2025年 京都北郊いつものコースの紅葉黄葉 ― 2025/12/24
今年もあと1週間。いつもネコのように同じようなコースを走ったりしていますが、今年の紅葉黄葉を備忘録まで。
◎使用自転車:グランボアER700cランドナー、グランボア700cデモンタブル、パナソニック クロモリロード
ビワイチ(BIWAICHI)自走で1泊2日 ― 2025/10/15
湖西の白髭神社
長命寺付近
”ビワイチ”、びわ湖一周のこと。
これまでクラブの練習会で何度も走っていますが、全てびわ湖大橋までクルマで行き、北湖だけ。
実は、京都市内の自宅から自走でフルのビワイチをしたことは、一度もなかったのです。
いつもシャカシャカ走るだけで、観光とか写真撮影もなし。
いつもシャカシャカ走るだけで、観光とか写真撮影もなし。
ローラー台を漕いでいるような走りではなく、観光&撮影しながらのんびりと自宅から自走で1泊2日のビワイチを堪能することにしました。
これまで、時計回りで走ることがほとんどでしたが、自転車は軽車両であって左側通行なので(当然!)びわ湖岸側を通行する反時計回りが推奨され、それを前提に道路も整備されています。なので、今回はそのように。
下の写真のように、ビワイチでは「上級コース」と「低速コース」に別れて路面表示や道路標識が成されています。「上級コース」は道路交通法どおり車道の左端を通行するもので、「低速コース」はガードレールより琵琶湖側や集落内の小径などに設定されています。水色の車線が自転車の通行区分を示します。
「上級コース」と「低速コース」が並行する箇所
初日、朝6時に自宅を出て、小関越で大津に入り南湖から。
逆時計回りで17時半にマキノの旅館着。
私は宿着16時半→風呂→ビールで18時食事というのをスケジュールの基本にしているのですが、今回1時間も遅れてしまいました。
走行ログを見ると、なんと長命寺で昼ご飯含めて2時間も費やしていたのが原因のひとつですが、それだけの価値がありました。808段の石畳階段(滑りやすい)を金属クリートのSPDシューズで登るのが、今回の旅で一番堪えましたが。
琵琶湖からの強烈な向かい風と横風も影響しているのかもしれませんが、それは言い訳になりません。
クラブの練習会では途中コンビニ休憩3回だけ、という感じで5~6時間、休憩時間込み、で走っていたのが信じられません。先頭を引いてもらっていたとはいえ。
走行は149キロでした。
旅館の館内には自転車置き場も設えてあり、ビワイチへのホスピタリティを感じました。
2日目は風も強くなく、穏やか。細かくいろいろ寄り道をしながら99km走行。
いつもクルマで走っていると気付かない、国道を離れたびわ湖側の旧道や細道を走ることで、びわ湖に対してこれまで知らなかった魅力を感じることができました。
特に、湖西線比良駅ー蓬莱駅区間のびわ湖側小径では新たな発見だらけでした。
堅田では一旦ビワイチルートを外れて出島の灯台と浮御堂を見学しました。堅田から大津へは、街中のリエゾン区間という感じでした。
帰りも小関越で山科は疎水沿いを走り、予定通り17時に家に着きました。
◎走行日:2025年10月9日(木)~10日(金)
◎使用自転車:グランボア700×23Cほぼシュパーブプロ スポルティフ
◎峠:小関越
◎宿:マキノ町「まつなみ荘」
◎行程:
10/9(晴れ)京都自宅6:05~6:31河原町御池~6:43旧東海道~6:58山科駅前~7:29小関越~8:18瀬田唐橋8:32~8:42近江大橋~9:31びわ湖大橋(コンビニ休憩)9:49~10:34長命寺(拝観&昼食)12:30~13:35薩摩町~14:16彦根港~14:53長浜 豊公園~16:10賤ケ岳隧道~16:44岩熊トンネル~17:15海津大崎~17:27マキノ町「まつなみ荘」泊:走行:149Km
10/9(晴れ)京都自宅6:05~6:31河原町御池~6:43旧東海道~6:58山科駅前~7:29小関越~8:18瀬田唐橋8:32~8:42近江大橋~9:31びわ湖大橋(コンビニ休憩)9:49~10:34長命寺(拝観&昼食)12:30~13:35薩摩町~14:16彦根港~14:53長浜 豊公園~16:10賤ケ岳隧道~16:44岩熊トンネル~17:15海津大崎~17:27マキノ町「まつなみ荘」泊:走行:149Km
10/10(晴れ)マキノ まつなみ荘7:52~9:21安曇川 船木大橋~9:50近江高島 「萩の露」蔵元10:03~10:14白髭神社~10:56近江舞子11:26~12:17蓬莱セミナーハウス跡~13:48びわ湖大橋~13:01「四季三食」(昼食)13:41~14:03堅田 出島の灯台~14:14
浮御堂~15:12大津京駅~15:34小関越~15:46一燈園前~15:55山科駅前~16:21平安神宮~16:55自宅 走行:99Km
走行ログ
[写真] ※Googleフォトでみる(下記とほとんど同じ内容、Googleフォトの方が操作が簡単で画像表示も大)
初日
山科への旧東海道
山科:旧三条通り
小関越(旧道)
びわ湖疎水第一竪坑
小関越のお地蔵さん
旧東海道(大津市内)
大津市内
瀬田唐橋 「ビワイチ終点」
「ビワイチ出発」の碑
上級コースを疾走する2人。コンビニ休憩で挨拶。高槻から自走。6時間でフル1周予定とのこと。
対岸には比良の山並み
長命寺入り口に到着
長命寺:808段の石段を登ったところ
長命寺
長命寺
長命寺近くの住宅
長命寺の先の湖岸ルート
沖島、背景は比良山系
彦根市薩摩
彦根市三津屋町
びわ湖の反対側には伊吹山
長浜城
長浜 豊公園の太閤井戸
賤ケ岳隧道
奥びわ湖
まつなみ荘(泊)
2日目
宿の裏の砂浜、水鳥が多数
マキノ知内浜
マキノ知内浜
今津の旅館「丁子屋」
「二つ石」
竹生島遥拝所
木津(こうづ)港跡の常夜灯
東京からビワイチに来た人たち
安曇川河口 船木大橋
近江高島
近江高島「萩乃露」蔵元。
「萩乃露」店内。ハワイ(米国)からのビワイチ女性も。
白髭神社
白髭神社
近江舞子
近江舞子
近江舞子
JR比良駅先の湖岸道
びわ湖の伝統漁法「エリ漁」
八重戸浜
堅田「出島の灯台」
堅田
浮御堂
浮御堂の松
浮御堂
小関越(帰路)
山科のびわ湖疎水
嵯峨野観光鉄道(嵯峨野トロッコ列車) ― 2025/09/19
家から近くて交通量の多い道を走らずに済み、夏は涼しく心洗われる景観。走っているだけで幸せな気分になれる、というわけで、奥嵯峨から六丁峠、トロッコ保津峡駅、保津峡駅、水尾、神明峠、その先は気分に応じていろいろ、というのが私の定番ライドルートです。
トロッコ保津峡駅の吊り橋の横を、そのまま通過することが多いのですが、時々、橋上から保津川を眺めたり、トロッコ列車が来るタイミングに合った時には、そこで佇みます。
1989年に山陰本線の嵯峨~馬堀間、ちょうど保津峡の区間、が複線化。旧線は廃止されましたが、1991年に嵯峨野観光鉄道(嵯峨野トロッコ列車)としてよみがえりました。嵯峨野トロッコ列車で亀岡に行き、保津川下りの船で嵐山、というゴールデンコースが誕生したのです。
嵯峨野トロッコ列車ではディーゼル機関車のDE10が発足以来活躍してきましたが、2027年春の引退が発表されています。
保津峡へは奥嵯峨から入ります。愛宕神社一の鳥居の三差路を左にとります。
道幅は狭く、離合困難な箇所も多いので交通量は少なく、自転車向きの道です。
私も自転車では百回以上走っていると思いますが、自動車で走ったことは一度もありません。
愛宕神社一の鳥居
坂を登って六丁峠です。勾配は急ですが、距離は短いです。
六丁峠
ダウンヒルの途中、トロッコ保津峡駅が見えます。
トロッコ保津峡駅 遠望
1928 年に架橋された二代目「保津川橋梁」が遠く望める箇所もあります。
下りきって、一つ目の隧道を抜けたところに、トロッコ保津峡駅への吊り橋があります。
トロッコ保津峡駅
トロッコ保津峡駅からみた吊り橋。保津川下りの船が通過。
保津川下り
トロッコ列車は、亀岡行きの下りは客車が先頭で、機関車が押して走ります。
下りのトロッコ列車
ディーゼル機関車DE10が最後尾
上りは機関車が先頭
トロッコ保津峡駅、上り列車
複線電化された現行の保津峡駅は、しばらく先の、保津川の橋上にあります。
現行の保津峡駅
(おしまい)
野坂山地の庄部谷山(855.7m) ― 2025/08/21
野坂山地とは、びわ湖の北西、若狭湾との間にある山地。
野坂山地にある庄部谷山(しょうぶだにやま)は、国土地理院の地図に山名表記はないが、855.7mの三角点のある山。地形図には登山道は記されていない。
昭文社の「山と高原地図」の未収録エリアだが、このあたりの山や峠については京都のナカニシヤ出版などから丹念なフィールドワークを基にした味わい深い書籍が刊行されている。草川啓三さんの著作がお勧め。
庄部谷山の懐に存在すると聞くカツラの巨木群に逢いたいこともあって、先日、甲森谷から庄部谷山への山歩きに参加した。
甲森谷(こうもりだに)
炭焼窯跡
カツラの巨木
谷から急登の尾根を詰めたゴールは、なんと林道だった。我々の登った支尾根が主尾根に合流したところには、林道が走っていたのだ。おまけに、そこには巨大な鉄塔が存在していた。後で聞いたところでは、風力発電計画のための構築物。
急登尾根を詰めたゴールの林道
その日はなるべく旧来の道らしきものを辿って庄部谷山のピークを踏んだのだが、目の前にある林道は国土地理院の地図には載っていない。林道がどこに繋がっていてどんな具合なのか確認するため、1週間後にMTBで再訪した。
◎走行日:2025年7月19日(土)
◎自転車:SCOTTフルサスMTB
◎行程:美浜道の駅8:41~9:23新庄田代隧道~10:22粟柄関所跡~12:37鉄塔12:47~13:02庄部谷山~(ピストン)~14:12粟柄関所跡~14:47龍源院~15:05美浜道の駅
原発の新設計画がある美浜町には、原発マネーなのかどうか知らないが、広大な道の駅が出来ていた。

美浜町の道の駅
国道を避けて美浜町内の旧道を走る
四国八十八箇所と西国三十三所の礼拝所があった
旧 耳村の最南部、京都への粟柄越が通る新庄地区には、大正年間に開通した隧道がある。
粟柄越のメインの道ではなく、地区内の利便向上に役立っている。学校に通う子供たちのためという意味合いも大きかったのだろうか。地元負担で造ったのだろうから、それだけの財力があったということ。
田代隧道
新庄地区:地区内の道路の融雪設備。どこのムラにもあるものではない。
新庄地区の外れには、巨大な関西電力の嶺南変電所がある。
若狭の原発で生まれた電気がここに集まり、丹波の山々に林立する巨大送電塔を経て大阪や京都の大消費地に送られてきた。
若狭の原発で生まれた電気がここに集まり、丹波の山々に林立する巨大送電塔を経て大阪や京都の大消費地に送られてきた。
新庄の隧道は原発以前のものなので、原発マネーではなく、もともと山林資源等で豊かな地区だったのだろう。
関西電力 嶺南変電所
松屋という一番奥の集落のところから、林道に入る。
緑が眩しい
林道は走りよい
国土地理院の地図に記された林道の終点から先は、最近切り開いた林道で荒々しい
延長された林道
関西電力の送電線工事現場
風力発電のための新設林道
先週の登山で尾根の林道に出た箇所
鉄塔の前。かつては見事なブナ林が続いていたそうだが、伐採されてしまった。
風力発電のための鉄塔らしい
林道はまだ続いているが、途中からシングルトラックを押し担ぐ
美浜の海が見える
庄部谷山(855m)
帰路はピストンなので、基本的には下り。登りの暑さとは無縁。
粟柄関所跡まで降りると、下界という感じ
「粟柄関所跡及び粟柄村跡」石碑
道沿いの湧き水でのどを潤した
新庄地区の中心部(役場支所と神社)
◎走行ログ
海の京都 丹後半島経ケ岬へ[灯台カード] ― 2025/07/14
経ケ岬灯台
経ケ岬灯台
海上保安庁の「灯台カード」収集もあって、丹後半島の経ケ岬へ。
丹後半島には何度か訪れているが、直近は一昨年の「TANTANロングライド」イベントスタッフ。京都車連からということで「模範ライダー」として丹後半島を1周した。その時は当然走るだけ(平均速度25kmで走るようにと運営マニュアルにあって、自車サイクルコンピューターの平均速度が結果として25kmピッタリだったことには驚いた)で、写真を撮ったり観光的なことはできないので、再訪した次第。
丹後半島・経ケ岬観光の場合、伊根の舟屋、天橋立、と巡るのがメジャールートだが、今回はまだ見たことのない「丹後大仏」と、実はまだ走ったことのない碇峠を回った。
丹後半島一周道路は1962年に経ケ岬の区間が開通して全線開通となった。
かつては定期船が頼りであった集落も道路で結ばれた。
かつては定期船が頼りであった集落も道路で結ばれた。
現在も「丹後海陸交通」の路線バスが走っているが、かつては、まさしく「海陸交通」という業態であったのだろう。
経ケ岬隧道(西側)
経ケ岬隧道の扁額「白南風(しらはえ)洞」
経ケ岬隧道には蜷川虎三知事の揮毫による扁額「白南風洞」と、隧道西側には「開通碑」がある。
”白南風”は南東からの風、南東にある京都府南部(京都市)から丹後へ、という意味をこめているのだろう。
京都府の「南北格差」対策のひとつとして重要なプロジェクトだったことが偲ばれる。
丹後半島一周道路開通碑
隧道を抜けると海崖を近代土木工事で開通させた道路のダウンヒルとなる。
丹後半島一周道路
下ったところの集落にある、浦島伝説のフィールドとされる浦嶋神社
浦嶋神社
水上勉『五番町夕霧楼』夕子の在所に設定された「津母」集落。
夕子は木樵の娘で昭和26年の初秋に京都の五番町夕霧楼に入ることになった。
学生の時、下宿探しで千本中立売あたり(たぶん五番町)の散髪屋の二階を紹介され、入ってみたところ「いらっしゃい」とある色ガラスが部屋の入り口で、廊下にはタライの手水風のものがあり、部屋は布団を敷くサイズを幾回りか大きくした形状、かつては派手な彩色が色あせた内装で、今ならもっと興味深く観察したかもしれないが、何らかの怨念が籠もってそうな不気味さを感じて、早々に引き上げたことを思い出した。
その後、千本通りを挟んだ反対側の、元は堕胎医の病室だったと後で知った下宿に決めた。中途半端な時期で安い下宿はなかなか見つからなかったので。
なんだか落ち着かず、全く爽やかさを感じることがない建物、近くのお風呂屋さんに行くと紋々の人だらけ、千本通りのバスの音がやかましい、という環境で3ヶ月程で脱出し、訳あって出ることになった(自分のせいではない)北大路堀川の下宿の大家さんに解決策を提案し、戻らせてもらった。
津母
丹後大仏のあたりから道路の勾配は増し、碇峠へ。
丹後大仏
碇峠は予想したよりも走りやすい傾斜で、淡々と走って峠に着いた。
碇峠
道の駅「てんきてんき丹後」で定番人気商品のオイルサーディンを土産にした。

竹中缶詰のオイルサーディン
*詳しくはGoogleフォトで
◎走行日:2025年7月5日
◎使用自転車:グランボア10号ランドナー
◎峠:碇峠(343m)
◎行程:道の駅「てんきてんき丹後」8:40~立岩~9:38平~10:18経ケ岬11:36~12:12浦嶋神社・カフェ両助(昼)13:06~13:40津母~14:06本庄上~14:30丹後大仏~14:41知足院~15:20碇峠~16:12道の駅「てんきてんき丹後」 走行:65km
*走行ログ
京都北山 「久多」の里とオグロ坂、八丁平 ― 2024/12/06
京都市左京区、といっても全くのルーラルなエリア、京都市の北東端に久多という地区があります。京都市への編入は1949年で岩倉、八瀬、大原、鞍馬、花脊と同時期であり、決して昨日今日京都市になったのではありません。もっとも京都市になったからといって、生活上は別に何が変わるということもないのでしょうが、やはり住所が”京都市左京区”であるということは、人々の意識にも何らかの影響を及ぼしてきたのかもしれません。
というのは、私は山陰の地から進学で京都に来て、学生時代オートバイで京都近郊を走りまわったのですが、その時驚いたのが、京都をとりまくルーラルな集落景観が美しいということでした。卒業してからは今日まで自転車で細かく走り回っていますが、その思いを強くしています。乱れて醜くなっている箇所が年々増えてはいますが。
家の造作や周囲の手入れをはじめとして、細やかな気配りから成る集落景観、”京風”ルーラル景観なのかもしれません。
家族にとって気持ちよいと同時に、人に見られることを良い意味で意識している景観という気がします。
京都の寺社仏閣や大店、お屋敷関係の仕事に携わったり、若いときに京都で働くなど、何らかの関係で美しい部分の京都、よいものに触れてきた影響があるのかもしれません。古くは貴人が隠棲してきた鄙の地であったりもしますし。
今回、山岳会のメンバーと朽木から峠道を探索しながら山を越えて久多上の町に降りて宿のある久多下の町まで歩いたのですが、その凜とした集落景観に感動しました。
集落ごとに文化財の紹介も兼ねた案内板があったりとか、なにか文化的な雰囲気が伝わってくるのです。そういえば、久多の花笠踊りは重要無形民俗文化財に登録されています。
翌日は、古道の「オグロ坂」を登って八丁平という自然生態的にも貴重な場所を経由して、そのまま鞍馬まで歩いて帰りました。
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久多上の町、の景観。耕地もよく手入れされています(近年の日本全国そうであるように潰廃した農地もないわけではありませんが)。
久多のそれぞれの地区ごとに、このような案内板があります。イラストの花がいい感じ。地元の方のアイデアなのでしょうか。
久多の大杉。
久多の志古淵神社。この近くに宿があります。
そういえば、久多の地元の方が綴った本が家にあるので、今回、ちゃんと読んでみました。
研究者や旅の人が記した文章よりも、リアルに地元の生活が伝わり、読み応えがありました。昔の人は、ほんとよく働き、生きる力と知恵がすごいと感服します。
今でも手に入るのかと思って検索してみたら、amazonで8000円にて出品されていてビックリ。
今でも手に入るのかと思って検索してみたら、amazonで8000円にて出品されていてビックリ。
民宿「久乃屋」
久乃屋の部屋
床の間。書の意味も教えてもらいました。
囲炉裏で暖まりました
現代ではこのような囲炉裏の造作をすることは不可能と言っても過言ではないでしょう
炭は、近在の花脊産。
部屋も廊下もピカピカに磨き上げられていて、私がこれまで泊まってきた宿の中で、比類するところは思い当たりませんでした。唯一、例外といえるのは、近在の美山荘です。美山荘は義母が大好きで、何度か伺ったことがあり、私の一番好きな宿です。
風呂やトイレは、新しいものに完全に改装されていて、誰でも快適に使えます。
料理の写真はありませんが、地元の食材を地元の調理法で仕上げておられ、料理旅館と名乗れば良いのではないかと感じました。
翌日は、久多からオグロ坂へ。
廃校になって久しい、久多小中学校前の道路にて。
魚が沢山いるらしい久多の川。
オグロ坂といえば、もう30年以上前になりますが、開店して間もない「I’s Bicycle」のツーリングで八丁平側からランドナーで下ったことを覚えています。結構乗車率が高く、楽しかった記憶。久多に降りた時には日暮れ近くになっていて、そこにはI’s Bicycleの土屋さんのクルマ、当時は三菱のデリカ、が待機してくれていて帰路につきました。良い思い出。
オグロ坂
宿を出てから2時間弱でオグロ坂に着きました。途中、いろいろ探索したりしての時間ですが。
オグロ坂、久多側から。
八丁平側から見たオグロ坂。お地蔵さんの祠があります。
オグロ坂を越すと、八丁平湿原です。丹波高地にあっては貴重な高層湿原の位置づけです。
八丁平
八丁平には林道を通す計画がありましたが、広範な市民の反対で中止されました。
かつては自然破壊そのもので荒々しかったであろう林道も、年月を経て周囲と馴染んできているように思いました。
かつては自然破壊そのもので荒々しかったであろう林道も、年月を経て周囲と馴染んできているように思いました。
この後、フジ谷峠(跡)を探索し、大見尾根から杉峠、花脊峠の道を歩いて鞍馬から叡電で帰りました。
◎歩行日:2024年11月16日(土)~17日(日)
◎宿泊:民宿「久乃屋」京都市左京区久多
京都北山・祖父谷峠をゆく(MTB) ― 2024/11/19
京都北山・祖父谷峠の語源は、小野素風(惟喬親王に侍)の素風からきていると道中の石碑にあったが、京都に都が移る前から若狭から丹波を経て京へと結ぶ古くからの峠とされている。雲ヶ畑と京北町井戸を結ぶ峠で、若狭から御所への最短ルート上にある。
周山から山国への道路には、下の写真の通り「祖父谷峠通行不能」の標識がかつては存在していた。府道として計画されていたのだろうが、ずっと山道のまま残されている。
今春、たまたまロードレーサーで走っていたら、ちょうどその標識を撤去する現場に出会った。
写真:2024年4月まで存在した標識
写真:ちょうど撤去現場に遭遇した(2024年4月)
ハイキングでは何度か祖父谷峠を通過しているが、雲ヶ畑から井戸まで峠をコンプリートしたことはないのでMTBでゆくことにした。
京都市内、賀茂川沿いに上がると、雲ヶ畑に着く。御所の上流にあることから、水を汚さないようにと先祖代々生きてきた人たちが暮らす地区。
以前、賀茂川にダム計画が生じ、広範な市民の反対で計画は中止になったが、ダム建設予定地(雲ヶ畑の下流)付近の土地利用が乱れ、残土や産廃の埋め立て地が出現、菊の御紋ステッカーを貼ったダンプやトラックが行き来するようになった。
北陸新幹線のトンネル工事計画といい、日本国の美を破壊するのが、「保守」を名乗る人やその取り巻きというのが解せない。
雲ヶ畑の惟喬神社。惟喬親王を偲ぶ地は北山にも広範に存在する。神社だけでなく、惟喬親王から杜若(かきつばた)を育てるように仰せつかって、杜若を名乗り地名にもなっている場所とか。
写真:雲ヶ畑の惟喬神社
雲ヶ畑からの林道を進み、ゲートから先はダート。
しばらく走ると林道から別れてシングルトラックになり、祖父谷峠を目指す。
写真:祖父谷峠へ。桟敷ヶ岳との分岐。
若干、押しと担ぎになるが、たいしたことなく祖父谷峠に到着
写真:祖父谷峠
峠を少し降ると、首を切られたお地蔵さんがあった。寛政八年。明治政府による廃仏毀釈の犠牲かもしれない。
京北町井戸へと降る。
写真:祖父谷峠、井戸へ。
林道に出て、やれやれ。
写真:林道に出た
普段見たこともない大型特殊車両に出会った。
写真:日吉町森林組合の作業車
走ってきたシングルトラックも府道61号ということか。
写真:井戸に降りてからの標識
なるべく旧道や集落の中の道を走る。
写真:可愛らしい茅葺きの納屋
上桂川の沈下橋を渡って、土手を走る。
写真:上桂川の沈下橋
時代祭の先頭を飾る山国隊改め維新勤王山国隊の山国神社。丹波国山国郷の山国隊は因幡国鳥取藩に付属し、官軍に属し戊辰戦争に出兵した農兵隊。
写真:山国神社
上桂川沿いにはダートの道が続いていた。
写真:上桂川沿い
周山街道に出て、いつものように栗尾峠の旧道(トンネルができたので自転車と歩行者用道路になっている)を走り、川端康成「古都」の舞台である中川を通過。
写真:中川、北山杉の碑。
写真:中川の集落
写真:中川の「北山銘木協同組合」の建物
高雄からは御経坂の旧道を久しぶりに走った。
写真:御経坂の旧道
御経坂を下って長刀坂へ。
写真:長刀坂
長刀坂を下ると、広沢池に出る。夕暮れの愛宕山を眺めて、家路へ。
写真:広沢池
◎走行日:2024年11月6日
◎使用自転車:コメンサルMTB
◎峠:祖父谷峠、栗尾峠、笠峠(トンネル)、御経坂峠
◎行程:自宅9:15~9:48北大路大宮~10:11柊野~10:40雲ヶ畑~11:20雲ヶ畑(洛雲荘前)~12:27祖父谷峠~13:33井戸~14:16周山~14:40栗尾峠~15:15中川~15:40御経坂峠~16:02広沢池~16:20自宅
WINDCOG(ウインドコグ)で丹波黒豆 ― 2024/10/29
今年も丹波黒豆を分けてもらいに篠山へ行ってきました。
小径折りたたみ車の「ウインドコグ」で。
国道9号線、老丿坂を避けて、いつもの六丁峠、保津川沿い。
六丁峠、急坂ですが42×28が最大ローギアで問題ありませんでした。20インチですし。
保津川沿いを走って亀岡へ。ダートもそこそこあります。20×1/8のタイヤ6気圧。最近は700Cロードでも6気圧以下にしていますが、小径で細いタイヤなので仕方ありません。小径高圧なので、ダートは無事通過すること優先の走りになります。
亀岡盆地に入って、保津川を沈下橋で渡ります。
ちょうど保津川下りの舟が通過。外国人観光客が「ブラボー」と叫んで通過していました。ほんと、楽しそう。
ちょうど保津川下りの舟が通過。外国人観光客が「ブラボー」と叫んで通過していました。ほんと、楽しそう。
亀岡。国道沿いはロードサイド店ばかりですが、実は落ち着いた街並みが旧道エリアには広がっています。ちょうど「亀岡祭り」の準備で軒先には提灯が飾られていました。
亀岡祭りを以前見に行ったことがありますが、ちょうどよい人流と規模で、気持ちよく夜風に吹かれてそぞろ歩きできました。自宅(京都市右京区)からは、京都市内中心部に出かけるよりも、山陰線で亀岡に行くほうが所要時間が短いですし。
山鉾を持つ町内では、その準備中。
山鉾を持つ町内では、その準備中。
亀岡市街も旧道で抜け、湯ノ花温泉のところから、谷性寺へ。
明智光秀ゆかりの寺とされ、桔梗が有名ですが、この時期には誰もいませんでした。
明智光秀ゆかりの寺とされ、桔梗が有名ですが、この時期には誰もいませんでした。
養玄寺への小径も、自転車で走るのに最高。
旧 山陰道を走ります。クルマはバイパス化された国道372号を走るので、交通量少なく、誠に快適です。
旧街道沿いには、愛宕灯籠もあります。建立は文久年間。
天引の集落も旧道を走りました。天引トンネルを抜けると、丹波篠山市域です。
地元の方に弟子入りして今は丹波黒豆生産者になっている、元会社の同僚のお宅に着きました。
黒豆を3袋分けてもらいました。
黒豆の畑(この方の畑ではありません)。
近くにある、国鉄篠山線の終着「福住駅」跡を、今年も見学しました。
帰りは原山峠で。ガレたダートで、小径車には厳しい道ですが、パンクもせず無事走り抜けました。
峠を下ったところの集落。
大きな茅葺き屋根が遠くに見えたので、立ち寄ってみると摩気神社でした。
神社の入り口近くには、立派な倉庫が残っています。
自走で帰ろうかと思いましたが、せっかくの小径折りたたみ車なので、園部から輪行にしました。
輪行袋の中はこんな感じで折りたたまれています。
◎走行日:2024年10月24日(木)
◎使用自転車:WINDCOG
◎行程:自宅8:40~9:04六丁峠~10:00保津小橋~12:37丹波篠山市安口13:15~福住散策13:35~14:15原山峠~14:40摩気神社15:05~15:30JR園部駅=(山陰線)=嵯峨嵐山駅
◎峠:六丁峠、天引トンネル、原山峠
◎走行キロ:70km
丹波の秋 黒豆買いに ― 2023/10/19
丹波の秋。収穫の秋。丹波松茸はなかなか手に入らないが、黒豆は現地に行けば可能。
居酒屋によくある冷凍枝豆とは全くの別物。真に美味しい。10月の数週間だけしか出荷されない。
近接する京都市内でも、スーパーマーケット等には出回らないと思う。
近接する京都市内でも、スーパーマーケット等には出回らないと思う。
昨年末に会社の選択定年を選んだ元同僚の最終出勤日、たまたま私も出勤していて、「これからはこういうことで・・」と名刺を頂いた。
そこには「丹波篠山産 黒豆生産者」とあった。数年前、裸一貫黒豆生産の弟子入りを果たし、今では現地に拠点も構えて本格的に栽培されているとのこと。
秋晴れの一日、その方のところへ黒豆を分けてもらいに出かけた。
久々にお会いしたその方は、会社員の頃よりも断然爽やかなよい顔になっていた(失礼!)。
農は偉大なり。
写真:黒豆生産者になった元同僚
・走行日:2023年10月18日(水)
・自転車:グランボア55号ランドナー
・走行距離:111km
・峠:老ノ坂(219m)、天引峠(324m)、原山峠(348m)、六丁峠(181m)
・行程:自宅(京都市右京区)9:00〜9:48老ノ坂〜10:47養玄寺〜11:38天引薬師堂〜12:00天引峠〜12:19安口13:25〜13:28福住駅跡〜14:01原山峠〜14:29園部国道9号交差点〜15:05三俣川〜15:36請田神社〜15:55保津峡林道ピーク〜16:16六丁峠〜16:29広沢池周回観光道路交差〜16:42I’s Bicycle16:52〜17:02自宅
平日の国道9号老ノ坂を走るのは、実は初めて。やはり交通量が多かった。王子から旧道に入る。旧道沿いの亀岡の街は、趣がある。国道沿いのチェーン店や量販店が林立するバイパス的景観を亀岡だと思っていたら大間違い。
湯の花温泉のところから国道372(デカンショ街道)へ。バイパス化されている372号ではなく、旧道を繋いで走る。実に良い旧道が残っているのに、自転車でも新道を走る人が多い。旅情を求めるのではなく、トレーニングとしての走りなのだろうか。
写真:丹波の秋・亀岡郊外にて
刈り取った稲を乾かしている民家に出会う。ヤギが長閑に草を食んでいた。
写真:長閑に暮らしていると思われるヤギ
毎年、この道を走るときには養玄寺で一服する。
写真:養玄寺
クボタの農業用車両があった
写真:クボタの農業用ビーグル
旧道沿いには造り酒屋があったりする。
写真:平田酒造場「琉璃誉」
司馬遼太郎が「街道をゆく」で絶賛していた天引(あまびき)の集落。薬師堂がある。
写真:天引の薬師堂
天引峠はトンネルではなく、旧道(半分廃道のよう)を走った。亀岡側からの登りは、思ったより長かったが、篠山への下りは、あっという間。
写真:天引峠
目指す福住地区は、伝統的建造物群保存地区になっている。看板は上が南になっている。京都や亀岡方面は左。
写真:伝統的建造物群保存地区の説明板(丹波篠山市福住)
福住の街並み
写真2点:福住の街並み
安口(はだかす=集落名)にある、元同僚の家に到着。黒豆を分けて頂く。
昼ごはんもご馳走になってしまい、かたじけない。
会社勤めの時よりも、ずいぶん良い顔になっていらっしゃった。
安口を「はだかす」と何故読むのかは、丹波新聞の記事にはこうある。
黒豆の「さや取り機」も導入されている。
写真:黒豆さや取り機
リアルにお忙しい中おじゃましてしまい、辞する。
近くに国鉄篠山線(廃線)の終着駅であった福住駅跡があるので、見に行く。
写真:福住駅跡
帰路は天引峠ではなく原山峠を通ってみた。なんと、峠のピークから園部側は未舗装路だった。部分的ではなく、麓のムラに出るまでずっと。なかなか面白い。
写真:原山峠
原山峠からの道
写真:原山峠道
峠を下って園部に出て、亀岡盆地の北端の道を走る
写真:亀岡盆地の道
保津峡沿いに、いつもの六丁峠を通って、奥嵯峨へ。
保津峡は水量が減少していた。
写真:保津峡沿いに走る
写真:清滝川。保津川との合流地点付近。
いつものように広沢池の周りを走り、I’s Bicycleに立ち寄って帰宅した。
写真:広沢池。正面に愛宕山。
写真:I’s Bicycle
*走行ログ
おしまい
庚申塔など石像物・丹波の夜久野 ― 2023/03/06
自転車で走っていると石像物に出会うことが多い。自動車と違ってすぐに止まれるので、拝んだり写真に撮ったりしやすい。
石像物の多いエリアは景観も私好みであることが多い。
丹波の夜久野も、その一つ。JR山陰線上夜久野駅からのワンデイツーリングの記録。
写真:夜久野町田谷
写真:但東町河本
写真:但東町久畑
写真:但東町久谷
◇走行日:2021年2月14日(日)
◇使用自転車:TOEI650Aランドナー
◇行程:JR上夜久野駅9:25〜10:23天谷峠〜10:51但東町出合市場〜13:08神懸峠〜13:49坂浦トンネルの上旧道〜14:23喜多〜15:14上川口駅〜15:59下夜久野〜16:30(旧道の峠)〜16:52上夜久野駅
◇峠:天谷峠(351m)、神懸峠(396m)
※ 走行gpsログの軌跡
















































































































































































































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