2024北海道ツーリング16:宮古市女遊戸=気仙沼=京都 ― 2025/01/14
◆Day25:7月8日(月)晴れ 女遊戸=気仙沼
女遊戸8:02=9:00白浜峠=10:13千鶏=10:32寒風峠=11:43吉里吉里駅=12:11釜石=13:27道の駅さんりく(うに丼)=14:40陸前高田東日本大震災津波伝承館15:14=15:53気仙沼 ラ・ジェント・イン気仙沼(泊)
<畠山美由紀・小池龍平 コンサート:気仙沼 拓ホール>
<畠山美由紀・小池龍平 コンサート:気仙沼 拓ホール>
自転車走行:4km、自動車走行:191km
今日は宮古市から気仙沼まで、三陸自動車道は使わず下道を走る。東日本大震災の被災地を走ることになる。
宿のある女遊戸は海からはだいぶ上がったところにあるのだが、宿の少し下ったところには津波到達碑があり、こんなところまで波が来たのかと驚いた。
写真:宮古市女遊戸の津波到達碑
三陸海岸に突き出ている閉伊崎の灯台まで行こうとしたが、途中から道路がクルマ1台脱輪せずに走るのがやっと位の幅になったので、あきらめて引き返した。
鵜磯地区の津波到達碑。海面からずいぶんと高いところにある。
写真:津波到達碑(岩手県宮古市鵜磯)
重茂(おもえ)地区の大津波記念碑。
写真:岩手県宮古市重茂。
鵜磯地区。道路からは無人地帯に見えた。甚大な被害を受け、残った家屋も高台に移転したようだ。
写真:岩手県宮古市鵜磯
しばらく山中を走り、千鶏(ちけい)地区へ。明治三陸地震津波(1896年明治29年)と昭和三陸地震津波(1933年昭和8年)の碑と並んで東日本大震災での碑があった。
写真:岩手県宮古市千鶏の大津波碑。
近くに津波浸水区域の看板があった。ここでも、こんなに標高の高いところまで到達したとは信じられない。
写真:千鶏地区の浸水区域掲示
千鶏地区遠望。海から一定の標高までは更地になっていたことがわかる。
写真:千鶏地区遠景
寒風峠を越え、川代地区へ。東日本大震災、昭和、明治の大津波碑が並ぶ。
並んで1948年(昭和23年)に建立された「電燈電話架設記念碑」があった。
戦後しばらくまで電気がない生活というのは、当該エリアにおいて特別なことではなかったのだろう。
並んで1948年(昭和23年)に建立された「電燈電話架設記念碑」があった。
戦後しばらくまで電気がない生活というのは、当該エリアにおいて特別なことではなかったのだろう。
写真:岩手県宮古市川代
圧迫感を減らすためかロックフィルダムのような形状の防潮堤。
写真:岩手県下閉伊郡山田町大沢
三陸鉄道リアス線、吉里吉里駅へ。岩手県上閉伊郡大槌町にある。
写真:吉里吉里駅
釜石で「鉄の歴史館」を見学。
写真:鉄の歴史館
道の駅「さんりく」三陸ふるさと物産センターで生ウニ丼、1800円。
生ウニも沢山売っていたのでお土産にしようかと思って尋ねたところ、クール宅急便でも京都までは鮮度が保てないとのこと。やはり現地で頂くに限る。
生ウニも沢山売っていたのでお土産にしようかと思って尋ねたところ、クール宅急便でも京都までは鮮度が保てないとのこと。やはり現地で頂くに限る。
日にちが違うので比較にならないかもしれないが、これまでのウニ丼提供スポットよりリーズナブル。
写真:道の駅「さんりく」生ウニ丼
陸前高田で「東日本大震災津波伝承館」へ。
津波で潰れた消防車。
写真:東日本大震災津波伝承館
今日の目的地、気仙沼へ。気仙沼出身のシンガーソングライター畠山美由紀のコンサートがちょうど良いタイミングであることを知り、北海道の帰路、旅の締めを気仙沼にした次第。東日本大震災後に発表された「わが美しき故郷へ」をラジオで聴いて、衝撃をうけ、アルバムを全て購入し続けている。
写真:気仙沼駅
廃止された鉄道線路がバス専用道路になっていて、代替バスが走っている。踏み切りまである。
写真:気仙沼の鉄道代替バス
旅の締め。気仙沼で畠山美由紀コンサート。
60人規模の小さなホール。
そこは、かつて津波で全て失われてしまったエリア。復興支援事業でつくられた建造物が並んでいる。
60人規模の小さなホール。
そこは、かつて津波で全て失われてしまったエリア。復興支援事業でつくられた建造物が並んでいる。
ボーカルとアコースティックギターだけの構成。
ギター1本でここまでできるのかと驚いた。
観客は多分地元の人がほとんど。
スタートは軽やかなポルトガル語の曲で始まったが、「花の夜舟」になると、会場中、静かな涙。
ギター1本でここまでできるのかと驚いた。
観客は多分地元の人がほとんど。
スタートは軽やかなポルトガル語の曲で始まったが、「花の夜舟」になると、会場中、静かな涙。
「浜辺の歌」(唱歌の)を歌って、会場が涙涙になるのは、震災を経験した気仙沼だからか、畠山美由紀の歌唱力にあるのか。たぶんそのマリアージュだろう。
歌の合間のトーク掛け合いは笑いにあふれて楽しい雰囲気で、構成がよく練られていた。
最後は、9歳からの親友がピアノ伴奏で登場。地元開催ならでは。
「わが美しき故郷よ」を歌い、アンコールは「歌で逢いましょう」。
歌の合間のトーク掛け合いは笑いにあふれて楽しい雰囲気で、構成がよく練られていた。
最後は、9歳からの親友がピアノ伴奏で登場。地元開催ならでは。
「わが美しき故郷よ」を歌い、アンコールは「歌で逢いましょう」。
心洗われるコンサート。
写真:気仙沼 拓ホール
写真:コンサートの会場ポスター
◆Day26:7月9日(火)雨 気仙沼=京都
気仙沼7:05=9:11仙台南IC=(磐越道)=13:14阿賀野川SA(昼)13:43=14:10新潟中央JCT=(北陸道)=18:53尼御前SA(晩)19:28=20:38敦賀IC=(R161)=21:25道の駅安曇川21:45=23:04京都自宅
自転車走行:0、自動車走行:936 km
気仙沼港に寄ってから京都へ。長いドライブになる。
写真:気仙沼港
写真:出発時ガソリンスタンドから帰宅するまでの走行距離など
雨が強く降る中、気仙沼から京都までワンデイで帰宅。休憩は安達太良SA、西会津PA、阿賀野川SA(昼)、名立谷浜SA、尼御前SA(晩)、道の駅あどがわ の6ヶ所。
高速代節約のため北陸道敦賀インターで降りて国道161号を選んだが、夜の愛発越は大型トラックが峠道対向車線ぎりぎりに爆走してくるし、中央分離帯の無い湖西道路はやたら流れが速く、この選択は間違いだった。次回からは普通に北陸道から名神を走る。敦賀までで800km程走っている疲れもあるだろうが。ワンデイで936kmというのはこれまでで一番長い距離だが、特に身体のどこかが痛くなるとかいうことはなく走り終えた。
こうして26日間の北海道ツーリングを終えた。
自転車走行は875kmだが自動車では結果として5,634kmも走り、外形的には自転車ツーリングというよりドライブ旅行になってしまったのかもしれない。
自動車に自転車を積んで旅を組み立てるのは機動性があるが、
「荷物は自分たちで運べるだけ。
何も汚さず、何も損なわない。
そんな旅をマダムは『美しい』と表現した」
(グランボア2024カタログLeteより引用、土屋夫妻のフランスでの旅)
という文章に接したとき、自分の中での今回の旅の違和感のようなものが言語化された。荷物を積めるだけ積んでの自動車+自転車 旅行は美しくない、ちょっとeasy過ぎると思う次第。でも、やっぱり
広い北海道では有効だし。とはいえ、内地の移動距離でいうなら、京都から松江に行って、そこで自転車に乗り、次の日は広島に行って、翌日神戸まで戻って走りました、みたいなのはやっぱりなんだかなあ、と思ったりする。
北海道には、まだまだ自分の眼で見てみたいところがあるし、
「北海道には何がある?」
という問いかけにも、自分の中での回答は未だ。
今年も北海道へ出かけたい。
(追記 2025/6)今年は町内会の抽選で副会長になっているのと義母が骨折入院したこともあって長期間の旅は止めることにしました。また、次の機会に。
*2024北海道ツーリング1:京都=黒埼=青森=木古内=銀婚湯
*2024北海道ツーリング2:銀婚湯=木古内~松前~江差
*2024北海道ツーリング3:江差~貝取澗~木古内
*2024北海道ツーリング4:木古内=小樽=名寄
*2024北海道ツーリング8:天塩川温泉=五味温泉2024北海道ツーリング15:青森浅虫温泉=宮古市女遊戸 ― 2025/01/12
◆Day24:7月7日(日)晴れ 青森浅虫温泉=夏泊半島=八戸=宮古市女遊戸
自転車走行:0、自動車走行:261km
浅虫温泉道の駅7:29=7:58夏泊半島大島8:32=9:47道の駅小川原湖=11:36八戸=12:18種市(うに丼)12:52=13:58野田村にて20万キロ達成=15:00田野畑村民俗資料館15:50=16:41宮古市女遊戸(みやこしおなっぺ)民宿「治郎兵衛」(泊)
道の駅の車中泊でぐっすり眠れた。隣のクルマで車中泊していた人は、自分で絵本をつくり、各地のバザーやイベント会場でブースを開いているとのこと。道の駅には温泉が併設されていて朝7時から開くので、車中泊の人で風呂に行く人も少なからずいた。
青森県の津軽半島と下北半島の間に、それらと比べると小さいが夏泊半島というのがあって、そこはアイヌのコタンや遺跡も多くがあったりした興味深い場所。自転車で走る時にとっておきたかったが、まあいいかと思い、クルマで走った。
夏泊半島の先端にある大島。菅江真澄の碑や大町桂月の歌碑もあるが、大町桂月を知る人は今ではもう稀有だろう。漢籍の素養がないと、読んでもよくわからないと思う。もちろん、私も。
写真:夏泊半島・大島
写真:青森湾
写真:夏泊半島
写真:海鳥が多くいた
写真:夏泊半島・東田沢
道の駅「おがわら湖」でシジミラーメンを食べた。
ぷりぷりしたシジミが沢山入っていて、とても美味しかった。
写真:道の駅「おがわら湖」
写真:しじみラーメン
八戸市、想像していたよりも大きな街、を通過して、国道45号線を南下。三陸自動車道は走らず、地域の村々を繋ぐ国道を走った。
種市の食堂で「うに丼」3800円。
写真:種市の食堂でウニ丼
種市の防潮堤に登ってみた。
写真:種市の防潮堤
岩手県野田村で、クルマの走行が20万キロに達した。
12年落ちのガソリン4気筒車。これまで特筆すべき故障は無い。
写真:20万キロ達成
田野畑村を走っていると、「民俗資料館」の案内看板があったので立ち寄ってみた。
民具とかが展示してある普通の資料館かと思っていたら、なんと、一揆がメーンテーマだった。岩手藩の圧政に苦しんだ農民の一揆。仙台藩への直訴への道を辿って自転車で走りたい。
民具とかが展示してある普通の資料館かと思っていたら、なんと、一揆がメーンテーマだった。岩手藩の圧政に苦しんだ農民の一揆。仙台藩への直訴への道を辿って自転車で走りたい。
写真:田野畑村民俗資料館
宿は宮古市の女遊戸(おなっぺ)という集落にある民宿。
女遊戸とはアイヌ語で「小さな川のあるところ」と言う意味で、宮古地方にはアイヌ語語源の地名は他にもあるが、なぜこの漢字が当てられたのかは判らないと、宿に説明書きがあった。
写真:宮古市女遊戸 民宿「治郎兵衛屋」
*2024北海道ツーリング1:京都=黒埼=青森=木古内=銀婚湯
*2024北海道ツーリング2:銀婚湯=木古内~松前~江差
*2024北海道ツーリング3:江差~貝取澗~木古内
*2024北海道ツーリング4:木古内=小樽=名寄
*2024北海道ツーリング8:天塩川温泉=五味温泉おしまい
エロイカJAPAN2024「踊り子」144kmに参加 ― 2024/08/29
”エロイカ”という自転車イベントに初めて参加してきました。”エロイカ”とは、もちろんベートーヴェンの第3番交響曲の愛称と同じで”英雄”という意味です。
イタリア発祥の自転車イベントで、「参加者自身の努力において、困難を乗り越えること」がエロイカ精神とされており、参加者はその精神の尊重が求められています。詳しくはエロイカJAPANのサイトで。
レギュレーションでは、1987年までに開発された機構を使用すること(ビンディングペダルやディスクブレーキは不可)などが定められています。ウェアもウールを着用している人がほとんどで、クラシカルなスタイルで走ることが望ましい感じ。
なぜなら、「サイクリングやスポーツの新しい未来を創造するために過去から学ぼうとする活動」だからです。
2024年JAPANの大会は伊豆半島で開催され、コースは
・サムライ 183km
・踊り子 144km
・FUJI80 79km
・FUJI30 28km
の4つで、私は”踊り子”144kmに出走しました。
自転車は、イタリア車の「CASATI Gold Line」をチョイス。1990年に購入したモデル。当時としては珍しいワイヤーフル内蔵のエアロデザインです。カンパ スーパーレコードフルセットなので、レギュレーションにも合致しています。サイクルコンピューターは外して大会に臨みました。
写真:CASATIゴールドライン
写真:エアロデザインのwレバー
写真:カンパスーパーレコード 52×41
写真:カンパスーパーレコード。スプロケットは13.14.16.18.21.24 の6速。24でも問題なく使えた。
写真:リムはフィルのシリウス。チューブラ。
この自転車でレースや大会に出たことはなく、おまけに最大ローギアが41×24で、伊豆半島の急坂を登れるのかと心配していましたが、実際走ってみると、何の問題もなく、ダンシングは多用しましたがスルスルと気持ちよく登坂できました。イタ車は、不思議と良く走ります。踏むとスッと前に出て重たいギアを踏めるけど疲れが溜まりにくいとでもいうか。今回のCASATIが将にその通り。私が経験しているのは他にデローザ ネオプリマートと、制作所不祥のクラシックレーサーだけですが。
そんなこんなで当日の朝を迎え、2024年5月12日(日)午前6時、「韮山文化センター」をスタート。
写真:韮山文化センターのスタート/ゴール 地点
タイムや着順を競ってはいけないルールなので、普通のチーム練習的なスピードでスタートしたのですが、すぐに先頭になってしまいました。他の人の自転車を見ながら走りたいのですが、後ろがなぜか来ません。
しばらく走っていると1人追いついてこられたので、先頭は私が引き、湯ケ島までずっと2人で走りました。浄蓮の滝のところで後ろから1人いかにも脚力のある走りで追いついてこられたので、私は後ろに回りましたがそのスピードに着いていけず、一人旅になりました。
「天城越え」の天城山隧道(旧道)のところはダートでしたが、路面は良好で勾配も優しく、気持ちよく走れました。
写真:天城山隧道
写真:天城山隧道
大会なのに、前後に誰もおらず、個人ツーリングと同じ感じで松崎に到着しました(9:53)。
エイドステーションでは先着の2人が弁当を食べておられ、私も。
係りの人が、隣の「長八美術館」には参加者は無料で入れるとおっしゃるので、当イベントにせっかく協賛されているのに誰も行かないのでは今後の協賛にも差し障るのではないかと思い、私は1人で美術館を見学することにしました。左官の技である「鏝絵」の名人、長八さんの作品が主たる展示です。
写真:伊豆長八美術館
写真:こて絵の富士山
長八美術館を出発(10:28)し、仁科川を渡り(10:35)、仁科川沿いに峠を目指します。松崎からも一人旅で、道はだんだんと伊豆半島の脊梁へと登っていきます。
ダンシングも多用しながら気持ちよく走りました。午前中のダウンヒル、伊豆のループ橋のところはスピードが出るのですが、CASATIは誠に安定して何の不安もない走りだったことを思い出し、登りも下りも幸せな気分。
伊豆半島の稜線、仁科峠に到着(12:27)。
写真:仁科峠
ヒルクライムもこれで終わりかと思っていたら、一旦少し下ってから、稜線上を風早峠、吉奈峠、戸田峠へとつなぐ西伊豆スカイラインのアップダウンのほうがきつかったです。
地形の弱点をついて造られた古くからの道ではなく、自動車用にムリムリ作った道だからでしょう。
戸田峠からは急傾斜のダウンヒル。らららサンビーチのエイドには別コースの人たちが多数佇んでおり、参加されている自転車を鑑賞できました。
写真:カンパCレコード デルタブレーキ仕様のカーボンのコッピ
写真:大きな後歯を使えるように改造されたカンパ ヌーヴォレコード
らららサンビーチからは平地を流して走りました。
写真:海沿いを快走
富士山は雲に隠れて見えませんでした。
写真:富士山は裾野の一部だけ
ゴールすると、順位を競うイベントではありませんが、3番目に入ったということで、ステージに上がってインタビューを受けることになり、司会者の方から自転車を褒めてもらったりしました。
写真:ゴール会場にて
エロイカ2024 スタンプ
エロイカJAPAN2024の参加記念品
前泊した旅館のクラシックカーも会場の駐車場で見かけました。お手伝いに来られていたのでしょうか。
写真:クラシックカー
会場を後にし、かつては勤務先の健保組合の保養所、今は一般利用もできる熱海の施設に泊まって、帰りました。
写真:熱海の元保養所
◎走行日:2024年5月12日(日)
◎催事名:エロイカJAPAN2024
◎使用自転車:CASATI Gold Line
◎行程:韮山文化センター6:00〜6:30修善寺〜7:00湯ケ島〜7:51天城山隧道〜8:18河津ループ橋〜8:42峰山トンネル〜9:33婆娑羅隧道〜9:53松崎(長八美術館)10:28〜10:35仁科川〜12:27仁科峠〜13:28戸田峠〜13:59らららサンビーチ14:12〜14:38口野橋〜14:52韮山文化センター
◎走行距離:145km
◎峠:天城山隧道(707m)、仁科峠(892m)、風早峠(780m)、南無妙峠(669m)、吉奈峠(668m)、船原峠(594m)、戸田峠(733m)
走行ログ(クリックして拡大)
山サイ研集中ラン 上野村・中ノ沢林道(2024/4) ― 2024/08/28
”山サイ研”とは「山岳サイクリング研究会」の略称で、自転車を担いで山道を数時間歩いたりすることも平気な人たちの集まり。本拠地は東京なので、私は東京に転勤した今から20年程前に入れてもらいました。
その集中ランに参加してきました。
コースは、群馬県上野村、御巣鷹山の北面、「中ノ沢林道」という日航機事故のときには関係車両が走り回ったであろう林道。普段はゲートが閉じられていますが、ちゃんと通行許可をもらっての実施です。
羽田から伊丹に向かう日航機123便が墜落したのは1985年の8月12日、私が就職した年で、翌朝、会社の独身寮に届けられた朝刊で知った衝撃は大きかったです。当日は休みで出かけていてTVを見ることもなかったので。
日本航空の大阪支社は当時、私の勤務先のビルに入居しており、テレビで「日本航空大阪支社から」という時には、いつも職場のビルが映っていました。
いうまでもなく大事故なわけで、現場へは、大阪からも社有車やハイヤーで現場に向かうなど緊迫していたのでしょうが、営業職場の1年生である私には関与できることはなく、新聞やテレビで知る情報以上のことは何もありませんでした。
そんなことを思い出しながらも、山サイ研の人たちのホームグラウンドである西上州を走りたいというのが主たる動機で参加してきました。
◎行程
・2024/4/5(金)京都市内自宅19:45=(中央道)=23:55諏訪湖SA車中泊
・4/6(土)諏訪湖SA=9:00佐久穂町「篠屋旅館」(車デポ)9:15〜10:00小海駅〜11:05白岩〜12:10ぶどう峠12:25〜13:12上野村三岐(木森れ陽 宿泊施設・しおじの湯)・浜平〜13:45川の駅「上野」14:10〜14:25「木森れ陽」泊.。 走行距離:54km
・4/7(日)「木森れ陽」8:22〜8:47中ノ沢林道ゲート〜10:20中ノ沢本谷〜11:05御巣鷹山トンネル〜12:00本谷分校跡地〜12:15上野ダム12:25〜12:32「しおじの湯」13:08〜13:15R299〜13:25黒川〜15:08十石峠15:16〜16:06海瀬駅〜16:27佐久穂町「篠屋旅館」泊。走行距離:78km
・4/8(月)篠屋旅館=京都
◎使用自転車:グランボア650Bランドナー55号
◎峠:ぶどう峠(1502m)、十石峠(1352m)
*走行ログ(クリックして拡大)「Trail Note」ソフトで作成
ログはiPhoneアプリ「スーパー地形」で計測
[4月6日(土)晴れ]
集中ランが終わった後に宿泊する長野県佐久穂町「篠屋旅館」に車をデポさせてもらい、スタート。
写真:長野県佐久穂町「篠屋旅館」
旅館を出てすぐ、天神橋で千曲川を渡り、国道の対岸、右岸を走ってJR小海駅へ。
途中、秩父困民党の鎮魂碑があり、手を合わせて六字名号を唱えました。
写真:「秩父困民党散華之地」
小海駅から相木川沿いに、ぶどう峠を目指します。「白岩」という集落が峠にかかる手前にあり、バイパスを外して集落内を走ってみました。
写真:ぶどう峠の手前、「白岩」集落
ぶどう峠へは明るい道で気持ちよく走れました。
写真:ぶどう峠への道
ちょうど昼頃にぶどう峠に着きました。
写真:ぶどう峠
県境を越えて群馬県に入ると、東斜面になるので午後からの陽が当たらず、暗く寒くて地形的にも急坂になり、緊張感を持って下りました。残雪もありました。
写真:ぶどう峠(群馬側)
明日走る、中ノ沢林道との出会いまで下りました。
写真:左の道が中ノ沢林道
きれいな沢沿いに走ります。
写真:上野村三岐への道
写真:中ノ沢 集落
「しおじの湯」に着きました。宿の「木森れ陽」は、すぐ近くにあります。
サイクリストに愛された「浜平鉱泉奥多野館」跡や「川の駅上野」まで行ってみました。すぐ近くです。
写真:浜平
写真:浜平鉱泉奥多野館(跡)
[4月7日(日)晴れ]
宿舎には、山岳サイクリングの強者らしい、様々な自転車が並びます。
一世を風靡した「イエティ アルティメイト」のフロントカンティ台座を使ってフロントキャリアをインストール、前だけディスク台座新調。
写真:イエティ アルティメイト改
今回の集中ランでお世話になった自転車ツーリング専門店「オオマエジムショ」のパスハンター。フォークの曲がりが、まさしくパスハン。
写真:「アプレ」パスハンター
などなど。他にも興味深い自転車が多数。
宿を出て、中ノ沢林道入り口で集合。
写真:山サイ研中ノ沢林道入り口にて
中ノ沢林道を走ります。
写真:中ノ沢林道
私は、この後十石峠を越えて長野県佐久穂町の「篠屋旅館」まで戻らないといけないので、一人先に行かせてもらいました。
日航機事故の遺族の参拝にも有益な「御巣鷹山トンネル」を過ぎると林道のピークも近いです。トンネルは一般には通行できず、今回も入り口を横目に通過するだけです。
写真:御巣鷹山トンネル
ピークを過ぎるとダイナミックなダウンヒル。
写真:中ノ沢林道の下り
上野ダムに出ます。
写真:上野ダム
スタート地点の「しおじの湯」に戻り、昼食。
写真:しおじの湯
トンカツ定食が美味しかったです。

写真:しおじの湯のトンカツ定食
国道462号まで下って、十石峠を目指してひたすら登ります。
途中、景色の良いところで1回休みました。
写真:十石峠へ
十石峠に着き、展望台にも上りました。国道に出てから峠まで2時間弱でした。
十石峠(1352m)
写真:十石峠
スルスルと安定した42Bタイヤの感触を楽しみながらのダウンヒルです。
写真:道祖神と
写真:長野県側。里に下る。
小海線八千穂駅のところの造り酒屋、黒澤酒造前で一休み。宿は、すぐ先です。
写真:黒澤酒造
予定通りの時間に「篠屋旅館」到着。上品な和風旅館で、お風呂も広く、なかなか良かったです。 おしまい。
写真:篠屋旅館の部屋
*走行ログ(クリックして拡大)
関東平野ライド〜喧騒無縁、鬼怒川と利根川の合流地点など ― 2024/03/23
宇都宮での法事の後、斯界の大先達にお願いして、関東平野のライドを組んでいただきました。主として常総市のエリアです。
地元を知悉されているだけあって、喧騒とは無縁な、小技の効いた、歴史を感じさせる味わい深いコースでした。誠にありがとうございました。
前日に守谷に入り、ビジネスホテルに宿泊。集合場所までお仲間がクルマで迎えに来られ、大変恐縮しました。その方の自転車を拝見して、びっくり。手間をかけたヒストリックな1台。只者ではありません。
写真:その方の自転車。
写真:ステムに鎮座するネコ
スタートして、鬼怒川の堤防を走ります。鬼怒川といえば有吉佐和子の小説『鬼怒川』で名を馳せたかもしれませんが、その伏流水を用いた宇都宮酒造の「四季桜」など、栃木の清流としての存在も思い起こされます。遙か正面には、雪雲が滞留しているのが見えました。山で雪を落として関東平野は快晴。
写真:鬼怒川に沿って走る
振り返ると遠くに富士山が見える箇所や、コーヒーミルのコレクションが並んでいる、美味なコーヒー店にも案内してもらいました。
快晴の下、水海道の板野家住宅へと小径を繋いで走りました。坂野家住宅は”水海道風土博物館”になっており、見学ができます。まずは、広大な敷地の板塀で自転車を撮影。
写真:先達のTOEI
写真:HIROSEのランドナー
写真:HIROSEの変速機など
写真:水海道の「坂野家住宅」国指定重要文化財
京都周辺には茅葺き民家が相対的に多く残っていますが、これだけの規模のものは知りません。古くから開発された地域では、領地が細分化されて複雑な所有関係であったりして、突出した規模の豪農が存続し難かったのかもしれません。この坂野家は新田開発で豪農としての基礎を固めたとのこと。
写真:坂野家住宅の屋根
写真:坂野家住宅の内部。
欄間や建具の造作も見事でした。
写真:坂野家住宅の門で記念撮影
坂野家住宅を出て、長閑な道を走って昼食場所へ。
写真:ダートの道が残っていました。
昼食の後、「弘経寺(くきょうじ)」へ。
写真:弘経寺の巨木
写真:弘経寺にて
写真:弘経寺の彫り物
鬼怒川が利根川に合流する「剣先」に向かいます。
写真:鬼怒川沿いを快走 (撮影は同行のFさん)
途中で、平地林が残っているところを通りました。平地林は近畿地方に住む者には、とても珍しく感じます。周囲の開発が進む前は、パターソンの絵画のような世界だったのかもしれません。
写真:平地林
しいたけの原木を作っていたけど、福島の原発事故で被害を受けたとのことです。
写真:平地林の中を走る
しばらく走ると、洪水時の遊水池となる広大な農地が現れました。
写真:広大な農地
関東平野ならではのビッグスケールを体感してからは、再び鬼怒川沿いに剣先を目指します。
写真:剣先へ
剣先には模型飛行機用の飛行場がありました。自転車を置き、徒歩で剣先の先端へ。
写真:剣先。左が鬼怒川で右が利根川。
鬼怒川や利根川を源流近くまで遡る自転車ツーリングをしてみたいと思いました。
帰路、メンバーのFさんのご自宅で小休止。
自転車工作部屋には、工夫された本格的な金属加工機械もありました。
購入した部品をチョイスするだけでなく、加工や修理や改良を自分でこなして自分の自転車を作り上げるという、クリエイティブな楽しみ方をされています。機材に関する理解のレベルが違います。今日はそんな方ばかり。
購入した部品をチョイスするだけでなく、加工や修理や改良を自分でこなして自分の自転車を作り上げるという、クリエイティブな楽しみ方をされています。機材に関する理解のレベルが違います。今日はそんな方ばかり。
こんな感じで、貴重な体験でした。ありがとうございました。
□走行日:2024年3月3日(日)
□使用自転車:グランボア650Bランドナー(oyakata10号)
□走行エリア:守谷市、常総市の主として鬼怒川沿い
□走行km:46km
☆同行頂いた方のブログを教えてもらいました。このエリアを丁寧に走られており、地域の魅力が伝わります。https://the4thcat.exblog.jp/i13/
弘南鉄道大鰐温泉駅から弘前ポタリング ― 2023/06/27
弘前という街には、なんと私鉄の弘南鉄道の路線が2本もあり、それぞれ起点の駅が違う。
大鰐温泉への大鰐線の弘前市内の起点駅は「中央弘前」駅。
黒石へは江南線で「弘前」駅が起点。
ヨーロッパの街のようである。欧州の駅名方式にするなら「中央弘前」駅は「大鰐温泉」駅、江南鉄道の「弘前」駅は「黒石」駅であってもよいのだが、日本では混乱が生じるだけだろうから、現状のままでよろしい。
今回、大鰐線のサイクルトレイン(自転車を予約なしでそのまま電車に載せられる)で大鰐温泉駅まで行き、帰りは岩木山を眺めながらポタリングで弘前市街に戻った。
写真:弘南鉄道中央弘前駅
写真:弘南鉄道大鰐線車内
写真:弘南鉄道大鰐温泉駅
青森県の住宅には、妙に2階が大きいバランスのものがそこそこある。
大工さんの流儀があるのだろうか?
写真:大鰐温泉駅付近の住宅
以前、津軽半島を走った時に出会った建物がまさしく上半身が大きい感じ。ねぷたを連想させるかも。
写真:津軽半島の住宅(2016年ツーリング時に撮影)
写真:津軽半島の旅館建築(2016年ツーリング時に撮影)
大鰐温泉から弘前への旧道を走る。岩木山が目に飛び込んできた。
前日、百沢コースから登山を試み、敗退した雪渓もはっきりとわかる。
写真:岩木山
写真:水田と岩木山
りんご畑の中、小さな社があった。
茅葺の民家はほとんど残っていないが、立派なものに出会えた。
りんご畑と民家。
昼食は弘前市内に戻って、石場旅館の敷地内のバーのマダムに勧められたうなぎ屋さんで。久々に美味しい鰻重を食べることができた。
弘前城の側、旧武家屋敷地区からも岩木山が望める。
写真:弘前城下、旧武家屋敷地区からの岩木山
司馬遼太郎「街道をゆく41 北のまほろば」に登場する石場屋酒店で買い物をして帰る。
週刊朝日最終号にも登場。「北のまほろば」の最後に紹介されている出稼ぎに出発するお父さんへの詩を書いた小学生の女の子は、地元のディーラーで働き、お父さんは今もりんごを栽培しているとのこと。
写真:石場屋酒店
おしまい。
2018GW東北・温泉宿の旅 ― 2020/04/11
2018年のゴールデンウィーク(GW)、カレンダー回りがよくて長期休暇がとれるので、東北への旅を思い立った。
峠と温泉三昧の計画をたてたが、旅のメインに考えていた峠の数々が未除雪のため通行止めになっていて、計画は大幅に変更となった。道路情報をちゃんと確認しておくべきだった。GWだと東北ツーリングには早すぎる。とはいえ、温泉宿をつないで走ることはできて、気持ちよく思い出深い旅ができた。
出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の山岳信仰や松尾芭蕉「奥の細道」、森敦の小説「月山」、藤沢周平のフィールド、偶然出会った戊辰戦争の激戦地など東北への興味は尽きない。今は長閑に見える東北の山村だが、奥羽越列藩同盟と西軍(官軍)の厳しい歴史があったことを知った。
今度は、夏に来たい。
写真:村上市からスタート。村上市内の「きっかわ」鮭のお店。
写真:村上市内
写真:雷(いかづち)峠
写真:十王峠から望む月山
写真:田麦俣
○走行日:2018年4月27日夜~5月3日(車中1泊+5泊6日)
○宿泊地:4/28新潟県村上市「扇屋旅館」、4/29山形県鶴岡市湯田川温泉「隼人旅館」、4/30山形県西川町志津温泉「柏屋旅館」、5/1山形県大蔵村肘折温泉「金生館」、5/2山形県大崎市鬼首温泉「大新館」
○使用自転車:TOEI700Cランドナー
○峠:雷峠(298m)、関川峠(275m)、一本木峠(256m)、大日坂(58m)、十王峠(485m)
※計画していたが、除雪してなくて通行止めで越えられなかった峠・・楠峠(298m)、塞ノ神峠(510m)、大越、十部一峠(869m)、花立峠(796m)
○行程:4/27夜 京都=(北陸道)=尼御前SA(車中泊)
4/28 尼御前SA8:30=(北陸道)=12:40村上「扇谷旅館」デポ。村上市内観光ポタリング。
4/29 扇屋旅館7:55~9:35笹川流れ(笹川)~11:03JR府屋駅~13:00雷~13:12雷峠~13:45関川峠(峠からは積雪のためトンネルに引き返す)~14:22一本木峠~15:40大日坂~15:50湯田川温泉「隼人旅館」
4/30 隼人旅館8:30~藤沢周平記念碑8:42~鶴岡城址・藤沢周平記念館9:55~11:45十王峠~11:57注蓮寺~12:51(塞ノ神峠目指すが積雪で引き返す)~13:35田麦俣(地元の人の軽トラに乗せてもらう=道路が除雪未開通で自動車専用道路のみ通行可能のため)=14:50月山沢~15:40志津温泉「柏屋」
5/1 柏屋8:00~8:54湯殿山神社~「月山の酒蔵資料館」10:11~10:45白岩小学校~11:00慈恩寺(昼食そば屋)12:04~12:27紅花資料館~13:52最上川・三ケ瀬橋~15:25大浦橋~16:14烏川大橋~17:30肘折温泉「金生館」
5/2 金生館7:50~(鍵金野開拓地)~9:35大蔵村役場~11:00JR長沢駅~11:40潮見温泉~13:00JR最上駅~14:00尿前・封人の家~14:40鳴子温泉~15:30鬼首温泉「大新館」
5/3 大新館7:48~8:58JR鳴子温泉駅(輪行)10:06=新庄=余目=13:18村上(デポ地・扇谷旅館カフェで昼食)扇屋旅館14:00=(北陸道)=22:25京都自宅
写真:走ったルート(クリックで拡大)
写真:銀山温泉の奥、開拓地の桜と雪
写真:封人の家。松尾芭蕉「奥の細道」
写真:鬼首(おにこうべ)温泉。大新館。温泉も部屋も料理も、気持ちの良い宿。
☆詳しくはGoogleフォトで(179枚)
2016GW津軽・龍飛崎へ ― 2016/05/04
2016GWは津軽半島龍飛崎へ、陸路で自転車・鉄道・自動車の3つを堪能しました。
太宰治「津軽」の舞台です。
自転車はグランボア700Cデモンタブル。タイヤはグランボア セールブリュ26Cエキストラレジェ、2日間で270Km走りました。自動車は京都市内のガソリンスタンドでメーターをリセットしてから1792km、23時間13分走行、平均時速77km/h、平均燃費16.7km/Lでした。鉄道は津軽鉄道とJR五能線に乗車。自転車で五能線沿いに走った道や景色を、今度は鉄道から眺めるのも良かったです。
<感想など>
・龍飛崎、西海岸からは、500m登って下る。昔からの道ではなく、近年にムリムリ作った道なので「峠」名は無いが、なかなか雄大な「峠」が手前にあると認識する必要。京都の花脊峠を鞍馬側から登るのと同じ比高。
・津軽半島の街や集落景観は、なんとも形容しがたい。家の形や屋根の色、造作もバラバラで街や集落としてのまとまりが少ない。古いものが上手に残っているケースにはほとんど出会えなかった。景観の「今」を伝える写真を撮りたかったが写真の腕として難しく、例外的に残っている「民家」の写真中心になってしまった。
・観光スポットは整備されているが、観光スポット以外の、面としての地域の魅力の広がりが感じられにくい。
・観光ポイントではない、「津軽」のさりげない魅力とは何なのか、自分は何を求めてわざわざ津軽まで来たのか自問自答する旅でもあった。
・五能線の景色は素晴らしい。撮影したくなるポイントが多い。
太宰治「津軽」の舞台です。
自転車はグランボア700Cデモンタブル。タイヤはグランボア セールブリュ26Cエキストラレジェ、2日間で270Km走りました。自動車は京都市内のガソリンスタンドでメーターをリセットしてから1792km、23時間13分走行、平均時速77km/h、平均燃費16.7km/Lでした。鉄道は津軽鉄道とJR五能線に乗車。自転車で五能線沿いに走った道や景色を、今度は鉄道から眺めるのも良かったです。
<感想など>
・龍飛崎、西海岸からは、500m登って下る。昔からの道ではなく、近年にムリムリ作った道なので「峠」名は無いが、なかなか雄大な「峠」が手前にあると認識する必要。京都の花脊峠を鞍馬側から登るのと同じ比高。
・津軽半島の街や集落景観は、なんとも形容しがたい。家の形や屋根の色、造作もバラバラで街や集落としてのまとまりが少ない。古いものが上手に残っているケースにはほとんど出会えなかった。景観の「今」を伝える写真を撮りたかったが写真の腕として難しく、例外的に残っている「民家」の写真中心になってしまった。
・観光スポットは整備されているが、観光スポット以外の、面としての地域の魅力の広がりが感じられにくい。
・観光ポイントではない、「津軽」のさりげない魅力とは何なのか、自分は何を求めてわざわざ津軽まで来たのか自問自答する旅でもあった。
・五能線の景色は素晴らしい。撮影したくなるポイントが多い。
写真:五能線に沿って、西津軽を走る
写真:五能線 小入川鉄橋
写真:津軽半島「小泊」 太宰治と子守の「たけ」再会の像。太宰治「津軽」参照。
☆写真、詳しくはGooglePhotosで(119枚)
4/28(木)【自動車】京都21:30→(湖西道路で敦賀から北陸道)→4/29(祝)0:40北陸道尼御前SA<車中泊>7:30→9:30上越JCT→10:25長岡JCT→11:50朝日まほろばIC(この先一般道)→12:45あつみ道の駅<昼食>13:20→(由良から国道7号線を外れて県道50号線=海岸沿い)→14:18庄内空港IC(日本海東北自動車道)→14:34酒田みなとIC(この先一般道)→15:40金浦IC(日本海東北自動車道-秋田自動車道)→17:00能代南IC(この先一般道)→17:22JR能代駅前<泊> 自動車走行900km:平均燃費15:8Km/L(京都から能代まで無給油で走れた)※クルマは旅館の駐車場にデポ
☆写真、詳しくはGooglePhotosで(119枚)
4/28(木)【自動車】京都21:30→(湖西道路で敦賀から北陸道)→4/29(祝)0:40北陸道尼御前SA<車中泊>7:30→9:30上越JCT→10:25長岡JCT→11:50朝日まほろばIC(この先一般道)→12:45あつみ道の駅<昼食>13:20→(由良から国道7号線を外れて県道50号線=海岸沿い)→14:18庄内空港IC(日本海東北自動車道)→14:34酒田みなとIC(この先一般道)→15:40金浦IC(日本海東北自動車道-秋田自動車道)→17:00能代南IC(この先一般道)→17:22JR能代駅前<泊> 自動車走行900km:平均燃費15:8Km/L(京都から能代まで無給油で走れた)※クルマは旅館の駐車場にデポ
4/30(土)【自転車】能代駅前「駅前旅館」7:10~(基本的にJR五能線沿いのなるべく細い道を走る)~8:45泊の坂~9:40小入川鉄橋~10:10チゴキ崎灯台~11:15森山トンネル付近(鉄道写真)~11:42陸奥岩崎駅~12:20へなし灯台&五能線全通記念碑~13:50深浦文学館~15:00驫木駅~15:30千畳敷~15:50北金沢漁港~16:20赤石川基橋~16:40鰺ヶ沢・石岡旅館<泊>
5/1(日)【自転車】鰺ヶ沢・石岡旅館7:00~8:10木造出来島~8:44埋没林~9:20木造大湯町~9:35木造館岡(大きな家)~9:50木造筒木坂(どうきさか)~11:00十三<昼食>~11:38十三湖大橋~12:20小泊(太宰再会公園他)13:10~13:40傾り石(竜飛崎への登り開始)~14:30国道ピーク~14:53龍飛崎15:06~15:13三厩湾梹榔(ひょうろう)~15:38三厩漁港~16:00今別~16:50小国峠~ゆまなみトンネル17:20~18:00津軽中里・坂田旅館<泊>
5/2(月)【鉄道&自動車】津軽中里・坂田旅館~津軽鉄道「津軽中里」駅(輪行)7:52→8:05金木(乗り換え待ち時間に斜陽館)8:46→9:06五所川原(待ち時間に市内散策)JR五能線普通列車10:26→12:14深浦(待ち時間に資料館&美術館見学)13:36→15:16能代 「駅前旅館」デポ地15:30→15:50能代南IC→18:05酒田みなとIC→19:50朝日まほろばIC→20:45黒埼PA(食事)→21:42長岡JCT→22:23上越JCT→23:20有磯海SA<車中泊>5/3(祝)6:35→7:45尼御前SA8:15→10:13小浜IC→(周山街道R162)→11:35周山→12:30自宅
5/1(日)【自転車】鰺ヶ沢・石岡旅館7:00~8:10木造出来島~8:44埋没林~9:20木造大湯町~9:35木造館岡(大きな家)~9:50木造筒木坂(どうきさか)~11:00十三<昼食>~11:38十三湖大橋~12:20小泊(太宰再会公園他)13:10~13:40傾り石(竜飛崎への登り開始)~14:30国道ピーク~14:53龍飛崎15:06~15:13三厩湾梹榔(ひょうろう)~15:38三厩漁港~16:00今別~16:50小国峠~ゆまなみトンネル17:20~18:00津軽中里・坂田旅館<泊>
5/2(月)【鉄道&自動車】津軽中里・坂田旅館~津軽鉄道「津軽中里」駅(輪行)7:52→8:05金木(乗り換え待ち時間に斜陽館)8:46→9:06五所川原(待ち時間に市内散策)JR五能線普通列車10:26→12:14深浦(待ち時間に資料館&美術館見学)13:36→15:16能代 「駅前旅館」デポ地15:30→15:50能代南IC→18:05酒田みなとIC→19:50朝日まほろばIC→20:45黒埼PA(食事)→21:42長岡JCT→22:23上越JCT→23:20有磯海SA<車中泊>5/3(祝)6:35→7:45尼御前SA8:15→10:13小浜IC→(周山街道R162)→11:35周山→12:30自宅
1000km走 ― 2015/11/04
写真:岩手山をバックに
1000km走をした。自動車ですけど。
1週間前、自転車チームで琵琶湖1周をした際、「来週は1000km走って、4日かけてサイクリングするんです」と話したところ、
「1日250kmの4日間ですか!いい練習になりますね」とあっさり言われて「いやいや、自動車で1000km走ってデポ地に行き、そこからサイクリングなんです」「なんだ、そうですか」こんな感じの会話。
「1000km走る」と聞いて何を思い浮かべるかは、個人によって随分異なる。自転車レースを真面目にやっている人なら1ヶ月の走行km、ランニングの人だと実業団レベルの練習量か。クルマだと1ヶ月の標準的走行キロ数とされているようだ。
今回の私の場合は、往路は1.5日かけて京都から東京経由、盛岡の北、岩手県岩手町沼宮内まで。復路はワンデイで磐越道から北陸道経由京都まで。往復で2102km、平均燃費16.1km/l、平均速度86kmという内容であった。
ドライブではなく、自転車で北上山地を走るため、自転車を運ぶのが主目的。新幹線でなくてクルマにしたのは、自分で運転して、東北への距離感を感じてみたいと思ったから。
ひたすら遠くまで運転してみたいという思いもあったのも正直なところだが、荒野を自分ひとり1台だけ走るのではなく、公共の道路なので、クルマの運転においては体力・集中力的に安全を担保できなければ駄目で、限界を極めてはいけない。クローズドなコースで行われる耐久マラソンレースなどでは、自分を限界まで追い込んで、倒れてしまっても自己責任で、他人に迷惑はそれなりにかかるけれども、他人の生命を奪ったりするリスクは無い。でも、クルマだと、限界まで疲れて、事故を起こしたのでは自分自身へのダメージはともかくとして、社会的にも言語道断である。公共の空間での自動車の「耐久走」は、決してやってはいけないのである。
過労運転による悲惨なバス事故を契機として、現在ではバスの場合、ドライバー1人が交代乗務なしで運転できるのは昼間運転なら1日に原則500km、夜間なら原則400kmと定められている。安全のためのひとつの基準であろう。
ということで若干、逡巡したが、過去の経験から1日700kmでは、どうもなかったので、睡眠時間をしっかりとれば大丈夫だろうと判断して実行した。
大阪-東京往復が1000kmなので、大阪の工場や職場から東京に荷物を運んで1日で帰ってくる、とか仕事では経験した人もけっこういらっしゃるだろうし。
私の場合、普段通勤や仕事で車を運転することは全くない、いわばサンデードライバーであり、1000キロ走というのはそうあることではないので、備忘録として残す。
【走行記録】(飲食の記録は自販機等レシートが無いものは含まず)
・金曜:仕事を終えてから京都の自宅を出発20:30→京都東インター→新名神→四日市JCTで分岐を間違えて名古屋高速経由東名→美合PA(休)→0:06浜松SA<車中泊>
・土曜:浜松SA(リボビタンD¥157、6:54)→8:55海老名SA(休)→9:45東京IC→首都高(事故渋滞)→11:05川口JCT→東北道→矢板北PA(昼食・ほうじ茶、アーモンドグリコ、ミルミル、ダースチョコ \499、13:08)→菅生PA(給油53L、15:04)→15:48志波姫PA(休)→17:10西根IC→(下道)→17:30沼宮内(旅館 泊)
・日曜:自動車は旅館の駐車場にデポさせてもらい、自転車ツーリング
・月曜:自転車ツーリング。翌朝は早いのと京都までの運転があるため午後8:00には寝る。テント山行みたい。
・火曜:4時起床。5:07発宮古駅からJR山田線の始発で7:17盛岡着、沼宮内へ(輪行)、デポ地に戻る。
沼宮内8:28→8:58西根IC→菅生PA(昼食、ブラックガム、飲むヨーグルト \281、11:50)→(磐越道)→磐梯山SA(コーヒー、パン \280,13:23)→(北陸道)→黒埼PA(給油48L、15:10)→小矢部川SA(夕食=海鮮丼、リボD \1654、18:04)→賤ヶ岳SA(レッドブル\205、20:31)→20:53米原JCT→21:40京都東IC→(下道)→(GSで給油36L、22:02)→22:15自宅着
だいたい想定通りのペースであった。基本、法定速度で走ったので、楽だった。私の場合運転の疲れは眼からくるので、法定速度だと動体視力的に眼への負担が少ないのであろう。特に疲れを感じたり特筆すべきことはなく、無事、終了した。
1000km走をした。自動車ですけど。
1週間前、自転車チームで琵琶湖1周をした際、「来週は1000km走って、4日かけてサイクリングするんです」と話したところ、
「1日250kmの4日間ですか!いい練習になりますね」とあっさり言われて「いやいや、自動車で1000km走ってデポ地に行き、そこからサイクリングなんです」「なんだ、そうですか」こんな感じの会話。
「1000km走る」と聞いて何を思い浮かべるかは、個人によって随分異なる。自転車レースを真面目にやっている人なら1ヶ月の走行km、ランニングの人だと実業団レベルの練習量か。クルマだと1ヶ月の標準的走行キロ数とされているようだ。
今回の私の場合は、往路は1.5日かけて京都から東京経由、盛岡の北、岩手県岩手町沼宮内まで。復路はワンデイで磐越道から北陸道経由京都まで。往復で2102km、平均燃費16.1km/l、平均速度86kmという内容であった。
ドライブではなく、自転車で北上山地を走るため、自転車を運ぶのが主目的。新幹線でなくてクルマにしたのは、自分で運転して、東北への距離感を感じてみたいと思ったから。
ひたすら遠くまで運転してみたいという思いもあったのも正直なところだが、荒野を自分ひとり1台だけ走るのではなく、公共の道路なので、クルマの運転においては体力・集中力的に安全を担保できなければ駄目で、限界を極めてはいけない。クローズドなコースで行われる耐久マラソンレースなどでは、自分を限界まで追い込んで、倒れてしまっても自己責任で、他人に迷惑はそれなりにかかるけれども、他人の生命を奪ったりするリスクは無い。でも、クルマだと、限界まで疲れて、事故を起こしたのでは自分自身へのダメージはともかくとして、社会的にも言語道断である。公共の空間での自動車の「耐久走」は、決してやってはいけないのである。
過労運転による悲惨なバス事故を契機として、現在ではバスの場合、ドライバー1人が交代乗務なしで運転できるのは昼間運転なら1日に原則500km、夜間なら原則400kmと定められている。安全のためのひとつの基準であろう。
ということで若干、逡巡したが、過去の経験から1日700kmでは、どうもなかったので、睡眠時間をしっかりとれば大丈夫だろうと判断して実行した。
大阪-東京往復が1000kmなので、大阪の工場や職場から東京に荷物を運んで1日で帰ってくる、とか仕事では経験した人もけっこういらっしゃるだろうし。
私の場合、普段通勤や仕事で車を運転することは全くない、いわばサンデードライバーであり、1000キロ走というのはそうあることではないので、備忘録として残す。
【走行記録】(飲食の記録は自販機等レシートが無いものは含まず)
・金曜:仕事を終えてから京都の自宅を出発20:30→京都東インター→新名神→四日市JCTで分岐を間違えて名古屋高速経由東名→美合PA(休)→0:06浜松SA<車中泊>
・土曜:浜松SA(リボビタンD¥157、6:54)→8:55海老名SA(休)→9:45東京IC→首都高(事故渋滞)→11:05川口JCT→東北道→矢板北PA(昼食・ほうじ茶、アーモンドグリコ、ミルミル、ダースチョコ \499、13:08)→菅生PA(給油53L、15:04)→15:48志波姫PA(休)→17:10西根IC→(下道)→17:30沼宮内(旅館 泊)
・日曜:自動車は旅館の駐車場にデポさせてもらい、自転車ツーリング
・月曜:自転車ツーリング。翌朝は早いのと京都までの運転があるため午後8:00には寝る。テント山行みたい。
・火曜:4時起床。5:07発宮古駅からJR山田線の始発で7:17盛岡着、沼宮内へ(輪行)、デポ地に戻る。
沼宮内8:28→8:58西根IC→菅生PA(昼食、ブラックガム、飲むヨーグルト \281、11:50)→(磐越道)→磐梯山SA(コーヒー、パン \280,13:23)→(北陸道)→黒埼PA(給油48L、15:10)→小矢部川SA(夕食=海鮮丼、リボD \1654、18:04)→賤ヶ岳SA(レッドブル\205、20:31)→20:53米原JCT→21:40京都東IC→(下道)→(GSで給油36L、22:02)→22:15自宅着
だいたい想定通りのペースであった。基本、法定速度で走ったので、楽だった。私の場合運転の疲れは眼からくるので、法定速度だと動体視力的に眼への負担が少ないのであろう。特に疲れを感じたり特筆すべきことはなく、無事、終了した。
北上山地、自転車ツーリング(2015/11) ― 2015/11/01
写真:北上山地:平庭峠
写真:北上山地:岩手県野田村「苫屋」
2015年の11月、北上山地を走ってきました。前から、何故か行ってみたかったエリア。
金曜の夜、帰宅後に京都を出発。浜松SAで車中泊し、東京経由で、岩手県盛岡の北の岩手町沼宮内の旅館に泊まりクルマもデポ。自動車で行ったのは、東北へのリアルな距離を感じたかったから。高速道路利用なので、まだまだ甘いですが。
翌日から自転車で北上山地を走り、野田村の「苫屋」という電話もネットも無い宿に宿泊。翌日、宮古市のビジネスホテルに泊まり、始発列車で輪行してデポ地へ戻り、そこから1000km以上のドライブをワンデイで楽しんで京都まで帰りました。
追加の写真はGoogleフォトをご覧下さい(89枚)
2015年の11月、北上山地を走ってきました。前から、何故か行ってみたかったエリア。
金曜の夜、帰宅後に京都を出発。浜松SAで車中泊し、東京経由で、岩手県盛岡の北の岩手町沼宮内の旅館に泊まりクルマもデポ。自動車で行ったのは、東北へのリアルな距離を感じたかったから。高速道路利用なので、まだまだ甘いですが。
翌日から自転車で北上山地を走り、野田村の「苫屋」という電話もネットも無い宿に宿泊。翌日、宮古市のビジネスホテルに泊まり、始発列車で輪行してデポ地へ戻り、そこから1000km以上のドライブをワンデイで楽しんで京都まで帰りました。
北上山地というのは、老年期の地形で、目立ったピークはありません。広大な丹波高地みたいな感じで、音楽に例えればシューベルトのピアノソナタ。淡々と心地良い音がつながる感じで、淡々と自転車で走ると本当に気持ちの良いエリアでした。
海に近い道路は、東日本大震災の復興事業の影響で、ダンプやトラックが多く、自転車走行は勧められません
追加の写真はGoogleフォトをご覧下さい(89枚)



























































































































































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