神島灯台と菅島灯台[灯台カード] ― 2025/07/28
京都市内は、気象台の日陰の百葉箱の温度計が37度~39度の日々。
近畿地方の天気予報を見ると、いつも最高気温が一番低いのは潮岬。
南端にあるのだが、海に囲まれているからだろう。
海水温は、熱せられた陸上~アスファルトに覆われ自動車やエアコンの排熱だらけ~よりも低いので、海に囲まれた島は本州、特に盆地よりは断然まともな気温。
というわけで、島に灯台カードの収集に行くことにした。季節の良いときだと自転車の走行距離を伸ばしたいが、この灼熱では小さい島が、好都合。
◎走行日:2025年7月27日(日)晴れ
◎使用自転車:WINDCOG
◎行程:京都自宅4:25=(新名神・伊勢道)=6:40鳥羽、鳥羽佐田浜デポ(鳥羽市営渡船乗り場)7:40=(渡船)=8:20神島11:35=(渡船)=12:15鳥羽佐田浜(昼)13:40=(渡船)=13:53菅島15:10=(渡船)=15:23鳥羽佐田浜=(伊勢道・新名神)=京都自宅
◎灯台カード:神島(かみしま)灯台、菅島(すがしま)灯台
移動のログ
神島は、いわずと知れた、若き日の三島由紀夫の純愛小説『潮騒』の舞台。
帰宅して読み直したが、難解な部分は全くなく、スルスルと読める美しい話。
文庫本の解説を読んでギリシア古代文学を本歌取りしたものだと知った。なるほど、妙にすっきりしたおとぎ話のようで、ドロドロした悪の要素が希少な話。
これまで5回も映画化されている。
公開年:新治(役)、初江(役)
1954年:久保明、青山京子
1964年:浜田光夫、吉永小百合
1971年: 朝比奈逸人、小野里みどり
1975年: 三浦友和、山口百恵
1985年:鶴見辰吾、堀ちえみ
1985年は私が就職した年でその年が最後の映画化。その後バブル経済を経て世の中は大変わりしてしまい、かつての生活様式も失われてしまった。『潮騒』の世界観は現代を生きる人々に響くのだろうか? もう映画化はされないだろう。
主人公の信治が初江の婿になることを認められる決め手となった、周囲を救うための勇気ある行動にしても、現代ではコンプライアンス的にアウトで雇用主はそんな指示を被雇用者に出せないであろう。テレビの台風中継でどうみても安全なところにいても、ヘルメットをかぶってマイクを持つリポーター。そんな仕事のやり方と真逆の世界。
それはともかく、鳥羽からの船のデッキで眺める伊勢湾は、見慣れた山陰や丹後の海とはあまりにも違う雰囲気。雲の形も見慣れない。海の向こうは朝鮮半島、大陸というのとは違う。椰子の実が南海から流れ着く海。
鳥羽 佐田浜港を出航
天草船籍の船が航行していた
天草の船
神島に向かう
神島が見えてきた
神島の渡船桟橋に到着。
神島定期船待合所
船を降りた正面には「三島文学 潮騒の地」の石碑。
港の周辺では、島民のおばあちゃんと相対的に多く出会う。今はおばあちゃんでも、映画の頃は心ときめかした娘時代、初江とその友だちのような存在だったのだろう。
石碑
自動車も走れる道を上って学校の校庭を突っ切って灯台を目指したが、どうも道がはっきりしてなくて、引き返した。(校庭を直角に曲がるのが正解だと後に知った)
引き返した場所
いったん集落に戻る
神島の家並み
改めて灯台へと向かう。地図でみると細実線の道があり、灯台メンテナンス用にクルマが通れる道路は存在するだろうと思ったが、見つからない。
地元のおばあちゃんに尋ねたところ「歩きの道しかない」。普通の人はそう思っても、自転車を部分的に担げば大丈夫かもしれないと思ったが、自転車を集落内に置き、徒歩にして正解であった。
神島灯台
神島灯台
神島灯台は初点1910年(明治43年)5月1日。
灯台から伊良子岬がすぐ近くに見える。
灯台から伊良子岬方向を望む
監的哨(かんてきしょう)という『潮騒』のクライマックスシーンに使われた、旧軍事施設に行ってみることにした。遊歩道で、自動車が走れるものではない。
監的哨へ
監的哨
監的哨の説明
『潮騒』の信治と初江は、この1階部分で漁が休みの嵐の日に逢い引きをした。
監的哨の1階
遊歩道を進むと島の反対側にある学校に出た。
神島小中学校
小説にも多く登場する八代神社。
八代神社
二百段の階段を上ったところに社殿がある。
八代神社本殿
八代神社
渡船の時間まで、日陰で海を眺めて過ごした。腹が減ったが、島内で販売されているのは飲料だけで、パンや菓子などの食べ物は一切無い。食堂も無い。
神島の港
いったん鳥羽に戻り、今度は菅島行きの渡船に乗る。
菅島の入り口
菅島漁港。後方の大きな建物は学校。
菅島漁港に到着。
菅島の定期船待合所
菅島灯台へは、自転車で行けた。
菅島灯台
菅島灯台
菅島灯台は初点が1873年(明治6年)7月1日。
現役では日本最古のレンガ造灯台で、国の重要文化財。
現役では日本最古のレンガ造灯台で、国の重要文化財。
港で船の到着を待つ間、近くの神社へ。
菅島神社
渡船
鳥羽市営定期船 1日フリー乗船券
島の気温は、私が子どもの頃の夏のよう。日なたでは暑いが、日陰で風が通って動かずにいると、クーラーは無くて済むと思えるほどだった。
(おしまい)
乗鞍バックカントリースキー ― 2025/05/08
今シーズン、30年ぶりにスキーを再開しました。阪神大震災の前日に志賀高原でスキーをして以来。
30年ぶりでも数本滑れば、感覚は戻りました。山スキーを新調したのですが、最近のスキーは以前よりも断然曲がりやすくなっていて、扱いが楽です。もちろん、用具が進化しているということは滑り方も新しくなっているわけで、昔の滑り方でなく、今のをマスターする必要があります。もともと大した技量だったわけではなく、基本的な技術も含めて、課題は多いです。
今シーズンは積雪にも恵まれ、都合10回ほどゲレンデで滑った後、今回、初の本格的山スキーで乗鞍へ。山スキーの先達のお誘いです。
乗鞍には、かつて自転車のヒルクライムレースで毎年出走しており、定宿であった「金山ヒュッテ(旅館)」に前泊。懐かしいのと、白濁した硫黄泉が滔々と流れる湯船で幸せを感じました。同宿した京都の家族はスキーや登山じゃないけれど、毎年この宿に連泊して高原ライフを満喫しているとのこと。
金山ヒュッテ
建物の後ろに見えるのが乗鞍岳で、まさに頂上が見えており、そこから滑り降りたことになります。
山スキーというのは、もっとマイナーな存在で人知れず滑るのかと思っていましたら、現地の案内所には登山届付属のルート図までありました。
山スキーマップ
当日は「乗鞍岳春山バス」の運行初日。2025年は4月27日から6月30日まで運行。
除雪状況によりどこまで上がるかは決定され、この日は「位ヶ原山荘」(標高2350m)まで。今年から予約制になりました。
除雪状況によりどこまで上がるかは決定され、この日は「位ヶ原山荘」(標高2350m)まで。今年から予約制になりました。
位ヶ原山荘
なんと大型バス6台を連ね、位ヶ原山荘へ。バスが山荘に到着しても、6台が全部到着するまで車内で待たされます。
登山者とスキーヤーとスノーボーダーとで、こんなに多くの人がいれば渋滞するのではないかと心配しましたが、乗鞍は広いのと、トイレに行く人や到着してから登山届けを書く人などで出発時間が分散されるので、問題ありませんでした。
位ヶ原山荘を出発してしばらくの様子
地形的にも穏やかで、人も適度に多く、天気も良く、安心してスタートしました。
シールを付けての長時間スキー歩行は初めてでしたが、こんなに歩きやすいものなのかと感動しました。もともと、スキーは登行用に使われたものだということに納得。
雪が締まっていて歩きやすいので、スキーヤーとアイゼン登山者とスノーシューのボーダーとで歩行スピードに明らかな差はないと感じました。用具の違いよりも個人的体力差が大きいようです。
頂上が見えた
振り返ると穂高連峰も
コロナ観測施設
頂上への稜線に近づくと、風が強まり雪面もクラストしてきました。最初からクトー(スキーアイゼン)を装着していて正解です。ツボ脚で雪面がデコボコになっているとクトーが効き難く、歩行場所に気を使いました。
北アルプスを望む
頂上手前の肩のところでスキーを外し、最後はスキー靴で登りました。登山靴よりは歩きにくいですが、キックステップを意識して問題なく登行しました。
頂上手前の肩
強風箇所もあり、若干心配しましたが、無事、山頂に到着。
乗鞍剣ケ峰頂上、御岳山が正面に
三角点(3025.7m)
山頂からの北アルプス
山頂で小休止して、下山にかかります。太陽光線で雪が緩んで下りは歩きやすくなっていました。
シールとクトーを外してスキーを再装着。いよいよ滑走です。出たしは緊張しましたが、なんとかコケることなく滑り降りることができました。
最初の斜面の後半
稜線からの斜面を終えると、なだらかな斜面が続きます。
乗鞍大雪渓を滑る
今年は雪が多いのでツアーコースで三本滝まで滑って降りられました。
リフトを使わず、自分の力で登って降りるのはすごく充実していて気分が良いものだと思いました。
感動は労力に比例する。
自転車ツーリングの峠越えに共通する感覚です。
感動は労力に比例する。
自転車ツーリングの峠越えに共通する感覚です。
下に見えるのが三本滝のレストハウスと駐車場
三本滝、駐車場前
三本滝駐車場までは一般車可で、先達のクルマに同乗させてもらいました。
観光センター駐車場までの途中、乗用車同士が衝突していました。物損事故で済んでいましたが自走不可の様子。右カーブでショートカットして対向車とぶつかったのでしょう。どんな道でもキープレフトが大切ですね。そもそもキープレフトできないようなスピードでカーブに突っ込んではいけません。 (おしまい)
◎日程:2025年4月27日(日)
◎宿泊:金山ヒュッテ(乗鞍高原)
◎行程:乗鞍高原観光センター8:30=(予約バス)=9:05位ヶ原山荘(車内待機含む)9:50~13:03剣ケ峰山頂13:25~15:00三本滝駐車場=乗鞍高原観光センター=21:10京都自宅
*歩行ログ、登りが赤、下降が青
立石岬[灯台カード]と原発だらけの敦賀半島ワンデイツーリング ― 2025/02/26
「灯台カード」というのがあります。海上保安庁の発行で、該当する灯台の敷地内にあるQRコードを読み込むと取得できます。灯台の立地特性を考えた素晴らしい仕組みです。

写真:灯台カードの例 (縮小して掲載)
自転車ツーリングの楽しみに付加しようと思い、該当灯台のある福井県敦賀市立石岬に行くことにしました。
敦賀市にクルマをデポ。敦賀半島の東岸を北上します。
途中、けっこうな数の民宿や旅館があります。釣り客や原発の点検保守作業員の需要を見込んでいるのでしょう。
途中、けっこうな数の民宿や旅館があります。釣り客や原発の点検保守作業員の需要を見込んでいるのでしょう。
原発のある岬の先端に向かって道路が整備されていますが、「沓」という集落の細い道に入ってみました。鳥居は大正時代に建てられています。当時は勢いがあったのでしょう。
写真:「沓」集落の八幡神社
写真:鳥居は大正14年の建立
写真:沓集落のドンツキから望む敦賀湾
写真:グランボア650Bランドナーoyakata10号
改良された道路のトンネルは避けて、海沿いの小さな峠を越えて、「手浦(たのうら」を通過、「色浜」へ。奥の細道で芭蕉も来訪しており、歌碑がありました。
「寂しさや須磨にかちたる浜の秋」
写真:色浜
写真:端正な造作の常夜灯籠
写真:常夜灯籠は元禄12年(1699年)建立
写真:芭蕉句碑
色浜の次ぎにあらわれるのが、「浦底」集落。家並みから少し階段を上ったところに神社がありました。
写真:浦底にある劍神社
写真:劍神社
写真:神社の建物にある古い絵馬
しばらく走ると、日本原電の敦賀原発。1号炉は1970年の大阪万博開会式に初送電しましたが2011年の東日本大震災を経て2015年に廃炉。2号炉は直下に活断層があるとの評価報告書が正式に出され、規制委員会から原発の安全対策に適合しない決定が下されましたが、日本原電は抵抗しています。その奥にある「ふげん」も廃炉になっており、2040年に廃炉完成予定とのこと。
それにしても「ふげん」とか「もんじゅ」とか仏様の名前を原発に使うのは、不遜にも程があると思います。
それにしても「ふげん」とか「もんじゅ」とか仏様の名前を原発に使うのは、不遜にも程があると思います。
写真:日本原電敦賀の入り口
原発の入り口を通りすぎ、トンネルを抜けると立石集落が、山と海に挟まれて細長く存在していました。古くから敦賀湾外に出漁する釣浦として存在。
写真:立石のバス停
写真:立石集落
車道を行き止まりまで走って自転車をデポ。徒歩で山道を上がると、今回の目的の立石岬灯台がありました。明治14年(1881年)7月の点灯。
写真:立石岬灯台
敦賀方面へ引き返し、今度は敦賀半島の西岸に向かいます。半島を貫く長大なトンネル(敦賀半島トンネル=全長3.8km)を通ります。トンネル走行は好きではないのですが、旧道は存在しないので仕方ありません。もっとも、クルマは全く走ってなくて問題ありませんでした。
トンネルの中には、なんとランニングの人がいました。トンネルを出たところにも。
旅ランにしては荷物がないし、どこからどこへ走っている人なのだろうと思って声をかけたところ、どうも「もんじゅ」関係で働いている人のようでした。確かに、トンネルの中は夏は涼しく冬は暖かく、クルマも稀にしか走ってないので排ガス臭くもなく、よい練習場所になるのでしょう。
ちょうど昼休みの時間でしたし、散歩している人とかも。僻地にある開放感のない職場では、こうして外気に触れて身体を動かさないと精神的にしんどいのかもしれません。どんな仕事なのかわかりませんが、廃炉が決定している原発で、ゴールがいつになるのかもわからない、世間からもリスペクトされ難い組織で働くことの大変さを想像しました。もしかしたら大学で原子力などを専攻した人にとっては、専門が生かせて労働条件も良い職場なのかもしれませんが。
写真:敦賀半島トンネル
トンネルを抜けると「白木」浦。「白木」は「新羅」から来ているのではないかという説もあり、古くから漁業で勢力をもった浦。半島の先端の集落というのは、現代の感覚では一番奥の僻地だと思われがちですが、海上交通がメインの時代にはそうではありません。そもそも今のような道路はなく、陸上には杣道しかなかったのですから。
写真:白木の「白城神社」
写真:文政13年(1830年)建立
写真:白城神社
写真:白城神社の建物
写真:白木の集落
神社のすぐ横の海岸にでると、高速増殖原型炉「もんじゅ」が正面にありました。想像していたよりもこぢんまりとしてます。事故を起こせば日本のかなりの部分が壊滅的になる存在なのに、外形的には小さく静かなのが、なんとも不思議に感じられました。
写真:高速増殖原型炉もんじゅ
写真:白木にある「海蔵寺」
白木から丹生へはトンネルを避けて旧道の白木峠へ。途中、「もんじゅ」への分岐があるのですが、一般公道上からカメラを向けただけで、警備員がワーワー叫びながら走ってきて、とても感じが悪かったです。建物に肖像権はないし、納税者への態度として不快。よっぽど暇にしていて、存在感を示したかったのでしょうか。
写真:もんじゅ への分岐
白木峠には放射線観測施設と朽ちた案内図がありました。
写真:白木峠の放射線測定施設
写真:白木峠にて
峠を下ると、そこは「丹生」。ここには関西電力の美浜原発があります。1号機と2号機は廃炉作業中。3号機は過去に運転中の死亡事故を起こすなどトラブル続きでしたが2022年に再稼働したものの、2024年に冷却水漏れが発生し、現在停止中。
写真:丹生集落と美浜原発
写真:釣り人と美浜原発
写真:丹生にて
写真:美浜原発遠望
原発というのは稼働していても煙や騒音も出さず、外形的には静かにチンと収まっています。風力発電の風車は、私の場合生理的に苦手で低周波騒音なのかどうか判りませんが、近づくと気分が悪くなります。太陽光発電パネルも景観面のみならず、多くの問題が指摘されています(事業者の責が大)。自然エネルギーが手放しで称賛される状況ではないのですが、かといって原発の潜在的リスク、日本国を壊滅させるパワーをもった甚大な危険性を捨象できません。建設やその後の運営にまつわる原発マネーの不明朗さや地域社会の分断等の問題もあります。
電気エネルギーの恩恵を受けている一人として、悩ましいところです。
「竹浪」から今度は馬背峠(まじょうとうげ)トンネル(=1.4km)を通って東海岸へ。
写真:竹浪の集落。
写真:馬背峠トンネル
トンネルを抜けて、しばらく走ると、敦賀の気比の松原。三保の松原(静岡県)・虹の松原(佐賀県)と並ぶ日本三大松原の一つ。
写真:気比の松原
デポしていたクルマに自転車を載せ、舞鶴のお風呂屋さんへと向かいました。
国道27号線には路肩が狭くて大型車の通行が多い箇所があり、自転車では走りたくないので、こういう機会にクルマで舞鶴へ。
西舞鶴の吉原地区で、昭和を感じさせる街並みの中に、渋いお風呂屋さんがあります。京都府公衆浴場組合のキャンペーンに参加するため、立ち寄りました。
創業は1920年(大正9)年、100年以上続く漁師町のお風呂屋さん。国の有形登録文化財です。 おしまい。
写真:舞鶴市(西舞鶴)吉原
写真:舞鶴市吉原
写真:吉原にある「日の出湯」
今回の走行ログ(クリックして拡大)
◎走行日:2024年10月31日
◎使用自転車:グランボア650Bランドナーoyakata10号
◎走行距離:50km
◎行程:敦賀市気比の松原8:50~9:50色浜~11:00立石岬灯台~12:30白木~13:05丹生~14:00馬背トンネル~14:15気比の松原=16:50西舞鶴吉原
富山湾岸サイクリングコース&久比岐自転車道(2020/8) ― 2021/03/06
写真:富山湾岸自転車道
私は、サイクリングロードというものが好きではなかった。
最近でこそ、まともなサイクリングロードが増えてきたのかもしれないが、以前は、自転車のためではなく、道路から自転車を隔離(自転車も車両であって、道路は自動車だけのものではないので、自転車を邪魔者扱いするのはとんでもないこと!)するために作ったとしか思えないものとか、作ったきり放ったらかし、簡易すぎる舗装がひび割れ雑草が生い茂っているようなものなどが多かった印象。
自由に走ることが自転車の魅力なのに、サイクリングロードだと管理された空間に押し込められるように感じてしまう。
例外的に走って嬉しいのは、鉄道の廃線をサイクリングロードに転用しているもの。
2020年の夏、新型コロナウイルスの緊急事態宣言が一旦解除され「go to travel」施策が開始されたものの、なんだか普通にサイクルツーリングするにはもうひとつ気が乗らなかった。
そこで、あまり人とも会わないであろうサイクリングロードをたまには走ってみるか、酷暑なので海に近いところがいい(海の近くというのは案外涼しく、盆地など内陸のほうがどうしようもない暑さ)、と思い、富山から新潟にかけての海沿いをメインに走ってみることにした。
それともうひとつ、このコースにした理由がある。
宮本輝「田園発 港行き自転車」という小説を読んで、小説に登場する”北国街道””滑川駅””入善””愛本橋””などの地名を訪ねたいと思ったのだ。
写真:小説の重要な舞台となった愛本橋
その小説は、富山の地方紙に連載されたもので、地元へのサービス精神にあふれていて、まあそれはそれでいいが、読者を飽きさせないような工夫を散りばめながらさらっと書き進めている印象で、渾身の力作という感じではない。
私がもしも小説家だったら、各地の地方紙向けの連載小説をそれぞれの地域のネタをちりばめながら創作し、それを単行本化、あわよくば各県の観光振興策等にも上手く関与するというスキームをつくれば、一生食いはぐれはなかろう、などとすぐに考えてしまうのがあさましい。
重要な役回りに自転車メーカーの社長が登場するが、自転車に関する描写は、正直、悲しいレベル。アシスタントの人が資料考証とかもっとちゃんとして作家先生に提供してあげれば良いのに、と思った。
それはともかく、この小説を読んで富山に行ってみたい、と思ったのは事実。
黒部川扇状地にある入善町出身の主人公曰わく(文庫本(上)P11) 「私の自慢のひとつは、この湧水のおいしさと豊富さだが、もうひとつ誇れるものがある。黒部川の川べりには、ゴミひとつ落ちていないということだ。煙草の吸い殻、スナック菓子の袋、(中略)、そんなものを川べりで目にしたことは、私はいちどもない。嘘だと思うなら、ぜひ私のふるさとに来てくれ」
とまで書かれては、行ってみずにはいられない。嘘だと思ったのではなく、清浄な場所を自転車で走りたいという、気持ちで。
写真:黒部川河口:下黒部橋より
写真:大平峠
親不知を通過するには、国道8号線の長大トンネルを何本も通過しないといけないので、峠越えルートをとった。ちょうどその日そのとき、親不知トンネルではタンクローリーが横転する大事故があって通行止めが続いていたとのことで、エスケープしてよかった。
新潟県に入ってからの自転車道「久比岐(くびき)自転車道」は、北陸本線の旧線路跡とのことで、これもまた、期待できる。
写真:久比岐自転車道入口
写真:久比岐自転車道
そんな感じで2020年の夏、富山から新潟への基本海沿いサイクリングロード活用ツーリングを実行した。
いつもと違うのは、サイクルジャージでなく綿Tシャツで全て走ったこと。酷暑下では、荷物を背負わずTシャツで走るのが、一番涼しくて気持ち良い。袖から背中に風が抜けるので。化繊でピッタリしたサイクルジャージより断然快適なのだ。綿でもなるべくペラペラの薄い細やかな生地が良い。ウインドブレーカーを持参すれば峠でも汗冷えの心配はない。
今回の反省としてはパンク修理のこと。2日目のホテル出発時、後輪がパンクしているのに気づいた。チューブを交換して5分ほど走るとまたパンク。今度は念入りにタイヤの裏側を指で丁寧になぞってみたところ、ほんの小さいガラス片が刺さっていた。タイヤをきちんと確認せずにチューブをはめたので、すぐに新しいチューブもパンクしたのだ。パンク修理の基本を怠ったことを反省した。パンクしたチューブは、後刻、休憩がてら糸魚川市内の自転車屋さんでパッチを貼って治してもらった。パッチセットは持っていたが。
○走行日:2020年8月24日夜~27日
○使用自転車:グランボア650Bランドナー
○宿泊地:小川温泉 ホテルおがわ
柵口(ませぐち)温泉 権現荘
○峠:大平峠(638m)
○行程:8/24 京都自宅20:30=(北陸道)=23:50尼御前SA(車中泊)8/25 7:20=8:45富山市内城河原公園(デポ)9:22~9:40岩瀬~10:15常願寺川今川橋~10:20水橋魚躬(みずはしうおのみ)~11:00滑川駅~11:40早月川早月橋~12:00魚津(昼食)12:30~13:20生地鼻生地灯台~13:40黒部川下黒部橋~14:53入善駅~15:40愛本橋~15:55舟見~16:55小川温泉ホテルおがわ(泊) 走行87km8/26 ホテルおがわ(出発時にパンク修理)8:53~朝日小川ダム(もう1度パンク修理)9:23~10:04泊駅~10:46富山湾岸サイクリング道路終点~境川境橋10:51~11:33上路~12:10栂海新道交差~12:40大平峠~13:25電気化学青海工場~13:33青海(昼食)~14:12姫川姫川橋~14:30糸魚川駅前~15:05早川早川橋~15:07久比岐自転車道入口~15:51能生川能生大橋(旧)~16:42柵口温泉権現荘(泊)走行84km
8/27 権現荘8:40~9:25能生大橋(旧)~10:15筒石~11:16谷浜駅 (輪行)=富山・城河原駅(デポ地)15:20=(北陸道)=19:57京都自宅 自転車走行38km
ルート軌跡(クリックして拡大)
★詳しくはGoogleフォトで(95枚)
越前海岸 午房ヶ平(2020/9) ― 2020/10/27
越前海岸から200mも急斜面を上がったところに、へばりついているかのような集落があることを、地形図アプリを眺めていて気づいた。
その集落の名前は午房ヶ平(ごぼうがだいら)。
地図:「午房ヶ平」 クリックしてご覧ください。
午房ヶ平を探訪してみたく、武生まで輪行して、ワンデイツーリングで出かけてみた。
JR北陸本線武生駅で自転車を組み立て、西に向かって走る。
熊谷(くまたに)集落を過ぎて、緩い坂道を登って、熊谷トンネルを抜けると、目の前に越前の海が広がった。
写真:越前町熊谷
写真:熊谷トンネル
写真:越前の海がドカンと広がった
急傾斜のつづら折りを下って、越前海岸を南下した。
写真:越前町白浜
干飯(かれい)崎のある「米ノ」という集落から午房ヶ平への道が上がっている。
写真:午房ヶ平への分岐から少し登ったところ
急坂が続く。ガードレールが無い区間も多く、斜面はコンクリートで固められたりしていたりして、下りに使うには、恐ろしい道だ。クルマでも転落したら、途中で木に引っかかって止まることもなく、まず助からないだろう。自転車でも、コケた勢いで崖を落ちたらアウト。
写真:午房ヶ平への道。越前の海の眺めは良い。
午房ヶ平は、意外と普通の感じだった。コミュニティバスも走っている。
帰宅後、調べたところ、江戸時代(正保郷帳)には田方・畠方とも15石とある。
田んぼの跡は、山沿いの谷の植林地となっている場所だと推測される。
牛蒡の産地であることからこの地名になったとのこと。大正期から養蚕が盛んで、その収益で建てた家が多いのかもしれない。
写真:午房ヶ平
集落からは海が大きく広がるが、海で生計をたてるムラではない。
写真:午房ヶ平
地形図をみると、更に登ったところに「杉山」という集落があるので、そこにも行ってみた。
写真:南越前町「杉山」
杉山は、平地も広く、普通の農村という感じだった。越前海岸側から登ってくるムラではなく、武生のある広い盆地側からの一番奥のムラというのが正解だ。わざわざ急崖の海岸沿いから登ると、こんな場所にムラがある、という気持ちになるが、反対側から来れば、特に驚くことはない。
地元出身の60歳代とみえる男性がいらっしゃたので、尋ねてみた。
このムラは生業として目立ったものがあるわけではなく、かつては何でもして生計をたてた。冬は京都や兵庫に酒造りの出稼ぎに行く人が多かった。高校へは武生までバイクで通ったが冬は親戚の家に下宿した、とのこと。
武生へは、川沿いの道を下り、新しく整備されたバイパスのトンネルを通ったので、予想したよりあっけなく着いた。
写真:武生の街。かつては、このような商店建築が続いていたのだろうか。
写真:武生市街
○走行日:2020年9月27日(日)
○使用自転車:Panasonicシクロクロス
○走行キロ:61km
○峠:---
○行程:9/27 京都7:29=(サンダーバード3号)=8:42武生
武生駅9:00~総社大神9:15~大虫神社9:44~9:57安養寺トンネル~9:59熊谷トンネル~11:29道の駅越前(昼食)12:16~12:46米ノ~13:21午房ヶ平~13:54杉山~15:02武生駅 武生15:31=(普通)=16:02敦賀16:23=(新快速)=17:57京都
走行ログ(クリックで拡大)
※このエリアに関する論文のリンク
「TOEI」駅と恵那市中野方(なかのほう)の農家民宿(2019/11) ― 2020/04/20
写真:JR飯田線東栄(TOEI)駅にて
JR飯田線に「東栄」という駅がある。奥三河の愛知県北設楽郡に東栄町という行政区画があり、そこにある駅なので、一般の人には「ああそうですか」という程度の話。
だが、ランドナーと呼ばれる旅行用自転車の愛好家のなかには、特別の反応をみせる人がいても不思議ではない。というのは、日本のランドナーの総本山的フレーム工房の名称が「東叡社」であり、フレームには「TOEI」と描かれ、東栄(TOEI)駅と音とローマ字が一緒だからである。
そんな「TOEI」駅に私も行ってみた。鳥取県の若桜鉄道の「隼駅」がスズキのオートバイ・ハヤブサの「聖地」になっていてライダーが集まるようなものか。
そのあと北上して、美濃国の恵那市中野方(なかのほう)の「農家民宿」を目指した。
農家民宿というのは農水省の施策で、農林漁業者が経営者。宿泊用に建てられたのではない農家の建物に泊まることができ、料理もその家で作った野菜など地産地消そのもの。田舎の旧家におよばれしているような体験が得られる。
9月にオリエンテーリング大会の応援のため、大会要項で紹介されていた中野方の農家民宿に泊まったところ、料理は美味しいし部屋も立派で清潔、ご主人や奥さんの話も聞けたりして、日本のルーラルなエリアの上質な部分を体感し、もう一度行きたいと思った次第。
豊かな暮らし、というのはこういうことをいうのかと感じた。国道やバイパスをクルマで走っているだけでは、そのすぐ側に、こんな暮らし方があるということに気づかずに通過してしまうだろう。
中野方というエリアについては、それまで全く知らなかったが、農家民宿にて佇んでいると、正面にみえる笠置山からそよそよと吹いてくる風と、盆地を照らす光と土の恵みが感じられ、桃源郷というものがあるなら、このような地の延長線上にあるのかもしれないと思った。
写真:恵那市中野方:農家民宿「銀もくせい」にて
○走行日:2019年11月2日~4日
○使用自転車:TOEI650Aランドナー
○宿泊地:長野県売木村 民宿「えりか」
岐阜県恵那市中野方 農家民宿「銀もくせい」
○峠:新野峠(1047m)、平谷峠(1167m)、(大馬渡峠)、蛭川峠(720m)、遠ヶ根峠(802m)
○行程:11/2:京都6:38=(のぞみ100号)=7:13名古屋7:18=(ひかり504号)=7:46浜松、新浜松8:00=(遠州鉄道)=8:33西鹿島9:23~10:14落合~11:20熊(昼食)11:47~12:24大地野隧道~13:05東栄駅~14:43東栄町本郷~15:55御園トンネル~17:50新野峠~18:20売木村民宿「えりか」
11/3:泊地8:00~9:05平谷峠~平谷村役場9:55~11:00大平~11:30大門(昼食)12:20~13:33大馬渡峠~14:46明智駅~15:22岩村駅~16:05飯沼駅~16:22恵那駅近く~16:34東雲橋(木曽川・大井ダム)~16:52木曽川中野方分岐~17:25農家民宿「銀もくせい」
11/4:泊地8:10~8:30坂折棚田9:00~9:45農家民宿「ふうちゃん」10:10~10:41蛭川峠~10:53たがみ峠(ピストン)~11:05蛭川峠~12:04遠ヶ根峠~12:33黒川・苗木橋~13:54白川口駅14:38=15:09美濃太田15:30=16:03岐阜16:19=17:09米原17:17=18:12京都
写真:中野方 坂折の棚田
写真:中野方の風景
☆詳しくはGoogleフォトで(91枚)
走ったルート(クリックで拡大)
志摩半島・安乗埼と大王埼灯台へ(2018/2) ― 2018/02/27
写真:大王埼灯台
少々の雪ならMTBで積極的に楽しめるが、今回は雪の無いエリア、日帰りでなるべく温かそうなところ、と考えて志摩半島に行くことにした。
京都の自宅をクルマに自転車を搭載して出発。名神高速道路の電光掲示板には、関ヶ原付近はチェーン規制と表示。目的地は志摩なので新名神を選ぶが、鈴鹿峠付近は淡い雪景色だった。
亀山を過ぎると、天気は晴。伊勢から志摩への道は、路肩も狭く山間のカーブの多い道で、自動車ならいいが、自転車ではあまり走りたくない感じ。
阿児アリーナ駐車場にクルマをデポ。安乗埼(あのりさき)を目指す。風が強いが晴れて明るい。
志摩国分寺の前を通ったので、せっかくなので立ち寄る。ちょうどお寺の方がいらっしゃって本堂を案内してもらえ、ありがたいことであった。
写真:志摩国分寺
しばらく走ると「渡鹿野島(わたかのじま)」への渡船案内板があった。
渡鹿野島は、今では普通の観光地に転換してきているが、まあ、何らかの目的意識(探検してみたいとか一度実際にみておきたい等も含む)がなければわざわざ立ち寄ろうとは思わない。とはいえ、どんな島なのか遠くから観てみるのもよかろうと思って、渡船場までピストン。
2017年発行のルポ本が私の職場のビルにある書店にも並んでおり、ツーリング後に買って読んでみた。興味本位ではなく冷静に書かれているが、扱っている時間軸は近年。
風俗ライター的立場からでなく、渡鹿野島について記してある文章で参考になったのは、
(人間学工房 「三重県志摩 民俗資料館をつくる」)
ttps://www.ningengakukobo.com/single-post/mieshima
戦前の情景を知る手がかりとしては、大阪毎日新聞の写真部長もつとめた北尾鐐之助の「近畿景観 伊勢・志摩」創元社1942がある。
「先年電鉄会社が、ここを志摩の桃源郷の如く宣伝しはじめてから、善い意味にも悪い意味にもその方に発達して、全島が脂粉の香に蔽われ、むかし波枕の漁師のみを相手にしていた青楼が、いつか大阪、神戸あたりの客を引くことに憂身をやつすようになった」など北尾は格調高く描写している。北尾がこの島に滞在したのは2時間程と記されている。
宮本常一の著作を探ると、江戸時代の頃から風待の船員を対象として栄えた旨の記述もあるので、漁師のみを相手にしていた場所ではなかろうが。
しばらく走ると「渡鹿野島(わたかのじま)」への渡船案内板があった。
渡鹿野島は、今では普通の観光地に転換してきているが、まあ、何らかの目的意識(探検してみたいとか一度実際にみておきたい等も含む)がなければわざわざ立ち寄ろうとは思わない。とはいえ、どんな島なのか遠くから観てみるのもよかろうと思って、渡船場までピストン。
2017年発行のルポ本が私の職場のビルにある書店にも並んでおり、ツーリング後に買って読んでみた。興味本位ではなく冷静に書かれているが、扱っている時間軸は近年。
風俗ライター的立場からでなく、渡鹿野島について記してある文章で参考になったのは、
(人間学工房 「三重県志摩 民俗資料館をつくる」)
ttps://www.ningengakukobo.com/single-post/mieshima
戦前の情景を知る手がかりとしては、大阪毎日新聞の写真部長もつとめた北尾鐐之助の「近畿景観 伊勢・志摩」創元社1942がある。
「先年電鉄会社が、ここを志摩の桃源郷の如く宣伝しはじめてから、善い意味にも悪い意味にもその方に発達して、全島が脂粉の香に蔽われ、むかし波枕の漁師のみを相手にしていた青楼が、いつか大阪、神戸あたりの客を引くことに憂身をやつすようになった」など北尾は格調高く描写している。北尾がこの島に滞在したのは2時間程と記されている。
宮本常一の著作を探ると、江戸時代の頃から風待の船員を対象として栄えた旨の記述もあるので、漁師のみを相手にしていた場所ではなかろうが。
写真:渡鹿野島渡船場
そんなこんなで、いろいろ見聞しながら、ようやく安乗埼に到着。
全国に15ある登れる灯台の一つ。灯台は当然のことながら見晴らしのよい所にあるのが普通なのだが、安乗埼灯台は、これまで訪問した中でも、特に眺望がすばらしく、感動した。
そんなこんなで、いろいろ見聞しながら、ようやく安乗埼に到着。
全国に15ある登れる灯台の一つ。灯台は当然のことながら見晴らしのよい所にあるのが普通なのだが、安乗埼灯台は、これまで訪問した中でも、特に眺望がすばらしく、感動した。
写真:安乗埼灯台
映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなっており、帰宅後、amazonで中古DVDを取り寄せた。木下恵介監督、1957年のオリジナルは高峰秀子と佐田啓二。1986年の新編では佐田啓二の息子の中井貴一も出演、灯台守夫婦は加藤剛と大原麗子。新編の公開当時、私は既に就職していたのであるが、当時、この映画に関心を持った記憶は全くない。今、観ると、1986年というのは全てがずいぶん昔だったのだなという感想。同時代を生きていたのだが。人間の本質は昔からそんなに変わってないと思うが、社会はものすごく変わっている。
安乗埼灯台見学の後は、よそ者が自動車で通過するにはとても憚られる狭い道の安乗の集落を自転車ということで遠慮無く周回し、観光地ではない漁村集落にも立ち寄り、大王埼へ向かった。
映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなっており、帰宅後、amazonで中古DVDを取り寄せた。木下恵介監督、1957年のオリジナルは高峰秀子と佐田啓二。1986年の新編では佐田啓二の息子の中井貴一も出演、灯台守夫婦は加藤剛と大原麗子。新編の公開当時、私は既に就職していたのであるが、当時、この映画に関心を持った記憶は全くない。今、観ると、1986年というのは全てがずいぶん昔だったのだなという感想。同時代を生きていたのだが。人間の本質は昔からそんなに変わってないと思うが、社会はものすごく変わっている。
安乗埼灯台見学の後は、よそ者が自動車で通過するにはとても憚られる狭い道の安乗の集落を自転車ということで遠慮無く周回し、観光地ではない漁村集落にも立ち寄り、大王埼へ向かった。
写真:安乗の散髪屋さん
夏なら海水浴やサーフィンで賑わうであろう海岸沿いの道も、この季節は静かであった。大王埼は灯台の門前商店もあったりして、昭和の観光地という感じで、趣があった。
志摩は「島」だというのが、自転車で走ってみての感想。基本、道は尾根伝いにあり、リアス式海岸の入江的な地形が無数にあり、海水の浸入リスクもあり未利用地も多い。
「伊勢志摩」と一括りにされることもおおいが、伊勢と志摩は全く別の個性。伊勢は農業国で志摩は漁業国、壱岐と対馬の対比のように感じられた。
【走行日】 2018年2月18日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 -- 【岬】安乗埼(あのりさき)、大王埼
【行程】
自宅6:10=新名神・伊勢道=阿児アリーナ9:00~9:45志摩国分寺10:05~渡鹿野島渡船場10:15~10:40安乗埼灯台資料館・灯台11:05~11:36阿瀨~12:25志島小学校~12:50波切(昼食)~13:27大王埼灯台14:10~15:03阿児アリーナ(デポ地)=京都
夏なら海水浴やサーフィンで賑わうであろう海岸沿いの道も、この季節は静かであった。大王埼は灯台の門前商店もあったりして、昭和の観光地という感じで、趣があった。
志摩は「島」だというのが、自転車で走ってみての感想。基本、道は尾根伝いにあり、リアス式海岸の入江的な地形が無数にあり、海水の浸入リスクもあり未利用地も多い。
「伊勢志摩」と一括りにされることもおおいが、伊勢と志摩は全く別の個性。伊勢は農業国で志摩は漁業国、壱岐と対馬の対比のように感じられた。
【走行日】 2018年2月18日(日)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】 -- 【岬】安乗埼(あのりさき)、大王埼
【行程】
自宅6:10=新名神・伊勢道=阿児アリーナ9:00~9:45志摩国分寺10:05~渡鹿野島渡船場10:15~10:40安乗埼灯台資料館・灯台11:05~11:36阿瀨~12:25志島小学校~12:50波切(昼食)~13:27大王埼灯台14:10~15:03阿児アリーナ(デポ地)=京都
松本から保福寺峠 (2017/7) ― 2017/08/27
保福寺峠、良い峠であった。自転車向きの素晴らしい峠! 何がどう素晴らしいかというと(1)傾斜が適度で気持ち良くペダルを踏める(2)旧東山道がベースで、歴史的おもむきがある(3)道幅が自動車向きではなくて交通量が殆ど無い、といったこと。
やはり古い道は良い。最近の自動車向けに作られた道路は、地形の機微を無視して、力ずくで真っ直ぐ、いやらしい傾斜で通しているようなものが多く、しみじみと自転車で走るには全く不向きだ。トレーニングとして走るのには使えるが。
2017年7月、松本に別件で行く用事があったので、1日は自分のためのサイクリングに使うことにして、松本市郊外の浅間温泉に宿をとり、保福寺峠を周回した。
【行程】走行日:2017年7月15日
松本:浅間温泉8:36~9:09刈谷原隧道~9:30保福寺9:45~10:46ウェストン碑10:50~10:53保福寺峠11:00~11:48田沢温泉入口~12:41明通トンネル~12:56会吉トンネル~13:22四賀村会田小学校跡~13:53明科駅~14:48松本市内開智小学校~15:21浅間温泉
【走行距離】87.1Km
【使用自転車】 ビアンキシクロクロス
【峠】保福寺峠1342m、青木峠1056m
やはり古い道は良い。最近の自動車向けに作られた道路は、地形の機微を無視して、力ずくで真っ直ぐ、いやらしい傾斜で通しているようなものが多く、しみじみと自転車で走るには全く不向きだ。トレーニングとして走るのには使えるが。
2017年7月、松本に別件で行く用事があったので、1日は自分のためのサイクリングに使うことにして、松本市郊外の浅間温泉に宿をとり、保福寺峠を周回した。
【行程】走行日:2017年7月15日
松本:浅間温泉8:36~9:09刈谷原隧道~9:30保福寺9:45~10:46ウェストン碑10:50~10:53保福寺峠11:00~11:48田沢温泉入口~12:41明通トンネル~12:56会吉トンネル~13:22四賀村会田小学校跡~13:53明科駅~14:48松本市内開智小学校~15:21浅間温泉
【走行距離】87.1Km
【使用自転車】 ビアンキシクロクロス
【峠】保福寺峠1342m、青木峠1056m
【GPS軌跡】

詳しくはルートラボへ。
保福寺川沿いに出て、保福寺の集落を抜ける。しばらく走ると「保福寺」への案内板があった。せっかくなので峠の命名の元になったお寺にお参りしてから峠を目指すことにした。
写真:保福寺下町。
写真:「保福寺」
写真:保福寺の山門前にて
保福寺の参道に、犬と一緒のお地蔵さんがあった。そんなに古いものではないかもしれない。
保福寺の参道に、犬と一緒のお地蔵さんがあった。そんなに古いものではないかもしれない。
写真:保福寺にあったお地蔵さん

写真:お地蔵さんの台座にあった文言。子どもを胃腸病で失った人が寄進したのだろうか
写真:保福寺本堂
写真:保福寺にあった石仏
写真:道祖神:保福寺
峠への道は、今回の伴であるビアンキ シクロクロスのギヤは44×34、12~30で、34×21前後でストレスなく走れる傾斜。旧い道の良さが感じられる。
峠への道は、今回の伴であるビアンキ シクロクロスのギヤは44×34、12~30で、34×21前後でストレスなく走れる傾斜。旧い道の良さが感じられる。
写真:ウェストン碑の入口
しばらく峠道をのぼっていくと、ウエストンの碑入口があった。
しばらく峠道をのぼっていくと、ウエストンの碑入口があった。
写真:ウェストン「日本アルプス絶賛の地」の碑
木々が生えたこともあるのか、「絶賛の地」碑の場所から、北アルプスを望んだが、全然たいしたことなかった。小さくしか見えない。
木々が生えたこともあるのか、「絶賛の地」碑の場所から、北アルプスを望んだが、全然たいしたことなかった。小さくしか見えない。
写真:保福寺峠
碑からすぐそこが、保福寺峠であった。峠部分はけっこう広い。
碑からすぐそこが、保福寺峠であった。峠部分はけっこう広い。
写真:保福寺峠の下り
ごきげんな峠道の下りで、写真はほとんど撮らなかった。
ごきげんな峠道の下りで、写真はほとんど撮らなかった。
写真:青木村市ノ沢、ようやく現れた集落
写真:青木村 「東山道」碑
写真:田沢温泉入口
田沢温泉の入口から山間に入り、青木峠(明通トンネル)へ
田沢温泉の入口から山間に入り、青木峠(明通トンネル)へ
写真:青木峠(明通トンネル)
しばらく山腹を走り、会吉トンネルへ。
しばらく山腹を走り、会吉トンネルへ。
写真:会吉トンネル
写真:会田小学校(2013年3月まで存在:旧 四賀村)入口跡
写真:こじんまりとしたガソリンスタンドもあった(旧 四賀村)
暑い中、松本市内までひたすら走る。松本市内には「下宿屋」の看板をかかげている家に出会った。高校生向けであろうか。
暑い中、松本市内までひたすら走る。松本市内には「下宿屋」の看板をかかげている家に出会った。高校生向けであろうか。
写真:松本市内の下宿屋。
写真:宿泊&デポ地の浅間温泉「みやま荘」
浅間温泉の観光協会を通じて予約した「みやま荘」は、風呂も料理も部屋も、なかなか良かった。こじんまりとした宿を好む私でも、満足。 おしまい。
浅間温泉の観光協会を通じて予約した「みやま荘」は、風呂も料理も部屋も、なかなか良かった。こじんまりとした宿を好む私でも、満足。 おしまい。
猫峠 ― 2016/09/22
猫峠、ウチには3匹のネコがおり、地形図を眺めていて、興味をもった。
私の走った猫峠は、岐阜県の根尾地区のもの。国土地理院の地形図には、その名前が記されているが、グーグルマップやヤフーマップには記載がない。
越美国境 温見峠を走りに行った際、ついでに経由してみた。
峠には峠名の表示はなく、「クマに注意」という看板があるだけだった。
とくに特徴的なものがあるわけでなく、道路も新しいので風情も特にない。
とはいえ、なかなか行けるところでもないので、行っておいてよかった。
私の走った猫峠は、岐阜県の根尾地区のもの。国土地理院の地形図には、その名前が記されているが、グーグルマップやヤフーマップには記載がない。
越美国境 温見峠を走りに行った際、ついでに経由してみた。
峠には峠名の表示はなく、「クマに注意」という看板があるだけだった。
とくに特徴的なものがあるわけでなく、道路も新しいので風情も特にない。
とはいえ、なかなか行けるところでもないので、行っておいてよかった。
(追記 2017/1)
猫峠に関しては、芝村文治「秘境・奥美濃の山旅」ナカニシヤ出版1972 p185〜186に記載されているので、引用させてもらう。
【猫峠という変わった名前の峠である。下生えの少ない時期に越えると今でも越波へ出ることができる。この猫の背のように低い猫峠は、以前は鯖江の誠照寺から来る”おまわりさん”の伝導順路に当たっていたので道は大切にされていた。大河原の人に聞くと、越前の秋生から駕籠に乗って蠅帽子峠を越えて根尾村へはいったおまわりさんは、大河原から猫峠越しに越波へはいり、(折越峠)ー大須ー(根尾東谷側)−樽見ー(西谷川)ー能郷ー八谷と村々を半月もかかって回り、馬坂峠から徳山村へ抜けたらしい。】
「おまわりさん」について、詳しくは、「誠照寺御使僧 美濃廻り 巡回経路」という力作のwebサイトがあり、リンクの許可をいただきましたので、ご覧ください。
「おまわりさん」について、詳しくは、「誠照寺御使僧 美濃廻り 巡回経路」という力作のwebサイトがあり、リンクの許可をいただきましたので、ご覧ください。
写真:猫峠(岐阜県)
猫峠、国土地理院地図より(クリックして拡大して見て下さい)
今庄から高倉峠、冠山峠、越前大野、温見峠、樽見鉄道 ― 2016/09/19
越美国境温見峠(えつみこっきょう ぬくみとうげ)、越前(福井県)と美濃(岐阜県)の境にある峠で、国道157号なのだが、”酷道”と呼ばれて一部のマニアの間では有名。
サイクリストの間でも、その名は知られている。
以前から走ってみたいと思っていたのだが、通行止めになっていることもしばしばで、今回、ようやく実行した。
せっかくなので、近くにあって、地形図を眺めているとなかなか魅力的に思える高倉峠(こうくらとうげ)、冠山峠も絡めて、越前大野に1泊するプランにした。終着は樽見鉄道の樽見駅。出発地は、北国街道の宿場として味わいがある、今庄にしよう。
久しぶりの完全輪行。自転車も久しぶりに連れ出すTOEI650A。1987年に購入したものだが、タイヤは「グランボア オルソンエース=650×1/2A相当」に先日交換。その前は、タイヤはアルプスブランドのものを使っていたが、オルソンエースに替えて、走りが見違えるように軽くしなやかになった。「タイヤはフレームの七難を隠す」のか「タイヤはフレームのポテンシャルをしっかり引き出す」のか、どちらでもいいが、とにかく走行感が 断然改善し、本番ツーリングに連れ出す気持ちになった次第。
フロントバック装着方法をリクセンカウルにして、キャリアは外した。フロントバックはモンベルの防水タイプを初使用。カメラの頻繁な出し入れには向かないので、コンパクトカメラをジャージの後ろポケットに入れて走った。
雨が心配されたが、幸い、大きな崩れはなく、走れた。
温見峠の道が「酷道」と呼ばれているのは知っていたが、正直、たいしたことないと思っていた。自動車では大変でも、自転車なら大概、なんでもない。土砂崩れ があっても担いで越えられることが多いし、人為的な通行止めでない限り、たいていの場合、通過には苦労しない。舗装してあれば、自動車が走れるところなら、どんな急勾配でも登れる。登山、その中でも沢登りもやっているので、沢登り感覚でいうと、自動車の走れる道はハイウェイ以上。道迷いなく人里につながる安全地帯である。
と思っていたが、実際走ってみて国道157号線が「酷道」であることは認めざるを得ない。その核心部は、峠付近ではなく、岐阜県側の根尾黒津と根尾能郷の間の悪絶ゴルジュ地帯である。根尾黒津を過ぎてダウンヒルを続けていて、右カーブ正面の視界に飛び込んできた、あまりにも悪絶な、規模の大きいゴルジュ入口をみて、一瞬、信じられなかった。こんなところに突っ込んでいくのかと。断崖絶壁に、無理に通したであろう道路がへばりついているのが見える。
停車して写真を撮ろうと思ったが、ブレーキをかけてバランスを失うと危険なのと、なんだか、留まってはいけない場所だという気配を感じ、そのまま通過した。残念ながらその悪絶さを伝える写真は無い。
豪雪地帯なので、排雪のためガードレールを設置することができず、路肩には何もなく切り立った崖になっている。
もっとも、自動車ならガードレールに助けられることがあるかもしれないが、自転車なら、仮にガードレールがあっても、ガードレールにぶつかったりすると人間だけは確実に前方に放り投げられて落下するので、ガードレールの有無は安全に関係ない。転倒して路面を滑走した場合にはガードレールに助けられることがあるかもしれないが。
崖の高さは100mであっても、10mであっても、落ちた人間へのダメージの結果としては同じである可能性が高いが、やはり高い崖をへつるように掘削されたガードレールのない道というのは、怖い。よくこんなところに道を通したな、と思った。登山に例えると黒部川の水平歩道の ような感じ。
対向車が来たら、自転車でも止まらないといけない。路面は雨で濡れている。
スリルを感じるために自転車ツーリングをしているのではないし、積極的に走りたい道ではない、この道が「酷道」と呼ばれることに納得した次第。
温見峠全体では、福井県の大野平野を過ぎると、悪絶ゴルジュ地帯を過ぎた根尾能郷までは集落が無く、無住地帯をこれだけ長く走れるところは本州では数少ないのではなかろうか。北上山地の安家川沿いを走った時も、「なんと人気(ひとけ)の無い寂しいところだ」と思ったが、それ以上だ。
コンビニはおろか自販機も、もちろん無いが、真夏でも道路の横からの湧き水や沢は豊富なので、飲み水には困らないであろう。
スケールの大きな峠越え、ほぼ一日かけて日本海側から太平洋側へと、ひとつの峠を越える。充実感は数日後であってもしばらく脳内と身体に残り、今思い返しても、心が満たされる。こんなに感動を与えてくれた峠は、私にとって、他には無い。
[使用自転車] TOEI650A ランドナー
サイクリストの間でも、その名は知られている。
以前から走ってみたいと思っていたのだが、通行止めになっていることもしばしばで、今回、ようやく実行した。
せっかくなので、近くにあって、地形図を眺めているとなかなか魅力的に思える高倉峠(こうくらとうげ)、冠山峠も絡めて、越前大野に1泊するプランにした。終着は樽見鉄道の樽見駅。出発地は、北国街道の宿場として味わいがある、今庄にしよう。
久しぶりの完全輪行。自転車も久しぶりに連れ出すTOEI650A。1987年に購入したものだが、タイヤは「グランボア オルソンエース=650×1/2A相当」に先日交換。その前は、タイヤはアルプスブランドのものを使っていたが、オルソンエースに替えて、走りが見違えるように軽くしなやかになった。「タイヤはフレームの七難を隠す」のか「タイヤはフレームのポテンシャルをしっかり引き出す」のか、どちらでもいいが、とにかく走行感が 断然改善し、本番ツーリングに連れ出す気持ちになった次第。
フロントバック装着方法をリクセンカウルにして、キャリアは外した。フロントバックはモンベルの防水タイプを初使用。カメラの頻繁な出し入れには向かないので、コンパクトカメラをジャージの後ろポケットに入れて走った。
雨が心配されたが、幸い、大きな崩れはなく、走れた。
温見峠の道が「酷道」と呼ばれているのは知っていたが、正直、たいしたことないと思っていた。自動車では大変でも、自転車なら大概、なんでもない。土砂崩れ があっても担いで越えられることが多いし、人為的な通行止めでない限り、たいていの場合、通過には苦労しない。舗装してあれば、自動車が走れるところなら、どんな急勾配でも登れる。登山、その中でも沢登りもやっているので、沢登り感覚でいうと、自動車の走れる道はハイウェイ以上。道迷いなく人里につながる安全地帯である。
と思っていたが、実際走ってみて国道157号線が「酷道」であることは認めざるを得ない。その核心部は、峠付近ではなく、岐阜県側の根尾黒津と根尾能郷の間の悪絶ゴルジュ地帯である。根尾黒津を過ぎてダウンヒルを続けていて、右カーブ正面の視界に飛び込んできた、あまりにも悪絶な、規模の大きいゴルジュ入口をみて、一瞬、信じられなかった。こんなところに突っ込んでいくのかと。断崖絶壁に、無理に通したであろう道路がへばりついているのが見える。
停車して写真を撮ろうと思ったが、ブレーキをかけてバランスを失うと危険なのと、なんだか、留まってはいけない場所だという気配を感じ、そのまま通過した。残念ながらその悪絶さを伝える写真は無い。
豪雪地帯なので、排雪のためガードレールを設置することができず、路肩には何もなく切り立った崖になっている。
もっとも、自動車ならガードレールに助けられることがあるかもしれないが、自転車なら、仮にガードレールがあっても、ガードレールにぶつかったりすると人間だけは確実に前方に放り投げられて落下するので、ガードレールの有無は安全に関係ない。転倒して路面を滑走した場合にはガードレールに助けられることがあるかもしれないが。
崖の高さは100mであっても、10mであっても、落ちた人間へのダメージの結果としては同じである可能性が高いが、やはり高い崖をへつるように掘削されたガードレールのない道というのは、怖い。よくこんなところに道を通したな、と思った。登山に例えると黒部川の水平歩道の ような感じ。
対向車が来たら、自転車でも止まらないといけない。路面は雨で濡れている。
スリルを感じるために自転車ツーリングをしているのではないし、積極的に走りたい道ではない、この道が「酷道」と呼ばれることに納得した次第。
温見峠全体では、福井県の大野平野を過ぎると、悪絶ゴルジュ地帯を過ぎた根尾能郷までは集落が無く、無住地帯をこれだけ長く走れるところは本州では数少ないのではなかろうか。北上山地の安家川沿いを走った時も、「なんと人気(ひとけ)の無い寂しいところだ」と思ったが、それ以上だ。
コンビニはおろか自販機も、もちろん無いが、真夏でも道路の横からの湧き水や沢は豊富なので、飲み水には困らないであろう。
スケールの大きな峠越え、ほぼ一日かけて日本海側から太平洋側へと、ひとつの峠を越える。充実感は数日後であってもしばらく脳内と身体に残り、今思い返しても、心が満たされる。こんなに感動を与えてくれた峠は、私にとって、他には無い。
[使用自転車] TOEI650A ランドナー
[峠] 高倉峠(こうくらとうげ: 956m)、冠山峠(かんむりやまとうげ:1,050m)、温見峠(ぬくみとうげ:1,020m)
<記録>
2016年8月27日(土) 京都駅6:58=(サンダーバード1号)=7:57敦賀8:06=8:22今庄10:10~10:50伊藤氏庭園~12:34高倉峠~13:17徳山分岐13:28~14:22冠山峠~15:30池田町~17:10越前大野:17:35弥生旅館
8月28日(日)泊地7:45:大野市街地8:05~8:30越前田野駅~8:55五条方発電所~9:20真名川ダム~9:40仙爺谷橋~10:00若生寺大橋~10:37雲川ダム(トンネル)~11:06小さい峠(熊河川と温見川)~11:20温見集落~12:10温見峠~12:36猫峠分岐~12:52猫峠~13:12根尾黒津~(悪絶ゴルジュ)~13:35根尾能郷~14:00樽見鉄道樽見駅14:58=(樽見鉄道)=16:02大垣16:34=18:12京都
2016年8月27日(土) 京都駅6:58=(サンダーバード1号)=7:57敦賀8:06=8:22今庄10:10~10:50伊藤氏庭園~12:34高倉峠~13:17徳山分岐13:28~14:22冠山峠~15:30池田町~17:10越前大野:17:35弥生旅館
8月28日(日)泊地7:45:大野市街地8:05~8:30越前田野駅~8:55五条方発電所~9:20真名川ダム~9:40仙爺谷橋~10:00若生寺大橋~10:37雲川ダム(トンネル)~11:06小さい峠(熊河川と温見川)~11:20温見集落~12:10温見峠~12:36猫峠分岐~12:52猫峠~13:12根尾黒津~(悪絶ゴルジュ)~13:35根尾能郷~14:00樽見鉄道樽見駅14:58=(樽見鉄道)=16:02大垣16:34=18:12京都
写真:北陸本線今庄駅がスタート地点
写真:越美国境 高倉峠(こうくらとうげ)
写真:越美国境 冠山峠
写真:越前大野の町並み
写真:国道157号線、温見峠へ
写真:国道157号線 温見峠


















































































































































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