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隠岐島~島前・島後の4島を巡る(自転車)[3]2025/07/01

◎走行日:2025年5月25日(日)夜発~30日(金)車中泊1、現地4泊5日
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊


隠岐島~島前・島後の4島を巡る[1]
隠岐島~島前・島後の4島を巡る[2]


Day4:5/29晴れ:民宿 味富7:45~8:05福浦トンネル~9:05福浦(集落)~9:45水若酢神社・隠岐郷土館・五箇創生館10:50~12:00白島埼灯台13:10~水木しげる像13:30~14:00世間桜~15:00卯敷(うずき)~16:50西郷・「竹の坊」(泊) 走行:65km

宿を出発して、旧五箇村のよく手入れされた田んぼの中の道を走り、「福浦トンネル」へ。
         旧五箇村

         福浦の入り江。いかにも外海の荒波を防げそう

単に海沿いの旧道を走ろうと思っただけだったが、思わぬ収穫があった。福浦トンネル、すごい。
         福浦トンネル説明板
         福浦トンネル(旧)
         福浦トンネル・手掘り時代のものか
         
         徒歩時代はこの海沿いの岩盤の上を歩いていたのだろうか     
         福浦トンネル。それぞれの時代がわかる。
         自動車通行時代。1988年に新福浦トンネルが竣工しているので、それまで使われていたのだろう。
         新福浦トンネル。1988年6月竣工とある。

         福浦滝

福浦でUターンし、水若酢神社へ。隠岐一の宮。
         水若酢神社
         水若酢神社
         水若酢神社
         水若酢神社

隣接する「隠岐郷土館」をじっくり見学。
隠岐郷土館
         隠岐郷土館

展示物の中で、一番印象に残ったのは「冬ツヅリ」という、冬用の仕事着。
商品経済が浸透する前、自給自足的生活で「衣」をまかなうことは、たいへんなことだったのではないかと思う。
世界中の賃金の安い地域で作ったファストファッションを使い捨てている今の暮らし、、。
         冬ツヅリ

その隣にある「五箇創生館」も見学。
         五箇創生館

見学に時間を費やした後、今回の旅の目的のひとつである、海上保安庁の「灯台カード」を得るため、白島灯台へ。
白島灯台
         白島灯台。「白島」の読み方は、地元のパンフでは「しらしま」、海上保安庁の灯台は「しろしま」になっている。
         白島海岸。海霧で、どこからが空なのか判らない
         白島神社鳥居。島根県神社庁の読みでは「しらしま」。

白島崎から坂を下り、「中村」にある水木しげるの「アマビエ像」へ。
         アマビエ像

水木しげるのルーツはこの地とのことで、水木しげるのブロンズ像があった。
         水木しげるブロンズ像

隣に「唐傘の松」という立派な松があった。推定500年以上。
         唐傘の松

海沿いの旧道を走ろうと思って、「飯美(いいび)」の集落に入ったが、旧道は落ち葉が堆積して軽トラの轍もなかったため、引き返して新道を走った。
飯美大橋
         飯美大橋      
         飯美港

隠岐島後の東海岸を走る。卯敷(うずき)、この集落も海と田んぼが美しい。
         卯敷
         卯敷

         久保呂海岸

「佐々木家住宅」に寄りたかったが時間がないのであきらめ、西郷へひたすら走る。
小さなトンネルを抜けると、西郷の中心部。
         小さなトンネル
         西郷の建物
         西郷
         新聞販売店
         宿泊した「竹の坊」


Day5:5/30晴れ:「竹の坊」7:40~西郷港8:30=(フェリーしらしま)=菱浦=別府=来居=13:20境港港~14:30美保関灯台15:35~16:23七類港(デポ)=(米子道・中国道)=京都自宅 自転車走行:30km

おき西郷港へ。宿から至近距離。
西郷港
         おき西郷港

フェリー乗り場で出会ったハンターカブCT125で日本一周している人。
3月に浜松を出発して9月には帰宅予定とのこと。
去年、北海道ツーリングをした時にも、CTシリーズで旅している人にたくさん出会った。
         Honda CT125 ハンターカブ

フェリー船内にて。ザックは「ヤマネオリジナル」1987年購入。
         西郷から境港への切符

西郷港を出発。島前の各港へ寄って、境港へ。
今回のツーリングで全てお世話になった港。たった数日前のことだが懐かしく感じる。
         西郷港

         菱浦港(中ノ島)

別府港
         別府港(西ノ島)

来居港
         来居港(知夫里島)

境港に到着。クルマをデポした七類港へはシャトルバスがある。雨だと乗車しようと思っていたが、天気が持ったので、自走で、ついでに美保関に寄ることにした。
         境港の岸壁。正面の橋は、境水道大橋

境水道大橋は、以前は有料道路だった。歩行者や自転車が通行することが想定されてない道幅だが、交通量が少ないので助かった。
         境水道大橋

クルマが来ないので、狭い歩道部分に乗り、境港市街の写真を撮った。
         境港市街

美保関灯台で灯台カード。想像していた以上に、美しい灯台と周囲の景観。
隠岐島の島影も見えた。反対側には大山も。
美保関灯台
         美保関灯台

灯台の建物内にビュッフェがあり、特製カレーライスを食べた。海、隠岐島を眺めながらの美味しいカレー。
         美保関灯台ビュッフェ

         美保関灯台から見える隠岐島

灯台からの坂を降りて、境水道沿いに走っていたところ、隠岐島行きの高速船が爆走していた。高速船には輪行状態でも自転車は積めない。背景には大山。
         隠岐島行きの高速船

無事、七類港駐車場に到着。
         七類港駐車場(無料)

帰宅後、「ニューサイクリング(NC誌)」1983年10月号11月の薛雅春さんの隠岐島紀行を読む。
NC誌の紀行文に載っている地は、私にとっては歌枕の地のようなものかもしれない。しみじみと、当時を偲ぶ。NC誌を知ってバックナンバーを買い集めたのは結婚後、京都に住んで I’s Bicycle に通うようになってからだが。
有吉佐和子『日本の島々、昔と今』岩波文庫 はエッセーではなくルポルタージュで、隠岐島をめぐる当時の情勢がよく伝わる。竹島のことも。有吉佐和子が大酒呑みだと知ることもできた。
         「ニューサイクリング」1983 年10月11月号
(おしまい)


隠岐島~島前・島後の4島を巡る(自転車)[2]2025/06/30

 
◎走行日:2025年5月25日(日)夜発~30日(金)車中泊1、現地4泊5日
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊

Day3:5/28晴れ:みつけ島荘・別府港7:50=(内航フェリーどうぜん)=8:02菱浦港(中ノ島)~8:40隠岐神社・後鳥羽天皇御火葬塚・後鳥羽資料館・村上家資料館10:00~10:15宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)~10:35明屋海岸展望所~11:13金光寺(きんこうじ)~12:12菱浦港12:50=(フェリーくにが)=14:00西郷港~14:35西郷岬灯台~15:07玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)~16:00水若酢神社~16:30民宿  味富・隠岐温泉(泊)
走行:55km
                           移動ログ

西ノ島・別府港から内航フェリーで、対岸の中ノ島・菱浦港へ。通学の高校生も利用。中ノ島には「隠岐島前高校」があり、日本中から生徒が集まっており、進学実績(それだけを重視している学校ではないだろうが)もなかなかのもの。
        別府港を出航したところ。右手に黒木御所、左手に幕府警固の見附島。

中ノ島に到着。銀行もある。
         山陰合同銀行海士支店のあるメインストリート

まずは、隠岐神社へ。1934(昭和14)年創建の新しい神社。京都でいえば平安神宮のようなものかも。
海士町には隠岐・中ノ島に配流され、この地で亡くなった後鳥羽上皇ゆかりの史跡が集まっている。
隠岐神社
         隠岐神社
         隠岐神社
後鳥羽天皇御火葬塚
         後鳥羽天皇御火葬塚

向かいにある後鳥羽院資料館も見学
         後鳥羽院資料館

後鳥羽天皇に仕えたといういわれのある隠岐の旧家・村上家の資料館。京の公家・水無瀬家とも交流があった。
村上家資料館
         村上家資料館
         村上家資料館 入り口

後鳥羽資料館で紹介されていた「宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)」を目指す。
西ノ島ではあまり見なかった、田んぼが広がっていた。
         県道317号海士島線

田んぼの中に浮かんでいるように見える宇受賀命神社。平安時代の神社一覧に名を連ねる古い神社。
         宇受賀命神社
         宇受賀命神社の本殿

海沿いに走り、島の北側、明屋(あけや)海岸へ
         牛がまどろんでいた
         明屋海岸
         明屋海岸

そこそこのヒルクライムで金光寺へ。小野篁が参ったとのこと。
         金光寺

坂を下って、海士町中心部へ。農協の建物が渋い。
         海士町の農協

菱浦港に戻り、フェリーで島後・西郷へ向かう
         島後へのフェリー切符

フェリー乗り場の建物はウッディーな空間
         菱浦港乗り場。隠岐関連の本を読める
         畳でくつろぐこともできる
         隠岐汽船フェリー くにが
         自動車を積み込んだところ
         菱浦港を出航

西郷岬灯台の横を通過し、西郷港はすぐ近く。西郷岬灯台は海上保安庁の「灯台カード」該当で、下船後、自転車で向かう。
         西郷岬灯台

西郷港で下船。
西郷は、自動車が普通に多く走っていて、信号も多い。これまで「島旅」感にあふれていたが、なんだか「島旅」感が薄れて本州の普通の町を走っている感覚。

         西郷港で下船して、最初に目にした景観

西郷大橋を渡って、西郷岬へ。隠岐空港への経路になることもあってか、交通量が多い。
西郷大橋南詰めから西郷の町を眺める。
         西郷

意外に上り坂が続き、西郷岬灯台へ到着。灯台カードを得る。
西郷岬灯台
         西郷岬灯台

西郷市街方向へ戻り、玉若酢命(たまわかすみこと)神社へ。
玉若酢命神社
         億岐(おき)家住宅

玉若酢命神社の境内に入ったところ、巨大な杉に驚いた。比類なき迫力。
「八百杉(やおすぎ)」と命名される国指定天然記念物で樹齢1500年以上。
         八百杉
         八百杉
         玉若酢命神社本殿

島後の北方、旧五箇村にある宿へ向かう
         島後の民家

美しい田んぼが広がってた
         隠岐の田園風景

トンネルを抜け、水若酢神社の側を走って、旧五箇村役場へ。
         五箇村道路元標        

「民宿 味富」に到着。五箇温泉が至近距離。

隠岐島~島前・島後の4島を巡る(自転車)[1]2025/06/28

         知夫里島アカハゲ山より 

4月に帰省したとき、95歳の父が「引き出しを整理していたらこんなものが出てきた。隠岐島の玉若酢(たまわかす)神社の鈴」といって、わりと大きな鈴を差し出した。以前(といっても推定70年以上前)、青年団で隠岐島に行き、土産で買ったそう。

手にとったところ、なんだか鈴が隠岐島に呼んでいるような気がして、行きたくなった。
隠岐島には、30年程前、仕事で行ったことがあるが、ほとんど何も覚えていない。

島根半島の七類港からフェリーで島前(どうぜん)の「知夫里島(ちぶりじま)」来居港(くりいこう)で降り、赤ハゲ山展望台などを巡ってその日のうちに内航船で「西ノ島」別府(べっぷ)の宿へ。2泊して後醍醐天皇の黒木御所址や摩天崖(まてんがい)、国賀海岸遊覧船を満喫。3日目に「中ノ島」菱浦港へ渡り後鳥羽上皇関連、その日のうちにフェリーで島後(どうご)の西郷港へ。旧五箇村の宿と西郷の宿に泊まり、境港行きのフェリーで隠岐を後にした。4泊5日で一応、隠岐の全ての島を廻った。

隠岐島というのは地図上では日本海に浮かぶ「孤島」だが、全然僻地感はなかった。古くは中国大陸や朝鮮半島からの文化の通り道であったし、貴人の行き来もあった。近世でも北前船の寄港地であったりしたことから、元々外界に開かれた地なのだろう。神社がすごく立派だし、建築物もしっかりしている。僻地にありがちな粗放感や荒涼感がない。
島全体が整っているという印象。

「日本書紀」の神話によると、神代の昔、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の夫婦神は、高天原(たかまのはら)に住む神々から国生みを命ぜられ、淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐島、対島、佐渡島、最後に本州を誕生させた、とあるので、隠岐島は3男とでもいうか、本州の兄なのである。

◎走行日:2025年5月25日(日)夜発~30日(金)車中泊1、現地4泊5日
◎使用自転車:グランボア650×42B 55号ランドナー
◎峠:ー
◎宿泊:みつけ島荘(2泊)、民宿 味富、竹の坊

◎行程:5/25:京都自宅20:40=(中国道・米子道)=23:59蒜山高原SA(車中泊)
Day1:5/26晴れ:蒜山高原SA6:50=(米子道)=8:00七類港(車デポ)9:30=(フェリーくにが)=11:30来居港(知夫里島)昼食[ニューポート:隠岐牛特製カツ丼]12:18~御越鼻13:00~13:43アカハゲ山展望台14:15~14:37ウクイガ崎展望所付近~14:52古海~15:20来居港15:57=(内航フェリーどうぜん)=16:35別府港~16:50みつけ島荘(泊)
走行:21km 
          5/26 走行ログ

島根半島の七類港からフェリーで、隠岐(島前)知夫里島の来居(くりい)港へ。
来居港
          来居港ターミナル
         フェリーくにが

来居港の真正面にある「ニューポート」というお店で、隠岐牛特製牛丼(1,000円)を食べて出発。
          特製牛丼

隠岐島(知夫村)で感心したのは、地区のバス停が移動図書館の基地になっていること。
こどもから大人まで、図書館を身近に感じられることだろう。
知夫村のバス停図書館
         知夫村のバス停図書館

道端で石像としばしば出会った。
         河井湧水の石仏

郡地区から海沿いを走る。前方に「浅島」が特徴的な姿を見せる。
         前方に浅島
         浅島

ちょっと坂をのぼって御越鼻メグリ照射灯。
御越鼻メグリ照射灯
         御越鼻(みこしはな)メグリ照射灯

アカハゲ山へのヒルクライム。振り返ると、先刻通過した知夫漁港(仁夫里)。
         知夫漁港(仁夫里)

後醍醐天皇行在所の碑。正面にはアカハゲ山展望台。
行在所は森の中かと思っていたら、放牧地として開けていた。
         後醍醐天皇行在所

坂を28×28の最大ローギアで上っていると、電動アシスト自転車のおばちゃんにあっさりと抜かれた。海抜0mからのヒルクライム。

         アカハゲ山の三角点(324m)

アカハゲ山に到着、あまりの絶景に驚いた。
誠に感動的な景観だが、「アカハゲ山」という名称が、、。頭髪を気にする人を誘うのには、ちょっとセンシティブかもしれない。
もう少しロマンティックな想像力をかきたてる名称だったら、観光地としてもっと違う展開になっていたのかもしれない。
まあ、「恋人の聖地○○」とかのいかにも観光向けの愛称よりは断然マシだが。
         アカハゲ山より島前カルデラを望む

電動アシスト自転車(レンタル)のおばちゃんに写真を撮ってもらった。東京からの一人旅。身体の動くうちに、とのことで隠岐島ではカヤック体験とか諸々アクティブに過ごされるそう。この方とは、この後、何度も隠岐島内で出会うことになる。移動手段とルートが限られているし。
         アカハゲ山にて
         上ってきた道

アカハゲ山から北向きにルートをとる。
隠岐の海が正面に広がる。
         海に向かってダウンヒル

しばらく快調に走っていると、牛が実効支配しているエリアに突入した。
「うしさんうしさん、あやしいものではありません。とおしてください」と言って通してもらった。
         牛が小径を実効支配

サイクルツーリングとして垂涎の道が続き、「古海(うるみ)」という集落に出た。
赤瓦のしっかりした家屋。”蘇民将来”の神事が伝承されている。北前船の風待ち港として栄えた時代もあったとのこと。
知夫村古海
         知夫村古海
         古海のバス停移動図書館
                           古海付近

来居港に戻り、内航フェリーで西ノ島の別府へ。
         内航フェリー乗り場
フェリーどうぜん
         フェリーどうぜん

来居港の正面には、かつては醸造元であった土産物屋さんがあった。
         安藤本店

別府にある「みつけ島荘」に宿泊。
女将は”日本縦断こころ旅”の田中美佐子の小中学校同級生だとご本人から聞いた。
宿の廊下に、”女優と女将”のテニス姿の写真が貼ってあった。
         連泊した「みつけ島荘」


Day2:5/27晴れ:みつけ島荘7:55~黒木御所址~9:00宇賀~黒木御所址碧風館~9:55別府・西ノ島ふるさと館(見学)10:10~11:10焼火神社遊歩道入り口[徒歩11:25焼火神社]11:57~12:41船引運河~13:40摩天崖~14:08国賀海岸展望台~14:30浦郷港・国賀海岸定期観光船乗り場15:00=(定期観光船)=16:30後郷港~16:58みつけ島荘(泊)走行:51km
         5/27ログ

宿を出て黒木御所址へ。資料館の開館が9時なので、それまでの間、島の東端の宇賀(うか)まで走ることにした。

         途中にある「倉の谷」港

倉の谷から宇賀へのバイパス道路の切通ピークに神社入り口があった。
辿ってみると、比奈麻治比売命神社(ひなまじひめみことじんじゃ)。
古くは8世紀、遣渤海使船の帰路、夜闇の海原で迷った際、この神社の霊験で無事浜に着いたといういわれのある、式内社。
それにしても、古い神社がさりげなく存在している、隠岐島。
         比奈麻治比売命神社(ひなまじひめみことじんじゃ)

島の東端、「宇賀」
         宇賀
         宇賀
         宇賀付近

黒木御所址へ戻る。1332年から1年余り、後醍醐天皇の行在所であった。
隠岐島民と伯耆国の名和長年らの助けで隠岐から脱出して建武の新政を開始。
そういえば、以前、会社に名和長年の子孫を名乗る後輩がいたことを思い出した。
黒木御所址
         黒木御所址入り口
         黒木御所址へ
黒木神社
         黒木神社
黒木御所址
         黒木御所址 行啓記念柱もあった
         碧風館:後醍醐天皇関連の資料館
         碧風館の展示:「後醍醐天皇の道」

後醍醐天皇の配流と脱出ルートには、身近な地名が複数登場。隠岐島から伯耆国御来屋の上陸地点にある御腰掛岩には、以前のサイクルツーリングで立ち寄った。

         近くにある、後醍醐天皇に付き従った三位局館跡

別府では「西ノ島ふるさと館」[山本幡男資料室]も見学して、次の目的地、焼火(たくひ)神社へ。

途中、大山地区で、辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』文芸春秋1989ーーシベリア抑留のノンフィクション、後にテレビドラマ(1993)、映画化(2022年)ーーの山本幡男生家跡碑に出会った。
         山本幡男生家跡

焼火神社の入り口に自転車を止め。徒歩15分ほどで社殿。
焼火神社
         焼火(たくひ)神社
         焼火神社より 向かいには知夫里島

焼火神社からのダウンヒル。山々の緑の勢いがすさまじい。
         隠岐の山の緑

美田(みた)港沿いに走り、西ノ島の真ん中を貫通する「船引運河」を目指す。
         美田港 後方に西ノ島大橋

         隠岐の民家

船引運河。大正4年(1915年)開通。延長340m、幅5.5m。
昭和39年(1964年)拡幅。延長340m、幅12m。
         船引運河

小さな坂を上がったところに、由良比女(ゆらひめ)神社。すぐ横に「イカ寄せの浜」があり、かつてはイカが驚くほど寄ってきたという。
         由良比女神社
         本殿にイカの彫刻があった
         イカ寄せ浜

由良比女神社前から新国賀トンネルを抜け、摩天崖(まてんがい)への登りにかかる。
比高にして180mほどのヒルクライムで、馬が放牧されている眺望の良いエリアに達する。
         摩天崖への途中。知夫里島、アカハゲ山を望む。
         傾斜が緩んだところ
         摩天崖、道路の終点

摩天崖に到着。フランス人の観光客が多数佇んでいた。
遊歩道で下まで歩けるようになっている。団体さんの場合は、バスが下に回送されて待っているみたい。
         摩天崖

私は自転車なので、同じ道を戻り、摩天崖から遊歩道で繋がっている「国賀」バス停へ。
バスの本数が4本もあるので、公共交通での観光が十分可能。バスを待つ時間は、海を眺めて贅沢なものとなるだろう。
         国賀バス停

国賀バス停を出て、国賀海岸の定期観光船乗り場へ。15時~16:30の便に予約していた。
摩天崖を上から眺めた後、今度は海上から。
         隠岐国賀海岸定期観光船乗り場

定期観光船が本気を出すと、とてもスピードが速いのにびっくりした。
         定期観光船より:摩天崖
         通天橋
 洞窟にも入る
         明暗(あけくれ)の岩屋
         明暗(あけくれ)の岩屋

岩ガキは天然物しかないと思っていた。
それにしては最近はいろんなところで流通しているので不思議に思っていたところ、なんと1992年に隠岐・西ノ島で養殖に成功し、そのノウハウを惜しみなく他産地にも開示したからだと知った。
         隠岐 西ノ島の岩ガキ養殖

往路は焼火神社を経由するため山間の道を走ったが、復路は最短ルートを使ったので30分程で宿に着いた。
         正面に「見付島」
         後醍醐天皇の黒木御所を鎌倉幕府が見張った島。

「ある限界集落の記録 昭和二十年代の奥山に生きて」新見市上熊谷指野へ2023/12/09

 自転車でルーラルなエリアを旅するのが好きです。人の手が加わって先人の労働の集積で形成された景観に感じ入ります。
 そこにどんな人が住んでいて、何をして暮らしているのか、かつてどんな暮らしだったのかを知りたくて、関係する本を購入することもしばしばあります。

 そんな日々を過ごす中で、朝日新聞の1面書籍広告に小谷裕幸「ある限界集落の記録 昭和二十年代の奥山に生きて」富山房インターナショナル2023 を見つけ、早速買い求めました。
ある限界集落の記録

 帯のコピーには「消えゆくふるさとへの思い 岡山県中国山地、山あいの小さな集落ーー戦中・戦後、家族が辿った人生と、高度経済成長期以前の生活を、ドイツ文学者が鎮魂の書として綴った貴重な記録」とあります。

 農山漁村をフィールドにした生活歳時記的なエッセーや聞き書き、ルポルタージュや民俗学的記録や論考はこれまでも様々な形で刊行されていますが、リアルにそこで暮らしていた方が学業や就職で巣立った後に、育った集落や人々について他者にわかりやすい形で、主体的具体的に記した本というのに、これまで私は出会ったことがありませんでした。

 筆者は鹿児島大学教授を勤め、ドイツ文学が専門。専門外のテーマだからか、学術書や大学のテキストのようにはなっておらず、自由な立場で伸び伸びと自分の育った集落や人々について書かれています。かといって自分史のようになってしまってはおらず、テーマを外れることなく抑制の効いた構成だと思いました。

 そんな感想をもち、これはぜひ、書かれたフィールドを訪問したいと思い、現地へと向かいました。岡山県新見市(にいみし)上熊谷(かみくまだに)指野(さすの)へ。

*走行日:2023年12月6日(水)
*自転車:グランボア55号ランドナー
*行程:京都自宅6:10=(名神ー中国道)=大佐スマートIC=9:35JR姫新線岩山駅(車デポ)9:50〜11:00指野〜11:40草野〜12:30平吹〜12:45東山〜13:00本誓寺入口〜13:22養鶏場〜13:37大下〜13:55東前寺14:10〜14:45小坂部ダム〜15:25新見市役所横〜16:00岩山駅=(中国道)=17:15津山・あけぼの旅館(泊)
*走行距離:52km
*宿泊:あけぼの旅館(津山市)

岩山駅
写真:JR姫新線岩山駅。1929年に建築され当時の姿を多く残しているとのこと

岩山駅改札
写真:岩山駅改札

岩山駅
写真:岩山駅プラットホーム

岩山
写真:岩山の駅前通り ガソリンスタンド

岩山駅前通り
写真:岩山の駅前通り

岩山駅前メーンストリート
写真:指野へと向かう道

蔵
写真:土壁で窓の大きな蔵があった

岩山駅前で出会った方に、この本のことを話したところ、筆者の同級生の人をよく知っていて「(その人に)電話してあげようか」とおっしゃってくださったが、「お忙しいでしょうし、そこまでは、ありがとうございます」と返答したが、指野への坂道を走っていたところ自動車が止まり(先ほどの方から電話があった)、「自転車ではこの先の坂道はとても登れないだろうから車に乗せてあげる」とその同級生の方。

筆者について、「とても苦労して新見高校から大阪大学に進学し、ドイツ留学もしたが、いまでも帰省したときにはウチに必ず立ち寄ってくれる」と。
何度も車に乗るようにすすめられたが「自転車に乗るのが好きで、坂道も大丈夫ですから」と言って固辞した。
筆者の同級生の方
写真:筆者の同級生の方

指野への道
写真:指野への道

指野道路記念碑
写真:指野道路記念碑

 「指野道路記念碑」があった。指野に電気がついたのは昭和21年(1946年)、道路が通じたのは昭和35年(1960年)。道路はそこそこ傾斜があるが、グランボア55号の28X28ギアで、問題なく走れた。

指野道路記念碑
写真:指野道路記念碑

集落の入り口に石仏が鎮座されていた。
指野の石仏
写真:指野の石仏

指野の集落景観
新見市上熊谷指野

指野
写真:新見市上熊谷指野
指野からみえる山々
写真:指野から望む山々

地形図をみると、指野よりも更に標高の高いところに「草野」という集落があるので行ってみることにした。

草野への道
写真:草野への道
草野への道
写真:草野への道

草野
写真:「草野」耕地の潰廃が進んでいる

もしかして廃村になっていて通い耕作になってしまっているかもしれないと心配したが、郵便配達のバイクと出会い、杞憂であった。近代国家である日本では、全国どんなところにでも人が居住している限り郵便制度を利用できる。

草野
写真:草野、郵便配達。

草野
写真:草野:郵便配達が向かったお家

筆者が盆には訪ねた「東前寺」が山を越えた小坂部川の斜面にあるので、そこにも行ってみることにした。
地形図で実線の道路は、未舗装で落ち葉に埋もれていた。かつて使われた歩きの道とは違って後年にできた道であろうが。

東前寺への道
写真:東前寺への道

途中に平吹という集落がある
平吹
写真:平吹
平吹から下る道には自動車のタイヤ跡は見当たらず、日常的に行き来はないのかもしれない

平吹からの道
写真:平吹からの道

東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺
東前寺
写真:東前寺の石像物

東前寺から新見市街への小坂部川ダム美穀湖(みよしこ)沿いの道が、法面崩壊で通行止めになっていたが、通過。通行する車がないからか道路が落ち葉で深く覆われていて、落ち葉に隠れた岩片や石でタイヤのサイドを切らないように緊張しながら走った。
ダム横で、人の気配が全くなく、とても心細かった。

小坂部川ダム沿いの道
写真:小坂部川ダム沿いの落ち葉に埋もれた道

小坂部川ダム
写真:小坂部川ダム
小坂部川ダムからは、断崖絶壁のワインディングロードを走って新見市街へ出、岩山駅に戻った。
小坂部川ダムからの道
写真:小坂部川ダムからの帰路

翌日の行動を勘案し、宿は津山市の「あけぼの旅館」。津山市内で一番古い旅館とのこと。料理も美味しく、誠に良い宿であった。

津山 あけぼの旅館
写真:あけぼの旅館(津山市)

あけぼの旅館
写真:あけぼの旅館の部屋


 走行ログ 走行距離52km(Trail Noteソフトで制作)

おしまい

吉備から因伯の旧道、造り酒屋2023/02/16

還暦の年、京都の自宅から出生地の鳥取市へワンデイツーリングを帰省を兼ねて実行した。
その時と同じコースを走って帰省するのでは、比較して定量的な走りになってしまいそうなので、別ルートを考えた。今度は泊まりがけでのんびりと。

鳥取県の米子から倉吉までの海岸沿いを、実はこれまで走ったことがない。地形図をみると、国道を外した旧道でなかなかよさそうな道が続いている。岡山から米子へは吉備高原をメインに走るプランとした。

走りやすそうな道を選ぶと旧道であったりして、そこでは造り酒屋との出会いもある。清酒を宅配便で土産にし、蔵元の方と話す機会を得ることで旅が豊かになる。

吉備津駅
写真:JR吉備線、吉備津駅まで輪行

フォーク抜き輪行
写真:今回はオーソドックスなフォーク抜き輪行

地蔵院
写真:備中高松、地蔵院。旧松山往来沿い。

湯本屋旅館:吉備中央町
写真:吉備中央町、湯本屋旅館の部屋

芳烈酒造:有漢
写真:「芳烈」 芳烈酒造 有漢

多和山峠
写真:多和山峠

大正の鶴 落酒造場
写真:「大正の鶴」落酒造場 呰部

後醍醐天皇腰掛岩
写真:後醍醐天皇御腰掛岩 御来屋

後醍醐天皇御腰掛岩の山陰道
写真:後醍醐天皇御腰掛岩のところの山陰道にて 御来屋

伯陽長 江原酒造
写真:「伯陽長」江原酒造 八橋

「美人長」西本酒造場
写真:「美人長」西本酒造場 青谷

魚見台
写真:魚見台:鳥取市街に近づく。砂丘まで見渡せる。

◇走行日:2022年5月21日(土)〜23日(月)2泊3日

◇使用自転車:グランボア650Bランドナーoyakata

◇行程:5/21(土):京都6:55=(のぞみ75号)=7:55岡山8:11=8:26吉備津駅9:25〜10:10備中高松城跡10:23〜11:24西塔坂峠〜12:45豪渓〜13:21岨谷上〜14:05妙本寺〜15:16 吉備中央町竹荘 鷺巣温泉 湯本屋旅館 (泊)
5/22(日):宿8:00〜9:05有漢〜9:40多和山峠〜10:00北房町〜10:29呰部〜10:50きよとうカフェ11:30〜12:28阿口小学校〜12:52岩井畝の大桜〜14:00傍示峠〜14:08刑部〜14:39大佐ダム〜15:46伯備国境〜17:51ホテルαワン米子(泊)
5/23(月):宿8:35〜9:35皆生温泉〜10:30大山口駅〜11:06御来屋〜12:49赤崎駅〜13:13八橋〜14:05天神橋〜14:40泊〜15:03青谷駅〜15:31魚見台〜16:05水尻池〜16:30鳥取大学前〜16:47鳥取市内

◇峠:西塔坂峠(164m)、多和山峠(339m)、傍示峠(ぼうじがたわ389m)
◇宿:鷺の巣温泉 湯本屋旅館(吉備中央町竹荘)、ホテルαワン米子

※ 走行ログ

還暦記念に京都から鳥取 クロモリスポルティフで220㎞2021/05/30

 歳は誰でも何をしていてもとれるもので、不肖還暦になりました。還暦誕生日の前日、記念に京都の自宅を5時過ぎに出て、国道9号でなく交通量の少ない道、遠坂峠、若杉峠、戸倉峠経由で出生地鳥取へ約220km走りました。特に疲れたりどこかが痛むこともなく、まあ特筆すべきことでもないですし、普通に走って、記念撮影。カーボンのロードレーサーで走った時よりも、断然気持ちよかったです。グランボア700cデモンタ(スポルティフ)。

ちなみに鳥取へは、ほぼこのルートで56歳の時に実行、57歳時にも走って毎年走ろうと思っていましたが58歳時は天候不順で中止、59歳時は新型コロナで自粛しました。

[写真] 2021年5月22日(土)5:12 京都の自宅を出発

[写真]篠山 7:52
篠山
[写真]篠山 7:54
柏原
[写真]柏原陣屋 8:49
柏原
[写真]柏原 8:52
柏原高校
[写真]柏原高校 8:53
水分れ
[写真]水分かれ=本州で最低標高の日本海と太平洋の分水界 9:04
青垣
[写真]青垣 9:51 つばめやさんの看板が新調されていた。
青垣
[写真]青垣 9:54(トイレ休憩)
遠阪峠
[写真]遠坂峠 10:47
大屋町
[写真]大屋町 12:22 六地蔵が街道沿いに多い
大屋町
[写真]大屋市場 12:33 まさかシェルと出光が合併するとは想像もしていなかったろう。小さな町で隣り合うガソリンスタンド。
大屋町
[写真]大屋町 12:43 いつもこの六地蔵の横で、パン昼食をとる。
日の出ホールディングス但馬醸造所
[写真]日の出ホールディングス但馬醸造所 13:15 小学校跡。仕事で2回おじゃまさせてもらった。地元の朝倉山椒でつくった「但馬のゆず山椒」は絶品。
若杉峠
[写真]若杉峠 14:15 そこそこ急坂。
戸倉峠
[写真]戸倉トンネル 14:47 2桁国道29号線だが、鳥取自動車道ができてからは交通量激減。トンネルから若桜まで出会ったクルマは5台以下。
若桜橋
[写真]若桜橋を渡ったところ 15:26
若桜
[写真]若桜 15:28
若桜鉄道隼駅
[写真]若桜鉄道隼駅 16:12 スズキのオートバイ「隼」の聖地になっているらしい。
河原
[写真]千代川 16:48 今回は河原(地名)で千代川に合流するまで走り、千代川右岸を鳥取市街へ。千代川の清流が美しい。個人的には四万十川よりも美しいと思う。比較する必要もないけれど。
鳥取城址
[写真]鳥取城址 17:23 卒業した高校への通学に使っていた橋が木製にかけ替えられ、大手門も復元されたというので、立ち寄ってみた。右後ろに見える体育館は在学当時のままの外観だ。
[写真]出会橋 17:35 小学校の通学に使っていた橋を渡って帰ることにした。後ろの山が久松山(きゅうしょうざん)で、鳥取の街を目指す時のランドマーク。
[写真]鳥取自宅  17:38 91歳父と還暦息子で記念撮影。メータ読みの平均速度20.7㎞/h。
[写真]走行ログ ※クリックして拡大
  ○ルート解説
 ・篠山への国道372号線(デカンショ街道)は、バイパスではなく山沿いの旧道。
 ・篠山から柏原への国道176号線沿いには走り良い旧道が並行して存在(大山街道)。
 ・柏原から青垣は、前回までは加古川の左岸を走ったが、今回京橋を渡って丹波市役所甲賀山の右岸にしたところ、とても良かった。
 ・山東町はJR梁瀬駅前の道を走る。
 ・和田山駅前を過ぎてすぐ、円山川沿いに降りる旧道があり、実に快適にジャスト大屋橋に出られる。
 ・若桜からは八東川左岸に実によい道がある。国道29号線も交通量少ないが、左岸がおすすめ。若桜鉄道の駅舎が渋い。
------------------------------------ 
これまでの3回のタイムを比較してみました。
最初の2回はカーボンのロードレーサー(トレック エモンダ5.2)で走り、今年はクロモリの700Cデモンタブル(スポルティフ)で走りました。

走る前は、ロードレーサーで走ったほうが速くて楽なのかな、となんとなく思ったりもしていましたが、実走後はそんなことはないと実感し、タイムを比較しても有意な差は感じられません。

もちろん、タイムトライアル的に走っているわけではありませんし、3回とも微妙に走る道が違います。同じ道を走っている区間でも、写真をとったり休憩の違いがタイムの違いという感じです。

大きく違うのは疲れ方。クロモリのデモンタで走った今年は、走り終わっても疲れを感じませんでしたが、これが自転車、その年の体力や体調、気候条件等どの因子の影響が大きいかを掴むことはできません。結果として、クロモリのデモンタで走って、とても気持ち良かった、それ以上でも以下でもないということです。

京都鳥取220㎞比較
(表)京都-鳥取220㎞ 走行タイム比較(クリックして拡大)

表をみて驚いたのは、このルートの核心部ともいえる、大屋橋--若杉峠 区間のタイムが3回ともほぼ同じなこと。2時間31.32分です。3回ともこの区間でパン昼食をお地蔵さんの傍らでとっているので、休憩時間も含めたタイムですが、それでもほぼ一緒なのは信じられません。タイムは、GPSでログをとったものを「カシミール」に落として地図上から計測しています。

▼2017/6/17走行時  TREKエモンダ5.2
若桜鉄道八東駅
▼2018/5/26走行時 TREKエモンダ5.2

○走行日:2021年5月22日(土)
○使用自転車:グランボア700Cデモンタブル(スポルティフ)
○峠:老ノ坂(219m)、天引峠(トンネル)262m、鐘ヶ坂(トンネル)267m、遠坂峠(376m)、若杉峠(729m)、戸倉峠(トンネル)731m
○行程:京都(自宅)5:12~5:49老ノ坂~7:08天引トンネル~7:50京口橋~7:58篠山城~8:37新鐘ヶ坂トンネル~8:51柏原~9:07水分かれ~9:47青垣~10:46遠坂峠~11:43大屋橋~14:15若杉峠~14:47新戸倉トンネル~15:25若桜橋~16:15隼駅~17:37鳥取自宅 合計12時間25分(休憩・観光含む) 平均速度(サイクルコンピュータ計測)20.7㎞/h

新見から根雨へ、中国山地の旅(2018/10)2019/02/11

”グランボア650Bランドナーoyakata”の納車後、初めての宿泊ツーリングにでかけた。

前から行ってみたかった、鳥取県日野郡にある「根雨」という町。「根雪」という言葉は聞いても「根雨」という言葉には馴染みがないかもしれない。

シトシトと雨がいつでも降っている暗い町、と想像されがちかもしれないが、”陰翳礼讃”というか落ち着いてしっとりとした味わい深い町、なのかもしれない。自転車ツーリングには雨よりも晴れがいいのであるが。

それと、私の母方の祖母から、婦人会の活動でご一緒だった「根雨の近藤久子さん」の話を子どものころに何度か聞いていて、幼いころの思い出の片隅に「根雨」という地名が印象付けられていた。近藤久子(1911~2004)さんは鳥取県連合婦人会長を永らく務め、郷土の環境や平和問題に熱心な方だったとされる。その昔、高等女学校から日本女子大に進み、帰省の時は人力車。根雨の近藤家はたたら製鉄ルーツの大山林地主で明治44年の「時事新報」の「全国五拾萬圓以上資産家表」1018名の中に、鳥取県から4名ランクインされている中の1人である(他は東郷・市橋、智頭・石谷、東伯郡・涌島、米子・阪口)。

根雨 近藤家前にて
写真:根雨・近藤家前にて
根雨
写真:山陰合同銀行根雨支店跡(ほんの少し前まで現役だった)
根雨
写真:根雨の町並み
根雨
写真:根雨、祇園橋

○走行日:2018年10月27日~28日
○宿泊地:鳥取県日野郡日野町根雨  旅館「朝勝館」
○使用自転車:グランボア650Bランドナーoyakata
○峠:[法ケ峠鍵掛峠、川面峠(324m)、[]=国土地理院地形図に表記の無い峠
○行程:10/27 京都=(中国道)=新見駅9:00~10:05岩山駅~11:08天原の峠~山田方谷記念館12:00~12:25方谷園~14:30四十曲トンネル鳥取県側出口~14:55根雨 泊
10/28 根雨8:00~8:47別所~9:37黒坂駅~10:26生山駅~12:00多里(昼食)~13:05鍵掛峠(広島県境)~14:05東城町頭地~14:35岡山県境の峠~15:23備中神代駅~16:00新見=(中国道)=19:36京都自宅
○走行km 10/27:65.8km(ルートラボ)、10/28:99.5km(ルートラボ)

早朝、京都の自宅を出発。中国道で新見駅前のパーキングにクルマをデポ。
新見駅にはかつてD51三重連で名をはせた新見機関区があったが、跡形もなく消えていた。駅周辺は「整備」された雰囲気だが、町には渋い建物も残っていた。
新見の糀屋さん
写真:新見市内、糀屋さん

姫新線のなかなかよい味を出している駅舎に立ち寄ったり、
姫新線岩山駅

江戸時代の有名な儒者である山田方谷の記念館に偶然出くわして見学させてもらったり、
山田方谷記念館
写真:山田方谷記念館
方谷園
写真:方谷園

ムラの平穏を願ったのであろう先人に思いを馳せたり、
地蔵堂?
写真:お地蔵さん?安置されている

スバル360が朽ちていくのを物悲しく思ったり、
スバル360
写真:スバル360

映画「八つ墓村」のロケ地になった集落を通ったり、
横溝正史 八つ墓村 映画ロケ地

地元の高校の先生が高校の神楽部を通じて地域を盛り上げたお話と出会ったり(”日本一小さい蔵美術館”で著書を購入)、
小谷博徳「世の中逆さが面白い」

しながら、岡山、鳥取、広島3県の中山間地を走った旅でした。
鍵掛峠
写真:鳥取県日南町と広島県境の鍵掛峠
阿哲峡
写真:新見の阿哲峡
新見駅
写真:新見駅に到着

○走ったルート
1日目:新見~根雨 ※詳しくはルートラボで
2日め:根雨~新見 ※詳しくはルートラボで

◎写真の続きはグーグルフォトで

物見峠、黒尾峠旧道、因美線沿線の旅 (2018/5)2018/09/30


因美線沿いを走る
写真:津山からほぼ因美線沿いに走る

これまで自転車に乗っていて、競技中と練習会の集団落車以外で公道で落車したのは2回だけ。最初は、高校生の時、岡山から鳥取に帰る途中、県境の物見峠、当時は未舗装だった、のダウンヒルで石にハンドルをとられて、あっと思った時には落車していた。特に怪我や自転車の故障もなく、すぐに走り直した。
 2回目は厳冬期、クラブの練習会で能勢の山中の峠の下り、アイスバーンになっていて問答無用で転倒、ヘルメットがアスファルトに擦れたが、ヘルメットのお陰で無傷。

 最初に転倒した物見峠にもう1回行ってみたくて、2018年の5月に津山に車をデポして日帰りサイクリングをしてきた。物見峠は舗装され、40年以上も前のことでもあるし、転倒した場所がどこなのか、全く見当も付かなかった。高校生のころは集落景観とか民家とか全く興味がなかったのだが、今走ると、その景観が心に染みた。

因美線の駅は渋く、転車台も残っていたりして、鉄道好きのサイクリストには一石二鳥のルートであろう。
因美線知和駅
写真:因美線知和駅

因美線
写真:因美線の鉄橋

【走行日】2018年5月12日(土)
【使用自転車】TOEI650Aランドナー
【峠】物見峠(626m)、黒尾峠(652m=新道トンネル)、杉ヶ乢(357m)
【行程】京都=(中国道)=津山城址公園駐車場(デポ)9:05~10:36美作加茂駅~10:52美作知和駅~11:22美作河井駅~11:52物見トンネル上12:25~12:56物見峠~13:32物見トンネル東口~14:25黒尾峠(旧道)~14:50杉ヶ乢~16:30津山城址駐車場=湯郷温泉=京都
【走行キロ】88km(メーター)
【走ったルート】
 ☆詳しくは、ルートラボ

黒尾峠旧道
写真:黒尾峠旧道

自転車で帰省。京都-鳥取(2018/5)2018/05/30


 写真:自宅を5:20に出発

昨年、京都の自宅から鳥取に自転車で帰省し、なかなか良かったので、今年も実行することにした。日照時間が長くて気温も適当な5月~6月がベスト。

去年と基本的に同じルートとしたが、相違点は下記の通り。
1)篠山から柏原に向かう鐘ヶ坂トンネル手前の「大山川」沿いは全て旧道。雰囲気、走りやすさとも、とても良かった。
2)和田山付近を円山川左岸。去年は右岸の道路を走ったが、けっこうクルマの交通が多く、イマイチだったから。和田山駅を過ぎたあたりから旧道に入ると、実に自転車に快適な道が、大屋橋まで続き、大正解であった。

今回もマイペース走行で、スピードは意識しないようにしたが、カメラ撮影は自粛して停車する時間を減らすようにして、走りを楽しんだ。摂取食物も去年より少なかったが、意識してそうしたわけではない。

【行程】
2018年5月26日(土):自宅5:20(去年5:18)~5:59(5:55)老ノ坂~7:16(7:10)天引トンネル~7:55(7:51)篠山京口橋~8:00(8:00)篠山城址~8:37(8:50)新鐘ヶ坂トンネル~8:47ファミマ柏原下小倉店(コーラ・トイレ)~8:55(9:08)柏原~9:08(9:17)水分(日本一低い分水界)~9:43(パン小休止)(10:19)青垣9:59~10:36(10:57)遠阪峠~10:51(11:15)簗瀬駅~11:02和田山駅~11:26(12:06)養父市場~11:33(12:14)大屋橋~12:27(13:11)大屋市場~14:04(14:45)若杉峠~14:40(15:15)新戸倉トンネル~15:13(15:50)若桜橋~16:32(17:10)東郡家R29~16:58(17:33)鳥取県庁~17:13(17:45)自宅
【走行距離】214km 平均速度20.5km
【峠】老ノ坂219m、天引峠324m、鐘ヶ坂219m、遠阪峠368m、若杉峠729m、戸倉峠731m
【使用自転車】TREKエモンダ
【摂取】パン3個、バナナ2本、コーラ300ml、アクエリアス300ml、水500ml
【ルート】
詳しくは ルートラボで。

篠山城址
 写真:篠山城址 8:00

柏原
写真:柏原の大ケヤキ 8:55

水分(分水界)
写真:水分 9:08

写真:青垣で一休み 9:43-9:59

遠阪峠
写真:遠坂峠 10:36

写真:大屋市場の先のお地蔵さんで小休止

若杉峠
写真:若杉峠 14:04

戸倉峠
写真:戸倉峠 14:40

鳥取城址
写真:鳥取城址=卒業した高校の前 16:58

去年よりも地図を見る回数も減り、30分程時間短縮になりました。
特に身体で痛む箇所もなく、気持ち良く走り終えました。

自転車で帰省。京都-鳥取(2017/6)2017/06/19

 月に1度、鳥取に帰省している。いつもはクルマなのでその週末は自転車に乗ったり山に登ったりできないのだが、考えてみれば、自転車で帰るという方法がある、と今更ながら気づいた。

 20歳代の時に、主として国道9号線を通って(峠のトンネルは嫌なので、迂回したり旧道)自転車で帰ったことがあるが、それ以来で、ほぼ30年ぶり。クルマの交通量が多い道を避け、京都から亀岡、篠山、柏原、青垣、遠坂峠、養父、大屋市場、若杉峠、戸倉峠、のルートにした。戸倉峠の国道29号線は、鳥取自動車道が開通してからは交通量が激減し、とても走りやすくなっているので、ノープロブレム。私が子供の頃は、国道29号線は、大幹線という感じであったが。

 偶然、日本で一番低い分水界に遭遇したり、丹波や但馬の静かで穏やかな景観の中を走り抜けることができて、とても楽しく、心地良かった。暑くもなく寒くもなく、飲食もペットボトル2本弱と小ボトル水、おにぎり2個とパン5個 とゼリー2個で済んだ。ワンコインでその日は鳥取まで帰れたことになる。20歳代の時より、56歳になった今回のほうが、断然楽に走れた。タイムトライアル的な走りではなく、マイペース省エネ走法ではあるが。

【行程】
2017年6月17日(土):自宅5:18~5:55老ノ坂~7:10天引トンネル~7:51篠山京口橋~8:00篠山城~8:10ローソン篠山東岡屋店(紀州南高梅おにぎり¥110+持参したパン2個+ウイダーゼリー)~8:47鐘ケ坂トンネル(旧)閉鎖で引き返す~8:50新鐘ヶ坂トンネル~9:08柏原~9:17水分(日本一低い分水界・パン2個)9:36~10:19青垣~10:57遠阪峠~11:15簗瀬駅~11:33ミニストップ和田山寺谷店(紅鮭おにぎり\140)~(道を間違える)~12:06養父市場~12:14大屋橋~13:11大屋市場~14:45若杉峠~15:15新戸倉トンネル~15:50若桜橋~16:25若桜鉄道八東駅(ポカリスエット+せんべい)~17:10東郡家R29~17:33鳥取県庁前~17:45自宅
【走行距離】217km
【峠】老ノ坂219m、天引峠324m、鐘ヶ坂219m、遠阪峠368m、若杉峠729m、戸倉峠731m
【使用自転車】TREKエモンダ

5:18出発。ブラックバーンの大型サドルバックを初使用。

天引トンネル

篠山 河原町商店街
篠山 河原町商店街

篠山城址
篠山城址

鐘ヶ坂旧トンネルは閉鎖
鐘ヶ坂トンネル旧道は、完全閉鎖されており、引き返す

柏原
柏原の大ケヤキ

水分
氷上回廊 分水界
「日本で一番低い分水界」モニュメント と説明板

青垣
青垣
青垣にて。渋い酒屋さん。

遠坂峠
遠坂峠

大屋市場
大屋市場:旧但馬銀行の建物。今は設計事務所が使用。

大屋市場 六地蔵
大屋市場の六地蔵ベンチで、小休止

奥若杉
奥若杉の集落
奥若杉の民家
奥若杉の民家。土壁仕様。

若杉峠
若杉峠

戸倉峠
戸倉峠

若桜橋
鳥取県若桜町、「若桜橋」

若桜の町並み
若桜の町並み。走行しながら撮影。

八東駅
若桜鉄道八東駅

鳥取市出会橋
鳥取市内、出合橋。家の近く。