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角島大橋・油谷、長門の半島を巡る(2017/5)2017/05/20


角島大橋
写真:角島(つのしま)大橋
角島灯台
写真:角島灯台
俵島
写真:俵島 ※天然記念物
油谷の棚田
写真:向津具半島(むかつくはんとう)の棚田


村上春樹「1Q84」1巻P462より
「地図を眺めているうちに、『何があっても、ここに行ってみなくっちゃ』という気持ちになってしまう場所がある。そして多くの場合、そこはなぜか遠くて不便なところなんだ。そこにどんな風景があるのか、そこでどんなことが行われているのか。とにかく知りたくてたまらなくなる」

同感! 「何があっても」とまでの熱意はないが、地形図を眺めていて、山口県の日本海側の半島群を巡りたくなった。上にある地図は、その主たるエリア。というわけで2017年のGWに角島(つのしま=橋で繋がっているので半島みたいなもの)、油谷島(ゆやしま=今では砂州で繋がっている陸繋島)や俵島、全般的には向津具半島(むかつくはんとう)を巡ってきた。

【ルート】
2日め
2日め

【走行日】2017/5/5~5/6
【行程】
2017/5/4 自宅17:20=19:30(滝野社から中国道)=19:46加西SA(夕食)20:30=22:45帝釈峡PA=24:30吉羽SA(車中泊)
5/5 吉羽SA6:05=7:30美祢市営駐車場(車デポ)8:05~8:50小杉9:05~9:43西市~10:13蕎麦屋10:40~11:30田耕神社~12:10沈下橋~12:30長門粟野駅~13:50角島大橋~14:20角島灯台~15:05角島大橋(本土側)~15:54長門粟野駅~16:18油谷大橋~16:57久津(錦波旅館 泊)
5/6 泊地8:15~(雨宿り)~9:24本油谷~10:08俵島~11:07久津~11:49川尻岬灯台~12:19畑峠~12:30川尻~13:30東後畑棚田(昼食)14:20~14:30津黄峠~14:45千畳敷~15:08茅刈~15:47長門市観月橋~15:57長門湯本駅~16:56山中峠~17:56美祢市デポ地18:30=(中国道)=美東SA(夕食)19:30=21:40七塚原SA=24:03上月PA=25:03赤松PA=26:30自宅

【自転車】グランボア700Cデモンタブル
【峠】 畑峠(160m)、津黄(つお)峠(198m)、山中峠(やまなかたお)(330m)

☆写真をもっとみる Googleフォト(81枚)


三原から浜田、旧庁舎巡りをしながら中国山地を縦断(2012/7)2017/05/07


沼田川。広島空港大橋
写真:沼田川上、広島空港大橋

天磐門別神社(あまのいわとわけじんじゃ)
写真:天磐門別神社(あまのいわとわけじんじゃ)

亀谷峠
写真:安芸と石見の国境「亀谷峠」

町村の広域合併で、かつて町役場があった地区がそのエリアの中心性を失ってしまうケースがしばしばみられます。今では地図を眺めていても、そこに独自の行政区、領域が存在していた痕跡もわかりにくくなっています。皮肉なことに、国土地理院の5万分の1地形図は更新がストップしているので、5万図をみることで、過去を知ることができます。中国山地の5万図を眺めていて、かつてあった役場所在地を巡ってみようと思いたち、2012年の夏に走ってきました。

町村役場の旧庁舎は、広域合併前に起債して、豪華建築に建て替わっているところがほとんどでした。合併後は大きな建物をそこにつくることは難しいでしょうから、有効に活用されることを祈るばかりです。

【走行日】2012年7月13日~16日
【使用自転車】グランボア650Bデモンタブル
【峠】馬通峠(うまどおしとうげ:357m)、印内峠(いんないだけ:385m)、亀谷峠(かめたにだお:643m)
【行程】7/13夜:京都=(新幹線)=三原(ビジネスホテル泊)
7/14:三原8:10~8:41井屋峠~9:50三原市本郷~11:43旧川内町役場~13:30福留ダム~14:08旧豊栄町役場~15:00旧大和町役場~15:49旧世羅町役場~16:35旧三和町役場~吉田町「いろは家」泊
7/15:宿8:15~毛利墓所9:30~10:47旧美土里町役場~13:30亀谷峠~15:09邑南町「矢上駅」~16:07「旧山崎家住宅」~17:22美又温泉「みくにや」泊
7/16:宿9:00~10:17浜田ダム~10:46浜田高校~浜田郷土資料館11:24~12:07浜田駅=(山陰本線)=益田(途中下車)=(山口線)=新山口=(新幹線)=京都

【ルート】

丹波丹後の峠巡り~上夜久野から加悦、宮津、福知山(2015/4)2017/04/09

GW、人や車の多い場所ではなくて、静かにしみじみとルーラルな景観の中に身をおきたいと思い、丹波と丹後の峠を繋いで走った記録です。JR山陰本線上夜久野駅から加悦、宮津、福知山までほぼ周回し、福知山から上夜久野へは輪行しました。
田植えの風景はとてもきれいで、かつて縮緬で栄えた加悦や宮津の町にも趣がありました。
【走行日】 2015年4月29日
【使用自転車】グランボア700Cデモンタブル
【走行km】111.2Km(GPS計測)=カーブ等でショートカットして計測されるため実際よりも短い
【峠】小坂峠(こざことうげ)388m、薬王寺峠(やくおうじとうげ)502m、滝峠(たきとうげ)307m、岩屋峠(いわやとうげ)232m、板戸峠(いたどとうげ)194m
【行程】上夜久野駅8:05~8:50小坂峠~9:05但東町久畑~9:46薬王寺峠~10:05但東町赤花~10:22滝峠~10:40加悦(商家見学など)~11:52加悦奥(昼食)12:22~12:47加悦-但東町境(峠名は地形図には無)~13:00岩屋峠~13:32加悦鉄道与謝野駅跡~14:00宮津市内(ポタリング)14:30~15:03板戸峠~15:42由良川橋~16:08大江町尾藤口~17:00福知山駅

夜久野町才谷
写真:夜久野町才谷
夜久野町才谷
写真:夜久野町才谷

☆走ったルート。詳しくはルートラボでご覧ください。

☆写真をみる(Googleフォト 39枚)

「秘境」祖谷(いや)から剣山、穴吹川ツーリング(2016/10)2017/02/15

2016年10月、四国の祖谷(いや)から見ノ越を経て穴吹川沿いに走ってきました。

高校2年の夏休み、友達と2人(友達はBSダイヤモンドキャンピング、私はBSロードマン改造車)でユースホステルを利用して四国を回った際に、祖谷には立ち寄りましたが、それ以来です。一般的には高校2年は元気な盛りなのですが、祖谷への坂道でバテていた記憶があります。55歳の今の方が、自転車の走りでは強いと思います、たぶん。

今回は祖谷口から祖谷川沿いに祖谷渓を走りました。見ノ越で宿泊。翌朝は天気が良かったので剣山に歩いて登ってから穴吹川沿いを走りました。

四国山地の険しい山腹にある集落を経由して走っていると、偶然、古代から天皇の祭祀に重要な役割を果たした山岳武士の家に出会ったり、なかなか興味深い旅になりました。

【使用自転車】グランボア650Bデモンタブル
【峠】見ノ越(みのこし:1410m)
【行程】
2016/10/28(金)夜 京都発=中国道・淡路島経由で吉野川SA(車中泊)
10/29(土)吉野川SA8:23~9:00佃駅~9:30阿波池田駅~10:10大川橋~10:17祖谷口橋~11:43西祖谷村一宇~12:20西祖谷村重末~12:55かずら橋(観光で渡る)13:08~14:15東祖谷山京上~15:12東祖谷菅生~15:43名頃ダム~16:37見ノ越(平家の宿・泊)
10/30(日)剣山登山口鳥居7:15~(徒歩)~8:11剣山三角点~8:30~8:47リフト西島駅=(リフト)=見の越駅~(宿でお茶)/自転車・見ノ越トンネル9:20~10:02川上~10:18谷口~10:56南張分岐~11:16南張~11:49三木家住宅12:03~13:23宮内(神社)~13:49穴吹駅(昼食)14:19~14:45貞光~15:23三三大橋~15:35吉野川SAデポ地=(徳島道~淡路島~中国道)=京都

祖谷口
写真:祖谷口、ここから祖谷川に沿って上る


祖谷
写真:祖谷渓谷

見ノ越の宿
写真:見ノ越の宿

木屋平村 三木家住宅
写真:木屋平村 三木家住宅の蔵。三木家は大嘗祭で新天皇が着用する麻服を献納してきた

穴吹の町
写真:穴吹川沿いに走り、穴吹の町に出た。

*詳しくは Google Photos「祖谷渓から穴吹」へ

*1日目ルート 詳しくはルートラボ「祖谷渓ツーリング1日目」

*2日目ルート 詳しくはルートラボ「祖谷渓ツーリング2日目」

カーボンとクロモリの乗り味の違いと、自転車の命名についての一考察2016/10/08


グランボア スポルティフ
写真:グランボア 泥除付レーサー
   サンツアーシュパーブプロほぼフルセット 2008年納車

CASATI ゴールドライン
写真:CASATIゴールドライン  1990年購入

TREK ドマーネ2016モデル
写真:TREK ドマーネ 2016モデル

 今日は、ちょっと昼ご飯に”猪ラーメン”へと向かい、まっすぐ周山街道(R162)を走るとすぐなので、いつもの保津峡から水尾経由、長野を回って行きました。約50km。

このところクロモリの自転車に集中的に乗っているので、今回は最新のカーボンモデル。トレックのドマーネです。

先週、グランボアの泥除付レーサー(チューブはカイセイ022、ナガサワのクラウン)に乗って、スッと踏むとススーと走る感触に自分の自転車ながら感動しました。その前は、写真(中)のCASATIで、自転車が身体の動きにリニアに反応する、スパッとした走りを楽しみました。今日はカーボンの乗り心地、乗り味について感じるべく、神経の大部分を集中してTREKドマーネで走りました。

そこで思ったのは、「クロモリは人間(の入力)との対話があるけれど、カーボンとは希薄」ということです。カーボンはひたすら前進することに集中していて、ムダなことはしませんよ~といった感じ。

クロモリは、スッと脚を入れれば、自転車もそれに瞬時に反応してくれます。調子のいいとき、ガンと踏めばドーンと進んで、疲れると、自転車もなんだか進むのをいやがるみたいな感じ。

カーボンだと、人間はモーターになった感触で、自転車はモーターの回転を推進力に忠実に変換しているけど、フレームの存在感が希薄です。空気中に浮遊しているみたいで、存在を感じるのはモーターとしての自分とホイールとサドルとハンドルだけ。

クロモリがマニュアルミッションの車で人馬一体の楽しみ方とするなら、カーボンはオートマ(しかもステップATではなくてCVT)車で、とにかく楽に速ければいい、みたいなものかもしれないと、思ったりもしました。

クロモリはフレームの存在というのをすごく感じます。それだけ重いということかもしれないけど。

定量的な比較はしていませんので、まったく定性的な、まあどうでもいいような個人的感想ですが、クロモリは自転車との対話があるから、旅にはぴったりだと思いました。なんか、「こいつと一緒に走っている」という気持ちが生じ、自転車が仲間のように思えるのです。

となると、自分が乗っている自転車に名前を付けたくなる気持ちになるのも、不思議ではありません。1970年代とか80年代は、けっこうそういうノリがあったのではないでしょうか。

今のカーボンロードバイクに名前を付けて呼んでいる人は、多くはないと思いますが・・・。

ウチが自転車に名前を付けるカルチャーだったとすると、最初の数台はいいのですが、そのうち、
◇家人:「おとうさん、いいかげんにしてくださいよ」
◆私:「う~ん、じゃあ今度の自転車の名前は ”トメ”にするよ」
そして、またしばらくして
◆私:「すまん、また1台生まれてしまった。名前は”トメ吉”にするから」
◆私:「あーっ、ごめん。また1台出来てしまった。名前は”トメ子”だからな」

てな、繰り返しになって、ウチの自転車の名前は、トメ、トメ子、トメ代、トメ吉、トメ夫、などなど、いつもこの子でおしまいです、という決意のようなものをつけないといけなくなります。※ご親族やご先祖にそのようなお名前の方がいらっしゃいましたら失礼をお許しください。どの子がどの名前だったか、覚えられなくなる可能性が高いので、私は自転車に名前を付けていません。

三江線 全駅コンプリート(ランドナーで)2016/10/01

JR三江線<広島県三次(みよし)-島根県江津(ごうつ)間>が廃止されることになりました。廃止予定日は2018年4月1日。

2007年に江の川と三江線沿いを走り、かねてより、もう一度訪ねたいと思っていましたが、廃線の動きの報道に接し、今度は、全35駅を訪問することにしました。

1日の運行本数は少ないのですが、駅は綺麗に掃除され、花の手入れもきちんとされていて、三江線は、本当に地域の人に愛され大切にされている存在なのだと感じました。

三江線の維持にどれくらいのお金が必要なのか知りませんが、鉄道が無くなることで地域の衰退に拍車が掛かることにもなりかねません。地域の誇りを保ち、それこそ「国富を守る」ためにも、鉄道が存続できるようにオルタナティブな道がとれないのでしょうか。災害が生じても道路は税金で治しますが、鉄道は基本的には事業者負担。国土を守る費用として、原発関連に使われる費用とは比べものにならない小さな金額で、鉄道を生かして地域振興をはかることはできないものなのでしょうか。狭義での経済合理性の枠内で考える限り、赤字ローカル線の廃止は「やむを得ない」ことになりがちですから、パラダイムの変革で活路を見いだせないものでしょうか。

ルートは、基本的に下りで交通量も少なく、実に走りやすくて気持ちの良い道です。写真を撮りながらなので止まることも多く、走行距離はメーター読みで140km、ツーリングとして1日に走る距離としては長いのですが、楽ちんでした。

江津駅前のビジネスホテルに泊まり、翌朝は三江線に乗車しました。窓の外、自分が走ってきた道を眺めながら。

【使用自転車】 TOEI700Cランドナー
【行程】
2016年9月9日(金) 京都市内五条葛野大路GS21:10=(中国道)=24:40七塚原SA(車中泊)
9月10日(土)七塚原SA6:15=6:35三次駅近くの駐車場(車デポ)7:12~7:15三次駅~8:16長谷駅~9:40作木口駅~10:04口羽駅~10:40宇都井駅11:05~12:07潮駅~12:55沢谷駅~13:09浜原駅~14:47石見川本駅~16:04川戸駅~17:06江津本町駅~17:18江津駅~ビジネスホテル(泊)
9月11日(日) ホテル~江津駅6:00=(三江線423D)=9:21三次駅=デポ地10:00=(中国道)=16:00京都(自宅)

三江線 粟屋駅
三江線粟屋駅:綺麗に花が生けてある。この後、他のたくさんの駅でも一緒だった。

江の川と三江線
三江線と江の川に沿って走る

三江線 潮駅
潮駅

三江線 江津本町駅

三江線コンプリート

今庄から高倉峠、冠山峠、越前大野、温見峠、樽見鉄道2016/09/19

越美国境温見峠(えつみこっきょう ぬくみとうげ)、越前(福井県)と美濃(岐阜県)の境にある峠で、国道157号なのだが、”酷道”と呼ばれて一部のマニアの間では有名。

サイクリストの間でも、その名は知られている。

以前から走ってみたいと思っていたのだが、通行止めになっていることもしばしばで、今回、ようやく実行した。

せっかくなので、近くにあって、地形図を眺めているとなかなか魅力的に思える高倉峠(こうくらとうげ)、冠山峠も絡めて、越前大野に1泊するプランにした。終着は樽見鉄道の樽見駅。出発地は、北国街道の宿場として味わいがある、今庄にしよう。

久しぶりの完全輪行。自転車も久しぶりに連れ出すTOEI650A。1987年に購入したものだが、タイヤは「グランボア オルソンエース=650×1/2A相当」に先日交換。その前は、タイヤはアルプスブランドのものを使っていたが、オルソンエースに替えて、走りが見違えるように軽くしなやかになった。「タイヤはフレームの七難を隠す」のか「タイヤはフレームのポテンシャルをしっかり引き出す」のか、どちらでもいいが、とにかく走行感が 断然改善し、本番ツーリングに連れ出す気持ちになった次第。

フロントバック装着方法をリクセンカウルにして、キャリアは外した。フロントバックはモンベルの防水タイプを初使用。カメラの頻繁な出し入れには向かないので、コンパクトカメラをジャージの後ろポケットに入れて走った。

雨が心配されたが、幸い、大きな崩れはなく、走れた。

温見峠の道が「酷道」と呼ばれているのは知っていたが、正直、たいしたことないと思っていた。自動車では大変でも、自転車なら大概、なんでもない。土砂崩れ があっても担いで越えられることが多いし、人為的な通行止めでない限り、たいていの場合、通過には苦労しない。舗装してあれば、自動車が走れるところなら、どんな急勾配でも登れる。登山、その中でも沢登りもやっているので、沢登り感覚でいうと、自動車の走れる道はハイウェイ以上。道迷いなく人里につながる安全地帯である。

と思っていたが、実際走ってみて国道157号線が「酷道」であることは認めざるを得ない。その核心部は、峠付近ではなく、岐阜県側の根尾黒津と根尾能郷の間の悪絶ゴルジュ地帯である。根尾黒津を過ぎてダウンヒルを続けていて、右カーブ正面の視界に飛び込んできた、あまりにも悪絶な、規模の大きいゴルジュ入口をみて、一瞬、信じられなかった。こんなところに突っ込んでいくのかと。断崖絶壁に、無理に通したであろう道路がへばりついているのが見える。

停車して写真を撮ろうと思ったが、ブレーキをかけてバランスを失うと危険なのと、なんだか、留まってはいけない場所だという気配を感じ、そのまま通過した。残念ながらその悪絶さを伝える写真は無い。

豪雪地帯なので、排雪のためガードレールを設置することができず、路肩には何もなく切り立った崖になっている。

もっとも、自動車ならガードレールに助けられることがあるかもしれないが、自転車なら、仮にガードレールがあっても、ガードレールにぶつかったりすると人間だけは確実に前方に放り投げられて落下するので、ガードレールの有無は安全に関係ない。転倒して路面を滑走した場合にはガードレールに助けられることがあるかもしれないが。

崖の高さは100mであっても、10mであっても、落ちた人間へのダメージの結果としては同じである可能性が高いが、やはり高い崖をへつるように掘削されたガードレールのない道というのは、怖い。よくこんなところに道を通したな、と思った。登山に例えると黒部川の水平歩道の ような感じ。

対向車が来たら、自転車でも止まらないといけない。路面は雨で濡れている。

スリルを感じるために自転車ツーリングをしているのではないし、積極的に走りたい道ではない、この道が「酷道」と呼ばれることに納得した次第。

温見峠全体では、福井県の大野平野を過ぎると、悪絶ゴルジュ地帯を過ぎた根尾能郷までは集落が無く、無住地帯をこれだけ長く走れるところは本州では数少ないのではなかろうか。北上山地の安家川沿いを走った時も、「なんと人気(ひとけ)の無い寂しいところだ」と思ったが、それ以上だ。

コンビニはおろか自販機も、もちろん無いが、真夏でも道路の横からの湧き水や沢は豊富なので、飲み水には困らないであろう。

スケールの大きな峠越え、ほぼ一日かけて日本海側から太平洋側へと、ひとつの峠を越える。充実感は数日後であってもしばらく脳内と身体に残り、今思い返しても、心が満たされる。こんなに感動を与えてくれた峠は、私にとって、他には無い。

[使用自転車] TOEI650A ランドナー
[峠] 高倉峠(こうくらとうげ: 956m)、冠山峠(かんむりやまとうげ:1,050m)、温見峠(ぬくみとうげ:1,020m)
<記録>
2016年8月27日(土) 京都駅6:58=(サンダーバード1号)=7:57敦賀8:06=8:22今庄10:10~10:50伊藤氏庭園~12:34高倉峠~13:17徳山分岐13:28~14:22冠山峠~15:30池田町~17:10越前大野:17:35弥生旅館
8月28日(日)泊地7:45:大野市街地8:05~8:30越前田野駅~8:55五条方発電所~9:20真名川ダム~9:40仙爺谷橋~10:00若生寺大橋~10:37雲川ダム(トンネル)~11:06小さい峠(熊河川と温見川)~11:20温見集落~12:10温見峠~12:36猫峠分岐~12:52猫峠~13:12根尾黒津~(悪絶ゴルジュ)~13:35根尾能郷~14:00樽見鉄道樽見駅14:58=(樽見鉄道)=16:02大垣16:34=18:12京都

北国街道 今庄
写真:北陸本線今庄駅がスタート地点

高倉峠
写真:越美国境 高倉峠(こうくらとうげ)

冠山峠
写真:越美国境 冠山峠

越前大野の町並み
写真:越前大野の町並み

国道157号線 温見峠は
写真:国道157号線、温見峠へ

温見峠
写真:国道157号線 温見峠

樽見鉄道樽見駅
写真:樽見鉄道樽見駅。輪行して大垣からは新快速で帰る。


詳しくは Googleフォトで(72枚)

ルート1日目 高倉峠 冠山峠
温見峠

福山から倉吉へ。宮本常一「山の道」の町を訪ねて2016/09/18

 民俗学者の宮本常一「山の道」八坂書房2006 を読んでいると、「山中をあるいていると、思いもうけぬようなところで思いもそめぬような町に出くわすことがある。・・・とくにそういう町の多いのは中国山地である」。

「人が歩いて旅をした頃は山の尾根を通る道が少なくなかった。広島県の福山市から北へ、油木町にいたる道のごときも・・・」。
とあり、続いていくつかの町について記してある。

◇峠の町・小吹(こびき)・・・馬方の中継地。たたら鉄の輸送。大きな問屋もあった。鉄道が開通して、さびれた。

◇丘の町・油木(ゆき)・・・小吹の栄えていたころにはひっそりした村だったが、荷車が通るようになって栄えた。馬の背に荷をつけた時代は荷の後押しをする者もなかったが、車道がついてからはクルマ(人力)の後押しが必要だから。

◇高山市(こうやまいち)・・・牛市で栄えた。

など。今では想像もできない繁栄が中国山地の中で繰り広げられ、その痕跡はかすかな残存をとどめているのだろうか。

そんなところを訪ねてみたくて、2016年の7月、5万分の1地形図を頼りに、広島県福山市から中国山地をうねうねと、鳥取県倉吉市まで走った。

倉吉も渋い町で、江戸~明治の頃、千歯扱きの有数の産地として繁栄した。また、江戸時代には大阪の豪商淀屋が闕所(けっしょ=財産没収)の期間、倉吉に身を潜めて、後の世代に再び大阪で再興したとのことで、それだけのことがある町だったのだろう。

2016年7月16日 京都6:56(のぞみ95号)=8:13福山9:05~12:30神石高原町小吹~13:10油木町13:30~15:05神石高原町花済~15:20高山市~16:15成羽川~16:50(河岸段丘のヒルクライム終了)~17:17高梁市宇治町元仲田邸くらやしき(泊)
7月17日 泊地8:40~8:54御葉峠~9:12高梁川~9:19田井橋9:46~9:50備中川面駅~11:03才乢~12:50満奇洞(昼食)13:20~14:54月田駅~15:18中国勝山駅~16:16真賀温泉木地屋旅館(泊)
7月18日 泊地7:25~8:57鏡野町との峠~9:09ダウンヒル終了三叉路~9:52真庭市との峠(上杉越)~10:25中和村常藤~10:43鳥取県境~11:56倉吉市河原町~12:23土蔵群(昼食)12:47~13:10倉吉駅14:25=(スーパーはくと10号)=17:48京都
◇自転車:グランボア650Bランドナー(デモンタブル)
◇峠:柳峠(やなぎたお:457m)、上杉越(植杉越)うえすぎごえ:762m)

広島県神石高原町安田中
写真:広島県神石高原町安田中、かつては繁栄を誇ったであろう。

元仲田邸くらやしき
写真:高梁市宇治、元仲田邸くらやしき・・・かつての有力者の家が今は宿泊施設。料理が大変美味であった。地元の食材で、地元のおばちゃんがつくってくれる料理。

中国山地 高梁市巨瀬町にて
写真:高梁市巨瀬町にて。中山間地の景観。

写真:高梁市巨瀬町河原地にて。

真賀温泉 木地屋旅館
写真:真賀温泉、木地屋旅館に泊まる。その名称から木地師と関係があるのか宿のおばあさんに訪ねたところ、「もともと先祖が隠岐の島から鳥取の東郷(現・湯梨浜町)に出てきた木地師(の一族)から婿さんを迎えて、今の旅館のある場所の川向かいに住んでいたが、明治の頃の大水害で婿さんは流されてしまった。木地師の道具は残ってないかとよく聞かれるが、何も残っていない」とのこと。

岡山県月田の造り酒屋倉庫
写真:岡山県真庭市月田の造り酒屋倉庫

鳥取県倉吉市
写真:鳥取県倉吉市、江戸期に住民が建立した大きなお地蔵さんが今も屹立。川には鯉。

☆詳しくはGoogleフォトで(100枚)

ルートラボ1日目
福山から倉吉2日目

旅する自転車 ランドナーへの誤解。本当に気持ち良い2016/09/15


グランボア650Bランドナー
写真:グランボア650Bランドナー(デモンタブル)

例えば、8.5kg程のカーボンロードで自転車を始めた人が自転車の魅力にはまり、2台目を欲しくなった場合、今のよりも軽い自転車を、という方向性で考えるのは、まあ自然である。特に競技用であれば、まず間違いないだろう。

次はツーリング寄りのを、と思っても、「グラベルロード」に興味を持つのがトレンドだろうし、そもそも「ランドナー」という存在を知らなくて、知ったとしても、鉄フレームで今の自転車(カーボンロード)よりも重たいのが、よく走るはずがない、と誤解しがちであろう。

しかしである、よく出来たランドナーというのは、実に気持ち良く走るのだ。このことを1人でも多くの人に知って頂きたい。最新のカーボンロードレーサーと比べても、感じるのは乗り味の違いということ。ロードレーサーの後にランドナーに跨がっても「重っ」という感じはなく、「気持ち良い~、ああ旅に出たい」と思うのが常である。

写真のランドナーは650×42Bという太いタイヤ(グランボア謹製エートル)で、重量は確かにロードレーサーよりも3kg以上重いが、走りの気持ちよさではロードレーサーに優る。タイヤがしなやかで太く、エアボリュームを感じてスルスル走るのが、本当に気持ち良い。太いのは悪路を走るためではなく、快走のため。

クルマに例えるとメルセデスベンツのSクラスにシトロエンのハイドロを装着したら、こんな感じに近づくのではないかと思えるくらい。ポルシェやフェラーリには成れないでしょうが。

メルセデスのSクラスやポルシェやフェラーリには乗ったことがないが、ハイドロシトロエンは、高校の同級生のを運転させてもらったことがある。なんというか、大きな船に乗っている感じで安定していて、チョコチョコ飛ばして走ったりする気持ちが全然起こらない。ゆったりした気分でどこまでも走れる感じ。その友達も、三重県から鳥取県までいつもノンストップで走るけれど疲れないと言っていた。400Km位は休憩無しでも楽ちんだろう。

荷物が積めるとか、泥除けがあって濡れた路面や雨中走行でも汚れないとかいう機能を重視してランドナーに乗っているのではなく、乗って気持ち良いからだと理解してほしい。

ヤマネの輪行袋:京都のスポーツサイクル ヤマネさんのこと2016/08/20


ヤマネオリジナル輪行袋
写真:ヤマネオリジナル輪行袋
ヤマネオリジナル輪行袋のタグ
写真:輪行袋のタグ、1991年4月29日に購入している

「スポーツサイクル ヤマネ」、京都市内堀川通竹屋町東入ルにある、老舗自転車店である。

就職して3年目、大阪の枚方市香里園にあった会社の独身寮で、「自転車を買いたいのですが、どこのお店がいいでしょうか」と先輩に聞いたところ、「それなら京都のヤマネさんだな」ということで、今に至る自転車三昧生活の第一歩を踏み入れたのが、ヤマネさんでした。

当時は山根徳太郎さんという大学の先生のような雰囲気の方が店主でした。
私「自転車(ランドナー)を1台お願いしたいのですが」
徳太郎さん「予算はどれくらいですか?」
私「7万円位で」
徳太郎さん「あなたは社会人ですか、学生さんですか?」
私「社会人です」
徳太郎さん「それなら15万円くらいにしてもらうとTOEIというフレームの自転車を組むことが出来ます。乗って軽く、持って軽く、見て美しい、3拍子そろった一生物の自転車が手に入りますよ」
私「それなら、それでお願いします」(清水の舞台から飛び降りる気持ち)

1987年のことで、自分としては自転車にそんなに高いお金を出すのか、と内心驚いたものでしたが、半年後には「予算25万円くらいで」といってスポルティフをお願いしていた私でした。その時、スポルティフというのは自転車をいろいろやった後でオーダーするもので、まだちょっと早いのでは、とたしなめられましたが。※当時でも予算25万円ではちゃんとしたスポルティフは難しかったのだと今にしては思います

当時、ヤマネさんは自転車ツーリングの西の総本山、という雰囲気で、雑誌「サイクルスポーツ」に毎月見て楽しくためになる手書きの広告を出稿されていました。今のようにインターネットで玉石混淆の情報がとりあえず量だけは簡単に手に入る時代とは違って、雑誌の広告情報を隅から隅まで食い入るように読んだものでした。

その広告でいつも紹介されていた(と思う)のが、「ヤマネオリジナル輪行袋」。
山根徳太郎さんの経験とノウハウの結晶ともいえる製品で、細かいところまでよく考えられています。制作したのは神戸のトモミツ帆布、だったと思いますが、阪神大震災で廃業されたと聞いており、ヤマネオリジナル製品の販売はその後途絶えているかと思います(最近の状況はわからないので、違っていたらすみません)

650Aランドナーには無駄なくぴったりサイズの輪行袋で、フォーク抜き方式で、本当にコンパクトにまとまり、列車内の置き場にもそんなに気を遣わずにすみます。

700Cランドナーになると、キツキツで、他の輪行袋を使うことにしています。

もう、このような輪行袋がなくなってしまい、寂しい思いではありますが、ランドナー関連に関しては「アイズバイシクル」があるので、何の心配も要りません。東京の「アルプス」さんは「お客さんに勧められる部品の供給がなくなったから」という理由で店を閉じられたそうですが、今ではアイズバイシクルでオリジナルの各種部品開発をはじめ、レストアから旧部品対応の諸々の作業、もちろん最新の部品対応までやっていただけるので、ほんとにありがたいことです。