残っているならば、案外簡単に灯台に到着するかもしれないと思ったが、集落を出てすぐに小径は消滅した。

尾根に登り、基本尾根歩きで小ピークをいくつも越えて灯台へ着いた。標高は低いがアップダウンはけっこうあり、体力をそこそこ使った。

まだ下草や若葉が無いシーズン、尾根は見通しもよく歩きやすかったが、左右に広がる日本海の怒濤が地の果ての雰囲気を醸し出し、天気も下り坂とあって、のんびり長閑な気持ちにはなれなかった。

ロープ、登攀具類をフルに背負い、時間があればどこかでアイゼントレーニングもするつもりだったので、装備的には心強かったが。メンバーの中にはクライマーもいるし。

結果、登攀具を使うことはなく、普通の歩きで済んだが、道が無く全く管理されていない空間を地図を頼りに進むという、とても面白い体験ができて大満足であった。同行の皆さん、ありがとうございました。

【実施日】2018年4月14日
【行程】京都市内7:00=成生9:30~12:12三角点(P213)~12:58成生岬灯台13:20~(基本的にピストン)~14:28 P166~16:00成生

成生の集落から灯台ピストンで6時間半かかった。地形図で想像するよりも手応えがあった。

舞鶴市成生
写真:成生

写真:同行の皆さん

写真:小径は無いので適当に斜面を登るが、滑りやすい土質

P213
写真:213m三角点。今回の最高標高。

写真:P213の先、正面のピークを越えると灯台が近い。尾根ルートで走破。

毛島
写真:毛島の洞門がみえた。

写真:灯台が近づいた。

舞鶴湾成生岬砲台跡
写真:戦時中の砲台跡

成生岬灯台
写真:成生岬灯台

成生岬灯台
写真:灯台のプレート

成生岬灯台へGPSログ(往路)
※GPSログ(往路)

※成生や田井をフィールドにした地理学の論文があった。学生時代に読んだ記憶がある。
柿本・島田・藤村「定置網漁村の経済構造-丹後成生の場合-」人文地理1974
・・・今、読み返してみて、なんとよく働く人たちなのだと頭が下がる。集落にある立派な家屋も代々、働きづめで蓄えたものなのですね。遊びに来た人の遭難騒ぎなんて、とんでもない迷惑なのがよくわかります。論文が書かれてから半世紀ほど経つが、その後の変化はどうなのだろう?

志摩半島・安乗埼と大王埼灯台へ(2018/2)2018/02/27


大王埼灯台
写真:大王埼灯台

 少々の雪ならMTBで積極的に楽しめるが、今回は雪の無いエリア、日帰りでなるべく温かそうなところ、と考えて志摩半島に行くことにした。

京都の自宅をクルマに自転車を搭載して出発。名神高速道路の電光掲示板には、関ヶ原付近はチェーン規制と表示。目的地は志摩なので新名神を選ぶが、鈴鹿峠付近は淡い雪景色だった。

亀山を過ぎると、天気は晴。伊勢から志摩への道は、路肩も狭く山間のカーブの多い道で、自動車ならいいが、自転車ではあまり走りたくない感じ。

阿児アリーナ駐車場にクルマをデポ。安乗埼(あのりさき)を目指す。風が強いが晴れて明るい。

志摩国分寺の前を通ったので、せっかくなので立ち寄る。ちょうどお寺の方がいらっしゃって本堂を案内してもらえ、ありがたいことであった。
志摩国分寺
写真:志摩国分寺

しばらく走ると「渡鹿野島(わたかのじま)」への渡船案内板があった。

渡鹿野島は、今では普通の観光地に転換してきているが、まあ、何らかの目的意識(探検してみたいとか一度実際にみておきたい等も含む)がなければわざわざ立ち寄ろうとは思わない。とはいえ、どんな島なのか遠くから観てみるのもよかろうと思って、渡船場までピストン。

2017年発行のルポ本が私の職場のビルにある書店にも並んでおり、ツーリング後に買って読んでみた。興味本位ではなく冷静に書かれているが、扱っている時間軸は近年。

風俗ライター的立場からでなく、渡鹿野島について記してある文章で参考になったのは、
(人間学工房 「三重県志摩 民俗資料館をつくる」)
ttps://www.ningengakukobo.com/single-post/mieshima

戦前の情景を知る手がかりとしては、大阪毎日新聞の写真部長もつとめた北尾鐐之助の「近畿景観 伊勢・志摩」創元社1942がある。
「先年電鉄会社が、ここを志摩の桃源郷の如く宣伝しはじめてから、善い意味にも悪い意味にもその方に発達して、全島が脂粉の香に蔽われ、むかし波枕の漁師のみを相手にしていた青楼が、いつか大阪、神戸あたりの客を引くことに憂身をやつすようになった」など北尾は格調高く描写している。北尾がこの島に滞在したのは2時間程と記されている。
 宮本常一の著作を探ると、江戸時代の頃から風待の船員を対象として栄えた旨の記述もあるので、漁師のみを相手にしていた場所ではなかろうが。
渡鹿野島渡船
写真:渡鹿野島渡船場

そんなこんなで、いろいろ見聞しながら、ようやく安乗埼に到着。
全国に15ある登れる灯台の一つ。灯台は当然のことながら見晴らしのよい所にあるのが普通なのだが、安乗埼灯台は、これまで訪問した中でも、特に眺望がすばらしく、感動した。
安乗埼灯台
写真:安乗埼灯台

映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなっており、帰宅後、amazonで中古DVDを取り寄せた。木下恵介監督、1957年のオリジナルは高峰秀子と佐田啓二。1986年の新編では佐田啓二の息子の中井貴一も出演、灯台守夫婦は加藤剛と大原麗子。新編の公開当時、私は既に就職していたのであるが、当時、この映画に関心を持った記憶は全くない。今、観ると、1986年というのは全てがずいぶん昔だったのだなという感想。同時代を生きていたのだが。人間の本質は昔からそんなに変わってないと思うが、社会はものすごく変わっている。

安乗埼灯台見学の後は、よそ者が自動車で通過するにはとても憚られる狭い道の安乗の集落を自転車ということで遠慮無く周回し、観光地ではない漁村集落にも立ち寄り、大王埼へ向かった。
安乗の散髪屋さん
写真:安乗の散髪屋さん

夏なら海水浴やサーフィンで賑わうであろう海岸沿いの道も、この季節は静かであった。大王埼は灯台の門前商店もあったりして、昭和の観光地という感じで、趣があった。

志摩は「島」だというのが、自転車で走ってみての感想。基本、道は尾根伝いにあり、リアス式海岸の入江的な地形が無数にあり、海水の浸入リスクもあり未利用地も多い。

「伊勢志摩」と一括りにされることもおおいが、伊勢と志摩は全く別の個性。伊勢は農業国で志摩は漁業国、壱岐と対馬の対比のように感じられた。

【走行日】 2018年2月18日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 -- 【岬】安乗埼(あのりさき)、大王埼
【行程】
自宅6:10=新名神・伊勢道=阿児アリーナ9:00~9:45志摩国分寺10:05~渡鹿野島渡船場10:15~10:40安乗埼灯台資料館・灯台11:05~11:36阿瀨~12:25志島小学校~12:50波切(昼食)~13:27大王埼灯台14:10~15:03阿児アリーナ(デポ地)=京都

大隅半島サイクリング:隔絶集落 (佐多)辺塚から大浦、(岸良)辺塚へ(2017/11)2018/02/19

「僻地」というのは一般的には都市的地域から離れた場所を言う。

僻地の代表例として挙げられることが多い四国の祖谷や、九州の五家荘、米良荘にしても、その地域全体が都会から見た「僻地」なだけであって、いったんそのエリアに入ると、中心地には公共施設や商店もあり、そこで地域社会が成立してきた一定の機能とまとまりがある。区域にある集落ひとつひとつが孤立、隔絶しているわけではない。

ところが、今回のツーリングで訪ねた 鹿児島県の大隅半島東南部、その中でも、大隅半島が太平洋に落ち込む断崖上の道路をひたすら走ってたどりつく肝付町岸良大浦(きもつきちょう きしらおおうら)という集落は、その隔絶度合いがすさまじく、「僻地」などという一般的な形容ではなく、正真正銘の「隔絶集落」と呼ばせていただいてもよいと感じた。向かい風であったが、隣の集落から自転車で2時間はかかるのだ。

隣(といっても、すごく離れている)の集落名は、なぜか同じ名称の「辺塚(へつか)」。西にあるのが肝属郡南大隅町佐多辺塚(きもつきぐん みなみおおすみちょう さたへつか)、東側が肝付町岸良辺塚(きもつきちょう きしらへつか)。西のほうの辺塚はかつては学校もあり、東の辺塚よりも断然規模が大きい。

誤解のないようにいうと、僻地であったり隔絶していることをネガティブにとらえているのではなく、その隔絶感がなぜかしら大きな感動を与えてくれ、素晴らしい場所だと感じさせてくれた感謝の気持ちを伝えたいのである。

寺社仏閣や名刹、温泉、特色ある宿泊施設、小説や映画の舞台などの観光的要素が皆無なエリアであるが、そこに行ったというだけで不思議な感動を与えてくれた。本土最南端の佐多岬よりも圧倒的に。

民俗学者の宮本常一も昭和15年と37年に訪ねており、「宮本常一著作集39 大隅半島民俗採訪録 出雲八束郡片句浦民俗聞書」未来社1995で、その当時の辺塚や大浦の様子を知ることができる。興味のある方は、ぜひご一読を。

宮本常一の著作から、印象に残った部分を抜き出す。
・大泊から外之浦の間も車こそ通わないが、三尺ばかりの道になっていることも、考えてみると親の愛情がそうさせているらしいのである。大泊の小学校へは尾波瀬・田尻・外之浦から通う。一つの通学区域内は学校を中心にして、どうやら道らしい道がついているのであるが、大泊の学校へ通学しない島泊・尾波瀬間と間泊・外之浦間の道は至って粗末である。大人の行く道は歩けさえすればいい、といった程度だが、子どもたちの道は途中の事故を案ずる親心がこもって広くされている。・・・道路の改良はこんな所からも行われたのである。(昭和15年)

(以下は昭和37年)
・佐多から辺塚にはバスが無いので歩かなければならない。16km、それも悪い道。そこでたいていはバスで郡(集落名)まで来て、そこから船をやとって辺塚に行く。

・ここからは高校が遠いので、高校へゆくものはほとんどなく、たいていは中学を出て就職する。中学校を卒業するころになると、学校へ就職のことを頼んでおく。すると阪神地方の中小企業から申込みがあり、そこに割り当てられて出て行く。女の子はほとんど繊維工場。※大隅半島の村々から京阪神に就職した人が多いというのは意外だった。薩摩の人は東京志向かと思っていたので。今は「大阪のおばちゃん」な人でも実は大隅半島のご出身であったりすることがあるのかもしれない。)

・昔は大浦から買い物は6里(約24Km)離れた大根占(地名)。内之浦の方へは、役場の用事以外には今もって全然行かない。※大浦には昔から商店は存在しなかった。海沿いに立地するが港は現在も無いので船も使えない。

【走行日】2017年11月2日~11月5日
【使用自転車】TOEI700Cランドナー
【峠】大内山峠65m、美濃峠258m
【行程】
11/2(木)JR西大路5:07=5:45新大阪6:00=みずほ601号=9:46鹿児島中央10:05=11:27指宿(輪行組み立て&昼食)12:44~13:13山川港~14:34長崎鼻14:55~15:25西大山駅~15:40開聞川尻~16:28塩谷~16:51開聞駅~16:58民宿「かいもん」泊:GPS計測40km
 ルートラボで詳細

11/3(金)
民宿「かいもん」6:45~7:31山川港8:00=「なんきゅうフェリー」=9:00根占港~大浜下9:30~10:07伊座敷~涅槃門11:00~11:24西方(道を間違え往復)~12:07大泊~12:48佐多岬13:22~13:58大泊~14:24間泊14:30~14:41古里~15:12郡小学校(跡)~16:44峠~17:05辺塚 「湊原旅館」泊:メーター計測100Km
2日目
 ルートラボで詳細 

11/4(土)「湊原旅館」7:36~辺塚小中学校跡・町内ポタリング8:00~8:30沢渡~8:40打詰~9:51大浦分岐~9:59大浦小中学校跡など地区内10:30~10:38大浦分岐~11:48峠~12:18岸良辺塚12:31~13:00船間(国道)~13:13浜(昼食・かぐら)14:03~14:08岸良三叉路~14:52美濃峠~15:00内之浦~16:00肝属川第二有明橋~16:35菱田三叉路~16:50志布志~17:05大隅夏井駅~17:28串間「あかつき荘」泊:メーター計測115Km
3日目
 ルートラボで詳細

11/5(日)串間「あかつき荘」7:35~8:09港~8:40都井トンネル~8:54黒井~9:06毛久保~9:39御崎~9:53都井岬灯台~10:30恋ヶ浦トンネル~11:00幸島対岸~11:21峠トンネル~11:51大堂津駅:メーター計測64Km:12:42=(日南線)=14:10南宮崎14:22=(きりしま13号)=16:23鹿児島中央16:38=(さくら566号)=20:48新大阪20:58=(=21:33西大路=(taxi)=自宅
4日目
指宿駅
最寄り駅から朝イチのJR、新大阪から始発の新幹線に乗ると、いつも会社に着く時間には鹿児島中央駅に到着。在来線に乗り換えて指宿駅からスタート。新幹線は速い!

長崎鼻
南薩では、開聞岳がいろいろなところから望める。かつて新婚旅行で賑わった長崎鼻からの開聞岳。

西大山駅
JR最南端駅「西大山駅」への案内と開聞岳

民宿かいもん
1日目の宿、民宿「かいもん」。とても美味しい焼酎をつい飲み過ぎて、サイクルツーリングでは初めての宿酔気味で翌日出発。

伊座敷 昭和館
佐多半島 旧佐多町の中心街「伊座敷」。民俗学者、日本を代表するフィールドワーカーともいえる宮本常一も泊まった「昭和館」の現在。

佐多岬
本土最南端 佐多岬

日本縦断ゴールの人
日本縦断を、今、当にやりとげたという人を記念撮影。自転車はジャイアントのデフィ。

辺塚 みなとはら旅館
2日目の宿。辺塚の「みなとはら旅館」。とはいっても旅館の看板が無いので、地元の人に聞いて、ようやくわかった。

みなとはら旅館にて
「みなとはら旅館」の女将さんと。

みなとはら旅館にて
「みなとはら旅館」を出発

辺塚小学校
辺塚小学校(跡)

辺塚小学校
辺塚小学校(跡)碑

辺塚の民家
辺塚の民家。後ろの植生が南国の雰囲気。

大隅半島東海岸
大隅半島東海岸の道だが、海からはだいぶ上を走る。時々、太平洋が現れる。

日本一周の人
クルマとも殆ど出会わないが、突然自転車を押して登る女性に出会う。長野を出発して日本一周中とのこと。海岸沿いに日本1周をする人の他には、サイクリストもあまり出没しないのかもしれない。

大浦小中学校
地形図を眺めていて、その隔絶度合いに驚いた「大浦」にある小中学校(跡)

大浦の住宅
大浦の民家。郵便ポストはどんなに隔絶した集落にもある。ユニバーサルサービスとはこのことか。

大隅半島・大浦
大浦の耕地。海に面していても、港は無い。

大浦
大浦でお会いしたお年寄りに、許可を得て撮影させていただいた。

内之浦辺塚海岸
(岸良)辺塚の海岸。同じ「辺塚」の集落名称でも、佐多辺塚と、現在では特別の関係性があるわけではないとのこと。

内之浦辺塚
(岸良)辺塚の集落

辺塚海岸
(岸良)辺塚海岸

ようやく、大きな道と合流する三叉路。岸良。

三叉路には、なかなかよさそうなお店があった。

串間あかつき荘
3日目の宿、串間の「あかつき荘」

都井岬の近くの商店

都井岬への旧道を走る

都井岬灯台
都井岬灯台

都井岬
都井岬

日南海岸
日南海岸

大堂津駅
JR日南線「大堂津」駅から輪行で帰京。

今回はJR西日本の企画切符を利用したので、新大阪-鹿児島中央が13,000円で行けた。
列車の変更は自由席も含めて一切できないが。

  ☆詳しくはgoogle fhotosで(137枚)

2016GW津軽・龍飛崎へ2016/05/04

2016GWは津軽半島龍飛崎へ、陸路で自転車・鉄道・自動車の3つを堪能しました。 
太宰治「津軽」の舞台です。

自転車はグランボア700Cデモンタブル。タイヤはグランボア セールブリュ26Cエキストラレジェ、2日間で270Km走りました。自動車は京都市内のガソリンスタンドでメーターをリセットしてから1792km、23時間13分走行、平均時速77km/h、平均燃費16.7km/Lでした。鉄道は津軽鉄道とJR五能線に乗車。自転車で五能線沿いに走った道や景色を、今度は鉄道から眺めるのも良かったです。

<感想など>
・龍飛崎、西海岸からは、500m登って下る。昔からの道ではなく、近年にムリムリ作った道なので「峠」名は無いが、なかなか雄大な「峠」が手前にあると認識する必要。京都の花脊峠を鞍馬側から登るのと同じ比高。
・津軽半島の街や集落景観は、なんとも形容しがたい。家の形や屋根の色、造作もバラバラで街や集落としてのまとまりが少ない。古いものが上手に残っているケースにはほとんど出会えなかった。景観の「今」を伝える写真を撮りたかったが写真の腕として難しく、例外的に残っている「民家」の写真中心になってしまった。
・観光スポットは整備されているが、観光スポット以外の、面としての地域の魅力の広がりが感じられにくい。
・観光ポイントではない、「津軽」のさりげない魅力とは何なのか、自分は何を求めてわざわざ津軽まで来たのか自問自答する旅でもあった。
・五能線の景色は素晴らしい。撮影したくなるポイントが多い。

 
五能線に沿って走る
   写真:五能線に沿って、西津軽を走る

五能線 小入川鉄橋
   写真:五能線 小入川鉄橋

太宰治と子守の「たけ」再会像:「津軽」の世界
 写真:津軽半島「小泊」 太宰治と子守の「たけ」再会の像。太宰治「津軽」参照。

☆写真、詳しくはGooglePhotosで(119枚)

4/28(木)【自動車】
京都21:30→(湖西道路で敦賀から北陸道)→4/29(祝)0:40北陸道尼御前SA<車中泊>7:30→9:30上越JCT→10:25長岡JCT→11:50朝日まほろばIC(この先一般道)→12:45あつみ道の駅<昼食>13:20→(由良から国道7号線を外れて県道50号線=海岸沿い)→14:18庄内空港IC(日本海東北自動車道)→14:34酒田みなとIC(この先一般道)→15:40金浦IC(日本海東北自動車道-秋田自動車道)→17:00能代南IC(この先一般道)→17:22JR能代駅前<泊> 自動車走行900km:平均燃費15:8Km/L(京都から能代まで無給油で走れた)※クルマは旅館の駐車場にデポ

4/30(土)【自転車】能代駅前「駅前旅館」7:10~(基本的にJR五能線沿いのなるべく細い道を走る)~8:45泊の坂~9:40小入川鉄橋~10:10チゴキ崎灯台~11:15森山トンネル付近(鉄道写真)~11:42陸奥岩崎駅~12:20へなし灯台&五能線全通記念碑~13:50深浦文学館~15:00驫木駅~15:30千畳敷~15:50北金沢漁港~16:20赤石川基橋~16:40鰺ヶ沢・石岡旅館<泊>

5/1(日)【自転車】鰺ヶ沢・石岡旅館7:00~8:10木造出来島~8:44埋没林~9:20木造大湯町~9:35木造館岡(大きな家)~9:50木造筒木坂(どうきさか)~11:00十三<昼食>~11:38十三湖大橋~12:20小泊(太宰再会公園他)13:10~13:40傾り石(竜飛崎への登り開始)~14:30国道ピーク~14:53龍飛崎15:06~15:13三厩湾梹榔(ひょうろう)~15:38三厩漁港~16:00今別~16:50小国峠~ゆまなみトンネル17:20~18:00津軽中里・坂田旅館<泊>

5/2(月)【鉄道&自動車】津軽中里・坂田旅館~津軽鉄道「津軽中里」駅(輪行)7:52→8:05金木(乗り換え待ち時間に斜陽館)8:46→9:06五所川原(待ち時間に市内散策)JR五能線普通列車10:26→12:14深浦(待ち時間に資料館&美術館見学)13:36→15:16能代 「駅前旅館」デポ地15:30→15:50能代南IC→18:05酒田みなとIC→19:50朝日まほろばIC→20:45黒埼PA(食事)→21:42長岡JCT→22:23上越JCT→23:20有磯海SA<車中泊>5/3(祝)6:35→7:45尼御前SA8:15→10:13小浜IC→(周山街道R162)→11:35周山→12:30自宅

2016津軽半島1
    コース地図:2016津軽半島ツーリング 自転車1日目 能代から鰺ヶ沢
詳しくはルートラボで

2016GW津軽半島2
   コース地図:2016津軽半島ツーリング 自転車2日目 鰺ヶ沢から龍飛崎、中里
詳しくはルートラボで

経ヶ岬2015/04/18



経ヶ岬。丹後半島、京都府。
「丹後半島 自転車ツーリング」より。
2015/4/18撮影。

佐田岬 自転車ツーリング(2014/11)2015/04/01

四国から九州に向けて長く伸びる、佐田岬半島。陸路をたどれば「僻地」かもしれませんが、船の移動を前提とすると、九州とも海続き。なんとも複雑な存在だと思いました。
2014年の11月の週末に走ってきました。自転車はグランボア700Cデモンタブル。

【日程】 2014/11/1 京都=(石鎚SA車中泊)
11/2 八幡浜8:50~9:10保内町(川之石)10:25~11:23宿名峠~12:40二見本浦~14:30名取~15:30三崎15:48~16:25佐田岬漁港(民宿)
11/3 宿泊地7:55~8:23佐田岬9:27~10:00串~11:24見舞崎~12:15釜木~14:08三机~14:20堀切峠~14:42平石峠~15:10大峠トンネル~15:45八幡浜道の駅=京都

           佐田岬 灯台

           佐田岬沖

            走ったコース

写真をみる(Googleフォト)52枚

禄剛崎2014/11/03


 禄剛崎(ろっこうさき)。能登半島、石川県。
「能登半島自転車ツーリング」より
2013/11/3撮影


佐田岬2014/11/03


佐田岬。佐田岬半島、愛媛県。
「佐田岬 自転車ツーリング」より。
2014/11/3撮影。


旧 福浦灯台2013/11/02



能登半島、石川県。
「能登半島自転車ツーリング」より
2013/11/2撮影