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周山から佐々里峠周回:ランドナー2台で2018/10/14

神奈川から「山岳サイクリング研究会」の客人を迎え、京都北山ツーリングを実施しました。周山までクルマで行き、佐々里峠を通って周回。京大芦生演習林入口にも足を伸ばし、秋の北山を満喫しました。


周山にクルマをデポ
写真:周山にクルマをデポ。久々にルーフに自転車。ER輪行方式なのでランドナーでもフォークダウン式で簡便。

美山道の駅
写真:美山道の駅で休憩。

美山・松茸ごはん
写真:美山産松茸の松茸ごはん、800円也。道の駅で購入。

美山町北
写真:美山町北。重要伝統的建造物群保存地区。

美山町北
写真:美山町北。外国人の観光客も多数。

美山町北
写真:美山町北。

美山町田歌
写真:知井谷を佐々里峠へ向かう。美山町田歌。

美山町口芦生
写真:芦生へピストン。美山町口芦生。

美山町芦生
写真:美山町芦生。京大の演習林事務所。

美山町佐々里
写真:美山町佐々里。

佐々里峠
写真:佐々里峠

京都市左京区広河原
写真:峠を下って、広河原。山国の谷を通って周山に戻る。

【走行日】2018年10月13日
【使用自転車】グランボアoyakata650BランドナーER。
       M氏:アルプスのランドナー。
【峠】佐々里峠(707m)
【行程】嵯峨嵐山駅7:00=周山8:00~9:00深見トンネル~9:13美山道の駅9:45~10:06北11:04~12:10芦生演習林12:37~13:08佐々里~13:50佐々里峠14:14~14:21広河原14:26~14:50小布施~(山国)~15:57周山=京都市内

紅葉峠:台風で倒木だらけ2018/10/08

「グランボアoyakata650BランドナーER」が納入されて、最初のワンデイ プチツーリングに行ってきました。といっても、いつもどおりに走っているだけですが。

2018年9月の台風21号の強風で、京都北山方面は倒木だらけで、未だに花脊峠、芹生峠、神吉から周山に抜ける道、持越峠など、全面通行止めのままで、いつものルートを走ることができません。

今回は、神吉から「紅葉峠」で亀岡盆地に降りてみました。特に通行止めの掲示は現地にはなかったのですが、やはり倒木だらけで、自転車を担いで通行しました。オートバイでは無理でしょう。

亀岡盆地からは保津川沿いの林道で六丁峠へ抜けようと思い、しばらくは倒木を乗り越えて進みましたが、絶望的な倒木の連なりを目の前にして、敗退して、保津小橋まで戻り、老ノ坂を通って帰りました。ランドナーコースですらこんな感じですから、MTBでシングルトラックを楽しむのはかなり厳しいかもしれません。


写真:いつもの河原家住宅。大銀杏は台風でも無事だったが、若干歪んだような気がする


神吉診療所
写真:南丹市神吉診療所

紅葉峠
写真:紅葉峠

紅葉峠展望台
写真:紅葉峠展望台にて

展望台より下の倒木
写真:こんな感じの倒木箇所が複数あり、亀岡盆地側からも神吉盆地側からもクルマやバイクでは通行困難

写真:無事、亀岡盆地に下りる

亀岡盆地にて
写真:亀岡盆地にて

保津川沿い
写真:保津川沿い、旧山陰本線が対岸の道を抜けようとしたが、、、

保津川沿いの道の倒木
写真:倒木を乗り越え乗り越え、進んだが、写真の地点で絶望的になり、引き返した

保津小橋
写真:保津小橋まで戻り

保津小橋
写真:沈下橋の保津小橋を渡って、帰路についた

愛宕山
写真:松尾橋付近にて。愛宕山がくっきり。

【走行日】2018年10月8日 9:00出発~14:50帰着 走行キロ56km(メーター)
【使用自転車】グランボアoyakata650BランドナーER
【峠】六丁峠(181m)、紅葉峠(380m)、老ノ坂(219m)

但馬:春来峠旧道、久斗山、安泰寺(2018/9)2018/10/06

兵庫県、但馬の山間に、ドイツ人住職の禅寺がある。安泰寺といい、世界各国から禅の修行者が集い、自給自足的な生活をしているらしい。

タブレットで地形図をつらつら眺めていて、安泰寺を「発見」してから調べたのが上記のこと。住職のネルケ無方さんの著作も、数冊入手した。

週末毎に台風や雨が続いたが、久々に好天予報となった9月の休日、かつて吉永小百合主演、早坂暁脚本のNHKドラマ「夢千代日記」で有名になった兵庫県湯村温泉に車をデポし、巡ってきた。

湯村温泉
写真:湯村温泉

 湯村温泉から坂を上がり、小学校(照来小学校)の坂を越すと、照来盆地が開ける。
山間の美しい景観が広がった。
照来盆地
写真:照来盆地

 多子(おいご)、切畑、と走り、山間のルートを春来峠を目指す。
新温泉町多子
写真:多子の神社

いつも国道9号線を走る時には、「春来トンネル」で通過してしまう山上に、「春来」の集落がある。春が来る、ムラなのだろうか。
春来小学校
写真:春来小学校。

春来 集落
写真:春来 集落

春来峠旧道
写真:春来峠旧道

小さな峠をいくつか越え、「久斗山」集落へ到着。
久斗山
写真:久斗山 バス停。公衆電話等社会インフラの結節点。

バス停、バス転回場には「バス開通の記念碑」があった。電灯や水道開通記念碑は見かけたことがあるが、バスは珍しい。しかも1987年(昭和62年)建立。世はバブル経済の胎動、日本は広い。
バス開通記念碑 久斗山
写真:バス開通の記念碑

バス開通記念碑 碑文
写真:バス開通の記念碑 碑文

今でこそ、久斗山集落は平時の道路状況ならば、車でさほど時間がかからず町の中心部から行き来できるのだが、かつて自家用車が普及する前、バスが無ければ、本当に不便な地区であったのだろう。

全国的にみれば「秘境」というほどの所ではないので、その分、世間的に全く注目されずに地域の中では隔絶され続けていたのかもしれない。

その久斗山から、更に山の中、行き止まりの一軒家が安泰寺である。

安泰寺
写真:安泰寺

安泰寺の石庭
写真:安泰寺の石庭

安泰寺への道
写真:安泰寺への道。積雪が多いと、トラバース道は単なる山の斜面になるので、歩きでも通行は困難になるだろう。

浜坂駅前
写真:地域の中心街、浜坂駅前。

岸田川
写真:浜坂から湯村へは、岸田川の堤防を走ると快適。湯村は山間の温泉地のイメージだったが、浜坂からの標高差は少ない。

【走行日】 2018年9月23日
【使用自転車】 kona rove ltd
【峠】春来峠(431m=自動車の旧道)
【行程】京都市内5:30=湯村温泉駐車場8:25~9:03照来小学校~9:17多子~10:10柤大池~10:24春来(そばを食す)~10:55春来峠旧道~11:52大熊~12:21久斗山~13:11安泰寺~14:25浜坂駅15:00~15:30湯村温泉駐車場=(入浴)=19:30京都市内自宅

詳しくはルートラボで


おしまい

物見峠、黒尾峠旧道、因美線沿線の旅2018/09/30


因美線沿いを走る
写真:津山からほぼ因美線沿いに走る

これまで自転車に乗っていて、競技中と練習会の集団落車以外で公道で落車したのは2回だけ。最初は、高校生の時、岡山から鳥取に帰る途中、県境の物見峠、当時は未舗装だった、のダウンヒルで石にハンドルをとられて、あっと思った時には落車していた。特に怪我や自転車の故障もなく、すぐに走り直した。
 2回目は厳冬期、クラブの練習会で能勢の山中の峠の下り、アイスバーンになっていて問答無用で転倒、ヘルメットがアスファルトに擦れたが、ヘルメットのお陰で無傷。

 最初に転倒した物見峠にもう1回行ってみたくて、2018年の5月に津山に車をデポして日帰りサイクリングをしてきた。物見峠は舗装され、40年以上も前のことでもあるし、転倒した場所がどこなのか、全く見当も付かなかった。高校生のころは集落景観とか民家とか全く興味がなかったのだが、今走ると、その景観が心に染みた。

因美線の駅は渋く、転車台も残っていたりして、鉄道好きのサイクリストには一石二鳥のルートであろう。
因美線知和駅
写真:因美線知和駅

因美線
写真:因美線の鉄橋

【走行日】2018年5月12日(土)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】物見峠(626m)、黒尾峠(652m=新道トンネル)、杉ヶ乢(357m)
【行程】京都=(中国道)=津山城址公園駐車場(デポ)9:05~10:36美作加茂駅~10:52美作知和駅~11:22美作河井駅~11:52物見トンネル上12:25~12:56物見峠~13:32物見トンネル東口~14:25黒尾峠(旧道)~14:50杉ヶ乢~16:30津山城址駐車場=湯郷温泉=京都
【走行キロ】88km(メーター)
【走ったルート】
 ☆詳しくは、ルートラボ

黒尾峠旧道
写真:黒尾峠旧道

鈴鹿霊仙山麓の廃村、武奈・男鬼・保月(2018/6)2018/07/29

鈴鹿山系の霊仙山の麓には、「なんでこんなところにムラが?」と思えるような集落が散らばっており、山登りの際や地形図を眺める度に、気になっていた。

地形図に載っている村々は、既に廃村というか無人集落になっていることは、web検索等で知ったが、集落名に何とも味がある。

「保月(ほうげつ)」「男鬼(おおり)」、どんなムラでどんな人が住んでいたのだろう。というわけで、自転車で出かけてみた。

霊仙山 廃村集落 地形図
図:霊仙山の周囲に散らばる今では廃村になったムラなど(クリックで拡大)
      ※昭和8年発行 地形図「彦根東部」スタンフォード大学ライブラリより

今回走ったルート ルートラボ参照

【走行日】2018年6月17日(日)
【使用自転車】SCOTT MTB
【峠】摺鉢峠184m、杉坂峠604m
【行程】近江鉄道フジテック前駅9:10~9:30摺針峠~番場(林道入口)9:46~10:29林道三叉路(ピーク)~11:05大杉竜王神社~11:18武奈町11:45~12:15男鬼(おおり)12:39~12:48落合~山女(あけび)13:14~(権現谷林道)~13:50三叉分岐~14:10保月~15:00杉坂峠~15:17栗栖~15:33仏生寺町~15:39鳥居本~16:03フジテック前駅


フジテック前駅
写真:フジテック前駅を出発

武奈町
写真:武奈町(無人集落)

武奈町、出身の人がメンテ
写真:武奈町では、ご出身の方々が集落の手入れに来られていた

男鬼町
写真:男鬼町


保月
写真:保月

保月 照西寺
写真:保月にある照西寺

保月 照西寺
写真:保月の照西寺には花が生けてあった。無人集落ではあるが、お手入れする方がいらっしゃる証左。

杉 集落
写真:杉 集落。広場になっている。家が数軒、山沿いに残っているが。

杉坂峠
写真:杉坂峠

鳥居本
写真:山を下り、北国街道鳥居本宿を見学してデポ地に戻った。


※保月の廃村過程については、藤尾潔2015「集落の消滅過程:多賀町保月の事例から」という論文があります。

                                  おしまい

若狭矢代へ、鯖街道、堀越峠旧道、おにゅう峠(2018/7)2018/07/17

30年近くお世話になったクリーニング屋さんがあった。
その名は「若狭屋クリーニング」

結婚してマンションに引っ越した際、クリーニング屋さんのチラシが多数投げ込まれた。その中に、ボール紙を名刺の大きさに切って、屋号と電話番号のスタンプを押しただけの
素朴な味わいのものがあった。屋号は「若狭屋クリーニング」。その店に頼み、それからずっと、マンションから今の家に転居してからも、週2回集配をしてもらっていたのだ。

集配の際には、いつもきちんとカッターシャツにネクタイ、上着も着てられたが、ある日、若狭屋さんのお家の前を自転車で通ったところ、暑いからか開けっぱなしの小さい仕事場で、ランニングシャツ一丁で汗だくになってアイロンを当てている若狭屋さんの姿がみえた。

その若狭屋さんが、2年前、地元に戻って小学校の同窓会に出席されたその夜に倒れて、あの世に行かれてしまった(亡くなったことは、今回知った)。1人でされていたので、そのまま廃業。

いつも集配に来られては、ネコをかわいがり、阪神タイガースの話をして、という感じだったのだが、あるとき、「若狭屋さん、若狭のどこですか?」と尋ねたら「若狭の矢代です。実家は今も民宿をしています」とのご返事だったのを記憶に留めていた。

今回の7月の3連休、予定していた沢登りは前夜出発が叶わなくなり断念。
6月末に職場が変わり、業界も違うので、イチから勉強の日々になった。オンで変化が大きいと、オフにエネルギッシュなことをする余裕が無くなる。自転車でどこか行くにしても、地理感の無いエリアに行くのは億劫になってしまう。色々逡巡していたが、「そうだ、若狭に行こう」と思いついた。若狭には若狭屋さんの実家もあったはずだし、訪ねてみよう、と思った次第。

京都に住むサイクリストやライダーにとって、京の街から北上して日本海を目指すのは、旅の第一歩のようなもので、私も学生時代から何度も若狭、特に小浜を訪ねている。

小浜は「海のある奈良」ともいわれ、お水取りの場でもあり、古寺名刹も多い。北前船の寄港地でもあり、文化的にも興味深い。私は参加したことがないが、かつて鯖を運んだという「鯖街道」をリスペクトした「鯖街道ウルトラマラソン」大会が毎年開かれている。
かつて私が所属していた自転車チームでも、毎年、周山街道で小浜往復の180kmタイムトライアルを実施していた。朝6時頃に出発して昼ご飯は京都(高雄)に戻ってから食べていたので6時間位で往復していたのだと思う。
小浜からは「京は遠ても十八里」といわれているように、京都と小浜の縁は深い。

というわけで、例年にない酷暑の中、若狭へと久々に往復自走宿泊サイクリングに出かけた。

周山
写真:栗尾峠旧道から望む周山の街

いつものように、周山街道へ。この道は、カーブと勾配の一つ一つを覚えているくらい走っている。今は、自転車歩行者専用道となった栗尾峠の旧道から周山の街を望む。

美山道の駅
写真:美山道の駅

あまりの暑さでペースが上がらず、国道を離れて涼しげな小径を選んだこともあって、美山の道の駅に着いたのが11時になってしまった。そのまま昼ご飯。美山牛乳やヨーグルトが美味。須知高校製のプリンというのも食べた。

久しぶりに九鬼坂を越えて、鶴ヶ岡からは、冬にスノーシューで何度か利用した堀越峠の旧道にチャレンジすることにした。このほうが林間で涼しそうだし。以前、1回ランドナーで来たが、タイヤがバーストして敗退した記憶のある峠。

堀越峠旧道
写真:堀越峠旧道。スノーシューの時はトンネルからここに出て、頭巾山を目指した。

旧道堀越峠
写真:堀越峠。若丹国境。

堀越峠の旧道は、かつて京都から小浜までの国鉄バスが走っていた。今ではかなり荒れている。石がゴロゴロしていて急勾配な箇所もあり、久々に押しが入った。

小浜
写真:小浜市内

今回、初めて国道からそれて、谷田部トンネルから小浜に西から入った。谷田部峠のほうが、本来の小浜入りの道らしい。

鯖街道起点
写真:小浜の商店街の中の「鯖街道起点」

鯖街道説明板
写真:鯖街道解説板

かつてより、ずいぶんと改良された道を走って、小浜市街から矢代に到着。
若狭屋さんの実家の民宿は、集落の高い位置に石垣を積んだ上にあった。

小浜市矢代
写真:若狭屋さんの実家の民宿に到着

仏壇も立派で、なかなかのものであった。
ご実家を訪ねて、初めて判った。若狭屋さんは、この実家が誇りだったのだろう、と。

「若狭屋」という屋号で商売すると、「若狭のどこですか?」と聞かれるのは想定の範囲内。過去や出身を明らかにしたくない場合には、出身地の屋号はつけないだろう。若狭屋さんにとって、京都の西郊の町でクリーニングを営みながらも、故郷を大切に思っていらっしゃったのだろうと、私は思った。

宿の女将さん(65歳+)からは若狭屋さんは伯父さんにあたる。女将さんの話では、
矢代で車が通れる道路が付いたのは戦後(昭和30年代か)のことで、それまでは小浜に出るには船か歩きで道路のあるところまで行かないと行けなかった。
高校には下宿しないと無理で、この辺では中学を出ると皆就職した。矢代では、京都で食料関係の会社を興した人がいて、その人を頼って皆その会社に入ったが、給料は上がらないし、知った人ばかりで発展性が無いということで、各人がいったんその会社に入ってから自分の道を決める感じだった、とのこと。若狭屋さんも、そんな感じでクリーニング屋を始めたのだろうと。
女将さんは、高校に進学させてもらったが、片道2時間、自転車を押して、乗れるところは乗って、という感じの通学。部活は出来ないし、冬は大変。娘さんも冬は寄宿舎に入って高校に通ったそうである。

一昔前の日本は、そんなエリアが広範にあり、都市と農漁村の違いは、今想像する以上にいろいろとあったのだろう。

小浜市矢代
写真:民宿の窓からの風景

矢代の観音堂
写真:小浜市矢代の観音堂

小浜市矢代湾
写真:矢代湾

翌朝、矢代の観音堂を見学し、おにゅう峠へと向かった。
酷暑で、熱中症への警戒がリアルに必要な状況。ペースは上がらず、時々沢水で身体を冷やしたりしながら走り、峠の到着は正午をまわってしまった。

下根来
写真:小浜市下根来、戦没碑と民家。子を失った親の気持ちが痛い。

おにゅう峠
写真:おにゅう峠。若狭には「遠敷(おにゅう)」、丹波にも「小入谷(おにゅうたに)」があるので、ひらがなで「おにゅう峠」としたのであろう。

久多から能見峠で広河原、花脊峠が通行止めのため芹生峠で京都市内に入り、出町にある鯖街道口の石柱を経由して帰った。

久多
写真:朽木

久多
写真:久多

芹生峠
写真:芹生峠

加茂川
写真:賀茂川

出町:鯖街道の碑
写真:京都、出町にある鯖街道口の石柱

【走行日】2018年7月14日(土)~15日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【走行キロ】1日目117km、2日目116km (サイクルコンピュータ計測)
【峠】 御経坂215m、笠峠(トンネル)449m、栗尾峠410m、深見峠(トンネル)420m、堀越峠510m、谷田部峠(トンネル)59m、おにゅう峠837m、能見峠655m、芹生峠712m
【宿泊】民宿 きしの(小浜市矢代)
【行程】
7/14 自宅8:05~9:38周山~10:52美山道の駅(昼食)11:44~13:35堀越峠(旧道)~14:15道の駅名田庄14:37~15:44谷田部トンネル~15:48小浜~16:55矢代(泊)
7/15 矢代8:00~8:41広域基幹林道尾根~9:32東小浜駅9:45~12:29おにゅう峠~12:55朽木生杉(昼食)13:34~15:12能見峠~17:14芹生峠~18:15出町鯖街道口~18:53自宅

【ルート】
  1日目
  2日目

舞鶴湾大浦半島探訪:多祢寺、三浜と野原(2018/3)2018/06/04

”海の京都”、京都府北部の舞鶴湾大浦半島は半島一周道路が無いため、先端の集落はどこも行き止まりの”どんつき”。
プランニングが難しいこともあり、なかなか訪問できずにいましたが、ようやく行ってきた記録です。

土曜日曜の連日で舞鶴へ。土曜日は西舞鶴にクルマをデポ。翌日は東舞鶴にデポしてMTBで回りました。

【走行日】2018年3月3日(土)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 三浜峠203m
【行程】京都=西舞鶴駅10:11~11:35自衛隊桟橋~12:07板ガラス~12:23クレインブリッジ~12:57浮島丸碑~13:28舞鶴発電所(丹生)~14:20多祢寺14:48~14:56三浜峠~15:07三浜~15:40野原~16:14(峠)~16:51東舞鶴~17:28西舞鶴=京都

舞鶴市三浜
写真:三浜峠を下ると、海を背景に集落が広がる。桃源郷というものがあるとするなら、こんな感じに近いと思えるような美しい景観であった。

舞鶴市野原
写真:舞鶴市野原。海に生きるムラ、という感じ。

多祢寺
写真:多祢寺

舞鶴市内
写真:舞鶴市内


【ルート】

自転車で帰省。京都-鳥取(2018/5)2018/05/30


 写真:自宅を5:20に出発

昨年、京都の自宅から鳥取に自転車で帰省し、なかなか良かったので、今年も実行することにした。日照時間が長くて気温も適当な5月~6月がベスト。

去年と基本的に同じルートとしたが、相違点は下記の通り。
1)篠山から柏原に向かう鐘ヶ坂トンネル手前の「大山川」沿いは全て旧道。雰囲気、走りやすさとも、とても良かった。
2)和田山付近を円山川左岸。去年は右岸の道路を走ったが、けっこうクルマの交通が多く、イマイチだったから。和田山駅を過ぎたあたりから旧道に入ると、実に自転車に快適な道が、大屋橋まで続き、大正解であった。

今回もマイペース走行で、スピードは意識しないようにしたが、カメラ撮影は自粛して停車する時間を減らすようにして、走りを楽しんだ。摂取食物も去年より少なかったが、意識してそうしたわけではない。

【行程】
2018年5月26日(土):自宅5:20(去年5:18)~5:59(5:55)老ノ坂~7:16(7:10)天引トンネル~7:55(7:51)篠山京口橋~8:00(8:00)篠山城址~8:37(8:50)新鐘ヶ坂トンネル~8:47ファミマ柏原下小倉店(コーラ・トイレ)~8:55(9:08)柏原~9:08(9:17)水分(日本一低い分水界)~9:43(パン小休止)(10:19)青垣9:59~10:36(10:57)遠阪峠~10:51(11:15)簗瀬駅~11:02和田山駅~11:26(12:06)養父市場~11:33(12:14)大屋橋~12:27(13:11)大屋市場~14:04(14:45)若杉峠~14:40(15:15)新戸倉トンネル~15:13(15:50)若桜橋~16:32(17:10)東郡家R29~16:58(17:33)鳥取県庁~17:13(17:45)自宅
【走行距離】214km 平均速度20.5km
【峠】老ノ坂219m、天引峠324m、鐘ヶ坂219m、遠阪峠368m、若杉峠729m、戸倉峠731m
【使用自転車】TREKエモンダ
【摂取】パン3個、バナナ2本、コーラ300ml、アクエリアス300ml、水500ml
【ルート】
詳しくは ルートラボで。

篠山城址
 写真:篠山城址 8:00

柏原
写真:柏原の大ケヤキ 8:55

水分(分水界)
写真:水分 9:08

写真:青垣で一休み 9:43-9:59

遠阪峠
写真:遠坂峠 10:36

写真:大屋市場の先のお地蔵さんで小休止

若杉峠
写真:若杉峠 14:04

戸倉峠
写真:戸倉峠 14:40

鳥取城址
写真:鳥取城址=卒業した高校の前 16:58

去年よりも地図を見る回数も減り、30分程時間短縮になりました。
特に身体で痛む箇所もなく、気持ち良く走り終えました。

舞鶴成生へ、上瀬から田井へ破線ルート踏査MTB(2018/3)2018/04/15

若狭湾、大浦半島の突端に「成生(なりゅう)」という集落がある。
その存在は、水上勉の小説「金閣炎上」などを通じて知っていたのだが、これまで訪ねたことがなかった。

以前から行ってみたいと思っており、今回、その成生を目的地とした。

半島や岬の海岸沿いには漁業で成立した集落が多く、移動手段の中心が船であった時代が長い。船か徒歩が主たる移動手段で、自動車が走れる道路が開通したのは戦後、その道路にしても、その集落が終点で、ピストンするしかルートがとれなかったところも多い。入江ごとに存在する集落を海岸沿いに結ぶ道路ができるのは、後のこと。

京都府でいうと、丹後半島には海岸沿いに一周道路が開通しているが、舞鶴の大浦半島には未だ無いので、成生は相変わらずドンツキ(行き止まり)のムラである。

しかし、地形図上には破線の小径(幅員1.5m未満)が記載されており、そこが通れるならピストンでなく、上瀬から田井に抜け、成生へ行けることになる。破線の道というのは、地図にはあっても、実際には道が消滅していたりすることも多くあてにならないのだが、少々のことなら突破できるだろうと思い、実行することにした。

東舞鶴駅前の市営駐車場にクルマをデポ。まずは西国三十三所の松尾寺に参拝して、上瀬を目指す。

松尾寺から杉山という集落に出て、そこから汐汲峠へは、普通の道路ではなく、旧道と推察される地形図上では破線の道を選んだ。

途中、山仕事中の人と話し、「上瀬から田井へは、昔、田んぼに行くのに使っていた道があるはず、上瀬の水道施設のところからその旧道に入れる」との情報をいただき、勇気百倍。

上瀬集落遠望。
高浜町上瀬

上瀬の地元の人に「田井まで旧道で行きます」と話したところ、「自転車では無理とちがうか」。「担ぎには慣れていますし山登りもしていますので」と答えてそのまま前進。

上瀬からは高浜原発が湾越しに見える
上瀬から眺める高浜原発


 地図1:大浦半島、成生と田井と上瀬。※クリックして大きくしてみてください。

地図2:上瀬から田井へ:MTB担ぎルートのGPS軌跡

上の「地図2」、A地点]の水道施設から入る、しっかりした地道があったので進む。地形図ではその手前から尾根に直登する破線路があり、当初はそちらを考えていたのだが、実際の斜面を目の当たりにすると、とてもMTBを担いで登る気になれず、地形図にはない、地道を選んだ。
上瀬

道はしっかりしており、こんな感じで続いていたら、田井までも楽勝だという期待が高まった。

ところがどっこい、はっきりした道は、潰廃耕地跡で途切れ、そのまま踏み跡(動物のかも)らしきところを辿ると、沢沿いになったので、これは違うと判断し、引き返す。

MTBを担いで斜面を登ることにする。地図B地点


しばらく担ぐと尾根に出た。尾根には、はっきりした道?があった。このまま田井に抜けられるかも、と期待。[地図C地点

上の写真の右手、道のように感じられるところは、しばらく続いたが、沢を渡るところ[地図D地点で途切れて、かすかな踏みやすいラインをたどってトラバースすることにした。
ところが、どんどん悪くなっていき、単なる山の斜面になってしまった。

進退窮まり、引き返そうかと思ったが、またトラバースして戻るのも嫌な感じだし、ちょっとは平坦な場所をみつけて、そこまで担ぎ上げ、小休止して落ち着くことにする。正面に馬立島が見えた。[地図E地点

行き詰まったときには尾根に上がるというセオリーどおり、担ぎ上げた。尾根上はいい感じの通行しやすい地形になっていた。道かと思えるくらい。[地図F地点]

上記写真の進行方向にそのまま進んで尾根を下ると、林道にぶつかるはずだが、ふと左手下を見ると、潰廃耕地跡のような空間がひろがり、そこに降りる明確なシングルトラックがあったので、そちらを選ぶ。耕地跡ということであれば、人里に出る道があるはず。

 潰廃耕地跡[地図G地点]
助かった!と安堵。ほとんど潰れてしまっている道路をたどり、やっと林道に出た[地図H地点]

田井の集落の立派なお寺「海臨時」に参拝。
海臨時

田井・海臨時

田井を出て、成生までは割とすぐに着いた。写真は成生集落。
成生

成生にある「西徳寺」
西徳寺

成生にて
舞鶴市成生

目的を達成した充実感はあるけれど、もうこのルートをとることはないだろうと思いながら、東舞鶴のデポ地に戻った。

今回の走行ルート
詳しくはルートラボ

【走行日】2018年3月4日
【使用自転車】SCOTT MTB
【峠】塩汲峠
【行程】東舞鶴市営駐車場8:40~8:50東舞鶴高校~8:59安岡~9:13松尾寺駅~9:47松尾寺10:05~10:30江戸時代の道標~10:53山中~11:00塩汲峠~11:23日引~11:45上瀬~11:53水道施設~13:23潰廃耕地上の尾根~13:30潰廃耕地~13:41林道合流~14:02海臨寺~14:21成生~14:41~15:19空山林道分岐峠~15:43大汲トンネル~16:00デポ地
日引

志摩半島・安乗埼と大王埼灯台へ(2018/2)2018/02/27


大王埼灯台
写真:大王埼灯台

 少々の雪ならMTBで積極的に楽しめるが、今回は雪の無いエリア、日帰りでなるべく温かそうなところ、と考えて志摩半島に行くことにした。

京都の自宅をクルマに自転車を搭載して出発。名神高速道路の電光掲示板には、関ヶ原付近はチェーン規制と表示。目的地は志摩なので新名神を選ぶが、鈴鹿峠付近は淡い雪景色だった。

亀山を過ぎると、天気は晴。伊勢から志摩への道は、路肩も狭く山間のカーブの多い道で、自動車ならいいが、自転車ではあまり走りたくない感じ。

阿児アリーナ駐車場にクルマをデポ。安乗埼(あのりさき)を目指す。風が強いが晴れて明るい。

志摩国分寺の前を通ったので、せっかくなので立ち寄る。ちょうどお寺の方がいらっしゃって本堂を案内してもらえ、ありがたいことであった。
志摩国分寺
写真:志摩国分寺

しばらく走ると「渡鹿野島(わたかのじま)」への渡船案内板があった。

渡鹿野島は、今では普通の観光地に転換してきているが、まあ、何らかの目的意識(探検してみたいとか一度実際にみておきたい等も含む)がなければわざわざ立ち寄ろうとは思わない。とはいえ、どんな島なのか遠くから観てみるのもよかろうと思って、渡船場までピストン。

2017年発行のルポ本が私の職場のビルにある書店にも並んでおり、ツーリング後に買って読んでみた。興味本位ではなく冷静に書かれているが、扱っている時間軸は近年。

風俗ライター的立場からでなく、渡鹿野島について記してある文章で参考になったのは、
(人間学工房 「三重県志摩 民俗資料館をつくる」)
ttps://www.ningengakukobo.com/single-post/mieshima

戦前の情景を知る手がかりとしては、大阪毎日新聞の写真部長もつとめた北尾鐐之助の「近畿景観 伊勢・志摩」創元社1942がある。
「先年電鉄会社が、ここを志摩の桃源郷の如く宣伝しはじめてから、善い意味にも悪い意味にもその方に発達して、全島が脂粉の香に蔽われ、むかし波枕の漁師のみを相手にしていた青楼が、いつか大阪、神戸あたりの客を引くことに憂身をやつすようになった」など北尾は格調高く描写している。北尾がこの島に滞在したのは2時間程と記されている。
 宮本常一の著作を探ると、江戸時代の頃から風待の船員を対象として栄えた旨の記述もあるので、漁師のみを相手にしていた場所ではなかろうが。
渡鹿野島渡船
写真:渡鹿野島渡船場

そんなこんなで、いろいろ見聞しながら、ようやく安乗埼に到着。
全国に15ある登れる灯台の一つ。灯台は当然のことながら見晴らしのよい所にあるのが普通なのだが、安乗埼灯台は、これまで訪問した中でも、特に眺望がすばらしく、感動した。
安乗埼灯台
写真:安乗埼灯台

映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなっており、帰宅後、amazonで中古DVDを取り寄せた。木下恵介監督、1957年のオリジナルは高峰秀子と佐田啓二。1986年の新編では佐田啓二の息子の中井貴一も出演、灯台守夫婦は加藤剛と大原麗子。新編の公開当時、私は既に就職していたのであるが、当時、この映画に関心を持った記憶は全くない。今、観ると、1986年というのは全てがずいぶん昔だったのだなという感想。同時代を生きていたのだが。人間の本質は昔からそんなに変わってないと思うが、社会はものすごく変わっている。

安乗埼灯台見学の後は、よそ者が自動車で通過するにはとても憚られる狭い道の安乗の集落を自転車ということで遠慮無く周回し、観光地ではない漁村集落にも立ち寄り、大王埼へ向かった。
安乗の散髪屋さん
写真:安乗の散髪屋さん

夏なら海水浴やサーフィンで賑わうであろう海岸沿いの道も、この季節は静かであった。大王埼は灯台の門前商店もあったりして、昭和の観光地という感じで、趣があった。

志摩は「島」だというのが、自転車で走ってみての感想。基本、道は尾根伝いにあり、リアス式海岸の入江的な地形が無数にあり、海水の浸入リスクもあり未利用地も多い。

「伊勢志摩」と一括りにされることもおおいが、伊勢と志摩は全く別の個性。伊勢は農業国で志摩は漁業国、壱岐と対馬の対比のように感じられた。

【走行日】 2018年2月18日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 -- 【岬】安乗埼(あのりさき)、大王埼
【行程】
自宅6:10=新名神・伊勢道=阿児アリーナ9:00~9:45志摩国分寺10:05~渡鹿野島渡船場10:15~10:40安乗埼灯台資料館・灯台11:05~11:36阿瀨~12:25志島小学校~12:50波切(昼食)~13:27大王埼灯台14:10~15:03阿児アリーナ(デポ地)=京都