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周山から佐々里峠周回:ランドナー2台で2018/10/14

神奈川から「山岳サイクリング研究会」の客人を迎え、京都北山ツーリングを実施しました。周山までクルマで行き、佐々里峠を通って周回。京大芦生演習林入口にも足を伸ばし、秋の北山を満喫しました。


周山にクルマをデポ
写真:周山にクルマをデポ。久々にルーフに自転車。ER輪行方式なのでランドナーでもフォークダウン式で簡便。

美山道の駅
写真:美山道の駅で休憩。

美山・松茸ごはん
写真:美山産松茸の松茸ごはん、800円也。道の駅で購入。

美山町北
写真:美山町北。重要伝統的建造物群保存地区。

美山町北
写真:美山町北。外国人の観光客も多数。

美山町北
写真:美山町北。

美山町田歌
写真:知井谷を佐々里峠へ向かう。美山町田歌。

美山町口芦生
写真:芦生へピストン。美山町口芦生。

美山町芦生
写真:美山町芦生。京大の演習林事務所。

美山町佐々里
写真:美山町佐々里。

佐々里峠
写真:佐々里峠

京都市左京区広河原
写真:峠を下って、広河原。山国の谷を通って周山に戻る。

【走行日】2018年10月13日
【使用自転車】グランボアoyakata650BランドナーER。
       M氏:アルプスのランドナー。
【峠】佐々里峠(707m)
【行程】嵯峨嵐山駅7:00=周山8:00~9:00深見トンネル~9:13美山道の駅9:45~10:06北11:04~12:10芦生演習林12:37~13:08佐々里~13:50佐々里峠14:14~14:21広河原14:26~14:50小布施~(山国)~15:57周山=京都市内

紅葉峠:台風で倒木だらけ2018/10/08

「グランボアoyakata650BランドナーER」が納入されて、最初のワンデイ プチツーリングに行ってきました。といっても、いつもどおりに走っているだけですが。

2018年9月の台風21号の強風で、京都北山方面は倒木だらけで、未だに花脊峠、芹生峠、神吉から周山に抜ける道、持越峠など、全面通行止めのままで、いつものルートを走ることができません。

今回は、神吉から「紅葉峠」で亀岡盆地に降りてみました。特に通行止めの掲示は現地にはなかったのですが、やはり倒木だらけで、自転車を担いで通行しました。オートバイでは無理でしょう。

亀岡盆地からは保津川沿いの林道で六丁峠へ抜けようと思い、しばらくは倒木を乗り越えて進みましたが、絶望的な倒木の連なりを目の前にして、敗退して、保津小橋まで戻り、老ノ坂を通って帰りました。ランドナーコースですらこんな感じですから、MTBでシングルトラックを楽しむのはかなり厳しいかもしれません。


写真:いつもの河原家住宅。大銀杏は台風でも無事だったが、若干歪んだような気がする


神吉診療所
写真:南丹市神吉診療所

紅葉峠
写真:紅葉峠

紅葉峠展望台
写真:紅葉峠展望台にて

展望台より下の倒木
写真:こんな感じの倒木箇所が複数あり、亀岡盆地側からも神吉盆地側からもクルマやバイクでは通行困難

写真:無事、亀岡盆地に下りる

亀岡盆地にて
写真:亀岡盆地にて

保津川沿い
写真:保津川沿い、旧山陰本線が対岸の道を抜けようとしたが、、、

保津川沿いの道の倒木
写真:倒木を乗り越え乗り越え、進んだが、写真の地点で絶望的になり、引き返した

保津小橋
写真:保津小橋まで戻り

保津小橋
写真:沈下橋の保津小橋を渡って、帰路についた

愛宕山
写真:松尾橋付近にて。愛宕山がくっきり。

【走行日】2018年10月8日 9:00出発~14:50帰着 走行キロ56km(メーター)
【使用自転車】グランボアoyakata650BランドナーER
【峠】六丁峠(181m)、紅葉峠(380m)、老ノ坂(219m)

但馬:春来峠旧道、久斗山、安泰寺(2018/9)2018/10/06

兵庫県、但馬の山間に、ドイツ人住職の禅寺がある。安泰寺といい、世界各国から禅の修行者が集い、自給自足的な生活をしているらしい。

タブレットで地形図をつらつら眺めていて、安泰寺を「発見」してから調べたのが上記のこと。住職のネルケ無方さんの著作も、数冊入手した。

週末毎に台風や雨が続いたが、久々に好天予報となった9月の休日、かつて吉永小百合主演、早坂暁脚本のNHKドラマ「夢千代日記」で有名になった兵庫県湯村温泉に車をデポし、巡ってきた。

湯村温泉
写真:湯村温泉

 湯村温泉から坂を上がり、小学校(照来小学校)の坂を越すと、照来盆地が開ける。
山間の美しい景観が広がった。
照来盆地
写真:照来盆地

 多子(おいご)、切畑、と走り、山間のルートを春来峠を目指す。
新温泉町多子
写真:多子の神社

いつも国道9号線を走る時には、「春来トンネル」で通過してしまう山上に、「春来」の集落がある。春が来る、ムラなのだろうか。
春来小学校
写真:春来小学校。

春来 集落
写真:春来 集落

春来峠旧道
写真:春来峠旧道

小さな峠をいくつか越え、「久斗山」集落へ到着。
久斗山
写真:久斗山 バス停。公衆電話等社会インフラの結節点。

バス停、バス転回場には「バス開通の記念碑」があった。電灯や水道開通記念碑は見かけたことがあるが、バスは珍しい。しかも1987年(昭和62年)建立。世はバブル経済の胎動、日本は広い。
バス開通記念碑 久斗山
写真:バス開通の記念碑

バス開通記念碑 碑文
写真:バス開通の記念碑 碑文

今でこそ、久斗山集落は平時の道路状況ならば、車でさほど時間がかからず町の中心部から行き来できるのだが、かつて自家用車が普及する前、バスが無ければ、本当に不便な地区であったのだろう。

全国的にみれば「秘境」というほどの所ではないので、その分、世間的に全く注目されずに地域の中では隔絶され続けていたのかもしれない。

その久斗山から、更に山の中、行き止まりの一軒家が安泰寺である。

安泰寺
写真:安泰寺

安泰寺の石庭
写真:安泰寺の石庭

安泰寺への道
写真:安泰寺への道。積雪が多いと、トラバース道は単なる山の斜面になるので、歩きでも通行は困難になるだろう。

浜坂駅前
写真:地域の中心街、浜坂駅前。

岸田川
写真:浜坂から湯村へは、岸田川の堤防を走ると快適。湯村は山間の温泉地のイメージだったが、浜坂からの標高差は少ない。

【走行日】 2018年9月23日
【使用自転車】 kona rove ltd
【峠】春来峠(431m=自動車の旧道)
【行程】京都市内5:30=湯村温泉駐車場8:25~9:03照来小学校~9:17多子~10:10柤大池~10:24春来(そばを食す)~10:55春来峠旧道~11:52大熊~12:21久斗山~13:11安泰寺~14:25浜坂駅15:00~15:30湯村温泉駐車場=(入浴)=19:30京都市内自宅

詳しくはルートラボで


おしまい

旧邸 御室~右京区の昭和初期数寄屋建築を見学2018/09/30


旧邸御室
写真:旧邸御室 大広間の一枚物テーブルに写る庭の緑

ちょっと昼ご飯の後、右京区内をポタリング。
双ヶ岡の麓、御室の地にある「旧邸 御室」が特別公開されていました。

1937年(昭和12年)建築。500坪の敷地に建つ数寄屋造りの邸宅。昭和初期の高貴な郊外邸宅の一例。右京区も北の方にあがれば、そこそこの邸宅が現存したりしています。
現在のオーナーは(株)山三製材所のオーナー家。製材所は昔はビッグビジネスです。

とても素敵な空間でした。

旧邸御室
写真:特別公開の看板

旧邸御室
写真:玄関へ

旧邸御室の欄間
写真:旧邸御室の欄間

旧邸御室
写真:旧邸御室 庭園から建物を眺める

旧邸御室 灯籠
写真:15の灯籠がある

旧邸御室の茶室
写真:庭園にある茶室「双庵」

旧邸御室の茶室
写真:「双庵」内部

2018/9/22見学。

奥ノ深谷 沢登り(2018/8)2018/08/05


奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷

奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷 最初の7m滝。先頭を行くT氏

奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷

酷暑、京都市内では38度を超える日々が連続する中、比良山地の奥ノ深谷に沢登りで行ってきました。

比良の沢登りではメジャーなところで、何度か遡行したことがありますが、沢登りではその時の水量等によって難易度や雰囲気が変わるのと、いつもリードしてもらって後ろを歩くので、数回経験したくらいでは、正直、ひとつひとつの滝やポイントをきちんと覚えられていません。

奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷。奮闘するT氏。

今回は山岳会の気心しれたメンバー総勢3名。このところの晴天続きでか水量が少ないこともあってか、サクサクと進み、ロープも1度も使いませんでした。無理したのではなく、自然に進めたという感じ。昼頃には遡行を終了しました。

奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷。水量が少ないので、いつもは上の段を通過するが、水流沿いに行けた。

同行の先輩は、本や記録では高巻くとされている滝も、全て直登され、巻き無しの完全遡行をされたのでした。凄すぎです。

私としては、高巻きのところが、こんなシビアだったか、という印象。もしかしたらいつもはロープを出してもらっていたからかもしれません。技術的には難しくなく、木の根などを掴みながら足場は置きやすいところをほぼ垂直方向に登って行くのですが、いったん怖いと思うと怖くなるような巻きでした。
滝を登るところはヌメリも少なく、特に危険を感じずに済みました。

奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷。

各人の力量によって、それぞれのルートがとれて、なかなか美しい秀渓でした。

酷暑なのでいつもより着込まなかったところ、「寒い」という感覚も時々ありました。
水は冷たくて気持ちいいけど、ずっと浸かっていると、つらくなります。

怖いまでの青空と酷暑の日、沢登りにはぴったりでした。
何度も行きたい沢だと改めて思いました。

【遡行日】2018年8月4日(土)快晴
【行程】坊村駐車場8:20~入渓9:26~12:03遡行終了地点12:19~(登山道下山)~12:55林道~13:42坊村駐車場
奥ノ深谷
地形図:奥ノ深谷 遡行GPSログ

鈴鹿霊仙山麓の廃村、武奈・男鬼・保月(2018/6)2018/07/29

鈴鹿山系の霊仙山の麓には、「なんでこんなところにムラが?」と思えるような集落が散らばっており、山登りの際や地形図を眺める度に、気になっていた。

地形図に載っている村々は、既に廃村というか無人集落になっていることは、web検索等で知ったが、集落名に何とも味がある。

「保月(ほうげつ)」「男鬼(おおり)」、どんなムラでどんな人が住んでいたのだろう。というわけで、自転車で出かけてみた。

霊仙山 廃村集落 地形図
図:霊仙山の周囲に散らばる今では廃村になったムラなど(クリックで拡大)
      ※昭和8年発行 地形図「彦根東部」スタンフォード大学ライブラリより

今回走ったルート ルートラボ参照

【走行日】2018年6月17日(日)
【使用自転車】SCOTT MTB
【峠】摺鉢峠184m、杉坂峠604m
【行程】近江鉄道フジテック前駅9:10~9:30摺針峠~番場(林道入口)9:46~10:29林道三叉路(ピーク)~11:05大杉竜王神社~11:18武奈町11:45~12:15男鬼(おおり)12:39~12:48落合~山女(あけび)13:14~(権現谷林道)~13:50三叉分岐~14:10保月~15:00杉坂峠~15:17栗栖~15:33仏生寺町~15:39鳥居本~16:03フジテック前駅


フジテック前駅
写真:フジテック前駅を出発

武奈町
写真:武奈町(無人集落)

武奈町、出身の人がメンテ
写真:武奈町では、ご出身の方々が集落の手入れに来られていた

男鬼町
写真:男鬼町


保月
写真:保月

保月 照西寺
写真:保月にある照西寺

保月 照西寺
写真:保月の照西寺には花が生けてあった。無人集落ではあるが、お手入れする方がいらっしゃる証左。

杉 集落
写真:杉 集落。広場になっている。家が数軒、山沿いに残っているが。

杉坂峠
写真:杉坂峠

鳥居本
写真:山を下り、北国街道鳥居本宿を見学してデポ地に戻った。


※保月の廃村過程については、藤尾潔2015「集落の消滅過程:多賀町保月の事例から」という論文があります。

                                  おしまい

若狭矢代へ、鯖街道、堀越峠旧道、おにゅう峠(2018/7)2018/07/17

30年近くお世話になったクリーニング屋さんがあった。
その名は「若狭屋クリーニング」

結婚してマンションに引っ越した際、クリーニング屋さんのチラシが多数投げ込まれた。その中に、ボール紙を名刺の大きさに切って、屋号と電話番号のスタンプを押しただけの
素朴な味わいのものがあった。屋号は「若狭屋クリーニング」。その店に頼み、それからずっと、マンションから今の家に転居してからも、週2回集配をしてもらっていたのだ。

集配の際には、いつもきちんとカッターシャツにネクタイ、上着も着てられたが、ある日、若狭屋さんのお家の前を自転車で通ったところ、暑いからか開けっぱなしの小さい仕事場で、ランニングシャツ一丁で汗だくになってアイロンを当てている若狭屋さんの姿がみえた。

その若狭屋さんが、2年前、地元に戻って小学校の同窓会に出席されたその夜に倒れて、あの世に行かれてしまった(亡くなったことは、今回知った)。1人でされていたので、そのまま廃業。

いつも集配に来られては、ネコをかわいがり、阪神タイガースの話をして、という感じだったのだが、あるとき、「若狭屋さん、若狭のどこですか?」と尋ねたら「若狭の矢代です。実家は今も民宿をしています」とのご返事だったのを記憶に留めていた。

今回の7月の3連休、予定していた沢登りは前夜出発が叶わなくなり断念。
6月末に職場が変わり、業界も違うので、イチから勉強の日々になった。オンで変化が大きいと、オフにエネルギッシュなことをする余裕が無くなる。自転車でどこか行くにしても、地理感の無いエリアに行くのは億劫になってしまう。色々逡巡していたが、「そうだ、若狭に行こう」と思いついた。若狭には若狭屋さんの実家もあったはずだし、訪ねてみよう、と思った次第。

京都に住むサイクリストやライダーにとって、京の街から北上して日本海を目指すのは、旅の第一歩のようなもので、私も学生時代から何度も若狭、特に小浜を訪ねている。

小浜は「海のある奈良」ともいわれ、お水取りの場でもあり、古寺名刹も多い。北前船の寄港地でもあり、文化的にも興味深い。私は参加したことがないが、かつて鯖を運んだという「鯖街道」をリスペクトした「鯖街道ウルトラマラソン」大会が毎年開かれている。
かつて私が所属していた自転車チームでも、毎年、周山街道で小浜往復の180kmタイムトライアルを実施していた。朝6時頃に出発して昼ご飯は京都(高雄)に戻ってから食べていたので6時間位で往復していたのだと思う。
小浜からは「京は遠ても十八里」といわれているように、京都と小浜の縁は深い。

というわけで、例年にない酷暑の中、若狭へと久々に往復自走宿泊サイクリングに出かけた。

周山
写真:栗尾峠旧道から望む周山の街

いつものように、周山街道へ。この道は、カーブと勾配の一つ一つを覚えているくらい走っている。今は、自転車歩行者専用道となった栗尾峠の旧道から周山の街を望む。

美山道の駅
写真:美山道の駅

あまりの暑さでペースが上がらず、国道を離れて涼しげな小径を選んだこともあって、美山の道の駅に着いたのが11時になってしまった。そのまま昼ご飯。美山牛乳やヨーグルトが美味。須知高校製のプリンというのも食べた。

久しぶりに九鬼坂を越えて、鶴ヶ岡からは、冬にスノーシューで何度か利用した堀越峠の旧道にチャレンジすることにした。このほうが林間で涼しそうだし。以前、1回ランドナーで来たが、タイヤがバーストして敗退した記憶のある峠。

堀越峠旧道
写真:堀越峠旧道。スノーシューの時はトンネルからここに出て、頭巾山を目指した。

旧道堀越峠
写真:堀越峠。若丹国境。

堀越峠の旧道は、かつて京都から小浜までの国鉄バスが走っていた。今ではかなり荒れている。石がゴロゴロしていて急勾配な箇所もあり、久々に押しが入った。

小浜
写真:小浜市内

今回、初めて国道からそれて、谷田部トンネルから小浜に西から入った。谷田部峠のほうが、本来の小浜入りの道らしい。

鯖街道起点
写真:小浜の商店街の中の「鯖街道起点」

鯖街道説明板
写真:鯖街道解説板

かつてより、ずいぶんと改良された道を走って、小浜市街から矢代に到着。
若狭屋さんの実家の民宿は、集落の高い位置に石垣を積んだ上にあった。

小浜市矢代
写真:若狭屋さんの実家の民宿に到着

仏壇も立派で、なかなかのものであった。
ご実家を訪ねて、初めて判った。若狭屋さんは、この実家が誇りだったのだろう、と。

「若狭屋」という屋号で商売すると、「若狭のどこですか?」と聞かれるのは想定の範囲内。過去や出身を明らかにしたくない場合には、出身地の屋号はつけないだろう。若狭屋さんにとって、京都の西郊の町でクリーニングを営みながらも、故郷を大切に思っていらっしゃったのだろうと、私は思った。

宿の女将さん(65歳+)からは若狭屋さんは伯父さんにあたる。女将さんの話では、
矢代で車が通れる道路が付いたのは戦後(昭和30年代か)のことで、それまでは小浜に出るには船か歩きで道路のあるところまで行かないと行けなかった。
高校には下宿しないと無理で、この辺では中学を出ると皆就職した。矢代では、京都で食料関係の会社を興した人がいて、その人を頼って皆その会社に入ったが、給料は上がらないし、知った人ばかりで発展性が無いということで、各人がいったんその会社に入ってから自分の道を決める感じだった、とのこと。若狭屋さんも、そんな感じでクリーニング屋を始めたのだろうと。
女将さんは、高校に進学させてもらったが、片道2時間、自転車を押して、乗れるところは乗って、という感じの通学。部活は出来ないし、冬は大変。娘さんも冬は寄宿舎に入って高校に通ったそうである。

一昔前の日本は、そんなエリアが広範にあり、都市と農漁村の違いは、今想像する以上にいろいろとあったのだろう。

小浜市矢代
写真:民宿の窓からの風景

矢代の観音堂
写真:小浜市矢代の観音堂

小浜市矢代湾
写真:矢代湾

翌朝、矢代の観音堂を見学し、おにゅう峠へと向かった。
酷暑で、熱中症への警戒がリアルに必要な状況。ペースは上がらず、時々沢水で身体を冷やしたりしながら走り、峠の到着は正午をまわってしまった。

下根来
写真:小浜市下根来、戦没碑と民家。子を失った親の気持ちが痛い。

おにゅう峠
写真:おにゅう峠。若狭には「遠敷(おにゅう)」、丹波にも「小入谷(おにゅうたに)」があるので、ひらがなで「おにゅう峠」としたのであろう。

久多から能見峠で広河原、花脊峠が通行止めのため芹生峠で京都市内に入り、出町にある鯖街道口の石柱を経由して帰った。

久多
写真:朽木

久多
写真:久多

芹生峠
写真:芹生峠

加茂川
写真:賀茂川

出町:鯖街道の碑
写真:京都、出町にある鯖街道口の石柱

【走行日】2018年7月14日(土)~15日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【走行キロ】1日目117km、2日目116km (サイクルコンピュータ計測)
【峠】 御経坂215m、笠峠(トンネル)449m、栗尾峠410m、深見峠(トンネル)420m、堀越峠510m、谷田部峠(トンネル)59m、おにゅう峠837m、能見峠655m、芹生峠712m
【宿泊】民宿 きしの(小浜市矢代)
【行程】
7/14 自宅8:05~9:38周山~10:52美山道の駅(昼食)11:44~13:35堀越峠(旧道)~14:15道の駅名田庄14:37~15:44谷田部トンネル~15:48小浜~16:55矢代(泊)
7/15 矢代8:00~8:41広域基幹林道尾根~9:32東小浜駅9:45~12:29おにゅう峠~12:55朽木生杉(昼食)13:34~15:12能見峠~17:14芹生峠~18:15出町鯖街道口~18:53自宅

【ルート】
  1日目
  2日目

舞鶴湾大浦半島探訪:多祢寺、三浜と野原(2018/3)2018/06/04

”海の京都”、京都府北部の舞鶴湾大浦半島は半島一周道路が無いため、先端の集落はどこも行き止まりの”どんつき”。
プランニングが難しいこともあり、なかなか訪問できずにいましたが、ようやく行ってきた記録です。

土曜日曜の連日で舞鶴へ。土曜日は西舞鶴にクルマをデポ。翌日は東舞鶴にデポしてMTBで回りました。

【走行日】2018年3月3日(土)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 三浜峠203m
【行程】京都=西舞鶴駅10:11~11:35自衛隊桟橋~12:07板ガラス~12:23クレインブリッジ~12:57浮島丸碑~13:28舞鶴発電所(丹生)~14:20多祢寺14:48~14:56三浜峠~15:07三浜~15:40野原~16:14(峠)~16:51東舞鶴~17:28西舞鶴=京都

舞鶴市三浜
写真:三浜峠を下ると、海を背景に集落が広がる。桃源郷というものがあるとするなら、こんな感じに近いと思えるような美しい景観であった。

舞鶴市野原
写真:舞鶴市野原。海に生きるムラ、という感じ。

多祢寺
写真:多祢寺

舞鶴市内
写真:舞鶴市内


【ルート】

丹波の民家景観2018/06/03


川原家住宅 京都市右京区
写真:川原家住宅 京都市右京区

自転車で京都北山から丹波を走ることが多いのですが、日本の様々なところを旅しても、丹波の中山間地域の景観は、なかなかのものだと思います。丹波だけでなく山城や近江、摂津など上方周辺のルーラルなエリアは同じような感じです。

人口減や高齢化が進み、廃屋が多くなっているのは日本の他の地域と一緒ですが、過去からの文化的な何かの蓄積が厚いのか、見応えを感じます。

自転車だと、すぐに止まって写真を撮れます。
主として草葺き民家が中心で、丹波の今、というか美しいものばかりではありませんが。

このブログでも「丹波の民家や集落の景観」というのを以前にアップしていますが、その続編というか写真のスクラップ帳みたいなものです。

八木町神吉
写真:八木町神吉

京北宇野町
写真:京北宇野町

京北宇野町
写真:京北宇野町

京北宇野町
写真:京北宇野町

日吉町中世木
写真:日吉町中世木

クボタ農業機械愛用者
写真:「クボタ農業機械愛用者」ホーロー板

日吉町中世木
写真:日吉町中世木

日吉町中世木
写真:日吉町中世木

京都市右京区嵯峨
写真:京都市右京区嵯峨

成生岬灯台へ(2018/4)2018/04/15


舞鶴市成生
 写真:成生

 3月初旬に自転車で舞鶴湾の成生(なりゅう)集落まで行ったが、灯台まで行きたくなった。
 岬の突端の灯台への道は無い。灯台の保守は船を利用しているらしい。

前回のMTB地形図破線路探査で、単独自転車行には懲りたので、今回は山岳会の人たちに同行願い、完全登山装備で実行した。先頭は読図の練習をミッションとする方にお願いし、私は終始最後尾を歩いた。

集落を出る時に地元のおばちゃん(複数)に挨拶したところ、「灯台に行く?無理無理」「ずいぶん前から地元の人間も行ったことがない」「以前、行き詰まって船やヘリコプターで救出したことがあった」「1日で帰ってくるのは無理」「クマや猪や鹿もいる」と散々であった。

「迷惑かけないように、無理と思ったらすぐ引き返しますし」ということで、なんとか通過。

地形図では岬のかなり奥まで破線の小径があり田のマークもあるので、離れた田んぼに通う小径があったと推測される。その小径がそこそこ残っているならば、案外簡単に灯台に到着するかもしれないと思ったが、集落を出てすぐに小径は消滅した。

尾根に登り、基本尾根歩きで小ピークをいくつも越えて灯台へ着いた。標高は低いがアップダウンはけっこうあり、体力をそこそこ使った。

まだ下草や若葉が無いシーズン、尾根は見通しもよく歩きやすかったが、左右に広がる日本海の怒濤が地の果ての雰囲気を醸し出し、天気も下り坂とあって、のんびり長閑な気持ちにはなれなかった。

ロープ、登攀具類をフルに背負い、時間があればどこかでアイゼントレーニングもするつもりだったので、装備的には心強かったが。メンバーの中にはクライマーもいるし。

結果、登攀具を使うことはなく、普通の歩きで済んだが、道が無く全く管理されていない空間を地図を頼りに進むという、とても面白い体験ができて大満足であった。同行の皆さん、ありがとうございました。

【実施日】2018年4月14日
【行程】京都市内7:00=成生9:30~12:12三角点(P213)~12:58成生岬灯台13:20~(基本的にピストン)~14:28 P166~16:00成生

成生の集落から灯台ピストンで6時間半かかった。地形図で想像するよりも手応えがあった。

舞鶴市成生
写真:成生

写真:同行の皆さん

写真:小径は無いので適当に斜面を登るが、滑りやすい土質

P213
写真:213m三角点。今回の最高標高。

写真:P213の先、正面のピークを越えると灯台が近い。尾根ルートで走破。

毛島
写真:毛島の洞門がみえた。

写真:灯台が近づいた。

舞鶴湾成生岬砲台跡
写真:戦時中の砲台跡

成生岬灯台
写真:成生岬灯台

成生岬灯台
写真:灯台のプレート

成生岬灯台へGPSログ(往路)
※GPSログ(往路)

※成生や田井をフィールドにした地理学の論文があった。学生時代に読んだ記憶がある。
柿本・島田・藤村「定置網漁村の経済構造-丹後成生の場合-」人文地理1974
・・・今、読み返してみて、なんとよく働く人たちなのだと頭が下がる。集落にある立派な家屋も代々、働きづめで蓄えたものなのですね。遊びに来た人の遭難騒ぎなんて、とんでもない迷惑なのがよくわかります。論文が書かれてから半世紀ほど経つが、その後の変化はどうなのだろう?