野坂山地の庄部谷山(855.7m) ― 2025/08/21
野坂山地とは、びわ湖の北西、若狭湾との間にある山地。
野坂山地にある庄部谷山(しょうぶだにやま)は、国土地理院の地図に山名表記はないが、855.7mの三角点のある山。地形図には登山道は記されていない。
昭文社の「山と高原地図」の未収録エリアだが、このあたりの山や峠については京都のナカニシヤ出版などから丹念なフィールドワークを基にした味わい深い書籍が刊行されている。草川啓三さんの著作がお勧め。
庄部谷山の懐に存在すると聞くカツラの巨木群に逢いたいこともあって、先日、甲森谷から庄部谷山への山歩きに参加した。
甲森谷(こうもりだに)
炭焼窯跡
カツラの巨木
谷から急登の尾根を詰めたゴールは、なんと林道だった。我々の登った支尾根が主尾根に合流したところには、林道が走っていたのだ。おまけに、そこには巨大な鉄塔が存在していた。後で聞いたところでは、風力発電計画のための構築物。
急登尾根を詰めたゴールの林道
その日はなるべく旧来の道らしきものを辿って庄部谷山のピークを踏んだのだが、目の前にある林道は国土地理院の地図には載っていない。林道がどこに繋がっていてどんな具合なのか確認するため、1週間後にMTBで再訪した。
◎走行日:2025年7月19日(土)
◎自転車:SCOTTフルサスMTB
◎行程:美浜道の駅8:41~9:23新庄田代隧道~10:22粟柄関所跡~12:37鉄塔12:47~13:02庄部谷山~(ピストン)~14:12粟柄関所跡~14:47龍源院~15:05美浜道の駅
原発の新設計画がある美浜町には、原発マネーなのかどうか知らないが、広大な道の駅が出来ていた。

美浜町の道の駅
国道を避けて美浜町内の旧道を走る
四国八十八箇所と西国三十三所の礼拝所があった
旧 耳村の最南部、京都への粟柄越が通る新庄地区には、大正年間に開通した隧道がある。
粟柄越のメインの道ではなく、地区内の利便向上に役立っている。学校に通う子供たちのためという意味合いも大きかったのだろうか。地元負担で造ったのだろうから、それだけの財力があったということ。
田代隧道
新庄地区:地区内の道路の融雪設備。どこのムラにもあるものではない。
新庄地区の外れには、巨大な関西電力の嶺南変電所がある。
若狭の原発で生まれた電気がここに集まり、丹波の山々に林立する巨大送電塔を経て大阪や京都の大消費地に送られてきた。
若狭の原発で生まれた電気がここに集まり、丹波の山々に林立する巨大送電塔を経て大阪や京都の大消費地に送られてきた。
新庄の隧道は原発以前のものなので、原発マネーではなく、もともと山林資源等で豊かな地区だったのだろう。
関西電力 嶺南変電所
松屋という一番奥の集落のところから、林道に入る。
緑が眩しい
林道は走りよい
国土地理院の地図に記された林道の終点から先は、最近切り開いた林道で荒々しい
延長された林道
関西電力の送電線工事現場
風力発電のための新設林道
先週の登山で尾根の林道に出た箇所
鉄塔の前。かつては見事なブナ林が続いていたそうだが、伐採されてしまった。
風力発電のための鉄塔らしい
林道はまだ続いているが、途中からシングルトラックを押し担ぐ
美浜の海が見える
庄部谷山(855m)
帰路はピストンなので、基本的には下り。登りの暑さとは無縁。
粟柄関所跡まで降りると、下界という感じ
「粟柄関所跡及び粟柄村跡」石碑
道沿いの湧き水でのどを潤した
新庄地区の中心部(役場支所と神社)
◎走行ログ
乗鞍バックカントリースキー ― 2025/05/08
今シーズン、30年ぶりにスキーを再開しました。阪神大震災の前日に志賀高原でスキーをして以来。
30年ぶりでも数本滑れば、感覚は戻りました。山スキーを新調したのですが、最近のスキーは以前よりも断然曲がりやすくなっていて、扱いが楽です。もちろん、用具が進化しているということは滑り方も新しくなっているわけで、昔の滑り方でなく、今のをマスターする必要があります。もともと大した技量だったわけではなく、基本的な技術も含めて、課題は多いです。
今シーズンは積雪にも恵まれ、都合10回ほどゲレンデで滑った後、今回、初の本格的山スキーで乗鞍へ。山スキーの先達のお誘いです。
乗鞍には、かつて自転車のヒルクライムレースで毎年出走しており、定宿であった「金山ヒュッテ(旅館)」に前泊。懐かしいのと、白濁した硫黄泉が滔々と流れる湯船で幸せを感じました。同宿した京都の家族はスキーや登山じゃないけれど、毎年この宿に連泊して高原ライフを満喫しているとのこと。
金山ヒュッテ
建物の後ろに見えるのが乗鞍岳で、まさに頂上が見えており、そこから滑り降りたことになります。
山スキーというのは、もっとマイナーな存在で人知れず滑るのかと思っていましたら、現地の案内所には登山届付属のルート図までありました。
山スキーマップ
当日は「乗鞍岳春山バス」の運行初日。2025年は4月27日から6月30日まで運行。
除雪状況によりどこまで上がるかは決定され、この日は「位ヶ原山荘」(標高2350m)まで。今年から予約制になりました。
除雪状況によりどこまで上がるかは決定され、この日は「位ヶ原山荘」(標高2350m)まで。今年から予約制になりました。
位ヶ原山荘
なんと大型バス6台を連ね、位ヶ原山荘へ。バスが山荘に到着しても、6台が全部到着するまで車内で待たされます。
登山者とスキーヤーとスノーボーダーとで、こんなに多くの人がいれば渋滞するのではないかと心配しましたが、乗鞍は広いのと、トイレに行く人や到着してから登山届けを書く人などで出発時間が分散されるので、問題ありませんでした。
位ヶ原山荘を出発してしばらくの様子
地形的にも穏やかで、人も適度に多く、天気も良く、安心してスタートしました。
シールを付けての長時間スキー歩行は初めてでしたが、こんなに歩きやすいものなのかと感動しました。もともと、スキーは登行用に使われたものだということに納得。
雪が締まっていて歩きやすいので、スキーヤーとアイゼン登山者とスノーシューのボーダーとで歩行スピードに明らかな差はないと感じました。用具の違いよりも個人的体力差が大きいようです。
頂上が見えた
振り返ると穂高連峰も
コロナ観測施設
頂上への稜線に近づくと、風が強まり雪面もクラストしてきました。最初からクトー(スキーアイゼン)を装着していて正解です。ツボ脚で雪面がデコボコになっているとクトーが効き難く、歩行場所に気を使いました。
北アルプスを望む
頂上手前の肩のところでスキーを外し、最後はスキー靴で登りました。登山靴よりは歩きにくいですが、キックステップを意識して問題なく登行しました。
頂上手前の肩
強風箇所もあり、若干心配しましたが、無事、山頂に到着。
乗鞍剣ケ峰頂上、御岳山が正面に
三角点(3025.7m)
山頂からの北アルプス
山頂で小休止して、下山にかかります。太陽光線で雪が緩んで下りは歩きやすくなっていました。
シールとクトーを外してスキーを再装着。いよいよ滑走です。出たしは緊張しましたが、なんとかコケることなく滑り降りることができました。
最初の斜面の後半
稜線からの斜面を終えると、なだらかな斜面が続きます。
乗鞍大雪渓を滑る
今年は雪が多いのでツアーコースで三本滝まで滑って降りられました。
リフトを使わず、自分の力で登って降りるのはすごく充実していて気分が良いものだと思いました。
感動は労力に比例する。
自転車ツーリングの峠越えに共通する感覚です。
感動は労力に比例する。
自転車ツーリングの峠越えに共通する感覚です。
下に見えるのが三本滝のレストハウスと駐車場
三本滝、駐車場前
三本滝駐車場までは一般車可で、先達のクルマに同乗させてもらいました。
観光センター駐車場までの途中、乗用車同士が衝突していました。物損事故で済んでいましたが自走不可の様子。右カーブでショートカットして対向車とぶつかったのでしょう。どんな道でもキープレフトが大切ですね。そもそもキープレフトできないようなスピードでカーブに突っ込んではいけません。 (おしまい)
◎日程:2025年4月27日(日)
◎宿泊:金山ヒュッテ(乗鞍高原)
◎行程:乗鞍高原観光センター8:30=(予約バス)=9:05位ヶ原山荘(車内待機含む)9:50~13:03剣ケ峰山頂13:25~15:00三本滝駐車場=乗鞍高原観光センター=21:10京都自宅
*歩行ログ、登りが赤、下降が青
2024北海道ツーリング11:羽幌=~利尻島鴛泊・利尻山登山=羽幌 ― 2025/01/09
◆Day18:7月1日(月)曇りのち雨のち晴れ 羽幌=稚内=(フェリー)=利尻島鴛泊~キャンプ場「ゆ~に」(泊)
自転車走行:6km 、自動車走行:135km
羽幌8:01=8:43遠別=9:01手塩=10:09稚内市営北駐車場(デポ)、稚内港=(ハートランドフェリー)=12:55鴛泊(雨宿り)~14:00利尻島ファミリーキャンプ場「ゆーに」(泊)
宿を出て稚内へとノンストップで行く。フェリー乗り場からは若干離れているが無料駐車場にクルマをデポし、フェリーで利尻島鴛泊(おしどまり)へ。キャンプ場でテント泊。
テントは10年以上前に購入した「ICI石井スポーツ ゴアライト」1人用。事前に点検したが劣化は確認できず、快適に使えた。
写真:稚内港から利尻島へ、フェリーアマポーラ宗谷
写真:利尻島 「ゆーに」テント場
◆Day19:7月2日(火)晴れ 利尻岳登山
自転車走行:5km、自動車走行:0
テン場4:56~(自転車)~登山口5:23~6:24第1見晴台~7:02第2見晴台~7:17長官山~7:34山小屋~8:33利尻山頂8:53~9:52長官山~10:47第1見晴台~11:44登山口・昼食12:28~(自転車)~12:34テン場(泊)
快晴無風で絶好の登山日和だった。前日は強風で飛行機が欠航したため、混雑もなく快適に登れた。
テン場から登山口は自転車。利尻山登山:登り3時間10分、山頂20分、下り2時間50分、合計6時間20分
写真:利尻山頂
*この両日について詳しくは、<利尻岳(利尻山)登山>へ。
◆Day20:7月3日(水)晴れ 利尻島一周サイクリング=(フェリー)=稚内=羽幌
自転車走行:63km、自動車走行:140km
テン場5:18~利尻島一周~9:27テン場 鴛泊港12:05=(ハートランドフェリー)=13:45稚内港、稚内北駐車場14:05=14:14ノシャップ岬14:29=16:44羽幌「吉里吉里」(泊)
お昼のフェリーまでの間に、利尻島一周サイクリングと鴛泊港ペシ岬灯台へ。
写真:利尻島のサイクリングロード
*利尻島一周について詳しくは、 <利尻島一周サイクリング>にてアップ済み
鴛泊港のターミナル食堂は団体予約のため一般客はお断りだったので、向かいにある食堂へ。店内に貼り出されたメニューには「ウニ丼 1万円」とあった。円安もあってインバウンド客にはそれでも人気なのかもしれない。「海藻ラーメン」1400円を注文。美味しかった。
写真:海藻ラーメン
フェリーで渡って稚内からは、ノシャップ岬の南極越冬隊資料展示を見学。
写真:ノシャップ岬灯台
写真:南極越冬隊資料展示コーナー
ノシャップ岬から抜海のあたりは、強風が吹きすさび、クルマで走っても裏寂しい荒涼とした土地。そんな風景に会いたくて北海道に来たのだろうか?
写真:ノシャップ岬から日本海沿いに下る
羽幌の吉里吉里に戻って、くつろいだ。
写真:羽幌の温泉。吉里吉里からはこの温泉に毎回通った。
*2024北海道ツーリング1:京都=黒埼=青森=木古内=銀婚湯
*2024北海道ツーリング2:銀婚湯=木古内~松前~江差
*2024北海道ツーリング3:江差~貝取澗~木古内
*2024北海道ツーリング4:木古内=小樽=名寄
*2024北海道ツーリング8:天塩川温泉=五味温泉おしまい
2024北海道ツーリング1:京都=黒埼PA=青森=木古内=銀婚湯 ― 2024/12/25
写真:サロマ湖
「北海道に何がある?」
サロマ湖の展望台で、キャンプ場の管理もしているという地元の老漁師が話しかけてきた。
その哲学的ともいえる問いかけに、うまく言葉が出なかった。
北海道に無いものについては、すぐに気付いた。明治以前の歴史的建造物、古を感じさせる神社仏閣、重厚な民家、箱庭のように隅々まで手入れされた農村景観などなど。
川村たかし「新十津川物語」、開高健「ロビンソンの末裔」、三浦綾子「泥流地帯」、坂本直行「山・原野・牧場ーーある牧場の生活」、佐藤泰志「海炭市叙景」といった小説や池澤夏樹のエッセーを読むことで、北海道や「開拓」についてのある種のイメージは得たが、申し訳ないことに、北海道について、自分として何も具体像が定まらないまま旅を終えてしまった。
自転車で走っていると、耕作放棄地や廃屋、廃校、鉄道の廃線跡、人間の痕跡が失われて自然に呑み込まれていく景色が否応なく目に入ってしまう。日本の広範なルーラルエリアも同じとはいえ。でも、それをもって北海道の記憶とすることにはしたくない。
北海道には何があるのだろう?
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2024年6月14日(金)~7月9日(火)の26日間。
自転車走行875km、自動車走行5,634km、利尻山登頂。
宿泊:ビジネスホテル5泊、温泉旅館6泊、旅館/民宿4泊、とほ宿6泊、
テント2泊、車中2泊
北海道への青森往復クルマ移動のgpsログ(スーパー地形)クリックして拡大
北海道内クルマ移動gpsログ(スーパー地形)クリックして拡大
北海道内自転車走行ログ(スーパー地形)クリックして拡大
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◆ Day1:6月14日(金)晴れ 京都=北陸道黒埼PA
自転車走行:0、自動車走行:526km
京都自宅10:30=(敦賀から北陸道)=20:30黒埼PA [車中泊]
北海道へはクルマで行くことにした。東北を通って、津軽海峡を渡り、北海道への距離感を感じたかったので。
今回は計画をきっちり固めず、テント泊装備も持参。天気の良い日に太田山神社と利尻山に登るのと、雨中自転車走行はなるべく避ける、というのが基本方針。
自転車は完成したてのグランボアER700Cランドナー、セパレートパニアバッグ仕様。
北海道は広いので、クルマをデポしたところから数泊の自転車ツーリングを実施し、広域移動はクルマでという計画。
写真:今回の荷物、利尻山登山用のザックも
写真:黒埼PAで車中泊、静かで快適に眠れた
◆ Day2:6月15日(土)曇り 北陸道黒埼PA=青森市
自転車走行:0 、自動車走行:496km
黒埼PA6:05=15:08青森 「ホテル2135」泊
車中泊して東北の日本海側の高速道路(自動車専用道)をひた走る。一般道区間はわずかだったので、地域性などあまり感じることはできなかったが、秋田県内の高速道路がものすごく空いていて、今思い返すのに北海道以上にガラガラだったのが印象的。
秋田県内は暑かったが、県境のトンネルを抜けて青森県に入ると、クルマの車外温度計が10度近く下がったのには驚いた。
青森市内のガソリンスタンドで給油。京都から無給油で走れた。走行1,015kmでメーターの燃費表示は18.9km/L.。12年落ちの1800ccガソリン4気筒車で、省エネ走りは意識していない。残りガソリンは8Lで走行可能距離は55kmとメーターにはあった。街中だとリッター7km程なので、間違ってはないだろう。
今回、出発時、ベートーヴェンのピアノソナタを1番から順にかけて運転した。
全32曲あるが、青森には私の大好きな30番のところで到着した。
青森市内のビジネスホテルに宿泊。青森市は漁村がそのまま大きくなったような街という印象。
去年、弘前の古書店で教えてもらった青森の古書店が近くにあったので、北海道と青森に関する地元出版物古書を数冊入手。
◆ Day3:6月16日(日)小雨 青森市=木古内
自転車走行:0、フェリー、自動車走行:67km
青森港8:10=(青函フェリー)=12:10函館港=17:20木古内「クラッセイン木古内」泊
小雨の中、函館山や五稜郭など函館市内観光。サンフランシスコみたいな街(1回しか行ったことないが)かと思っていたが、天気が悪いこともあってか、全然違う印象だった。
北海道新幹線の駅のある木古内のビジネスホテル泊。クルマをデポさせてもらい、明日から自転車ツーリング予定。
写真:函館山より
◆ Day4:6月17日(月)晴れ 木古内=銀婚湯
自転車走行:69km、自動車走行:95km
木古内7:35~道道29号通行止め引き返す~12:42木古内13:22=14:50銀婚湯温泉(泊)
木古内から山間部、峠越えで銀婚湯温泉に向かう予定であったが、通行止め。管理者に自転車なら通れないか電話して聞いてみたが、「何ヶ所壊れているかわからないし羆も出る」と言われて断念。最近道路が崩壊したのではなく、もう何年も放っておかれているみたいだ。トラピスト修道院を見学。
銀婚湯温泉は川本三郎「日本すみずみ紀行」で絶賛されているのを読んで、ちょっと値段は高いが行きたくなった。誠に良い温泉で感じの良い宿であったが、北海道新幹線のトンネル工事のダンプカーが前の細い道路をけっこうな頻度で走っており、騒音と振動が伝わるのが残念であった。
写真:トラピスト修道院
写真:通行止めの道道
写真:通行止めゲート、とても寂しいところだった
写真:銀婚湯(日本秘湯を守る会)
写真:銀婚湯
*2024北海道ツーリング1:京都=黒埼=青森=木古内=銀婚湯
*2024北海道ツーリング2:銀婚湯=木古内~松前~江差
*2024北海道ツーリング3:江差~貝取澗~木古内
*2024北海道ツーリング4:木古内=小樽=名寄
*2024北海道ツーリング8:天塩川温泉=五味温泉京都北山 「久多」の里とオグロ坂、八丁平 ― 2024/12/06
京都市左京区、といっても全くのルーラルなエリア、京都市の北東端に久多という地区があります。京都市への編入は1949年で岩倉、八瀬、大原、鞍馬、花脊と同時期であり、決して昨日今日京都市になったのではありません。もっとも京都市になったからといって、生活上は別に何が変わるということもないのでしょうが、やはり住所が”京都市左京区”であるということは、人々の意識にも何らかの影響を及ぼしてきたのかもしれません。
というのは、私は山陰の地から進学で京都に来て、学生時代オートバイで京都近郊を走りまわったのですが、その時驚いたのが、京都をとりまくルーラルな集落景観が美しいということでした。卒業してからは今日まで自転車で細かく走り回っていますが、その思いを強くしています。乱れて醜くなっている箇所が年々増えてはいますが。
家の造作や周囲の手入れをはじめとして、細やかな気配りから成る集落景観、”京風”ルーラル景観なのかもしれません。
家族にとって気持ちよいと同時に、人に見られることを良い意味で意識している景観という気がします。
京都の寺社仏閣や大店、お屋敷関係の仕事に携わったり、若いときに京都で働くなど、何らかの関係で美しい部分の京都、よいものに触れてきた影響があるのかもしれません。古くは貴人が隠棲してきた鄙の地であったりもしますし。
今回、山岳会のメンバーと朽木から峠道を探索しながら山を越えて久多上の町に降りて宿のある久多下の町まで歩いたのですが、その凜とした集落景観に感動しました。
集落ごとに文化財の紹介も兼ねた案内板があったりとか、なにか文化的な雰囲気が伝わってくるのです。そういえば、久多の花笠踊りは重要無形民俗文化財に登録されています。
翌日は、古道の「オグロ坂」を登って八丁平という自然生態的にも貴重な場所を経由して、そのまま鞍馬まで歩いて帰りました。
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久多上の町、の景観。耕地もよく手入れされています(近年の日本全国そうであるように潰廃した農地もないわけではありませんが)。
久多のそれぞれの地区ごとに、このような案内板があります。イラストの花がいい感じ。地元の方のアイデアなのでしょうか。
久多の大杉。
久多の志古淵神社。この近くに宿があります。
そういえば、久多の地元の方が綴った本が家にあるので、今回、ちゃんと読んでみました。
研究者や旅の人が記した文章よりも、リアルに地元の生活が伝わり、読み応えがありました。昔の人は、ほんとよく働き、生きる力と知恵がすごいと感服します。
今でも手に入るのかと思って検索してみたら、amazonで8000円にて出品されていてビックリ。
今でも手に入るのかと思って検索してみたら、amazonで8000円にて出品されていてビックリ。
民宿「久乃屋」
久乃屋の部屋
床の間。書の意味も教えてもらいました。
囲炉裏で暖まりました
現代ではこのような囲炉裏の造作をすることは不可能と言っても過言ではないでしょう
炭は、近在の花脊産。
部屋も廊下もピカピカに磨き上げられていて、私がこれまで泊まってきた宿の中で、比類するところは思い当たりませんでした。唯一、例外といえるのは、近在の美山荘です。美山荘は義母が大好きで、何度か伺ったことがあり、私の一番好きな宿です。
風呂やトイレは、新しいものに完全に改装されていて、誰でも快適に使えます。
料理の写真はありませんが、地元の食材を地元の調理法で仕上げておられ、料理旅館と名乗れば良いのではないかと感じました。
翌日は、久多からオグロ坂へ。
廃校になって久しい、久多小中学校前の道路にて。
魚が沢山いるらしい久多の川。
オグロ坂といえば、もう30年以上前になりますが、開店して間もない「I’s Bicycle」のツーリングで八丁平側からランドナーで下ったことを覚えています。結構乗車率が高く、楽しかった記憶。久多に降りた時には日暮れ近くになっていて、そこにはI’s Bicycleの土屋さんのクルマ、当時は三菱のデリカ、が待機してくれていて帰路につきました。良い思い出。
オグロ坂
宿を出てから2時間弱でオグロ坂に着きました。途中、いろいろ探索したりしての時間ですが。
オグロ坂、久多側から。
八丁平側から見たオグロ坂。お地蔵さんの祠があります。
オグロ坂を越すと、八丁平湿原です。丹波高地にあっては貴重な高層湿原の位置づけです。
八丁平
八丁平には林道を通す計画がありましたが、広範な市民の反対で中止されました。
かつては自然破壊そのもので荒々しかったであろう林道も、年月を経て周囲と馴染んできているように思いました。
かつては自然破壊そのもので荒々しかったであろう林道も、年月を経て周囲と馴染んできているように思いました。
この後、フジ谷峠(跡)を探索し、大見尾根から杉峠、花脊峠の道を歩いて鞍馬から叡電で帰りました。
◎歩行日:2024年11月16日(土)~17日(日)
◎宿泊:民宿「久乃屋」京都市左京区久多
太田山神社ー日本で一番危険な神社か? ― 2024/07/29
太田(山)神社には、吉永小百合主演、堺雅人出演の「北の桜守」(2017年)という映画を観て以来、是非行きたいと思っていました。
web上に「日本で一番危険な神社」と書かれているのが散見され、実際どんな感じなのか確かめたかったというのもあります。
標高350m付近に神社(本殿)があり、海岸からほぼ直登です。階段は急で踏み面も狭く歩きやすいとはいえません。
スタートしてちょうど30分で本殿前の広場まで登り、そこからは鎖場。緊張します。
お詣りして下山、全部で1時間15分の行程でした。
当日は、自転車ツーリングの途中、江差の宿を出発して、太田神社に到着。
写真:太田(山)神社
太田神社の説明を読んで、鳥居からの急な階段を上がります。
写真:太田神社の説明板
写真:太田神社と太田山神社と、両方の表記が混在
写真:階段を上ったところ
階段を上ってからは、登山道のようになっています。
写真:太田神社への道
途中に、祠がありました。
写真:途中にある祠
橋状のところを渡ると、鎖場、本殿直下に出ます。
写真:鎖場広場 手前
スタートして30分で、本殿直下の鎖場広場に出ました。
写真:鎖場
鎖(鉄輪)を登ったところに本殿があります。10mから落下しても100mから落下しても打ち所が悪ければ結果は同じなので、緊張するセクションです。
鎖の輪っかに足を乗せて登るのですが、そうするのは最初の2つ3つで、ハングしている取り付きを過ぎれば、斜面の岩に、容易に足を乗せることができます。
鉄輪に足を置くとブラブラして不安定ですが、手で鉄輪を持って、足は地面(斜面の岩)に置くと、身体は安定してスムーズに登れます。
最後の乗っこしのところで、緊張感はありますが、無事、本殿に到着。
写真:最後の乗越しのところ。背後には海が広がる。
写真:本殿に登りきったところ
写真:太田山神社
お参りしていると、登山装備の2人組みの方が登ってきました。
その人たちは、下りは持参したロープでビレイしていました。ハーネスを付けて。
その人たちは、下りは持参したロープでビレイしていました。ハーネスを付けて。
その日泊まった地元の宿の方に聞くと、太田神社で落下して怪我したという話は聞いたことがないとのこと。落ちて救急車を呼ぼうにも、どれだけ時間がかかるかわかりませんし、担ぎで要救護者を下ろすのも簡単ではない場所なので、事故対応を心配していましたが、これまでは大丈夫だったようです。
最初から急登で、鎖場も取り付きがハングしているので、登らない判断をする人も多く、事故がなく済んでいるのかもしれません。
本殿から海が広がる絶景は一見の価値がありますが、万人には勧められません。
登山道にはブヨがいたようで、蚊には気をつけていましたが、ブヨにやられて、その後1週間ばかり痒みが続きました。
「日本で一番危険な」神社かどうかは、あまねく神社を巡っているわけでもなく、わかりません。私の限られた経験では、石鎚山よりは緊張感がありました。
◎走行日 2024年6月21日
◎自転車 グランボアER700Cランドナー
*走行ログ(自転車+歩き)
利尻岳(利尻山)登山 ― 2024/07/19
北海道自転車ツーリングの締めに、利尻岳に登ってきました。鴛泊(おしどまり)コースです。
わざわざ行くのに、天気が良くないと残念過ぎるので、天気予報をみながら道内で日程調整して、無事、青空の下、登頂できました。
利尻岳登頂:2024年7月2日(火)
7/1(雨のち晴)・・・稚内フェリー乗り場近くの市営無料駐車場にクルマをデポ。
自転車テント泊装備でフェリーにて利尻島、鴛泊へ。
写真:利尻島へ。グランボアER700cランドナー。フロントサイドバッグ仕様。
雨が小降りになるまでフェリーターミナルで待機。利尻岳登山には携帯トイレが必要とのことで、フェリー売店にて2つ購入しました。単価500円。結局は1回も使いませんでしたが。
写真:携帯トイレ
小雨になってから鴛泊のセイコーマートで食糧やビールを購入し、「ゆ〜に 利尻島ファミリーキャンプ場」へ。
テン場に着いた頃には雨は上がりました。テン場には午後2時から7時まで屋台が出て、そこでビールやアテ、弁当等を売っている(しかも美味しかった)ので、セイコーマートで買う必要はありませんでした。歩いてすぐのところに町営の温泉施設もあり、そこの自販機でビールや飲料も買えます。セイコーマートからテン場へは、自転車ではたいした距離ではないので、雨が降ってなければテント設営後に買い出しに行っても、大丈夫。
写真:利尻島「ゆ〜にキャンプ場」
7月2日(火)晴れ 利尻岳登山
行程:「ゆ〜に」キャンプ場4:56〜(自転車)〜5:15利尻北麓野営場(登山口)5:23〜5:31甘露泉水〜6:24第1見晴台〜7:16長官山7:23〜7:33避難小屋〜7:57九合目〜8:33山頂8:53〜9:52長官山〜10:47第1見晴台〜11:48登山口
*休憩を含む登山行動時間6時間25分
登りに3時間10分、山頂で20分過ごし、下山に2時間55分、かかりました。
写真:利尻岳GPSログ(スーパー地形アプリで計測)
前日が強風で、利尻島への航空機が欠航したため団体客がおらず、渋滞もなく、特に急いだわけではありませんが、サクサク登れ、想定していたよりも早く山頂に着きました。
下のキャンプ場(ゆ〜に)から登山口までも、普段自転車に乗っている人なら、傾斜について特筆すべきことはありません。普通に走れます。グランボア700cランドナーで踏めばスッと気持ちよく進んで登山口に着きました。
写真:利尻岳登山口
スタートしてすぐに「甘露泉水」があります。水筒に水を満たしました。美味しい水です。最近はちゃんとアルミの水筒を復活させ、ペットボトルになるべく頼らないようにしています。
写真:甘露泉水
まずは、長官山まで樹林帯を歩きます。
写真:長官山へ
長官山に着くと、正面に利尻岳がドカンと見え、テンションが上がります。
写真:利尻岳、長官山より
写真:携帯トイレ用のトイレ
登山道は整備されていて、道迷いの心配はなく、歩きやすい傾斜です。最後の9合目あたりから若干急になりますが、特に危険な箇所はありません。但し、当日は天気が良く風も弱かったためそう思えたのかもしれません。北海道は風が強いので、気象条件によっては、また違った印象になると思います。
写真:利尻岳山頂
写真:利尻岳山頂からの礼文島
写真:利尻岳山頂から稚内方向
写真:通行禁止の南峰
写真:利尻岳山頂より沓形方向
写真:フェリーの着いた鴛泊(おしどまり)を望む
山頂でのんびり眺望を楽しみ、下山しました。下りの方が感覚的には長く感じましたが(実際はやはり登りの方が時間はかかっています)、昼前には下山し、ゆっくり温泉に入って、午後はビールを飲んでテントでまったりと過ごしました。
翌日は朝のうちに自転車で利尻島を1周し、前日に登った利尻岳をしみじみと眺めました。写真をたくさん撮ってのんびり走って4時間ほどでした。
テン場に戻り、昼のフェリーで稚内のデポ地に戻りました。
ヒルバーグ ライド(Hillberg Rajd) シェルターで経ヶ岳から赤兎山 ― 2021/10/13
写真:赤兎山避難小屋とヒルバーグ ライド シェルター(テントのようなもの)
写真:ヒルバーグ ライド:ポール2本を支柱に使って、あとはガイラインのテンションで立てる。
写真:ヒルバーグ ライド
新型コロナ第5次感染の緊急事態宣言期間が終了し、久しぶりに所属山岳会の例会で、縦走登山をした。
福井県、両白山地の経ヶ岳(1625m)から赤兎山(1629m)の縦走ピストン。
2つの山は同じような標高だが、その間はガッツリ切れ込んでおり、久々にハードな縦走らしい縦走であった。
赤兎山には避難小屋があるのだが、満員の事態も想定して、シェルター(ヒルバーグ ライド)を持参し、せっかくなので、それに泊まった。
ヒルバーグはスウェーデンのテントメーカーで、沢登り時にヒルバーグのタープを重宝している。
テント泊登山を開始して最初に購入したのが「アクト」というヒルバーグのテントだった。重宝したが、山岳会に入会してからはプロモンテの4人用テントの出番が断然多く、「アクト」もその後に購入した「ライド」も殆ど使っておらず、久しぶり。
購入したのは10年以上前だが、加水分解でベタベタになっていたりせず、大丈夫だった。(アメリカのメーカーのテントで、数年で防水コーティングがベタベタになって使えなくなった経験がある)
夕方から、そこそこの強風で、小屋泊まりの人からはポール2本で建てるシェルターが大丈夫なのかと心配されたが、全然問題なかった。
ヒルバーグ ライドはシングルウォールなので、結露を減少させるためもあってか、入り口2箇所の上は、ネットになっていて、そこを塞ぐことはできない。
強風にあうと、風が吹き込むかもしれないと懸念したが、そういうことはなかった。テントの天井が風に押されても、室内には吹き込まず、普通にガスコンロも使えた。
ペグが効いていたこともあってか、今回の程度の強風だと全く問題なかった。
なかなか上手に設計してあるのだと、感心した。
奥ノ深谷 沢登り(2018/8) ― 2018/08/05
写真:奥ノ深谷
写真:奥ノ深谷 最初の7m滝。先頭を行くT氏
写真:奥ノ深谷
酷暑、京都市内では38度を超える日々が連続する中、比良山地の奥ノ深谷に沢登りで行ってきました。
比良の沢登りではメジャーなところで、何度か遡行したことがありますが、沢登りではその時の水量等によって難易度や雰囲気が変わるのと、いつもリードしてもらって後ろを歩くので、数回経験したくらいでは、正直、ひとつひとつの滝やポイントをきちんと覚えられていません。
写真:奥ノ深谷。奮闘するT氏。
今回は山岳会の気心しれたメンバー総勢3名。このところの晴天続きでか水量が少ないこともあってか、サクサクと進み、ロープも1度も使いませんでした。無理したのではなく、自然に進めたという感じ。昼頃には遡行を終了しました。
写真:奥ノ深谷。水量が少ないので、いつもは上の段を通過するが、水流沿いに行けた。
同行の先輩は、本や記録では高巻くとされている滝も、全て直登され、巻き無しの完全遡行をされたのでした。凄すぎです。
私としては、高巻きのところが、こんなシビアだったか、という印象。もしかしたらいつもはロープを出してもらっていたからかもしれません。技術的には難しくなく、木の根などを掴みながら足場は置きやすいところをほぼ垂直方向に登って行くのですが、いったん怖いと思うと怖くなるような巻きでした。
滝を登るところはヌメリも少なく、特に危険を感じずに済みました。
写真:奥ノ深谷。
各人の力量によって、それぞれのルートがとれて、なかなか美しい秀渓でした。
酷暑なのでいつもより着込まなかったところ、「寒い」という感覚も時々ありました。
水は冷たくて気持ちいいけど、ずっと浸かっていると、つらくなります。
怖いまでの青空と酷暑の日、沢登りにはぴったりでした。
何度も行きたい沢だと改めて思いました。
【遡行日】2018年8月4日(土)快晴
【行程】坊村駐車場8:20~入渓9:26~12:03遡行終了地点12:19~(登山道下山)~12:55林道~13:42坊村駐車場
地形図:奥ノ深谷 遡行GPSログ
成生岬灯台へ(2018/4) ― 2018/04/15
写真:成生
3月初旬に自転車で舞鶴湾の成生(なりゅう)集落まで行ったが、灯台まで行きたくなった。
岬の突端の灯台への道は無い。灯台の保守は船を利用しているらしい。
前回のMTB地形図破線路探査で、単独自転車行には懲りたので、今回は山岳会の人たちに同行願い、完全登山装備で実行した。先頭は読図の練習をミッションとする方にお願いし、私は終始最後尾を歩いた。
集落を出る時に地元のおばちゃん(複数)に挨拶したところ、「灯台に行く?無理無理」「ずいぶん前から地元の人間も行ったことがない」「以前、行き詰まって船やヘリコプターで救出したことがあった」「1日で帰ってくるのは無理」「クマや猪や鹿もいる」と散々であった。
「迷惑かけないように、無理と思ったらすぐ引き返しますし」ということで、なんとか通過。
地形図では岬のかなり奥まで破線の小径があり田のマークもあるので、離れた田んぼに通う小径があったと推測される。その小径がそこそこ残っているならば、案外簡単に灯台に到着するかもしれないと思ったが、集落を出てすぐに小径は消滅した。
尾根に登り、基本尾根歩きで小ピークをいくつも越えて灯台へ着いた。標高は低いがアップダウンはけっこうあり、体力をそこそこ使った。
まだ下草や若葉が無いシーズン、尾根は見通しもよく歩きやすかったが、左右に広がる日本海の怒濤が地の果ての雰囲気を醸し出し、天気も下り坂とあって、のんびり長閑な気持ちにはなれなかった。
ロープ、登攀具類をフルに背負い、時間があればどこかでアイゼントレーニングもするつもりだったので、装備的には心強かったが。メンバーの中にはクライマーもいるし。
結果、登攀具を使うことはなく、普通の歩きで済んだが、道が無く全く管理されていない空間を地図を頼りに進むという、とても面白い体験ができて大満足であった。同行の皆さん、ありがとうございました。
【実施日】2018年4月14日
【行程】京都市内7:00=成生9:30~12:12三角点(P213)~12:58成生岬灯台13:20~(基本的にピストン)~14:28 P166~16:00成生
成生の集落から灯台ピストンで6時間半かかった。地形図で想像するよりも手応えがあった。
3月初旬に自転車で舞鶴湾の成生(なりゅう)集落まで行ったが、灯台まで行きたくなった。
岬の突端の灯台への道は無い。灯台の保守は船を利用しているらしい。
前回のMTB地形図破線路探査で、単独自転車行には懲りたので、今回は山岳会の人たちに同行願い、完全登山装備で実行した。先頭は読図の練習をミッションとする方にお願いし、私は終始最後尾を歩いた。
集落を出る時に地元のおばちゃん(複数)に挨拶したところ、「灯台に行く?無理無理」「ずいぶん前から地元の人間も行ったことがない」「以前、行き詰まって船やヘリコプターで救出したことがあった」「1日で帰ってくるのは無理」「クマや猪や鹿もいる」と散々であった。
「迷惑かけないように、無理と思ったらすぐ引き返しますし」ということで、なんとか通過。
地形図では岬のかなり奥まで破線の小径があり田のマークもあるので、離れた田んぼに通う小径があったと推測される。その小径がそこそこ残っているならば、案外簡単に灯台に到着するかもしれないと思ったが、集落を出てすぐに小径は消滅した。
尾根に登り、基本尾根歩きで小ピークをいくつも越えて灯台へ着いた。標高は低いがアップダウンはけっこうあり、体力をそこそこ使った。
まだ下草や若葉が無いシーズン、尾根は見通しもよく歩きやすかったが、左右に広がる日本海の怒濤が地の果ての雰囲気を醸し出し、天気も下り坂とあって、のんびり長閑な気持ちにはなれなかった。
ロープ、登攀具類をフルに背負い、時間があればどこかでアイゼントレーニングもするつもりだったので、装備的には心強かったが。メンバーの中にはクライマーもいるし。
結果、登攀具を使うことはなく、普通の歩きで済んだが、道が無く全く管理されていない空間を地図を頼りに進むという、とても面白い体験ができて大満足であった。同行の皆さん、ありがとうございました。
【実施日】2018年4月14日
【行程】京都市内7:00=成生9:30~12:12三角点(P213)~12:58成生岬灯台13:20~(基本的にピストン)~14:28 P166~16:00成生
成生の集落から灯台ピストンで6時間半かかった。地形図で想像するよりも手応えがあった。
写真:成生
写真:同行の皆さん
写真:213m三角点。今回の最高標高。
写真:P213の先、正面のピークを越えると灯台が近い。尾根ルートで走破。
写真:毛島の洞門がみえた。
写真:灯台が近づいた。
写真:戦時中の砲台跡
写真:成生岬灯台
写真:灯台のプレート
※GPSログ(往路)
※成生や田井をフィールドにした地理学の論文があった。学生時代に読んだ記憶がある。
柿本・島田・藤村「定置網漁村の経済構造-丹後成生の場合-」人文地理1974
・・・今、読み返してみて、なんとよく働く人たちなのだと頭が下がる。集落にある立派な家屋も代々、働きづめで蓄えたものなのですね。遊びに来た人の遭難騒ぎなんて、とんでもない迷惑なのがよくわかります。論文が書かれてから半世紀ほど経つが、その後の変化はどうなのだろう?
※成生や田井をフィールドにした地理学の論文があった。学生時代に読んだ記憶がある。
柿本・島田・藤村「定置網漁村の経済構造-丹後成生の場合-」人文地理1974
・・・今、読み返してみて、なんとよく働く人たちなのだと頭が下がる。集落にある立派な家屋も代々、働きづめで蓄えたものなのですね。遊びに来た人の遭難騒ぎなんて、とんでもない迷惑なのがよくわかります。論文が書かれてから半世紀ほど経つが、その後の変化はどうなのだろう?













































































































































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